音楽
2021.07.13
挾間 美帆さん ジャズ作曲家〈インタビュー〉
作曲、ジャズ、ニューヨーク | ジャズ作曲家 挾間美帆(前編)
ニューヨークのジャズシーンの最先端で、ジャズ作曲家として活躍する挾間美帆さん。2016年に米ダウンビート誌の「未来を担う25人のジャズアーティスト」に選ばれ、ご自身のジャズ室内楽団「m_unit(エムユニット)」でリリースしたアルバムは2019年米グラミー賞ラージ・ジャズ・アンサンブル部門にノミネートされました。また2019年10月からは世界屈指のビッグバンド、デンマークラジオ・ビッグバンド(DR Big Band)の首席指揮者に、2020年8月からはジャズのビッグバンドと交響楽団を組み合わせたオランダのメトロポール・オーケストラの常任客演指揮者に就任するなどグローバルに活躍されています。そんな挾間さんにお話をうかがいました。前編はジャズ作曲家、挾間美帆が"出来上がる"まで。
作曲のきっかけはエレクトーンと大河ドラマ
――挾間さんのお仕事は「ジャズ作曲家」という名前なんですね。
日本ではあまり聞かない職業だと思います。私自身も留学して初めてそういう言葉があることを知ったぐらいですから(笑)。私がニューヨークの大学院に留学した専科が「ジャズコンポジション科」でした。そこで勉強するとJazz Composerと名乗るようで、アメリカにはJazz Composerと名乗る人はいっぱいるんです。私はそれを日本語に訳して「ジャズ作曲家」と言っています。
私の家は母がソウルミュージックが好きで、父親はビートルズの初期が好きという、ある意味分かりやすい(笑)、洋楽好きの家でした。私はいつも音楽に合わせて踊っている赤ん坊だったらしくて、踊りと音楽の両方ということで、バレエとヤマハ音楽教室に通わせてくれました。それが3歳ぐらいです。エレクトーンはそこから長く続いて、高校生ぐらいまで続けました。自作曲を演奏するヤマハのジュニアオリジナルコンサートにも出ていました。
――エレクトーンのレッスンで作曲をするんですか。
はい。ただ子どもですから最初は鼻歌みたいなものから始まって、先生が手伝ってくれて、だんだん曲らしい感じになるんです。作曲に目覚めたきっかけはもう1つあって、小学校2年生のときにNHKの大河ドラマ「秀吉」にハマったのも大きかったです。竹中直人さんが主演で、小六禮次郎先生がテーマ曲を書いていて。それがすごく面白かったんです。
エレクトーンってピアノと違って、シミュレーションする楽器で、オーケストラの演奏を自分一人で演奏できるようにアレンジするんですね。今考えればエレクトーンのレッスンのメソッドって素晴らしくて、普通音大で勉強するような管弦楽法を5、6歳ぐらいから耳で聴いて、次にスコアを見て、それを自分で演奏できるように置き換えていくわけです。そんなこともあって5、6歳の頃から私が聴く音楽はほぼオーケストラの音楽でした。8歳のときに大河ドラマの「秀吉」のテーマ曲を聴いて、迫力があっていいな、オーケストレーションがいいな、と思っていました。そこから漠然と作曲家になりたいと思っていました。
国立音楽大学の作曲科で学ぶかたわら、
名門学生ビッグバンドで演奏
――それで国立音楽大学付属中学、高校、そして大学へと進んで作曲を勉強されたわけですね。
はい。もう大河ドラマの音楽を作る気満々で音大の作曲科に進み、大河ドラマの音楽を作っている先生や朝ドラの音楽を作っている先生に師事し、ゼミはクラシックだけではなくて、商業音楽もできるゼミを選びました。ただその頃ちょうど商業音楽の世界にコンピューターが参入してきて、サウンドトラックがコンピューターだけで作れる時代になりつつあったんです。それでオーケストラをスタジオに集めて作るような職業はこれからは無理だ、と言われ始めていました。
――ジャズはどこから始まるんですか。
大学の勉強と並行して、サークル活動として国立音大の学生ビッグバンド「ニュータイドジャズオーケストラ」でピアノを弾いていたんです。それがジャズを実際に演奏するきっかけになりました。
――ビッグバンドジャズのピアノって、そんなにすぐに弾けるんですか。
