
【連載】創造する人のためのプレイリスト
2025.12.02
クラシック音楽ファシリテーター:飯田有抄
冬に聴きたい、しっとりココロ潤うクラシック
クリエイティビティを刺激する音楽を、気鋭の音楽ライターがリレー方式でリコメンドする「創造する人のためのプレイリスト」。今回は寒さでココロもカラダもカッサカサに乾燥しがちな冬、ココロをしっとりと潤してくれる素敵なクラシックの作品を、クラシック音楽ファシリテーターの飯田有抄(いいだ・ありさ)さんに選んでもらいました。ぬくぬく暖かくて潤いあふれるクラシック音楽をご堪能ください!
カバーフォト:飯田 有抄
年の瀬の足音が近づくこの季節、寒さや慌ただしさで、ココロがちょっとカサついてきたりします。そこで今回、私がクラシック担当班としてご紹介したいのは、「冬に聴きたい、しっとりココロ潤うクラシック」。前回の「癒やし"だけじゃないクラシック!」というノリとは異なる雰囲気のラインナップとなります。ダテに400年の歴史があるわけじゃないクラシック。振り幅めちゃくちゃ大きく参ります。それでは行ってみましょう!
〈"しっとりココロ潤う、クラシック!〉目次
- シベリウス『5つの小品(樹木の組曲)』Op.75より第5曲「樅の木」
- レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ「トマス・タリスの主題による幻想曲」
- チャイコフスキー バレエ組曲『くるみ割り人形』Op.71より第13曲「花のワルツ」
- ブラームス『クラリネット五重奏曲 ロ短調』Op.115より第1楽章「アレグロ」
- ブラームス『3つの間奏曲』Op.117より第1曲「変ホ長調」
1. シベリウス『5つの小品(樹木の組曲)』Op.75より第5曲「樅の木」
レイフ・オヴェ・アンスネス
以下、同曲。レイフ・オヴェ・アンスネス「悲しきワルツ~シベリウス:ピアノ名品集」より
ちょっぴり寂しげではありますが、しんみりとココロ安らぐピアノ作品です。作曲者はフィンランドの巨匠、ジャン・シベリウス(Jean Sibelius)。交響曲や交響詩「フィンランディア」など、オーケストラ音楽の大家として知られていますが、実は歌心に満ちたチャーミングなピアノ作品もたくさん残しているのです。
彼のピアノ曲には、フィンランドの森や湖といった自然、そして家庭の温かさを感じさせるような、とてもリリカルな小品が多く、その代表的な曲ともいえるのがこの「樅(もみ)の木」です。
もみの木といえば、華やかに飾り付けがされたクリスマス・ツリーを思い起こしますが、シベリウスが描くしっとりと静かな「樅」もいいものです。ややシャンソン風味があるといいますか、歌心に満ちたメロディーがなんとも魅力的ですし、ピアノという楽器の魅力を存分に活かしたアルペジオ(分散和音)のフレーズも印象的。短い曲ながら、心に残る作品ではないでしょうか。
リンクしたのは、ノルウェーのピアニスト、レイフ・オヴェ・アンスネス(Leif Ove Andsnes)の演奏。北欧を代表する音楽家の1人です。
2. レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ「トマス・タリスの主題による幻想曲」
フィルハーモニア管弦楽団
クリスティアンサン交響楽団
以下、同曲。アントニオ・パッパーノ指揮、ロンドン交響楽団「レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ:タリス幻想曲(ライブ)」より
冬の澄んだ空気を思わせる、弦楽の美しいハーモニーをじっくり味わえるのが、イギリスの作曲家、レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ(Ralph Vaughan Williams)の「トマス・タリスの主題による幻想曲」です。
ヴォーン・ウィリアムズはイングランドの田舎に古くから伝わる民謡を研究し、楽譜に残す活動を進めましたが、一方で聖歌の研究にも携わりました。ルネサンス期のイギリス聖歌を編纂していた際に、トマス・タリスの詩篇曲を発見し、それを主題として作曲したのが、1910年のこの作品です。大・小2つの編成による弦楽アンサンブルと、弦楽四重奏という3つのグループで合奏されるこの曲は、弦楽の豊かな広がりを響かせる傑作です。
