その音、脳内ヘヴィー・ローテーション(2)ステイホームで聴く、UKメロウの新潮流

【連載】創造する人のためのプレイリスト

ミュージック・リスニング・マシーン:シブヤモトマチ

その音、脳内ヘヴィー・ローテーション(2)ステイホームで聴く、UKメロウの新潮流

ゼロから何かを生み出す「創造」は、産みの苦しみを伴います。いままでの常識やセオリーを超えた発想や閃きを得るためには助けも必要。多くの人にとって、創造性を刺激してくれるものといえば、その筆頭は「音楽」ではないでしょうか。新企画「創造する人のためのプレイリスト」は、いつのまにかクリエイティブな気持ちになるような音楽を気鋭の音楽ライターがリレー方式でリコメンドするコーナーです。

コロナ禍は、まだまだ音楽の聴き方に影響を与えているのであった。

コロナさん、なかなか収まりませんね(あまりに長く付き合い過ぎて、今や「さん」付けです)。おかげで生活様式や働き方が変化していますが、音楽の聴き方や嗜好にも影響があるなと感じます。自分の場合は、緊張感のある音が今はちょっとニガテかも。息詰まるようなタイミングで鳴る金属音とか、特定の音域をブーストしたエレクトリックなビートとか、エキセントリックな歌唱など、かつては気にもしなかった音を敬遠する自分に気づきます。


思うのですが、これはステイホームの間に、あるいは1年もの間マスクをして黙っているうちに、低音量で聴けて、しかも心に優しく響く音楽への欲求が高まってきているのではないかと。そんな心の声に素直に従い、最近ではメロウ(Mellow:柔らかな、うっとりする)で静かめの曲を以前にも増して楽しむようになりました。そこで、これらの曲を皆さんにも聴いていただこうと、ブルーノ・メジャー(Bruno Major)をはじめとする話題のシンガーソングライターをセレクトしてみました。ほぼ全員がUK、しかもロンドンを拠点に活動中というのがひとつのポイントです。ステイホームのお供にぜひ。


まずは1曲。ブルーノ・メジャーで「リージェンツ・パーク」。私が、彼の音楽に注目するきっかけとなった曲です。



1.ブルーノ・メジャー「リージェンツ・パーク」


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一聴すると、まるで1940年代のレコードをかけているかのようなレトロな雰囲気をもった曲です。ジャズ風味たっぷりのこの曲、実は米国の作曲家ジョージ・ブランズ(George Bruns、1914~83年)がディズニーのアニメーション映画「101匹わんちゃん」(1961年)のために書いた「A Beautiful Spring Day」という曲が原曲です。「リージェンツ・パーク」は、原曲の美しいメロディーに、ブルーノ・メジャーがオリジナルの歌詞をのせて歌ったもの。わずか3分足らずの小曲ですが、すぐそばで語りかけるように歌う彼のソフトなボーカルと、原曲のオールドタイミーなテイストを生かした演奏や録音が作る曲全体の気品に満ちた雰囲気に一発で魅せられました。


ブルーノ・メジャー(Bruno Major)は、1988年英国ノーサンプトン出身のギタリスト・シンガーソングライターです。幼少の頃からギターを弾き始め、10代でジャズに目覚め、22歳からはロンドンに活動の拠点を移しました。2017年にアルバム「A Song For Every Moon」でデビュー。毎月1曲ずつ新曲をインターネットにアップし、それらを1年がかりでまとめて制作したアルバムでした。彼の美しい楽曲はサム・スミス、ビリー・アイリッシュやBTSのメンバー、音楽関係者などに評価され、2018年にはサム・スミスのUKツアーのオープニング・アクトを務め、一気に知名度が高まりました。伝統的な音楽に影響を受けた正統派のソングライティング、洗練された現代的なサウンドプロダクション、日常のワンシーンを切り取りつぶやくかのような歌詞、そしてジャジーなギタープレイと切なく甘美な歌声、これらが彼の魅力といえるでしょう。2020年には、これまた捨て曲なしの傑作セカンドアルバム「To Let A Good Thing Die」をリリースしました。では、最新アルバムからもう1曲。こちらはバンドとストリングスをバックに歌う映像です。




