全力で面白がることで身に付いた「面白がり力」。

JUN 11, 2019

林家彦いちさん 落語家〈インタビュー〉 全力で面白がることで身に付いた「面白がり力」。

JUN 11, 2019

林家彦いちさん 落語家〈インタビュー〉 全力で面白がることで身に付いた「面白がり力」。 アウトドア遊びで出会ったことや人々の話を生かした新作落語が、多くのファンの心をつかんでいる林家彦いちさんに、遊びの極意について訊いたインタビュー。今回は、ヒマラヤをはじめとするグローバルな外遊びのお話です。

自然の中で出会う、すごい爺さんたち。

――彦いちさんは、釣りでも登山でも、普通にやること以外に、必ず面白いことや人に出会いますね。

作家の夢枕獏さんと、よく渓流に釣りに行くんです。そうすると、地元の渓流釣りの名人の爺さんが、ぐんぐん渓流に入っていく。信じられないですよ。滝とかを爺さんが登っていくのを見ると、すげぇなって、そっちに感心しちゃうんです。釣りは釣りでいいんですけどね。

北海道では、熊が出ると感覚でわかるっていう爺さんがいた。釣り名人っていうのは、森の達人というか、森の民ですよ。小さいころからそこで過ごして、山菜採って、ここにはあれがいてこれがあってと、全部知っている。で、熊が出たら、分かるから教えるって言うんですけど、分かるって、どういう感じでわかるんですかって言うと、背筋がぞくぞくするって言うんですよ。それ僕にはわかんないから離れないでくださいって言って。でも人間だって2メートル近い生き物で、向こうだって臆病だから熊は襲ってこない。ただし子供を連れてたりすると、危険がある。それもわかるって言うんです。いよいよこれは危ないっていうときは、その爺さんは生え際がヒリヒリするらしいです。そういうのを聞くことが、楽しいですね。

――釣りそのものよりも?

ま、釣りも面白いんですけど、それと同じぐらい、なんかいいこと聞いたなあ、って思う。

そのとき僕、フライつまり毛鉤で釣ったんですよ。その名人の爺さんは毛鉤というものがあるのは知ってるけども、エサの方が釣れるからエサで釣る。毛鉤って相性があるんですけど、そのときは相性が合ったのかすごい釣れたの。僕が釣ってるのを見て、おい、すごいなあそれ、って言うわけ。で、案内してくれたお礼にこう巻いてこうするんですと言って、毛鉤のセットをあげたの。ほえー、こんなに釣れんのかって言って、ありがとうも言わずにパッて奪って、去っていった。なんか森の民だよね。ありがとうも言わないのがダメとはぜんぜん思わなくて、むしろ素敵でしたね。そのワッて奪ってお礼も言わない爺さんも後で落語に登場するんです。

――これを仕事に生かそうとか、その場では意識していないんですか?

うん。アウトプットするときにはもちろん、こういうのが喜んでもらえるかなと考えるんだけど、入れるときは、ただただ好きなものだけを入れてる感じですかね、どうやら。

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高山病のヒマラヤで出会った素晴らしいネタ。

――外遊び好きが高じて、ついにヒマラヤまで行ってしまいましたね。

ヒマラヤのこともネタにしてますけど、あれ、ほんとなんですよ。日本では処方されてない高山病の薬がネパールにあったんです。高山病の症状って頭痛と吐き気なんだけど、この薬に副作用はあるのかと訊いたら、山小屋のリンジンさんという人が、片言の日本語で「ズツウとハキケ」って言うんです。「えっ」って思った。症状と副作用が同じだから、飲んでもどっちで痛いのかわからない。

――(笑)素晴らしいネタですね。

素晴らしいですよ。標高4000メートルでそれもらったときに、こいつ何を言ってんだって(笑)。それは山の落語の中に、入れましたけどね。

――行ってないと得られない話ですね。

そうですね。副作用が頭痛と吐き気っていうのは、創作でも思いつくような話だけど、そこで体験した実感があるのとないのは、少し違うような気がするんです。

――実際に飲んだのですか。

飲みましたよ。頭、ずっと痛かったです(笑)。

リンジンさん、「ズツウとハキケデス」って、すごく高っ調子なんですよ。リンジンさんは朝のサービスで、顔を洗うお湯を持ってきてくれる。お湯はタトパニーって言うんですけど、たぶん日本人の誰かがお湯が入れてある器を「洗面器」だと教えたんですね。リンジンさんはお湯のことを「センメンキ」って呼ぶんですよ。朝6時ぐらいに「センメンキー」って、洗面器の妖怪のようにどんどん近づいてくるんです。「センメンキー」・・・怖い。山小屋はベニヤ板一枚の壁しかないんですけど、一人で寝てると、それは向こうからトントンってやってくる。「センメンキー」。そういうのはやっぱり、旅の面白さですよね。

ヒマラヤにて。高山病に悩まされながらベースキャンプで落語を演じた。ヒマラヤにて。高山病に悩まされながらベースキャンプで落語を演じた。Ⓒ林家彦いち公式サイト




ミクロネシアからユーコン川、バイカル湖へ。

――海外のアウトドアへは、いつごろから行くようになったのですか。

最初に行ったのは(三遊亭)白鳥さんと行ったミクロネシアだったかな。二ツ目だったときはとにかく時間がたくさんあって、東京で飲んだりしてるんだったら旅に行った方がいい、って言って。その前にも寒いの苦手だから、白鳥さんと沖縄とか行ったりしたんですけど、ついにミクロネシアに。20代でしたね。ヤップ島、マジュロ島だとか、フィジーだとか行って、それはそれでまた白鳥さんとのいろんな物語があるんですけれども。