動画は2本リンクします。1つは、ロンドンに拠点を置くイギリスのオーケストラ、フィルハーモニア管弦楽団による弦楽合奏です。映像もクリアで美しいですね。もう一方は、ノルウェーのオーケストラ、クリスティアンサン交響楽団の、やや編成が大きめで響きも厚いライブ収録です。Apple Musicは、アントニオ・パッパーノ(Antonio Pappano)指揮、ロンドン交響楽団の演奏です。
3.チャイコフスキー バレエ組曲『くるみ割り人形』Op.71より第13曲「花のワルツ」
ニューヨーク・シティ・バレエ団
以下、同曲。サイモン・ラトル指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団「チャイコフスキー:バレエ音楽『くるみ割り人形』」より
日本で年末によく演奏されるクラシックのド定番といえば、ベートーヴェンの「第九」がありますが、欧米でクリスマス・シーズンのお決まり演目といえば、なんといってもゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル(Georg Friedrich Händel)作曲の「メサイア」と、ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー(Pyotr Il'yich Tchaikovsky)作曲のバレエ組曲「くるみ割り人形」なのだとか。
とりわけ、「くるみ割り人形」は名曲のオンパレードですね。バレエの夢のように美しい煌(きら)びやかなステージの映像が、最近ではいくつもYouTubeにアップされています。バレエ全編が観られる1時間半ほどの動画もいくつかあります。
私はココロに潤いが欲しい寒い夜は、そんなバレエの映像をテレビ画面で流しっぱなしにして過ごしたりします。味気ないリビングも、暖かいキャンドルが灯るようにロマンティックな雰囲気になるから不思議。今回はニューヨーク・シティ・バレエ団による、有名な「花のワルツ」の部分の動画をリンクしておきます。
物語はクリスマス・イブの夜。少女クララがクリスマスプレゼントに贈られたくるみ割り人形が、夜になると王子に姿を変えます。そして2人がお菓子の国に行くと、妖精たちが次々にダンスを披露してくれるのです。「花のワルツ」は、クララと王子を迎えてくれた金平糖の妖精たちが、可愛らしく踊る場面です。忙しない現実世界から、しばし逃避してメルヘンの世界にココロを遊ばせてください。
Apple Musicのリンクからは、サイモン・ラトル(Simon Rattle)指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の名演をどうぞ。
4. ブラームス『クラリネット五重奏曲 ロ短調』Op.115より第1楽章「アレグロ」
アンドレアス・オッテンザマー
以下、同曲。アンドレアス・オッテンザマー「ブラームス:ハンガリアン・コネクション」より
ここらへんで木管楽器の伸びやかな音色が聴きたくなってきました。お届けするのは、ドイツ・ロマン派の作曲家、ヨハネス・ブラームス(Johannes Brahms)のクラリネット五重奏曲です。クラリネット独奏と、弦楽四重奏という組み合わせの室内楽ですね。
この曲は1891年の作ですから、ブラームスの「人生の秋」に書かれた一曲と言ってよいでしょう。クラリネット奏者、リヒャルト・ミュールフェルト(Richard Mühlfeld)の音色にインスパイアされ、ブラームスにしては比較的スピーディーに筆が進み、書き上げられたそう。ブラームスはこの曲以外にも、クラリネット三重奏曲や、2曲のクラリネット・ソナタをミュールフェルトのために書いています。よっぽど彼の演奏に感動したんですね。
ご紹介する録音はベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の首席クラリネット奏者として活躍し、現在では指揮活動でも知られる大スター、アンドレアス・オッテンザマー(Andreas Ottensamer)の演奏です。彼はこの曲を「クラリネットの全レパートリーの中でも記念碑的作品」と位置付けていて、深くまろやか、かつ喜びに満ちた音色で聴かせてくれます。レオニダス・カヴァコス(Leonidas Kavakos、ヴァイオリン)やアントワーヌ・タメスティ(Antoine Tamestit、ヴィオラ)といった豪華な共演者との、精緻でクリアなアンサンブルも素晴らしい録音です。
