音楽
2021.07.16
挾間 美帆さん ジャズ作曲家〈インタビュー〉
新しいシンフォニックなジャズを! | ジャズ作曲家 挾間美帆(後編)
2016年に米ダウンビート誌の「未来を担う25人のジャズアーティスト」に選ばれ、ニューヨークのジャズシーンの最先端で、ジャズ作曲家として活躍する挾間美帆さん。ご自身のジャズ室内楽団「m_unit(エムユニット)」でリリースしたアルバムは2019年米グラミー賞ラージ・ジャズ・アンサンンブル部門にノミネーされています。また2019年10月からは世界屈指のビッグバンド、デンマークラジオ・ビッグバンド(DR Big Band)の首席指揮者を、2020年8月からはジャズのビッグバンドと交響楽団を組み合わせたオランダの名門メトロポール・オーケストラの常任客演指揮者に就任するなどグローバルに活躍されています。そんな挾間さんにお話をうかがいました。後半はグラミー賞のこと、ジャズシーンの現況、そしてご自身の目指すものなどについて。
前編はこちら
m_unitのグラミー賞ノミネートは予想していなかった
――m_unitはすでに3枚のアルバムをリリースし、2018年に出たサードアルバム「ダンサー・イン・ノーホエア」は第62回グラミー賞のラージ・ジャズ・アンサンブル部門にノミネートされました。どんな点が認められたと思いますか。
あれは自分が一番ビックリしました。まったく予想してなかったので。おそらくコンスタントにアルバムを出した点が評価されたのではないでしょうか。現実的な話、大所帯のバンドでアルバムを作ることは、お金もかかるし時間もかかりますから容易ではないわけです。そんな状況で同じ楽器編成、同じブランディング、同じ方向性で3年に1回、3枚続けてアルバムがリリースできたことは大きいと感じています。
挾間美帆「ダンサー・イン・ノーホエア」
2019年グラミー賞ラージ・ジャズ・アンサンンブル部門ノミネート作品
――それはかなり謙遜されていると思いますが、ラージアンサンブルでアルバムを3枚作るのは大変なのでしょうか。
まず1枚目は名刺代わりですよね。でもアルバムを作るのにお金がかかるから、たいていは1枚で終わります。でもなんとか2枚目も出した。ジャズ界ってそんなに大きい業界ではありませんから、2枚目になると、マリア・シュナイダーやヴィンス・メンドーザなど多くのジャズ作曲家がその存在に気づいてくれるんですね。そして彼らが応援してくれるようになります。例えばマリア・シュナイダーの推薦で大きいライブハウスに出られるようになったり、ヴィンス・メンドーザが呼んでくれてヨーロッパで仕事ができたり。それでコネクションができる。次はそこにプレゼンに行くんです。地道ですがこうやって続けていったことが3枚目のアルバムにつながったと思いますし、もし何も提示できなければ、忘れ去られてしまうという世界です。
ラージアンサンブルも含め、ジャズは今後さらに多様化、拡散していく
――ビッグバンドジャズというと古い音楽のイメージですが、これからのジャズの未来はm_unitのようなラージアンサンブルが担っていくのではないでしょうか。
ありがとうございます。でも、私は必ずしもそうは思っていません。ジャズは今までもあらゆるジャンルの音楽を吸収して発展してきましたし、現在のジャズは本当に多様化しています。例えば私のようにクラシックと融合するジャズもあれば、ヒップホップやラップと融合するケンドリック・ラマーのようなジャズもあるし、YouTubeと融合するジェイコブ・コリアーのようなジャズもあります。また日本でも石若駿(いしわか・しゅん)さんのような素晴らしいジャズドラマーが、ロックバンドのくるりでドラムを叩いたり、そのエッセンスを自分のフィールドに持ち帰ったりしています。私はこのような状況を楽しみに思っています。
ラージアンサンブルについても、特にこの5、6年ぐらい前から突如、若い作曲家が自分のお金でラージアンサンブルのアルバムを作る流れが出てきて、それらはとても刺激的です。ラージアンサンブルが今後のジャズのメインストリームになるとは考えていませんが、ラージアンサンブルで活動するアーティストは確実に増えるとは思います。