私の場合エレクトーンをやっていたのが大きくて、コードが読めたんですよ。それと親がジャンルに関係なく音楽を聴いていたこともあり、まったく馴染みがなかったわけではありませんでした。でも最初の頃はアドリブって実は譜面に書いて練習しているんだろうと思っていたんですよね。そしたら先輩方が譜面を見ずにパラパラ弾いているので、えっ、本当に即興なんだって驚いたぐらいです。でもビッグバンドは続けて、時には自分のピアノトリオで「新宿ピットイン」という老舗ライブハウスに出演してオリジナル曲を演奏したりもしました、でも私の頭の中で鳴ってるのはオーケストラなんですよね。
そんなこんなで、あちらこちらでウロウロしていた大学3年生のある日、突然「山下洋輔です」という題名のメールが、当時の私のガラケーに届いて衝撃を受けるわけです。
ジャズの作曲を学ぶためにニューヨークへ留学
――突然ジャズピアニストの大御所、山下洋輔さんからメールが来れば驚きますよね。
衝撃ですよね。しかも山下洋輔さんのメールには「新しい協奏曲第3番を作るんですけど、それの編曲をやってくれませんか」と書いてあるわけです。種明かしをすれば、私のゼミの担当の先生が私を推薦してくださっていたのですが。それが山下洋輔さんの「ピアノ協奏曲第3番《Explorer》」のオーケストレーションにつながり、初演は佐渡裕さんが指揮をしてくださいました。そのとき山下さんと佐渡さんがアーティストとしての作曲家という選択肢を示してくださいました。また留学についても後押ししてくださったんです。それでニューヨークにあるマンハッタン音楽院の大学院のジャズコンポジション科に留学しました。
――なぜニューヨークの大学院のジャズコンポジション科に留学しようと思ったのですか。
国立音大のビッグバンドではデューク・エリントンなどのオーソドックスな曲だけではなく、マリア・シュナイダーやジム・マクニーリーなど現在ニューヨークでバリバリに活躍しているコンテンポラリーな作家の曲を演奏することが多かったんですが、彼らの音楽がすごく好きでした。エレクトーンを通してクラシックもポピュラーも分け隔てなく演奏してきていたので、その延長線上にある音楽に感じたんです。しかも、よく考えてみれば自分が作ってみたい音楽に一番近いんじゃない? とも思いました。マリア・シュナイダーやジム・マクニーリーはニューヨークにいるわけですから、「人生変わるかも。だから会いに行っちゃえ!」って気持ちで受験したのが、ジャズコンポジションに変わるきっかけでした。
――クラシックの作曲科とジャズコンポジションでは習うことが全然違うものなのですか。
楽器の構成が変わったり、インプロビゼーション(即興演奏)の部分があったり、使う和音やスケールが違うということはありますが、曲を作るという基本は同じですし、作曲の姿勢は全く変わらないと思いました。ですからクラシックからジャズになったことに対するギャップって、実はほぼ感じませんでした。
大学院には2年間在籍し、ジム・マクニーリー先生に師事したのですが、日本で4年間「根拠がある音を書きなさい」ってバシバシやられた後で、ニューヨークで始まった最初のレッスンで「この音には何の意味があるの?」と言われました。日本で4年間言われたことを、ニューヨークでまた言われてしまい、ショックを受けました。でも、「ということは、作曲の過程も今までとそんなに変わらないじゃないか」とも思いました。
ニューヨークで自身のユニットm_unitを立ち上げる
――大学院での勉強が終わったところで、ニューヨークでアーティストとしての活動が始まるんですね。
ニューヨークで2年間学んでいる間に友人や先輩が著名なアーティストとビッグバンドのアルバムを作って活動するのを見ていました。また、これは実際に言われた言葉なんですが「ここはニューヨークなんだから、価値があるものを作り、お金を払えば、何だって挑戦できる。やろうと思えばハービー・ハンコックだって演奏してくれる。それがニューヨークだから」って言われたんですよ。それで「さー、どうすっぺ」みたいになっちゃって。
自分は日本でクラシック音楽を勉強して、ニューヨークでジャズを勉強している、日本人だし、女性だし、ビッグバンドは学生時代少しやっただけだし、自分の頭の中で鳴る音楽はオーケストラサウンドだし。これ、どうすんだろうと思いながら行き着いた先が、オーケストラで、しかもジャズ、というものでした。大学院の卒業演奏会のときに、そういう編成で自分の音楽会をやってみようと思って、13人編成のジャズの室内楽団を組んだのがm_unitの始まりです。
Dizzy Dizzy Wildflower (Live/360°)
