【連載】創造する人のためのプレイリスト
2022.01.18
スーパーミュージックラバー:ケージ・ハシモト
ネオソウル入門|最先端のリズムと洗練されたサウンド
ゼロから何かを生み出す「創造」は、産みの苦しみを伴います。いままでの常識やセオリーを超えた発想や閃きを得るためには助けも必要。多くの人にとって、創造性を刺激してくれるものといえば、その筆頭は「音楽」ではないでしょうか。本連載「創造する人のためのプレイリスト」は、いつのまにかクリエイティブな気持ちになるような音楽を気鋭の音楽ライターがリレー方式でリコメンドするコーナーです。
音楽を愛する人であれば、誰しも1度は1つのジャンルの音楽を深掘りして聴き続ける、いわゆる「沼にハマる」経験をしたことがあるのではないだろうか。今回ご紹介するのは、「ネオソウル」という比較的新しいジャンルだ。新しいとはいっても、ゴスペルを祖先とし、ソウル、ジャズ、ファンクなどさまざまな音楽シーンが複合的に混ざり合って生まれたジャンルであり、先人たちが築き上げた音楽的な成果をベースとした、いわば必然的に生まれたサウンドなので、どこかで聴いたことがあると感じる方も多いかもしれない。今回は「ネオソウル入門」と題して、ネオソウルの中でも比較的聴きやすい楽曲を集めてみた。ぜひここで紹介した楽曲を入り口に、ネオソウルの沼にどっぷりハマってみてほしい。
1.ディアンジェロ/Brown Sugar
ディアンジェロが1995年にリリースしたデビューアルバム「Brown Sugar」。このアルバムは当時のミュージックシーンに大きな衝撃を与え、ネオソウルムーブメントの火付け役となった。中でもタイトル曲の「Brown Sugar」はディアンジェロの代表曲となっただけでなく、ネオソウルというジャンルを代表する曲として今なお根強い人気を誇る。「Brown Sugar」はデビューアルバムでありながら、アルバム全体に漂う独特の空気感とソウルミュージックの伝統を引き継ぐような美しいコーラス、そしてネオソウル特有の重いビートをすべて味わえる名盤だ。
2.ディアンジェロ/Untitled(How Does It Feel)
ディアンジェロからもう1枚。20世紀最後の年にリリースされた彼の2枚目のスタジオアルバム「Voodoo」はネオソウル屈指の名盤として名高く、1枚目の「Brown Sugar」よりも精神的な部分にまで入り込んだ楽曲作りへと進歩し、アルバム全体が1つの世界観を構築している。アルバムを通して精神世界をさまようような重いビートと重低音が展開されるが、そこをくぐり抜けた先にあるこの曲は、ひときわスローなテンポとゴスペルの流れをくむ重厚なコーラスで、暗闇からリスナーをすくい上げる朝日のような楽曲だ。曲単体で聴くのではなく、アルバムを通して聴くことで印象が大きく変わるので、最初はぜひアルバムを通して聴くことをお勧めする。
3.エリカ・バドゥ/Cleva
ディアンジェロと並んでネオソウルの双璧をなすのが、エリカ・バドゥである。1997年にファーストアルバム「Baduizm」で鮮烈なデビューを飾った彼女は、2枚目のスタジオアルバム「Mama's Gun」でその評価を確固たるものとした。1曲1曲の完成度もさることながら、曲同士がつながり合うことでアルバム全体が1つの曲のように構成されている。そのため1つの曲だけを抜き出して紹介するのは難しいが、あえて挙げるのであれば、5曲目の「Cleva」にはビブラフォンとしてロイ・エアーズが参加しているところが注目すべき点だろう。
ロイ・エアーズはビブラフォン奏者として1970年代前後に活躍したジャズミュージシャンだが、自らの主宰するグループ「Roy Ayers Ubiquity」などではファンクにも近接した独自のサウンドを作り上げ、のちのネオソウルムーブメントにも大きな影響を与えた。彼の代表曲のひとつである「Searching」をエリカ・バドゥがライブでカバーしていることからも、その影響の大きさがうかがえる。
4.アリシア・キーズ/You Don't Know My Name
いまやアメリカを代表する歌姫の一人、アリシア・キーズが2003年にリリースした「The Diary of Alicia Keys」からシングルカットされた「You Don't Know My Name」は、カニエ・ウェストがプロデュースしたことでも知られている。冒頭から抜群の歌唱力で聴者を引き込みながら、重い重低音が作り上げる深いビートを軽やかに乗りこなすことで、ビート自体は重いながらもライトな印象を与えて聴きやすく仕上げている。また、この次の曲である「If I Ain't Got You」はアリシア・キーズの代表曲ともいえる超有名バラードであり、続けて聴くことで彼女のアーティストとしての幅広さを感じることができる。
5.トム・ミッシュ/It Runs Through Me
近年、その精力的な活動ぶりでジャンルを問わず人気を誇るトム・ミッシュ。彼が世界中から注目されるきっかけとなったのがファーストアルバム「Geography」である。ジャズやファンク、ソウルなどの多様なジャンルや曲調を横断しながらも、彼自身が弾く特徴的なギターサウンドによってゆるやかな1本の線につながっている。中でもデ・ラ・ソウルがラッパーとして参加したこの曲は、トム・ミッシュの柔らかいギターのタッチと流れるようなボーカルをしっかりとしたリズムラインが支えるという構造であり、加えて中盤のラップではデ・ラ・ソウルがリズミカルなビートを作り出している、1粒で2度おいしい曲だ。ぜひ御一聴あれ!
