
【連載】創造する人のためのプレイリスト
2026.04.07
ミュージック・リスニング・マシーン:シブヤモトマチ
日々、音楽メモランダム 2025年末~2026年3月【前編】
クリエイティビティを刺激する音楽を、気鋭の音楽ライターがリレー方式でリコメンドする「創造する人のためのプレイリスト」。今回はライブ鑑賞や新譜チェックなど日々の音楽リスナー活動の中で出会った出来事や気づきを書き留める「音楽メモランダム」。2025年の年末から2026年3月までに触れた最新の音楽、ライブ、そしてその周辺で感じたことをお送りします。
カバーフォト:池谷 恵司
2026年もすでにワン・クール終了、1年の4分の1が過ぎました。春は新しいことを始める季節、ということで、今回のプレイリストは特別企画でお送りしましょう。いつもの連載とは趣向も文体も変えて、ライブ鑑賞や新譜チェックなど日々の音楽リスナー活動とその中で感じたこと、思ったことなどを前・後編2回に分けてつらつらと書き記していきます。題して「日々、音楽メモランダム」。動画や曲のリンクもありますので、合わせてお楽しみください。
〈目次〉
1. トーマス・モーガン「Around You Is a Forest」
2026年の話をする前に、昨年末に観たライブの振り返りを。予想の遙か斜め上を行く表現を見せてくれたのが、ジャズベーシストのトーマス・モーガン(Thomas Morgan)のソロ・ライブだった。12月14日、場所は東京神楽坂にある赤城神社。この日は、トミーカ・リード・カルテット(こちらもベストライブ級の素晴らしさ)とのツー・マン企画。
神社の地下フロアに並べられた椅子は満席。ミュージシャンや音楽ライターの顔も所々に見える。開演時刻から少し待った後、モーガンがウッドベースを抱えて1人登場した。その出で立ちは......なんと着物。意外すぎる衣装に驚いたが、これは、場所が神社だから和装にしたのか、それとも彼の普段着なのか(いや、さすがにそれはないか)。会場を埋めた観客もどう解釈すればいいか分からぬ様子で、まばらな拍手とともに着流し姿のモーガンを迎えた。
一言、日本語で挨拶した後静かに演奏が始まったが、まさかこの後1時間弱もの間、途切れることなくベースソロが続くとは誰も予想しなかっただろう。物音一つ立てるのも憚(はばか)られる静寂の空間で、前後左右の客との距離は近く、観客にとってはなかなかの緊張を強いられる状況だ。ライブ自体は、リリースしたばかりのソロアルバム「Around You Is a Forest」の曲を含むさまざまな引用がなされた即興演奏だと思うが、確証はない。いくつか聴き覚えのあるテーマが聴こえたので、スタンダードも含め何曲かで構成された演奏だったのかもしれない。しかし、一瞬止まっても次の瞬間には演奏が再開されるので、筆者の印象としては全体が1曲のライブとしか思えなかった。
モーガンのウッドベースは素晴らしい。一音一音の輪郭がくっきりして、タッチが繊細。ダブルストップも和音も、擦弦の響きも美しい。彼の技術の高さとともに、このホールの音響の良さも感じさせる。演奏は詩情にあふれ、脳裏にさまざまな自然風景が浮かぶようでもある。
しかし、MCもブレイクもなく、流れに任せてウッドベースのソロが延々と続くライブは初体験かも。そう思った終盤、ベース音に加えて聴きなじみのない音が聴こえてきた。ミュートされポコポコと鳴るピアノのような、琴のような、えも言われぬサウンドだ。これがニューアルバムで使われたモーガン自作による話題の仮想楽器「WOODS」か。思わず中腰で立ち上がり噂の楽器を確かめようとするが、悲しいかな、フラットな会場の後方席から見えるのはモーガンの上半身とベースのヘッド部のみ。オーディエンスに隠れてベースの下半分は全く確認することはできなかった。
後で調べてみたところ、「WOODS」はリアルタイムに音声を合成しアルゴリズムでコードを生成し、作曲する(?)、プログラミングに基づく楽器らしい。だから姿としてはPCやタブレットだったのかもしれない(今は想像するしかない。ステージ上のベースの周辺を終演後に一瞬見たが、分からなかった)。
アルバム「Around You Is a Forest」は、この「WOODS」を全編に使った奇想天外なコンセプトの作品で、ここで紹介している動画はアルバムのタイトル曲だ。ベースソロの後0:40頃から「WOODS」の不思議なサウンドを聴くことができる。兎にも角にも、1時間弱の間ベース(と仮想楽器)の演奏だけでステージをもたせる圧倒的な技倆(ぎりょう)とアイデアは凄かった。