で、30歳くらいかな、野田知佑さんに連れられてユーコン川を下ったり、専門的な技術と装備と専門家も必要になってくる旅が始まった。南の島って特に装備は要らないけど、アラスカのように、生命の危機を回避するための道具たちも持って行くっていう旅が、楽しくなりましたね。

――シベリアのバイカル湖にも行かれたんですよね

バイカル湖ではキャンプをしたんです。オリホン島という島の人たちが古代の漢字を見つけた、とかいうことだったので、書道の先生と行って、島に渡って岩に書かれた文字を拓本しました。それからやっぱり釣りですね。オームリっていうバイカル湖の固有種を釣りました。水がすごい冷たいんですよ。で、オリホン島の爺さんが、バイカル湖に足まで入ると足の病気にはならない、腰まで入ると腰の病気にならない、心臓まで入ると心臓の病気も治る、って言うんですよ。そして頭まで入ると風邪をひくって。

――(笑)ちゃんとオチがあるんですね。

爺さんが顔色変えずに「どうだ」って。ありがとうございます、最高ですって僕は言うわけですよ。本人は笑わないんです。我々はその爺さんをどうやって笑わそうかって、やってましたね。

――世界がいい話に溢れてますね。

そうなんです。溢れてるんですよ、ほんとに。

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実感したものが最上級。そのために動き続けたい。

――彦いちさんが新作落語家じゃなかったら、この「面白がり力」っていうのは、違っていたのでしょうか。

わかりません。古典落語でも、そういう広げ方をしたり、マクラでそういう話はします。でも僕のやっていることはなかなか人ができないことも多いから、先輩からは、お前のやってることは特殊なんだぞ、とも言われます。

僕は冒険みたいなことが大好きだったのですが、高校生のときに、植村直巳さんのインタビューで「山を登ることを表現してるんだ」というのを読んだんですよね。それどういうことなのかなと引っかかったのは、ずっと覚えてます。その後、椎名誠さんの「怪しい探検隊」とかああいうものも、ただ焚火してっていうだけじゃなくて、それを面白くしてるんだ、っていうことに、ずっと引っかかっていましたね。

――表現というのはつまり、体験を誰かに伝えたりすることですか。

植村直己さんが犬ゾリで行くときに、カメラをここに立てて、そして降りて戻って、カメラを回収してまた行く。それをずっと繰り返す。それって極点へただ行くのとは、少し違うじゃないですか。こんなことがあった、これを人に伝える、そういうのはなんかいいなあとは思いました。やっぱりそこでしかない説得力っていうのがあるんですよね。落語っていろんな形容とかが必要ですけど、僕は実感したものが最上級だと思ってやってるからいろんなとこ行く、というのはあります。

――実感が大切なのはそうだと思いますが、伝統芸能の落語ですから、「型」みたいなものとのバランスが難しいのではないのでしょうか。

僕は、落語はだれだれの型っていうのはあっても、武道のような型はないと思っています。あるのは基本的なルールだけです。僕は空手と柔道をやってたんですけど、落語には実はそういう型がないことに気づいたんですよ。小さん師匠の型、志ん生師匠の型というのはある。そうすると、皆その人の型、自分の型を作るしかないんです。

――これからもいろんな体験をされていかれるのでしょうか。

そうですね。動き続けます。動き続けることでしかないですもんね。

――それが彦いちさんの型ですか。

そんな・・・おこがましいです。おこがましいですが、そうですね、それが僕の型です。全力で面白がる、ということです。

――今日は楽しいお話を本当にありがとうございました。

自然の中に飛び込み、さらに一歩踏み込んですごい人物に出会い面白い話を発見していく。その体験を落語のなかで生き生きと表現する林家彦いちさん。これからもどんな物語が生まれるのか、その活躍がますます楽しみです。

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※記事の情報は2019年6月11日時点のものです。


前編はこちら

  • プロフィール画像 林家彦いちさん 落語家〈インタビュー〉

    【PROFILE】

    林家 彦いち(はやしや・ひこいち)

    鹿児島県出身。1989(平成元)年、林家木久蔵(現:木久扇)に入門し、2002(平成14)年に真打昇進。新作落語を得意演目とし、春風亭昇太らと旗揚げした創作話芸協会「SWA」でも活躍している。その活動範囲は高座だけにとどまらず、アウトドア好きとして世界の秘境(ユーコン川、バイカル湖、シルクロード、テーブルマウンテン、ヒマラヤなど)を旅して回る。また格闘技や写真への造詣も深く、これらの活動を活かして執筆活動やラジオのパーソナリティなど幅広く活躍。著書「楽写」(小学館)、「いただき人生訓」(ポプラ社)など。DVD「彦いち噺」(竹書房)、テレビ「BS笑点」(BS日テレ)など。ラジオ「久米宏 ラジオなんですけど」(TBSラジオ)など。公式ウェブサイト:https://www.hikoichi.com/

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