落語家の遊び方
2019.06.04
林家彦いちさん 落語家〈インタビュー〉
一歩踏みだせば、面白いことは必ず起きる。
落語界きってのアウトドア遊びの達人、林家彦いちさん。自然の中での体験や、そこで出会った人々の話を生かした新作落語が、多くのファンの心をつかんでいます。その彦いちさんに、遊びの極意についてインタビューしました。
真冬の樹海で一人キャンプ。寒がりなのに寒さを楽しむ。
――釣り、キャンプ、登山、カヌーにダイビング、それに格闘技、写真。彦いちさんは実に多彩な「遊び」を極めていることで知られています。アウトドアに遊びに行ったときのお話はよく高座でされるんですよね。
はい。昔から噺家の「飲む打つ買う」の三道楽っていうのが落語のマクラになったりもするんですけど、僕は外遊びが好きだったんです。でもそれ、はじめは言えなかった。でもあるときから言うようにしたんですね。そうしたら、ちょっとお客さんから反応があったので、それをマクラで喋るようにしたら、なにか解放された気がしました。落語とアウトドア、二つに分けてたものがひとつになって、楽にもなったし、無駄にならない。
――それはいつごろのことですか。
20年以上前かな。二ツ目になったときです。前座さんは師匠のことでやることがいっぱいありますが、二ツ目になると急にヒマになるんですね。それで、一人でキャンプに行ってたんです。
――今で言う「ソロキャンプ」ですね。
そう、今は流行っちゃってますが、そんときはまだあんまりそう言い方なくて。車で行くのでもなくて、電車です。いわゆるバックパッカーですね。
で、あるとき、冬だったんですが、富士五湖の、どの湖だったかなあ、湖畔のキャンプ場に行ったんです。冬だったから路線バスが途中までしか行かなかった。ぎりぎりまでバスで行ったんだけど、そこから歩くにはまだ遠いんで、タクシーに乗ったんです。冬は閉めてるキャンプ場なんだけど、行く前に許可はもらってるんですよ。ごみを持ち帰るっていう条件で使っていいですよって言われてた。ところが、タクシーでそこに着いたときに、運転手さんが、降ろしてくれないんですよ。
――なんか勘違いされたんですね(笑)。
そう。後でそこの住所が「青木ヶ原」だっていうのを知るんですけど。降ろしてくれない。「生きてればいいことあるよ」って、ずっと言うわけですよ。いやだから、その「いいこと」をしにきたのに引き留めるな、と。楽しいことしに、遊びでキャンプに来てるのに。
キャンプするんですよと言っても、「いやそんな、一人でキャンプはしないだろ」とかってぜんぜん信用しないんです。まあ冬だし雪もあったんで、心配してくれてるのはわかった。寒いんだけど、でも、僕は装備は全部持ってるし、もうすごい寒がりなんですけど、それがまた楽しいんです、そこでダウンジャケットとかあったかい物に囲まれながらヒリッとする感じって、なんか生きてる感じもするし気持ちがいいんで、それをやりたくて冬もキャンプに行くんです、って事情説明して、なんとかタクシーを降りた。
で、テントを張って、その中で本読んだり、静かに過ごしてたんですよ。そしたら、誰もいるはずないのに、
ザッザッザッザッ。
って音が聞こえてきた。もう、怖いわけですよ。なんだろうと思ってナイフ握りしめたりして。
ザッザッザッザッザッザッ。
「あのぉー」って声がする。テントは布一枚ですから、すぐそこです。
人だ、幽霊かな、といろいろ思うわけですよ。
そうしたらさっきのタクシーの運転手さんだった。心配で来たって。食べものなんか持ってきてくれて、その日はその人としばらく話し込みましたよ。
そういう予期せぬ出来事を、どうしても人に言いたくなったんですよね。それを、マクラで思いがけないことがあるもんでと喋るようになったら、お客さんが笑ってくれたんです。
そういう思いがけないことがけっこう起きるんですよ。一歩足を延ばしてみると。そういうのがあるから外遊びしてるのもありますよね。起きるんです、間違いなく。
視点を変えれば、風景がぜんぜん別のものになる。
――彦いちさんは面白いことが起きるまでしつこく一歩踏み込んでいるんですよね。
しつこいですね。そういうとこあります。あるとき「ほおずき市」に行ったけど、見えるものってたいてい毎年一緒じゃないですか。去年と一緒でなんかこうつまんないと思ったんですね。僕は人見知りなんですけど、それでも面白いことが起きるまで店の人と話してみた。そうしたら手が足りないって言うから、僕、手伝いましょうかって言ったの。そして、そっち側に入ったんですよ。お店を手伝って、お店側から見るほおずき市の、いやあ面白いこと。見るカメラが向こう側に行くだけで、ぜんぜん別のものになるんですよ。
――それは無償で手伝ったのですか。
お酒と饅頭をくれました。十分ですよ。その店の人、ガタイがよくて耳がつぶれてたから「これはなんか格闘技の人だなっ」て思ったんです。なかなか自分のことは言わなかったんですけど、僕は実は噺家で、って言ったら、その人は若手のプロレスラーだったの。浅草出身で。面白いでしょ。
――しつこく面白いです(笑)。やっぱり「踏み込み力」ですね。
「いいやっ、えいっ」っていう感じですね。こっちのウソがなければ、向こうも受け入れてくれて、面白いことが起きます。全力でやってるからかもしれませんね。
伝説の妖怪の噂を追って、限界集落へ。
そうだ、ネコマタの話を知ってますか。
――いいえ。ネコマタって何ですか?