プログラミングといえば、モーガンは父親がコンピュータ・サイエンスの教授で、彼自身もプログラマーだそうだ。ギタリストのビル・フリゼールをはじめ多くのトップミュージシャンたちと多数のコラボレーションを重ねる超売れっ子ベーシストで、ヨルゲン・レス監督の映画「ミュージック・フォー・ブラック・ピジョン ―ジャズが生まれる瞬間―(原題:Music for Black Pigeons)」にもモーガンは登場している。これは14年の歳月をかけて多くのジャズミュージシャンたちのレコーディング風景や日常生活を記録した貴重なドキュメンタリー作品。
「ミュージック・フォー・ブラック・ピジョン ―ジャズが生まれる瞬間―」
この映画では、自宅でマイ・ルールらしき朝のルーティン・ワーク(というより儀式)を着々と行うモーガンの姿とともに、取材者の質問に対して言葉を選んで沈黙を延々と続けたあげく、結局答えが出せない彼のインタビューシーンが強烈に印象に残った。これも、ある意味音楽に対して誠実な彼の姿勢が表れているシーンだと筆者は好ましく思ったのだが、とにかく、彼はユニークだ。ほかの人とは別の規範をもって自律的に行動する真のアーティストという感じなのである。
ライブ終演後にサイン会で会った彼の印象としては非常に物静か、しかしサービス精神の種火が胸の中にともっている人とお見受けした(サインは日本語だった)。
コンピュータ・プログラミングの研究とジャズ演奏の二刀流を続けるトーマス・モーガン。これからのAI時代にソロのアーティストとして、どんな新しい表現を見せてくれるのか楽しみな人だなと思った。
2. ロー・ボルジェス&ミルトン・ナシメント 「O Trem Azul」
2026年元旦。「ブラジル映画祭+」のクラウドファンディングに参加したリターンとして、音楽ドキュメンタリー映画「クルビ・ダ・エスキーナの物語 ~すべてはあの街角から始まった~」(2023年)のオンライン試写を視聴した。
この映画は、ブラジルのみならず、世界の音楽シーンにおいて不滅の金字塔とされるアルバム「Clube da Esquina」(1972年)と「Clube da Esquina 2」(1978年)を生み出したブラジルのアーティストたちに取材し、多様なエピソードと時間軸を織り交ぜながら、作品の制作プロセスを明らかにしていくドキュメンタリーだ。
中心人物のミルトン・ナシメントとロー・ボルジェスをはじめ、ベト・ゲヂス、トニーニョ・オルタなど、このアルバムに参加したブラジルのレジェンドミュージシャンたちが多数登場する。それだけでもブラジル音楽ファンにはたまらない映像の連続なのだが、これらの旧友たちが再会し、制作時の思い出を語り合うシーンはとりわけ感動的だ。映画では楽曲の誕生に影響を与えた場所や人、当時の時代背景にも目が向けられており、これはブラジル現代史の記録でもあると思った。
数々の名曲とともに字幕に流れる日本語訳詞にも感動した。マルシオ・ボルジェスやフェルナンド・ブランチなどによる歌詞を、日本語に翻訳された形で読んだ記憶があまりなかったため、新鮮な発見があった。なんて詩情にあふれた歌詞、なんて素晴らしい曲、そして演奏なのだろうと。これぞ歌詞とメロディの相乗効果。こんなに美しいドキュメンタリーがあるだろうか、と1人感動しながら映画を鑑賞した。
さて、ここに紹介する映像は、「クルビ・ダ・エスキーナ」の中心人物の1人で映画のインタビューにも登場するロー・ボルジェス(Lô Borges)作による人気曲「O Trem Azul」。盟友ミルトン・ナシメント(Milton Nascimento)とのジョイントによる2022年の映像だ。
ボルジェスは残念なことに映画配信の約2カ月前の2025年11月2日に急逝した。映画でインタビューに答える彼は元気そうで、実際は撮影から2年経っているのだが、映画を観た時点が訃報から日が浅いこともあり、まるで死の直前のインタビューかと錯覚してしまった。曲のタイトルのように、永遠の青さ(Azul)というか、若々しい音楽を創る人だった。
余談だが、この後1月下旬にブラジル・ミナス系音楽の愛好者向けに行われたイベントに参加した。会場で映画の歌詞翻訳に携わった方とたまたまお話しする機会があり、訳詞に感動したことと感謝を直接伝えることができた。この映画がシアターで公開される日を楽しみに待ちたい。
3. ラルフ・タウナー「Flow」
