無人の浜でひとり、焚き火台を使う。

NOV 22, 2022

ホーボージュン 無人の浜でひとり、焚き火台を使う。

NOV 22, 2022

ホーボージュン 無人の浜でひとり、焚き火台を使う。 アウトドアライフを豊かにしてくれる、実戦的な道具とは? 自由を求めて海や山に生き、世界をまたにかけて活動するアウトドアライター、ホーボージュンさんに教えてもらいます。

 全身の筋肉に力を込め、ずっしりと重いシーカヤックを砂浜に引き摺り上げた。いつもならなんなく上げられる愛艇が今日はまるで石船のように重い。早朝から40km以上も漕いで身体が疲れ果てているせいなのか、あまりの重さに何度もよろけた。


「うっしゃあ!」


 船尾に波が被らない水位まで引き上げると僕はライフジャケットとスプレースカートを身体から剥ぎ取り、天に届けとばかり身体を伸ばした。幅60cmほどしかない狭いコックピットに6時間以上座り続け、下半身がガチガチに硬直してしまった。


 洋々とした大海原を漕ぎ渡る快楽と拷問のような肉体的苦痛はシーカヤックの旅ではワンセットだ。それでも僕がカヤックの旅を続けるのはそこに圧倒的な自由があるからだ。


「いい浜じゃん。ナイスジャッジだ、俺」


 上陸した浜は岸壁に囲まれた小さな入り江にあり、長さ50mほどにわたって荒い粒の砂浜が続いていた。陸側から浜にアプローチする道はなく、壁のような崖とビッシリ茂ったブッシュが人の往来を阻んでいた。湾内の水深が浅く漁船やレジャーボートも近づけないため、完全な無人浜になっている。ここに降り立てるのはトンビかカモメくらいのものだろう。つまり明日の朝ここを出るまで、僕を邪魔する者は誰もいない。ここは僕の王国で、何をしようと自由なのである。


「さーてと。まずは火だな」


 僕はタイドラインに沿って歩きながら流木を集め始めた。「タイドライン」というのは砂浜に潮が満ちる最上部のことで、波によって打ち上げられた流木や漂流ゴミがこの線上に溜まる。タイドラインが最も高いのは大潮の満潮時。いまは小潮の干潮なので波打ち際はずっと下にあるが、先週の大潮で浜に打ち上げられた流木が太陽と浜風に晒されてカラカラに乾いて溜まっていて、僕は大量の薪(たきぎ)を労せず手に入れることができた。


焚き火台「ワイヤフレーム」(モノラル)焚き火台「ワイヤフレーム」(モノラル)


 薪集めが終わると、僕は少し悩んでから折り畳み式の焚き火台を取り出した。「モノラル」という日本のガレージブランドが作っている「ワイヤフレーム」という製品で、よくあるオートキャンプ用のゴツイものではなく、ステンレスフレームと不燃布を組み合わせたシンプルなものだ。重さは1kgに満たず、折り畳むと長さ35cmの筒型に収斂(しゅうれん)できるので、自転車やバイクなど大型のキャンプ道具を持ち運べないキャンパーに人気が高い。


 基本的に僕は無人島や無人浜では焚き火台を使わない。そもそも焚き火台というのは直火によって周りの植生を破壊しないことと、焦げ跡で景観を損なわないためにある。砂浜やゴロタ浜では焚き火の熱が植生や地中内生物に影響を与えることはないし、灰や焦げた石は海に放ればゴロゴロと波が洗ってくれる。そもそもここには景観うんぬんを口にする人もいない。


 それでもわざわざ焚き火台を出したのは純粋に機能性を考えてのことだ。地面で直火するより、焚き火台を使って地面から少し浮かせた位置に火床を作ったほうが、下から新鮮な酸素を取り込めるので手早く火が熾(おこ)せる。また濡れたパドリングウエアを乾かし、冷えた身体を暖めるのには焚き火は少し高い位置にあったほうがいい。


 僕の焚き火は愛でるためや愉しむためではなく(いや、もちろんそれも大好きなのだが)あくまで、濡れたウエアを乾かし、冷えた身体を暖め、温かい食事を作るためのものだ。焚き火台は"遊具"ではなく"道具"なのである。


「ううう~、さぶい」


 海風を浴び、急激に体温が下がるのを感じた。早いところ火を焚いて濡れた全身を乾かしたかった。


 手早く焚き火台を組み立て、不燃クロスの火床に小指ほどの太さの枝を7~8本重ねる。その上に着火剤を置いてライターで火を付けた。すぐに青い炎が上がり乾いた小枝に燃え広がる。僕は拾ってきた竹を足で踏んでバキバキと割り、それを火にくべる。


 乾いた竹は火持ちは悪いがよく燃えるので焚き付けとしてはたいへん優秀だ。竹は筏(いかだ)や旗竿によく使われていて、台風などでバラバラになった竹がプカプカと海を漂ったのち島や海岸に漂着することも多い。だから僕はこれを焚き付けとしてよく利用する。


 ちなみに山間部では落ちた松ぼっくりや杉や檜(ひのき)などの針葉樹の葉、白樺や松の表皮などがいい焚き付けになる。また南米を自転車で旅していたときは枯れたサボテンを焚き付けに利用した。長く焚き火生活を続けていると、常に身の周りの樹木や森林の植物相に意識が向くようになるのだ。


 くべた小枝に火が回ると僕はそこに太い流木を3本ほど放り込み、手をかざした。指先からじんわりと熱が染みこんでくる。裸火というのはどうしてこんなに暖かいのだろう? ファンヒーターや石油ストーブにはない「原始の力」がそこには宿っている気がする。


 やがて流木ぜんたいに火が回り、メラメラと力強い炎が上がった。オレンジ色の炎はまるで生命を授かったかのように踊り始め、熱波を僕に浴びせかける。濡れたパドリングジャケットからモウモウと湯気が立ち上り、顔が熱くなってくるのを感じた。


「さあ、野営の準備だ。テントを建て、タープを張ろう。お湯を沸かしてホットウイスキーを飲むのだ」


 原始の火に照らされながら、僕は王国の建国を始めた。


 誰もいない海岸に、焚き火のはぜる音がしていた。




折りたたむとこのようにコンパクトになる折り畳むとこのようにコンパクトになる


※記事の情報は2022年11月22日時点のものです。

  • プロフィール画像 ホーボージュン

    【PROFILE】

    ホーボージュン
    全天候型アウトドアライター。「ホーボー」とは英語で「放浪者」の意。23才でユーラシア大陸を横断以来、サハラ砂漠横断、アフリカ大陸縦断、南米大陸縦断、南太平洋一周など世界各地を放浪しアウトドア各誌に寄稿する。現在は湘南葉山をベースにシーカヤックによる外洋航海から6,000m峰の高所登山までフィールドとスタイルを問わない自由な旅を続けている。公式Twitterアカウントは「@hobojun」https://twitter.com/hobojun

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