
【連載】創造する人のためのプレイリスト
2026.02.03
音楽ライター:徳田 満
ウィスパー・ヴォイスの歌姫たち(洋楽編) Part1
クリエイティビティを刺激する音楽を、気鋭の音楽ライターがリレー方式でリコメンドする「創造する人のためのプレイリスト」。今回は、「ウィスパー・ヴォイス」を特徴とする歌姫たち12名とその代表曲を選びました。魅惑的なウィスパー・ヴォイスをお楽しみください。
カバーフォト:池谷 恵司
ウィスパー・ヴォイス(Whisper Voice)とは文字通り、「ささやき声」である。
音楽の世界では、ささやくような声で歌う歌手および歌唱法を指すが、いわゆる「声を張って」歌う通常の唱法とは違い、えも言われぬ魅力を伴ってリスナーに響く。
その理由として、歌い手が物理的に近く感じられ、繊細な感情や、微妙な息遣いゆえの色気やセクシーさも伝わるということが言えるだろうが、同じウィスパー・ヴォイスでも歌い手の声質や歌い方、曲調、時代などによって、その印象は全く異なるところが面白く、また奥深い。
もちろん、ウィスパー・ヴォイスは女性だけの特権ではないが、今回は外国人女性による名曲・名唱を、年代を追って紹介する。その魅惑の歌声を存分に堪能していただきたい。
日本人女性によるウィスパー・ヴォイス作品もなかなか充実しているので、そちらも別の機会に特集できればと思う。
〈ウィスパー・ヴォイスの歌姫たち(洋楽編) Part1〉 目次
- クロディーヌ・ロンジェ「Love Is Blue (L'amour Est Bleu、邦題:恋はみずいろ)」(1968年)
- マーゴ・ガーヤン「I Ought to Stay Away From You」(1966年)
- フランソワーズ・アルディ「Comment te Dire Adieu(邦題:さよならを教えて)」(1968)
- ミニー・リパートン「Lovin' You」(1974年)
- シャーリーン「I've Never Been to Me(邦題:愛はかげろうのように)」(1977年)
- ジェーン・バーキン「Yesterday Yes a Day(邦題:哀しみの影)」(1977年)
1. クロディーヌ・ロンジェ「Love Is Blue (L'amour Est Bleu、邦題:恋はみずいろ)」(1968年)
ウィスパー・ヴォイス=ささやき声で歌う歌手は、小さな声でもしっかりと音を拾えるマイクなどの集音・録音機材が導入される以前は、広く知られることはなかった。筆者が知る限りでは、以前の記事「魅惑的で摩訶不思議なExotic Musicの世界」で紹介した、ソンディ・ソッサイ(Sondi Sodsai)の「Bali Ha'i」(1958年) あたりがその先駆けではないかと思う。
1960年代以降はそうした歌い方をする歌手が徐々に増え、1964年には「Concerto pour une voix(邦題:ふたりの天使)」で知られるダニエル・リカーリ(Danielle Licari)が、映画「Les Parapluies de Cherbourg(シェルブールの雨傘)」の主題歌をウィスパー・ヴォイスで歌っている。ただ、彼女らが唱法の一つとしてウィスパー・ヴォイスを取り入れたのに対し、ここで紹介するフランス出身のクロディーヌ・ロンジェ(Claudine Longet)は、ウィスパー・ヴォイス一本で通してきた歌手である。
この「Love Is Blue (L'amour Est Bleu)」は1967年にフランスで発表され、翌年ポール・モーリア(Paul Julien André Mauriat)がインストルメンタル・バージョンを音盤化して大ヒット。その後、クロディーヌもこの曲をカバーしたが、原詞のフランス語ではなく、少したどたどしい英語でカバーしたというところが、彼女の歌としての最大のヒット(といってもビルボード71位だが)となった一因だろう。
時代は下り、1990年代前期の日本に「ソフト・ロック」の(再評価)ブームが訪れる。ソフト・ロックとは、1960〜70年代に発表された、メロディーやハーモニーが美しいポップスやロックの作品のこと。当時流行した「渋谷系」のルーツの一つとして紹介された。そこで愛聴されたのが、本作をはじめとする彼女の楽曲で、筆者も東京都心のHMVやタワーレコードなどでよく耳にしていた。そうした経緯もあり、現在ではソフト・ロックのシンボル的存在として、クロディーヌ・ロンジェは位置付けられている。
ちなみに彼女は1971年、橋本淳(はしもと・じゅん)作詞、筒美京平(つつみ・きょうへい)作・編曲の「絵本の中で」という楽曲を、カタコトの日本語で発表。これもソフト・ロックの名曲の一つと言っていい仕上がりなので、機会があればぜひ聴いていただきたい。
