【連載】アウトドア道具考
2023.01.17
ホーボージュン
頼りになる友人、レザーマンツール
アウトドアライフを豊かにしてくれる、実戦的な道具とは? 自由を求めて海や山に生き、世界をまたにかけて活動するアウトドアライター、ホーボージュンさんに教えてもらいます。
「頼むぜオイ。今日は久々のキャンプなんだからさ......」
むっつりと黙り込んだストーブに僕はなだめるように声をかけた。彼の本名は「コールマン・413Hパワーハウス・ツーバーナーストーブ」。アウトドア界を代表するロングセラーで、オールドスクールなキャンパーなら誰もが一度は使ったことのある名作ストーブだ。
僕もかつては毎週のようにコイツに火を入れていたが、いまは軽くてコンパクトなガスストーブをメインに使うようになったことや、僕自身がもう「キャンプのためのキャンプ」を卒業してしまったこともあり、この10年近く道具部屋の棚の奥にしまったままになっていた。それが今日、ひょんなきっかけで復活したのである。
「お前、アウトドアは得意分野だよな? だったらちょっと手伝ってほしいんだけどさ」
先週、学生時代の旧友からそんな連絡があった。今度の週末に親子でキャンプにいくのだが、経験がなく不安なのでもし可能なら付き合ってほしいというのだ。
「カイとガクがどうしてもキャンプしてみたいって言うんだよ......。でもほら、俺は道具も持ってないし、そもそも焚き火も料理もまるで苦手じゃん?」
「じゃん? じゃねえだろ。なんで俺がお前ん家のガキの面倒を見なきゃなんねえんだよ」
そういいながらも僕はその提案に前のめりだった。彼のふたりの息子、カイとガクは僕の親友だ。かつて僕らはパン工場裏の雑木林や河原の茂みの中にいくつもの秘密基地を作り、"オトコの秘密"を誓い合った仲である。だが早いものでふたりはもうすぐ小学校6年生と4年生になるという。いつまでもこんなオッサンと無邪気に遊んではくれなくなるだろう。
「しょうがねえなあ......。じゃあキャンプ道具一式はオレが持って行くからオマエは冷えたビールと高級和牛をしこたま買ってこい。あとガソリン代はオマエ持ちな」
「おっ! 恩に着るぜ! 持つべきものは頼りになる友人だよな!」
弾んだ声で待ち合わせの場所と時間を告げると友人はそそくさと電話を切った。そして僕はその足で道具部屋に行くと、テントやタープ、焚き火台やコッフェルなどキャンプに必要なギアを揃え、最後に棚の奥から埃まみれのツーバーナーストーブを引っ張り出してきたのである。
久しぶりの対面だったが、思っていたより状態はよかった。僕は濃いモスグリーンの筐体から赤い燃料タンクを取り出すとキャップを開けて中を覗き込んでみた。タンク内部には錆びも無くキレイな状態を保っている。
「ヨシヨシ。じゃああとは現場でホワイトガソリンを買うだけだな」僕はのんきにそう思っていたのであった。
そして迎えた日曜日。キャンプ場で友人一家と落ち合いふたりの息子とひとしきりじゃれ合ったあと、僕はさっそく準備にかかった。燃料タンクに新しいガソリンを注入し、ポンプノブを100回ほど操作してタンク内部を加圧する。そして点火レバーを上へ回し、燃料バルブを少し開いてバーナーヘッドにライターを近づけた。「ブワッ」と勇ましい音がしてバーナーに火が入る。最初はメラメラと赤い炎が上がるが、しばらくすると青い炎に変わるはずだ。
ところが......。いつまでたっても炎が安定しない。
「おいおい、どうしたんだよ」
追加でポンピングをしたり燃料バルブを開閉したりしてみるが、炎は途切れ途切れに咳き込むような燃え方をしている。黒い煙が上がりバーナーヘッドはもう煤だらけだ。不完全燃焼を起こしているのは明らかだった。
「やれやれ......」
僕はひとつため息をついた。原因はおそらくジェネレーターの詰まりだろう。この時代のガソリンストーブは燃料パイプをバーナーの熱で温めてガソリンの気化を促進するのだが、そこが目詰まりしているのだ。まあ10年も放っておけばそういうこともある。僕は気持ちを切り替えると腰のベルトシースに手を伸ばし、中からレザーマンツールを取り出した。
「レザーマンツール」は1980年にアメリカの電気技師、ティム・レザーマンによって考案されたツールナイフだ。最大の特長はハンドル内部にフルサイズのプライヤーを備えること。それまでもスイスアーミーナイフなどツール付きのナイフはあったが、そこにプライヤーを加えたのがティム・レザーマンの慧眼だった。
10代の頃から熱心なバイク乗りだった僕は、どこへ行くにもラジオペンチやバイスプライヤーを携行していた。元々は故障したバイクを修理するためだったが、じつはプライヤーというのはキャンプ生活でも大活躍する。「掴む」「捻る」「引っ張る」といった作業はアーミーナイフにはできないがプライヤーは得意だ。だからレザーマン氏の発明には大感激し、日本で彼のツールが販売されるとすぐに手に入れた。以来40年近く何処へ行くにもコイツと一緒だ。