2.ブルーノ・メジャー「アイル・スリープ・ホエン・アイム・オールダー」


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美しい。途中で入るストリングスも、メロディーのタイムレスな魅力を高めています。メロディーラインには時代を超えた王道感がありながら、サウンドはあくまでも現代的。この辺に、彼の底知れない引き出しの多さを感じます。


彼へのインタビュー(注1)によると、すぐそばで話しかけるように歌い、ソフトに楽器を奏でる彼のスタイルには、狭い場所で演奏するジャズのライブ会場の音響やダイナミクスの感覚が影響しているといいます。ファーストアルバムの「A Song For Every Moon」でも、アパートの部屋で、マイク1本でレコーディングしたのだとか。この近さと親密さの演出が、日常の一場面を映す歌詞と相まって「儚(はかな)さ」「気品」のようなものを彼の曲に与えていると感じます。




3.ブルーノ・メジャー「イージリー」


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もう1つ、これはファーストアルバムの収録曲ですが、彼のギター弾き語りが聴けます(2017年時点では髪型が爆発していて、風貌がワイルドですね!)。ギター専門誌のインタビュー(注2)によると、彼はまずクラシックギターを学び、10代でジャズに目覚め、名手ジョー・パスに夢中になり、コードとメロディーを同時に弾くフィンガースタイルピッキングの技術を身に付けたそうです。こうしたジャズの基本をふまえた確かな演奏技術と、ランディ・ニューマンやコール・ポーター、ジェローム・カーンといった米国の作曲家たちに影響を受けたと語るそのオーセンティックなメロディーの上に、ヒップホップやエレクトロニカ好きという現代的なセンスが曲に彩りを添えています。


そう、この「米国の伝統的な音楽やポピュラー音楽からの影響」を音の中に探ること。これは英国のアーティストを聴くときの楽しみの1つかもしれません。ブルーノ・メジャーのほかにも近頃話題のシンガーソングライターがいますので何人か聴いてみましょう。彼らの音楽の背景に見え隠れするアーティストたちを想像しながら。




4.プーマ・ブルー「オピエイト」


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プーマ・ブルー(Puma Blue)は、シンガーソングライターでありマルチプレーヤーのジェイコブ・アレン(Jacob Allen)のプロジェクト名。1995年サウスロンドンの出身で、ブルーノ・メジャーよりも曲調はブルージー。打ち込みも使い、ややダークな世界観が魅力です。耳元で吐息が聞こえてきそうな親密さを漂わせながらも、あくまで体温は低め。愛の儚(はかな)さと複雑な感情をメランコリックな調子で歌うその繊細な声は、聴く者の耳に滑らかに入り込み、身体中に広がるかのような浸透力があります。


彼の歌唱法は、米国のシンガーソングライター、ジェフ・バックリィ(Jeff Buckley、1966~97年)の純粋な感情を表現するボーカル・スタイルと、音が肌の表面を転がっていくようなドン・バイアス(Don Byas、1912~72年)のジャズ・サックスに影響を受けたと語っています(注3)。ジャズにとどまらずロックやパンク、ブルース、さらにはヒップホップやクラブ・カルチャーなど様々な文脈で語ることが可能な、幅広い音楽性をもったアーティストです。




5.ジョーダン・ラカイ「アイ・トゥ・アイ」


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20歳頃まで、米国のソウル・ミュージックにどっぷり浸かってきたと語るジョーダン・ラカイ(Jordan Rakei)は、1992年、オーストラリアのブリスベン生まれ。現在はロンドンを拠点に活動するアーティストです。2017年にリリースしたセカンドアルバム「ウォール・フラワー」収録の「アイ・トゥ・アイ」のMV(ミュージックビデオ)です。


ジョーダン・ラカイのボーカル・スタイルや曲全体の雰囲気には、ブルーノ・メジャーやプーマ・ブルーと比べて、ぐっとソウル色が感じられます。また、この曲にはスティーヴィー・ワンダーやスティーリー・ダンの影響を受けたという彼の作曲法が生かされているように思います。意外な展開があって、心地よいメロディーやリズムを持ちながら、どこかドリーミーでサイケデリック。しかもほどよい現代性を帯びています。「ウォール・フラワー」や最新アルバムの「オリジン」はそうした彼の魅力が詰まった好盤です。


それにしてもMVは謎のサスペンスドラマ仕立てですね。埋葬した自分が蘇生するとは何やら比喩的ですし、けっこう演技派かも(意外!)。途中で登場するドラマーは共同プロデューサーであり、サウンドエンジニアも兼ねるジム・マクレエです。