2. マーゴ・ガーヤン「I Ought to Stay Away From You」(1966年)
クロディーヌ・ロンジェ同様、ソフト・ロックの先駆的存在として知られるのが、ニューヨーク生まれのアメリカ人、マーゴ・ガーヤン(Margo Guryan)である。
と書いてはみたものの、恥ずかしながら筆者がその存在を知ったのはつい最近、このプレイリストを思いついて以降のこと。それもそのはず、彼女が歌手としての活動期間中に発表したオリジナル・アルバムは、1968年の「Take a Picture」だけしかなかったのだ。
ただし、音楽業界では当時でも10年以上のキャリアがあり、1958年に21歳で自作曲を発表。その後、主にジャズ界で作詞家・作曲家として活躍していたが、ザ・ビーチ・ボーイズ(The Beach Boys)の「God Only Knows(邦題:神のみぞ知る)」(1966年)を聴いたことからポップスの魅力に目覚め、以降は自ら歌うようになっていく。
しかし、「Take a Picture」は当時評価されず、脚光を浴びたのはそれから30年後に同アルバムが再発されて以降のこと。そこで「再発見」された彼女は、当時未発表だった楽曲をアルバムとしてリリースするようになり、一気に「ソフト・ロックの先駆者」として祭り上げられた、ということのようだ。
この「I Ought to Stay Away From You」も、その未発表曲の一つで、没後の2023年に7インチシングルとしてリリースされたもの 。作詞・作曲とも彼女自身で、ウィスパーで繰り返される「私はあなたに近づかない方がいい」という歌声が、どこかミステリアスな響きや意味を持って、心に残る。
3. フランソワーズ・アルディ「Comment te Dire Adieu(邦題:さよならを教えて)」(1968年)
フランスの歌手、シンガーソング・ライターであり女優でもあったフランソワーズ・アルディ(Françoise Hardy)の代表作の一つが、この曲。日本では「さよならを教えて」という邦題で知られるが、これは数ある洋楽曲の邦題の中でも屈指の名訳だと思う。
もともとはアーノルド・ゴランド(Arnold Goland)とジャック・ゴールド(Jack Gold)というアメリカ人のソングライター・コンビが1966年に制作し、マーガレット・ホワイティング(Margaret Whiting)が歌った「It Hurts to Say Goodbye」がオリジナル。その後、1967年にイギリスの歌手、ヴェラ・リン(Vera Lynn)がカバーしてヒットしたが、ここまでは当時としてもやや古めかしいハチロク(8分の6拍子)のバラードだった。
その翌年、セルジュ・ゲンズブール(Serge Gainsbourg)がフランス語の歌詞を付け、ミディアム・テンポの4分の4拍子でアレンジした(ゴランドが最初に作ったインスト・バージョンがそうだったとの説もある)のが、本作である。
歌詞の内容も、「It Hurts to Say Goodbye」はシンプルな恋の喜びを歌っているのに対し、「Comment te Dire Adieu」は恋の終わりに葛藤して自問自答するというもの。フランソワーズ・アルディもそうした曲調や歌詞の変化を感じ取ってウィスパー唱法を取り入れ、さらに途中、モノローグ(語り)まで挿入している。もしこの曲がいつもの彼女の、つまり普通の歌い方で歌われていたら、ここまで切なくも美しい印象を残し、世界各国で幾多のカバー・バージョンが生まれただろうか。
ちなみに、それらのカバーの中で筆者が個人的に印象深いのは、1985年に戸川純(とがわ・じゅん)が自ら日本語詞を付けたもの。ストーカーのように恋い焦がれる男性を執念深く追いかけるという内容を、例の芝居がかったヴォーカル・パフォーマンスで大げさに歌い上げている。
4. ミニー・リパートン「Lovin' You」(1974年)
ここまでは白人のウィスパー・ヴォイスを紹介してきたが、アフリカ系アメリカ人によるウィスパーの名曲・名唱も、もちろん多い。
その先駆的存在は、スプリームス(The Supremes)のリード・シンガーだったダイアナ・ロス(Diana Ross)だろう。彼女の場合、純粋なウィスパー・ヴォイスというよりは、アフリカ系アメリカ人特有の鼻腔を使ったネイゾル発声との組み合わせだったが、これが現在まで続く、黒人シンガーの歌唱法としてのスタンダードになっていった。