1月18日、ギタリストのラルフ・タウナー(Ralph Towner)がイタリアのローマで85年の生涯を閉じた。高齢とはいえ、2023年にアルバム「At First Light」をリリースして最近まで健在ぶりを見せていたので驚いた。SNSの筆者のタイムライン上では、この不世出のギタリストの旅立ちを惜しむミュージシャンや音楽ファンの投稿でたちまちいっぱいになった。
筆者がタウナーを意識して聴き始めたのは、わりと最近のことだ。ECMからリリースされたパオロ・フレス(イタリアの管楽器奏者)とのデュオアルバム「Chiaroscuro」(2009年)で、タウナーが弾く12弦ギターやバリトン・ギターの響きと音の艶、そして「間」と広がりのある絶品の演奏に感銘を受けたのがきっかけで、その後過去作を少しずつ聴き直していたところだった。
今回タウナーの訃報を受けて、何年も聴いていなかったアルバムのことを思い出した。ずいぶん前のことになるが、筆者の兄が持っていたタウナーのソロデビュー作「Trios / Solos」(1973年)を借りて聴いたことがあった。その時は、硬質かつシャープで、やや思索的な(小難しい?)イメージもあったギターの音にピンと来ず、「自分の好みとは違う」と、まことに愚かなフォルダー分けを頭の中で安易に行ってしまった。
しかし今回実に久しぶりにこのアルバムに針を落としてみたところ、驚いたことに今の筆者の耳には合うのだ。あのマイナー志向の思索的で抽象的な曲が、かつて寒々しいほどに硬質に思えたギターサウンドが、見事に気持ちにジャストフィットする。ゾクゾクするほどの感動があった。筆者は、昔の自分を恥じると同時に思った。「嗜好」や「感受性」とは、自分の「成長」あるいは「心の姿勢」で変わるのだなと。音楽をこれからもっと謙虚に、素直に聴いていこうと思う。今は亡き偉大なギタリストに感謝を。
4. 君島大空 合奏形態「crazy」
1月23日、東京ガーデンシアターに君島大空 合奏形態を観に行った。活動の比較的初期にライブを観たアーティストが、その後ビッグな存在になるのを確認するのは嬉しいものだ(自慢するようで申し訳ないけれど、初期のレディオヘッドや青葉市子を小さな箱の、しかも間近で観られたのは幸運だったと思う)。
筆者にとって、君島大空もその1人かもしれない。2019年に東池袋のカフェのイベントで彼の生演奏を聴いた。その時はアコースティックギター1本の弾き語りだったが、リズムと和音の響きに一筋縄ではいかない多彩なニュアンスがあり、歌詞と声にも独特の個性があるという感想を当時SNSに上げた記憶がある。
その後も彼の活躍は聞いていたが、2025年フジロックにエレクトリックなバンド形態「君島大空 合奏形態」で出演し、大観衆を前に歌い、演奏する姿を配信で観た時に、「これは、自分が気づかぬうちにとんでもないレベルに到達してしまったのでは?」と感じた。
そして今回、友人から誘いを受け、行って来ました東京ガーデンシアター。かつてカフェの小空間で聴いた弾き語りライブが、約7年後のこの夜、キャパ7,000人の会場を埋め尽くす満員の一大コンサートに変わっていた。
硬質な高音ボーカルに合うフェンダー系のエレキギター2本(君島大空&西田修大)、そこに新井和輝のエレキベース、名手・石若駿の変幻自在なドラム。メンバーを見るだけでその演奏は保証書付きだけれども、実際にライブが始まると、このバンドによって楽曲の魅力は倍増、いや三倍増になった。先だってNHKで放送されたSFドラマの主題歌も交え20数曲のステージを楽しんだ。大きな箱で、大音量で聴くエレクトリックでソリッドな君島大空。これは海外にも輸出可能な製品なのでは?
そして、周囲で興奮する若い観客の様子を見ると、エレクトリック・バージョンの彼には現代のギター・ヒーローとしての人気要素もあるのだなと感じた。現地に足を運んで初めて分かることは多い。
※記事の情報は2026年4月7日時点のものです。
後編(4月10日公開予定)に続く
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【PROFILE】
シブヤモトマチ
クリエイティブ・ディレクター、コピーライター。ジャズ、南米、ロックなど音楽は何でも聴きますが、特に新譜に興味あり。音楽が好きな人と音楽の話をするとライフが少し回復します。
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