――クラシックの曲はすべての音が楽譜に書いてありますが、ジャズの作曲の場合、音符で書かれた部分と奏者にまかせる部分がありますよね。例えば曲の長さが日によって2倍になることもあるのですか。
私の場合はあまりないです。私のスタイルでは即興は曲の中に物語の一部として組み込まれているだけなので。もし誰かのアドリブが長く続いたら、多分「そろそろ次に行こう」って割り込んで次に進む指示を出しちゃうでしょうね。でも、こういった必然性と偶然性のバランスを考えるのがジャズコンポーザーならではの醍醐味で、とても楽しいです。
Miho Hazama and m_unit "Time River" Preview
――m_unitのライブでも、必然性と偶然性は常に絡み合っているのですか。
もちろんそうです。ですからいいときもダメなときもあるし、ときには全然予想と違うこともあって、斜め上のものが出てきたときはすごく興奮します。それまで曲として書かれていた音楽のバトンをどう発展させるか。ジャズって他の人とインスパイアし合って何かが生まれる音楽なので「そう来たかー!」みたいなことが楽しいです。
――作品を超えた何かが、演奏者から提示されるということですか。
そうです。それはジャズ作曲家冥利に尽きる瞬間ですね。ニューヨークってやっぱりジャズミュージシャンのレベルが桁違いに高いんですよ。日常の、普通のライブですが、すごい景色がたくさん生まれます。だからm_unitのメンバーと演奏する時間は、私にとって至福です。指揮していても「あなたたちのファンです。一番前で聴かせてもらってます。ありがとう」という気持ちになります。
Miho Hazama and m_unit "Dancer in Nowhere" Preview
管弦楽とジャズの架け橋になる
――挾間さんはニューヨークを拠点としながらデンマークラジオ・ビッグバンド(DR Big Band)やオランダのメトロポール・オーケストラの常任客演指揮者など世界中でご活躍中ですが、今後やってみたいことはありますか。
私にはクラシックとジャズという2つの背景がありますから、「管弦楽とジャズの架け橋になる」ということが人生において大きい目標の1つです。例えばオーケストラがジャズっぽい音楽を演奏するとなると、今でもガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」になるんですよね。もちろん素晴らしい作品ですが、初演は1924年なんです。ジャズって今も生きている音楽だし、こんなに進化し続けているのに、オーケストラでやるジャズが100年近く前の曲っていうのはないだろうという思いが私の中に常にあります。これをなんとか最新のものにリニューアルしたいというのが私のライフワークです。
――挾間さんは、東京芸術劇場で「NEO-SYMPHONIC JAZZ at 芸劇」というコンサートのシリーズを行われていますね。これも今おっしゃったライフワークの一環ですか。
まさにそうです! 2年前に東京芸術劇場からネオ・シンフォニックジャズのプロデュースのお話をいただいたときは本当にうれしかったです。まさにシンフォニックジャズが私の夢でしたから。2019年に開催した第1回のネオ・シンフォニックジャズでは気鋭のピアニスト、シャイ・マエストロを迎えました。2020年はジャズギタリストの渡辺香津美さんと共演しました。そして2021年は3回目でボーカルの吉田沙良さんを迎えて7月30日に東京芸術劇場で「NEO-SYMPHONIC JAZZ at 芸劇 スプラッシュ・ザ・カラーズ!」と題してお贈りします。このシリーズは私のライフワークとして今後も長く続けられるように、力を入れていきたいと思っています。
"NEO-SYMPHONIC JAZZ"の第3弾。特別編成のオーケストラでおくる最先端シンフォニック・ジャズ!