6.ジェイミー・アイザック「ドゥーイング・ベター」


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ジェイミー・アイザック(Jamie Isaac)は1994年ロンドン生まれ。幼い頃からピアノに親しみ、合唱団で歌っていたそうです。彼の両親がよく聴いていた米国のソウル・ミュージックやジャズ、レア・グルーヴ、バーナード・ハーマンの映画音楽などから影響を受けて育ち、アデルやエイミー・ワインハウス、イモージェン・ヒープらも在籍した名門アートスクールのThe BRIT Schoolに学びました。2011年から音楽制作を始め、13年にデビュー。16年にファーストアルバム「カウチ・ベイビー」を発表。18年にセカンドアルバム「(04:30)アイドラー」をリリースしています。映像は、このアルバムの収録曲です。


先鋭的なサウンドプロダクション、チェット・ベイカーやジェイムス・ブレイクにも通じる抑制された儚(はかな)いボーカルが心に響きます。彼の曲には良い意味でのナイーブさが感じられ、またアルバムタイトルのとおり、真夜中に何もせず自堕落にベッドルームで音楽をただ聴いているような妙なチル(リラックスしたり落ち着く)な感覚があって、そこがクセになります。彼は「(04:30)アイドラー」のタイトルソングを、眠れない夜のためのサウンドトラックにしたかった、と語っていて(注4)、夢見るような雰囲気も、なるほどという感じですね。




7.オスカー・ジェローム「コイ・ムーン」


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オスカー・ジェローム(Oscar Jerome)は、イングランド東部ノーフォーク州ノリッジの出身。現在サウスロンドンのジャズシーンで活躍するシンガーであり、ギタリスト&マルチプレーヤーです。ステラ・マッカートニーのキャンペーンにも起用されたスタイリッシュな容姿も相まって、音楽ファンや業界関係者の間で注目を集めています。これはデビューアルバム「ブリーズ・ディープ」(2020年)収録曲のライブ映像ですが、フルアコースティックギターを弾き歌うオスカー、いい雰囲気を持ったアーティストですね。


アフロビート・ジャズバンドのメンバーとしても活動する彼は、幅広い音楽的バックグラウンドを持っています。初めにクラシックギターを習い、続いてジャズに夢中になった彼は、ジョージ・ベンソン、ウェス・モンゴメリー、ジョン・スコフィールドといったジャズ・ギタリストだけでなく、フレディ・ハバードやジョン・コルトレーンなどからも大きな影響を受けたとギター誌に語っています。また、好きなアーティストとしてエリカ・バドゥやフライング・ロータスをはじめ、ヒップホップ、ソウル、レゲエ、ダンスミュージックの音楽家の名前を挙げており、また、ギル・スコット-ヘロン、ボブ・ディラン、ジョニ・ミッチェルらの歌詞にも影響されたと語っています(注5)。コンテンポラリーなジャズをベースにしながらも、少し懐かしいロックやソウルの気配も感じさせる彼のギターと歌は、幅広い世代を引きつける魅力があります。




8.リアン・ラ・ハヴァス「ウィアード・フィッシズ」


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「メロウ」という括りには当てはまらないかもしれませんが、今注目のUKシンガーソングライターといえば、この人にも触れないわけにはいきません。リアン・ラ・ハヴァス(Lianne La Havas)。その唯一無二の美しく「スモーキー」な歌声と、R&B、ジャズ、トラッドフォークなど多様な音楽的影響を感じさせる楽曲は、音楽関係者や洋楽ファンの間で高く評価されています。グラミー賞にノミネートされた2015年の「Blood」に続く通算3作目の最新アルバム「LIANNE LA HAVAS」から、1曲紹介しましょう。レディオヘッド(Radiohead)のカバーですが、骨太なビートに載せて、ニュアンスのあるボーカルが浮遊するように始まり、徐々に熱さを増していく展開がかっこいいですね。