中でも「ウィスパー度」が高いのが、ミニー・リパートン(Minnie Riperton)の代表曲「Lovin' You」である。彼女本来の唱法はどちらかというと声を張る歌い方で、ウィスパー・ヴォイスではないのだが、もともと声のキーが高いので、特にこの曲のようなバラードでは(展開部でのファルセットの効果もあって)ウィスパーに聴こえる。
そしてもう一つ重要なのが、サウンドだ。この「Lovin' You」を含むアルバム「Perfect Angel」はスティーヴィー・ワンダー(Stevie Wonder)のプロデュースだが、彼が弾くローズ・ピアノ(エレクトリック・ピアノ)とアコースティック・ギターのみというシンプルなバッキングに、小鳥がさえずる音を加えたことで、うららかな春の日差しのような温かみのあるトラックになり、歌声のウィスパー度をさらに押し上げているのだ。
5. シャーリーン「I've Never Been to Me(邦題:愛はかげろうのように)」(1977年)
再び白人に戻るが、このシャーリーン(Charlene)も黒人とは縁が深い。というのも、彼女は前述のスティーヴィー・ワンダーやスプリームスなどが在籍したレーベル、モータウン(Motown)初の白人歌手という触れ込みでデビューしたからだ。
ただし、この楽曲を最初に歌ったのは彼女ではなくランディ・クロフォード(Randy Crawford)で、1976年に発表。ソウルフルに歌い上げる黒人女性ならではの唱法で、今聴くとこちらも悪くはないと思うのだが、「自分探し」という歌詞のテーマには、シャーリーンの優しくささやくようなウィスパー・ヴォイスの方がフィットした、ということかもしれない。
とはいえ、シャーリーンのバージョンもリリースされた当初の反応は芳しくなく、発売から5年後の1982年にアメリカのローカルラジオ局から火がつき、全米3位、全英1位、全豪で6週連続1位と世界的な大ヒット曲となったという経緯がある。
現在、この「I've Never Been to Me」は、やはりモータウン出身のテンプテーションズ(The Temptations)をはじめ、ドイツの歌手、メアリー・ルース(Mary Roos)、テレサ・テン、岩崎宏美(いわさき・ひろみ)、椎名恵(しいな・めぐみ)、小柳ゆき(こやなぎ・ゆき)など、国や性別を問わず幅広くカバーされるスタンダードな楽曲になっている。
6. ジェーン・バーキン「Yesterday Yes a Day(邦題:哀しみの影)」(1977年)
まさに「ウィスパー・ヴォイス中のウィスパー・ヴォイス」と言えるのが、ジェーン・バーキン(Jane Birkin)である。
もともとは女優としてデビューした彼女は、よく知られているようにセルジュ・ゲンズブールとの出会いから歌手としても活動し始めるのだが、1969年の歌手デビューから最後の作品が発表された2020年までの51年間、一貫してウィスパー・ヴォイスを通した。
その歌声は聴いておわかりの通り、文字通りの「ささやき声」で、中でもこの「Yesterday Yes a Day」は舌足らず的なところも相まって、一度聴いたら虜になりそうなほど愛らしい。セルジュとの関係でスキャンダラスな面が取り沙汰されがちだったが、一人のアーティストとして見た場合、優れた楽曲・歌唱をいくつも残している。特にこの曲は、1999年に田村正和(たむら・まさかず)と常盤貴子(ときわ・たかこ)が主演したドラマ「美しい人」(TBS系)の挿入歌として使われたので、ある年代以上の日本人にはよく知られているだろう。
なお、ジェーンとセルジュの間に生まれたシャルロット・ゲーンズブール(Charlotte Gainsbourg)も母親同様に女優と歌手の両方で活躍していて、ウィスパー・ヴォイスで歌った「Pour Ce Que Tu N'étais Pas(邦題:あなたのために)」(1986年)などのヒット曲もある。シャルロットの場合はセルジュに「仕込まれた」からか、母親よりも官能的というか、ある意味で危険な雰囲気すら漂わせている。
(参考資料)
Triple M music art Class(ブラックミュージック研究所)「女性ソウルシンガーのウィスパーボイスのパイオニア達」
※記事の情報は2026年2月3日時点のものです。
Part2(2月6日公開予定)に続く
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【PROFILE】
徳田 満(とくだ・みつる)
昭和映画&音楽愛好家。特に日本のニューウェーブ、ジャズソング、歌謡曲、映画音楽、イージーリスニングなどを好む。古今東西の名曲・迷曲・珍曲を日本語でカバーするバンド「SUKIYAKA」主宰。
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