僕はレザーマンのハンドルエンドをつかみ、左右に割るようにして反転させた。するとハンドル内部に収納されていたステンレス製のプライヤーヘッドが「カシャン」という音とともに現れる。めざとくそれを見つけたカイとガクが僕の元に走り寄ってきた。
「ねえねえ、なにやってるの!」
「なにそれ? なにそれ?」
僕はプライヤーヘッドをいったんハンドル内に収納すると、神妙な顔でそれをふたりの眼前に掲げ、「シャキーン!」という擬音と大げさな身振りを加えながら、目の前で展開してみせた。
「うわあああ~!」
「かっけーーー!」
絵に描いたような小学生男子の反応に僕は嬉しくなる。レザーマンの展開ギミックはまるで戦隊ロボットかトランスフォーマーのようで、少年たちの心を鷲掴みにした。
調子に乗った僕は「いいかよく見てろよ」というと、ふたりの目の前でナイフブレードやノコギリ、小さく折りたたまれた精密な小型ハサミなどを次々と取り出しみせた。そのたびに拍手喝采である。僕はさらに調子に乗り、ダイヤモンドシャープナーを備えたヤスリを仰々しく見せてこう言った。
「いいか? コイツはこんなに小さいけど鋼鉄だって切断できるんだ。オレは以前、頑丈な南京錠をこれで断ち切ってテントに閉じ込められていた仲間を助けたことがあるんだぜ......!」
この瞬間のふたりの目の輝きといったら! それはまるで白色矮星が放つ光線のようにまばゆく光り、僕を見る瞳はハート型になっている。これはレザーマンにまつわる僕の十八番のエピソード。半分はウソだが半分は本当だ。レザーマンは南京錠だって切断できる。
「おーい! まだ火は着かないのか~? もう腹ペコだぜ!」
友人の声がしてハッと我に返った。いかんいかん。遊んでいる場合じゃない。僕は慌てて修理作業を続行した。
まずはタンク内部の内圧を抜く。そしてジェネレーターパイプをプライヤーで挟み、反時計回りに回転させる。かなりキツくしまっているので握力が必要だったが力ずくで回した。すると中から細いニードルが姿を現す。こちらもプライヤーで4分の1回転ほど緩めて、あとは手で回す。この時にニードルを傷つけないように革手袋を充ててからプライヤーで挟むのと、繊細なネジ山を壊さないように慎重にまわすのがポイントだ。
取り外したニードルはずいぶん汚れていた。炭化した燃料がかさぶたのように重なっている。パイプとニードルのあいだに入るコイルもタール状になった燃料で汚れていた。
「原因はこれだな......」
僕はレザーマンに内蔵されたヤスリとセレーションブレード、そして鍋洗い用の金タワシを使って溜まったカーボンを丁寧に落とした。ついでにジェネレーター先端部の真鍮ナットを増し締めする。ここは本来は専用工具か米国規格の3/8インチレンチが必要なのだが、プライヤーでもじゅうぶん代用できる。これでミキシング部から漏れていた赤火も止まるはずだ。
手順を踏んですべてを元に戻し、ふたたびポンピングをして着火する。燃料漏れもなく、プレヒートが終わるタイミングで燃料バルブを開くと、キレイに整列した青い炎がゴウゴウと勇ましい音を立てて燃え上がった。カイとガクが目を丸くしてその様子に見入っている。
「おっ! 自分でぜんぶ直したのか。流石だなあ!」
友人が感嘆の声を上げた。そしてクーラーボックスからキンキンに冷えたビールを出すと、ガソリンまみれの僕に手渡してくれた。
「やっぱり持つべきものは頼りになる友人だよな!」
ガハハと笑いながら彼は先日の電話とまったく同じセリフを言った。
「そう。持つべきものは頼りになる友人だよ」
僕は腰のベルトシースをポンと叩くと、友人のその言葉をレザーマンに贈ったのである。
※記事の情報は2023年1月17日時点のものです。
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【PROFILE】
ホーボージュン
全天候型アウトドアライター。「ホーボー」とは英語で「放浪者」の意。23才でユーラシア大陸を横断以来、サハラ砂漠横断、アフリカ大陸縦断、南米大陸縦断、南太平洋一周など世界各地を放浪しアウトドア各誌に寄稿する。現在は湘南葉山をベースにシーカヤックによる外洋航海から6,000m峰の高所登山までフィールドとスタイルを問わない自由な旅を続けている。公式Twitterアカウントは「@hobojun」https://twitter.com/hobojun
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