6.チャイルディッシュ・ガンビーノ/Redbone
俳優やコメディアンなどさまざまな分野で活躍するチャイルディッシュ・ガンビーノは、黒人差別問題など社会的な題材を扱った作品でも知られている。ヒップホップやラップ、ライムといった面から注目されることが多い彼だが、2016年にリリースした「Awaken, My Love!」では彼のボーカルや音楽性に焦点が当てられ、音楽シーンにおいて一世を風靡(ふうび)し、高い評価を得た。特に代表曲である「Redbone」は、ネオソウルの重いビートを体現するような耳に残る特徴的なイントロと多重コーラスが、彼の世界観へと聴者を強く引き込む。
7.アデュリーン/Twilight
新進気鋭のベーシストであり、繊細かつ力強い歌唱力も兼ね備えるアデュリーン。彼女はパリ出身だが、現在はニューヨークを拠点に活動しており、ネオソウルの最先端を行くアーティストとして近年注目を浴びている。中でも2021年にデジタルリリースされたシングル「Twilight」は、うねるようなベースラインと透き通った伸びやかなボーカル、曲全体を柔らかく包み込むコーラスがそれぞれの持ち味を存分に発揮しており、キャッチーなメロディーラインも相まって非常に聴きやすく、彼女のアーティストとしての良さがよく表れた名曲。同年に発売されたアルバム「Adi Oasis」も必聴だ。
8.マイケル・ジャクソン/Butterflies
マイケル・ジャクソンと聞くと、多くの人は彼のステージにおける特徴的なパフォーマンスや圧倒的なセールスをイメージするだろう。しかし楽曲の音楽的な評価も非常に高く、その才能は幼少期から遺憾なく発揮されていたにもかかわらず、そうした側面が世間一般に語られることはあまり多くない。そんな彼が2002年に発表した「Butterflies」は、後ろノリのベース、ゴスペルの系譜を引く複雑な和音のコーラス、音数を絞った重量感のあるリズムラインといった、ネオソウルの特徴を捉えながらも、ホーンセクションや自らのスキャットを随所に挿入し、構成を工夫することでとても聴きやすく仕上げている。
9.プリンス/Born 2 Die
並外れた演奏力と独創的な楽曲作りでトップアーティストの地位を確立しながらも、常に最先端のサウンドを追求していたプリンス。2016年に逝去し多くのファンや音楽関係者を悲嘆に暮れさせた。そして死後5年を経た2021年、彼がお蔵入りにしていたアルバム「Welcome 2 America」が遺族によってリリースされて大きな話題を呼んでいる。中でも注目したいのが「Born 2 Die」で、彼の特徴的なボーカルと軽妙なギターラインがずっしりとしたビートを乗りこなす様は、圧巻の一言。感性に裏打ちされたプリンス独特なサウンドを「ネオソウル」というジャンルで切り分けるのも難しいところではあるが、追悼の意味も込めてセレクトしてみた。
10.シルク・ソニック/After Last Night
最後に紹介するのは、2021年に大きな話題を呼んだ「An Evening With Silk Sonic」からこの曲。ドラマーやラッパーなど多彩な才能を発揮してR&Bシーンを席巻するアンダーソン・パークと、グラミー賞を計11部門受賞している “米音楽界の至宝” ブルーノ・マーズが夢のタッグを組んだスーパープロジェクト、シルク・ソニック。2021年3月にファーストシングル「Leave The Door Open」をリリースし全世界的なヒットを記録するとともに、かつてのメロウなソウルへ回帰する路線が脚光を浴びるきっかけとなった。同年11月には待望のファーストアルバム「An Evening With Silk Sonic」が発売され、中でも「After Last Night」はメロウでありながらも現代的なソウルを体現する名曲である。超有名ベーシストのサンダーキャットと、ジェームス・ブラウンバンドのベーシストとしても知られるブーツィー・コリンズという、大物ベーシスト2人が参加した豪華な1曲となっており、聴きどころ満載で何度聴いても飽きが来ない曲に仕上がっている。
※記事の情報は2022年1月18日時点のものです。
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【PROFILE】
ケージ・ハシモト
あるときは音楽ライター、あるときはミュージシャン、あるときはつけ麺研究家と正体不明の超音楽愛好家。音楽の趣味もジャンルレスでプライスレス。
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