妖怪猫又。僕はそういう、妖怪とかも好きなんです。猫又っていうのは、人を呪い殺す、人間の言葉を喋る猫の妖怪。今は、図鑑とかでも紹介されてます。新潟の中ノ俣村という限界集落があるんですけれども、里山を撮ってるカメラマンさんの佐藤秀明さんが「彦いっちゃんね、中ノ俣に猫又をつかまえた人がいる」って言うんですよ。
「ネコマタが出る」じゃないんですよ。「捕まえた人がいる」っていうのを聞いて、僕はもう車飛ばしていったんですよ。
もう限界集落でおじいちゃんかおばあちゃんしかいないし、村人以外の人が行くことがないし、おばあちゃんたちもそんな取材みたいなの好きじゃないからかなり怪しまれると、佐藤秀明さんも一緒について来てくれた。
なぜか直接行けなくて、となりに桑取村っていうのがあるんですけど、その村に車を停めて、中ノ俣村から迎えが行くから、その車に乗ってくれって言うんですよ。
――自分では行けないんですね(笑)。
不思議です。で、桑取村に自分の車を停めて、迎えの車に乗ってすっごい山道を行って、その集落に着いたら、携帯電話がつながらないんです。携帯電話がカバーしてない村があることが痛快でした。で、その村で、噺家としてはあんまりやってはいけないんですけど、僕は話芸家なので、落語を一席やりますと言ったんです。その代わり猫又の話を聞かしてくださいって、話の交換を僕が持ち掛けたんです。
昔の公民館です。火鉢があって、鳥だの狸だのの剥製が置いてある。水とか電気のインフラはあるんですけど、テレビを見てもあんまり面白くないから、夜になるとその公民館に、じいちゃんばあちゃんが集まって話してる、そういう場所なんです。
僕らが小さいときのおじいちゃんの家の二階のような湿ってる部屋で着替えて下に降りてったら、もう、じいさんばあさんがコの字型に離れて座って待ってるんですよ。
なかには座布団を自分の前に持って、なんか壁作ってるばあさんもいたりして。そんななか僕は「ちりとてちん」をやりました。とてもゆっくりゆっくり頑張って、笑わしたんですよ。なんか自分が試されてるような感じでしたね。ギャラ出ないのにね。でも、最後はゲラゲラ笑ってくれた。
その後は宴会になるんです。ぼたもちだ山菜だと、豊かなものをいただいてお酒飲んで。いや、素晴らしかったですよ。で、そこで「猫又の話を聞かしてくださいって」言ったら、
「あれは、千六百○○年・・・」
って、ずいぶん古い話なんだ、最近じゃないんだあ。最近のことだと早合点してた。
――本人がいるのかと思ったらそうじゃなかった。
そうなんですよ。でも歴史学者の方が書いた古文書を現代文に訳したものもあって、それのコピーは全部いただきました。すごいですよ。猫又退治の文書で、そのまんま素読みしても面白い。講談になります。猫又と戦うところが事細かに書いてあって、戦って生け捕りにして、最後は相打ちみたいな感じなんです。で、その退治した人の家って長男が代々その名前を継いでるんです。まったくフィクションとして聞いてたのに、その長男が直江津に働きに行ってて、そろそろ村に帰ってきてその名前を継ごうかって話をしてるんです。
――今の世に実在してるんですね。
今につながってるんですよ。
――面白いですね。
それで、宴会でわいわいやってたら、村祭りでやるんだって、おばあちゃんが僕の「ちりとてちん」をコピーして、やりだした。
――それはすごい。
すげぇーっと思って訊いたら、そこの村は、昔の「瞽女(ごぜ)さん」という旅芸人がやってた演芸を真似して、自分たちが瞽女さんに扮して村祭りでやってるらしい。僕がやった「ちりとてちん」も、器用なおばちゃんがもう真似してる。
――才能があるんですね。
なんか、非常に面白かったですね。この一連の話は、マクラじゃとても収まりきれなかったんで、スライドショーのネタに仕上げて東京で演りました。
遊びって、スキーとかをすることだけが遊びじゃないんですよ。趣味ってもう無数にあるわけです。じゃあ僕の趣味は何なのかってことになりますけど、面白話の追いかけ人ですかね。本人次第でどうにでもなる。大事なのは面白がるっていうことです。
※記事の情報は2019年6月4日時点のものです。
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【PROFILE】
林家 彦いち(はやしや・ひこいち)
鹿児島県出身。1989(平成元)年、林家木久蔵(現:木久扇)に入門し、2002(平成14)年に真打昇進。新作落語を得意演目とし、春風亭昇太らと旗揚げした創作話芸協会「SWA」でも活躍している。その活動範囲は高座だけにとどまらず、アウトドア好きとして世界の秘境(ユーコン川、バイカル湖、シルクロード、テーブルマウンテン、ヒマラヤなど)を旅して回る。また格闘技や写真への造詣も深く、これらの活動を活かして執筆活動やラジオのパーソナリティなど幅広く活躍。著書「楽写」(小学館)、「いただき人生訓」(ポプラ社)など。DVD「彦いち噺」(竹書房)、テレビ「BS笑点」(BS日テレ)など。ラジオ「久米宏 ラジオなんですけど」(TBSラジオ)など。公式ウェブサイト:https://www.hikoichi.com/
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