リアン・ラ・ハヴァスは、ジャマイカ系の母とミュージシャンであるギリシャ系の父との間に1989年、ロンドンで生まれました。幼い頃にキーボードを買ってもらった彼女は、やがて人前で歌を唄うようになり、18歳の頃には父の薦めでギターを手にし、インターネット上の動画を見ながら独学で演奏法をマスターしていったといいます。子供の頃にはレッド・ホット・チリ・ペッパーズ、ミッシー・エリオット、バスタ・ライムス、エミネムなどのポスターを部屋に貼り、メアリー・J・ブライジやジル・スコット、インディア・アリーらのファンだったのだとか(注6)。また、ジャズ・ミュージシャンである友人との交流が、彼女のコード・プレイや作曲に影響を与えたといいます。


ギターの響きや感触が自分のメロディー感覚に影響を与えているという彼女の曲は、ジャンル分けできないクロスオーバーな魅力を持っています。独自の音楽を追求しながらも孤高の存在にはならず、誰にでも聴けるオープンで間口の広い音楽性をもったリアン。これからどのような表現で、その音楽世界をクリエイトしていくのか、引き続き注目したいと思います。




おわりに


さて、今回は英国、それもロンドンを拠点に活動する今話題のシンガーソングライターを特集してみました。どの人も素晴らしい歌声とソングライティングのセンスの持ち主ですね。英国は米国に比べて人種間の壁が低いと言われます。特にロンドンは、アフリカ系、アラブ系、インド系、ジャマイカ系をはじめ、多くのルーツを持つ人々が住んでいるマルチカルチュラルな都市です。今回紹介した若く才能あふれるアーティスト達の多くはサウスロンドン地区で互いに友人として日々交流し、刺激し合い、音楽創造でコラボレーションし続けています。


また、英国のアーティストに共通するのは、米国の音楽から大きな影響を受けていること。ブルースやジャズ、ロックンロール、映画音楽、ソウル・ミュージック、そしてヒップホップなどを「輸入音楽」として受け入れて、自らのルーツや自国の伝統的な音楽とミックスしてオリジナルな音楽をクリエイトしてきた歴史があります(ビートルズやストーンズなど昔からそうですね)。私たちから見ると「欧米」とひとくくりに考えてしまいがちですが、UKにはUSとは全く違う音楽的な文脈や環境があることに気づかされます。


世界の様々な音楽がミクスチャーし、交流するなかで洗練され、独自の発展を遂げつつあるUKならではのメロウでクワイエットな音楽。この機会に、耳を傾けてみてはいかがでしょうか。


それでは次回の「創造する人のためのプレイリスト」もお楽しみに。




(注1)Music review site "Mikiki" インタビュー「ブルーノ・メジャー(Bruno Major)が新作『To Let A Good Thing Die』を語る」(2020.06.04 インタビュー・文/内本順一 , 通訳/中村明子)
https://mikiki.tokyo.jp/articles/-/25315


(注2)GUITAR WORLDインタビュー「Guitarist Bruno Major Talks Songwriting, Touring with Sam Smith」by James Wood(2018.04.18)
https://www.guitarworld.com/artists/guitarist-bruno-major-talks-songwriting-touring-with-sam-smith


(注3)EARMILKインタビュー「Artist To Watch: Puma Blue's eclectic melting pot of influence [Interview] 」by Jess Bartlet(2018.02.16)
https://earmilk.com/2018/02/16/earmilk-artist-to-watch-puma-blues-eclectic-melting-pot-of-influence-interview/


(注4)block.fm インタビュー「Making A Playlist with Jamie Isaac」by AMY(2018.10.10)
https://block.fm/news/jamieisaac_eng


(注5)Guitar.comインタビュー「Oscar Jerome is the jazz upstart you need to hear now」by Samuel Roberts(2019.12.19)
https://guitar.com/features/interviews/oscar-jerome/


(注6)The Guardianインタビュー「Lianne La Havas: 'It's hard to fit in when you have two heritages'」by Miranda Sawyer(2020.07.12)
https://www.theguardian.com/music/2020/jul/12/lianne-la-havas-its-hard-to-fit-in-when-you-have-two-heritages


※記事の情報は2021年3月31日時点のものです。

※追記:2023年10月11日に再編集しました。

  • プロフィール画像 ミュージック・リスニング・マシーン:シブヤモトマチ

    【PROFILE】

    シブヤモトマチ
    クリエイティブ・ディレクター、コピーライター。ジャズ、南米、ロックなど音楽は何でも聴きますが、特に新譜に興味あり。音楽が好きな人と音楽の話をするとライフが少し回復します。

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