ちなみに、ブラームスの本作はOp.(作品番号)115ですが、このあとに続くOp.116〜119はピアノの小品集です。そのいぶし銀のように渋く叙情的に広がる「後期作品」の世界は、多くのピアニストやクラシック音楽ファンに愛されています。
5. ブラームス『3つの間奏曲』Op.117より第1曲「変ホ長調」
ボリス・ベルマン
以下、同曲。エリック・ルー「ショパン : 24の前奏曲 他」より
......というわけで、ここでどうしてもブラームス晩年のピアノ曲につなげたくなったわけですが、Op.116〜119はいずれも作品集で、《7つの幻想曲》Op.116、《3つの間奏曲》Op.117、《6つの小品》Op.118、《4つの小品》Op.119という構成。いずれも、晩年のブラームスの孤独や追憶が音楽の中に染みわたっている素晴らしい作品集です。全部合わせると20曲があるわけですが、長い曲でも5、6分という小品集となっています。
この中でどれか1曲に絞ってご紹介するのはキビしいくらい、本当にいい曲ばかりなのですが、今回掲げたテーマ「しっとりココロ潤う」にピッタリなのは、《3つの間奏曲》Op.117の第1曲かもしれません。
リンクした動画は、ロシアのピアニスト、ボリス・ベルマン(Boris Berman)の演奏です。ここで彼が演奏しているのは、イタリアのファツィオリというメーカーのピアノで、同メーカーの公式チャンネルの動画ですね。ピアノメーカーといえば、圧倒的によく知られているのはアメリカのスタインウェイ、日本のヤマハやカワイでしょう。ドイツのベヒシュタインやベーゼンドルファーといった優れたメーカーの楽器も人気があります。ファツィオリは1981年創業という、ピアノメーカーとしては新しい会社ですが、コンピューター技術なども駆使して、現在ではトップメーカーの1つとなっています。
折しも、今年10月にポーランドで開催されたショパン国際ピアノコンクールでは、アメリカのピアニスト、エリック・ルー(Eric Lu)がファツィオリのピアノを選択して優勝しました。そんな彼が、かつて録音したアルバムにも、このOp.117-1が収録されていました(ただし、使用ピアノはスタインウェイです)ので、Apple Musicの音源をリンクしておきます。
私は上述のコンクール取材(全日本ピアノ指導者協会派遣)で、ポーランドで実際にエリック・ルーの演奏を聴きましたが、実に成熟した音楽を演奏する人で、「あなたの魂は人生何回目ですか?」と問いたくなるくらい、27歳とは思えない老成した表現にあふれていました。リンクしたアルバムは、2019年、まだ21歳の時の演奏ですが、その内省的な音楽づくりが、しっぽりと聴き手のココロに寄り添ってくれます。
※記事の情報は2025年12月2日時点のものです。
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【PROFILE】
飯田有抄(いいだ・ありさ)
東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学院修士課程修了。Macquarie University(シドニー)通訳翻訳修士課程修了。「クラシック音楽ファシリテーター」を肩書としながら、クラシック音楽の普及にまつわる幅広い活動を行っている。音楽専門誌、書籍、楽譜、CD、コンサートプログラム、ウェブマガジンなどの執筆・翻訳、市民講座講師、音楽イベントの司会やトークの仕事に従事。ラジオやテレビなどのメディアに出演。書籍に「ブルクミュラー25の不思議〜なぜこんなにも愛されるのか」(共著、音楽之友社)、「ようこそ!トイピアノの世界へ〜世界のトイピアノ入門ガイドブック」(カワイ出版)、「さぁはじめよう!オーディオのある暮らし」(音楽之友社)、「クラシック音楽への招待〜子どものための50のとびら」(音楽之友社)などがある。公益財団法人福田靖子賞基金理事。
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