【曲目】
デューク・エリントン/ブラック・ブラウン・アンド・ベージュ
穐吉敏子/ロング・イエロー・ロード
マリア・シュナイダー/グリーン・ピース
挾間美帆/スプラッシュ・ザ・カラーズ(日本初演) ほか
【出演】
指揮:挾間美帆
演奏:東京フィルハーモニー交響楽団
挾間美帆 m_big band
池田篤、辻野進輔、吉本章紘、西口明宏、竹村直哉(sax)
真砂陽地、広瀬未来、河原真彩、石川広行(tp)
半田信英、高井天音、高橋真太郎、野々下興一(tb)
佐藤浩一(p)、須川崇志(b)、高橋信之介(ds)
ヴォーカル:吉田沙良(モノンクル)
――2020年のネオ・シンフォニックジャズを拝見しました。新型コロナウイルスによる1回目の緊急事態宣言が明けたばかりというタイミングで、久しぶりに聴く生演奏で大変感動しました。挾間さんもMCで少し声を詰まらせていらっしゃいました。聴衆の前で演奏する喜びというのは、何にも代え難いものですか。
生の音を聴く行為がこれほどにも人間の精神において重要だということを痛感した時期はありませんでした。あのときは演奏することにこれほど感激するとは思っていませんでしたし、あれほど自分が追い詰められているとも思っていなかったので驚きました。もちろんステージ上で自分が泣くとも思っていませんでした。
今までもお客様に「お越しいただいてありがとうございます」と言ってきましたが、このコロナ禍において、さまざまなリスクがある中、演奏を聴きに来てくださるということは、本当に貴重だと思っています。この機会に初心に帰り、良い音楽を作り聴いていただく。シンプルですが、それが一番大事かなと思っています。それと初心といえば、大河ドラマですね。いつか大河ドラマのテーマ曲を書いてみたいです。
――大河ドラマとなると、NHK交響楽団ですね。
そうですね。N響にジャズってもらいたいです(笑)!
――楽しみにしています!
※記事の情報は2021年7月16日時点のものです。
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【PROFILE】
挾間 美帆(はざま みほ)
国立音楽大学およびマンハッタン音楽院大学院卒業。これまでに山下洋輔、東京フィルハーモニー交響楽団、ヤマハ吹奏楽団、NHKドラマ「ランチのアッコちゃん」などに作曲作品を提供。また、坂本龍一、鷺巣詩郎、NHK交響楽団、テレビ朝日「題名のない音楽会」などへ編曲作品を提供する。New York Jazzharmonic (アメリカ)、Metropole Orkest (オランダ)、Danish Radio Big Band (デンマーク)、WDR Big Band(ドイツ)等からの招聘を受け、作編曲家としてだけでなくディレクターとしても国内外を問わず幅広く活動している。
2012年にジャズ作曲家としてメジャー・デビュー。これまでに自身のジャズ室内楽団「m_unit」で「ダンサー・イン・ノーホエア」など3枚のアルバムをリリースし、2013年、ジャズジャパン誌年間アルバム大賞(新人賞)受賞、2016年には米ダウンビート誌”未来を担う25人のジャズアーティスト”にアジア人でただ1人選出、2019年ニューズウィーク日本版「世界が尊敬する日本人100」に選ばれるなど高い評価を得る。3作目のアルバム「ダンサー・イン・ノーホエア」は、2019年米ニューヨーク・タイムズ「ジャズ・アルバム・ベストテン」に選ばれ、米グラミー賞ラージ・ジャズ・アンサンンブル部門ノミネートを果たす。
2011年、ASCAP ヤングジャズコンポーザーアワード受賞。2011年度文化庁新進芸術家海外研修制度研修員。2014年、第24回出光音楽賞を受賞。2017年シエナ・ウインド・オーケストラのコンポーザー・イン・レジデンスに、2018-19年オーケストラ・アンサンブル金沢のコンポーザー・オブ・ザ・イヤーを務める。2019年シーズンからデンマークラジオ・ビッグバンド首席指揮者、2020年8月からオランダの名門メトロポール・オーケストラの常任客演指揮者に就任。
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