――大学院の卒業演奏会がm_unitの始まりだったんですね。
そうなんです。やってみたらうまくいきそうな音だったので、5月に卒業して7月にはレコーディングをしてリリースしてくれる会社を探し、日本ではユニバーサル ミュージック ジャパンから、アメリカではサニーサイドレコードから発売となりました。
狭間美帆 デビューアルバム「Journey to Journey」
――ニューヨークでいきなり自分のバンドを立ち上げるってすごいことですよね。
でも、ジャズで食べていくにはそれしか方法がないんですよ。まずニューヨークで自分のブランドを築くんです。そしてそのブランドがいいなと思った人たちが呼んでくれる場所に出かけて行く。それが一般的なジャズミュージシャンのスタイルなので。ですからニューヨークでm_unitのアルバムを出し、ヨーロッパや日本に出かけて行って仕事をして、またニューヨークに戻るという感じで活動をしています。
――後編ではm_unitでの活動や、現在のジャズシーンのお話、そして2021年7月30日に開催される東京芸術劇場でのネオ・シンフォニックジャズについておうかがいします。
"NEO-SYMPHONIC JAZZ"の第3弾。特別編成のオーケストラでおくる最先端シンフォニック・ジャズ!
【曲目】
デューク・エリントン/ブラック・ブラウン・アンド・ベージュ
穐吉敏子/ロング・イエロー・ロード
マリア・シュナイダー/グリーン・ピース
挾間美帆/スプラッシュ・ザ・カラーズ(日本初演) ほか
【出演】
指揮:挾間美帆
演奏:東京フィルハーモニー交響楽団
挾間美帆 m_big band
池田篤、辻野進輔、吉本章紘、西口明宏、竹村直哉(sax)
真砂陽地、広瀬未来、河原真彩、石川広行(tp)
半田信英、高井天音、高橋真太郎、野々下興一(tb)
佐藤浩一(p)、須川崇志(b)、高橋信之介(ds)
ヴォーカル:吉田沙良(モノンクル)
挾間美帆「ダンサー・イン・ノーホエア」
2019年グラミー賞ラージ・ジャズ・アンサンンブル部門ノミネート作品
※記事の情報は2021年7月13日時点のものです。
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【PROFILE】
挾間 美帆(はざま みほ)
国立音楽大学およびマンハッタン音楽院大学院卒業。これまでに山下洋輔、東京フィルハーモニー交響楽団、ヤマハ吹奏楽団、NHKドラマ「ランチのアッコちゃん」などに作曲作品を提供。また、坂本龍一、鷺巣詩郎、NHK交響楽団、テレビ朝日「題名のない音楽会」などへ編曲作品を提供する。New York Jazzharmonic (アメリカ)、Metropole Orkest (オランダ)、Danish Radio Big Band (デンマーク)、WDR Big Band(ドイツ)等からの招聘を受け、作編曲家としてだけでなくディレクターとしても国内外を問わず幅広く活動している。
2012年にジャズ作曲家としてメジャー・デビュー。これまでに自身のジャズ室内楽団「m_unit」で「ダンサー・イン・ノーホエア」など3枚のアルバムをリリースし、2013年、ジャズジャパン誌年間アルバム大賞(新人賞)受賞、2016年には米ダウンビート誌”未来を担う25人のジャズアーティスト”にアジア人でただ1人選出、2019年ニューズウィーク日本版「世界が尊敬する日本人100」に選ばれるなど高い評価を得る。3作目のアルバム「ダンサー・イン・ノーホエア」は、2019年米ニューヨーク・タイムズ「ジャズ・アルバム・ベストテン」に選ばれ、米グラミー賞ラージ・ジャズ・アンサンンブル部門ノミネートを果たす。
2011年、ASCAP ヤングジャズコンポーザーアワード受賞。2011年度文化庁新進芸術家海外研修制度研修員。2014年、第24回出光音楽賞を受賞。2017年シエナ・ウインド・オーケストラのコンポーザー・イン・レジデンスに、2018-19年オーケストラ・アンサンブル金沢のコンポーザー・オブ・ザ・イヤーを務める。2019年シーズンからデンマークラジオ・ビッグバンド首席指揮者、2020年8月からオランダの名門メトロポール・オーケストラの常任客演指揮者に就任。
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