マニアックな橋巡り!「土木博士たちとめぐる吉田新田の橋クルーズ」に参加!

JAN 28, 2020

三上美絵 マニアックな橋巡り!「土木博士たちとめぐる吉田新田の橋クルーズ」に参加!

JAN 28, 2020

三上美絵 マニアックな橋巡り!「土木博士たちとめぐる吉田新田の橋クルーズ」に参加! 遊びは創造の源泉。身近にあるコトやモノ、どんなことにも遊びを見出してしまう。そこに本当のクリエイティビティがあります。このドボク探検倶楽部、略してドボたんはさまざまな土木構造物を愛でるコーナーですが、今回のテーマは「橋クルーズ」。横浜の大岡川と中村川の橋を巡るマニアックなクルーズに、ドボたん三上が潜入!

真冬の川面を屋根なしの舟で川めぐり

「舟好き三上さん! 横浜の大岡川と中村川を舟でめぐるツアーをします。ご一緒にいかがですか?」。ある日、コンクリート工学の博士号をもつ女性の友人から、SNSにこんなメッセージが。

たしかに舟に乗るのは大好きだけど、12月半ばですよ? 水の上は、想像以上に寒いですよ? 怖気づく私に、「14時からで、夜ではないですよー」と彼女。いやいや、屋根のない小舟、昼だって寒いでしょ。

でも、ここで断ってはドボク探検倶楽部の名折れです。それに、横浜の川にどんな橋が架かっているのか見てみたい。数分間迷ったあげく、私の指は「やっぱり行きたい! 参加させてください」と返信を打っていたのでした。

今回の川めぐりのタイトルは「土木博士たちとめぐる吉田新田の橋クルーズ」。土木博士「たち」というとおり、誘ってくれた彼女の他に、彼女の恩師や知人の土木博士の方々が何人も乗船されるとのこと。すごいですね~。

案内役は、橋梁や防災などを専門とする土木博士の松永昭吾さん。松永さんは、「噂の土木応援チーム デミーとマツ」のマツさんとして、子どもたちに土木の面白さを伝える活動もしています。土木広報大賞2019の準優秀賞を受賞したデミマツの活躍ぶりは、私も存じ上げておりました。これは楽しいツアーになりそうです。

当日、集合場所である横浜日の出桟橋へ行ってみると、子ども連れのファミリーや夫婦、土木ファン、地元横浜の人たちなど、25人ほどが集まってきました。ライフジャケットを身に着け、いよいよ乗船です。



関東大震災後のスピード復興を可能にしたシンプルな桁橋

「今日は土木博士がいっぱい乗っているので、じつはワタクシ、大変緊張しています」と船上の笑いを取りつつ、にこやかに案内を始めるマツさん。そこからの説明はさすが専門家、一般の人たちはほとんど知らない情報をとてもわかりやすく紹介してくれました。

横浜の吉田新田は、大岡川と中村川に挟まれた釣り鐘型のエリア。ここは、もとは入り江で、江戸前期に材木商の吉田勘兵衛が干拓したそうです。急激に人口が増えた江戸の食料基地として、新田が求められたのでしょう。江戸末期になり、さらに沖合へ向けて現在の横浜中華街や、市役所などのある関内なども埋め立てられました。

私たちの乗った舟、その名も「ベネチア号」は、日の出桟橋を出て、大岡川を遡ります。
横浜は1923年(大正12年)の関東大震災で大きな被害を受けました。大岡川をはじめ市内の河川に架かる254橋のうち97橋が被災したと言います。「復興・復旧事業によって改修・新設された橋は178橋あり、そのうち40橋が現存しています」とマツさん。

一般に、道路の橋は、古いものがあまり残っていないそうです。その理由は、トラックなど重い車両が増えたからで、大きな荷重がかかっても大丈夫な橋に架け替えられたのです。ちなみに、鉄道の車両は昔より今のほうが軽くなっているので、古い橋がそのまま使用できるケースが多いのだとか。なるほど~。

ベネチア号が赤い橋の下をくぐりました。現存する復興橋梁の一つ「太田橋」です。関東大震災後に新設された復興道路が大岡川をまたぐ箇所に架かっています。

橋を下から見ると、構造がよくわかります。太田橋の下面には、断面がI型の鋼板が並んでいました。これは「プレートガーダー」という構造形式。プレートは鋼板を指し、ガーダーは「桁(けた)」の意味。つまり、「縦に並べた鋼板で荷重を支える桁橋」ということです。

マツさんによれば、横浜の復興橋梁の8割以上がこのタイプの橋とのこと。震災前の橋はほとんどが木造で、被災によって多くが焼け落ちてしまったことから、交通網を復活させるために急いで橋を架ける必要がありました。このため、シンプルで早く建設でき、コストも抑えられるプレートガーダーが採用されたのです。

さらに今では、大きな地震が来ても橋が落ちないように、「落橋防止装置」が取り付けられています。


太田橋の落橋防止装置(写真中央)。地震の揺れで橋桁が橋台(護岸)からずれても落ちないように、腕のような部材を延ばして桁を支えている太田橋の落橋防止装置(写真中央)。地震の揺れで橋桁が橋台(護岸)からずれても落ちないように、腕のような部材を延ばして桁を支えている


落橋防止装置にはいろいろな種類がある。これは桁と護岸(橋台)をケーブルでつなぎとめるタイプ落橋防止装置にはいろいろな種類がある。これは桁と護岸(橋台)をケーブルでつなぎとめるタイプ



二段になった高速道路の裏側にあるもの・ないもの

ベネチア号は大岡川の分岐点から中村川へ入りました。ここからは海へ向かって下っていきます。

ほどなく見えてきたのは、石張りの「吉野橋」。これも形式はプレートガーダーですが、両脇に石橋のようなアーチがあって重厚な雰囲気です。このアーチ部分は、桁を支える「橋台」。「橋台がアーチ型にくりぬかれているのは、川の流れや船の航行を妨げないようにするためです」とマツさん。

通常、橋台は橋のたもとに設けられますが、用地買収が難しい場合は、吉野橋のように川の中に設ける場合があるそうです。マツさんは「復興が急がれた横浜では、こうしたケースは珍しくありませんでした」と説明します。


橋台や欄干が石張りの吉野橋。2019年3月に横浜市の歴史的建造物に認定された橋台や欄干が石張りの吉野橋。2019年3月に横浜市の歴史的建造物に認定された


中村川をしばらく進むと、赤いトラスの「浦船水道橋」が見えてきました。「トラス」というのは三角形が連なった構造のこと。なかでも、この橋のように斜めの部材が"逆ハの字"になっているものを「プラットトラス」と言います。明治時代半ばの1893年に、下流の堀川に架けられた橋が、二度の移設を経て1989年にこの場所へ移されたもの。最初に架けられてから、すでに120年以上が経過していることになります。すごい、ご長寿橋!

中村川に架かる浦舟水道橋。斜材が中村川に架かる浦舟水道橋。斜材が"逆ハの字"のプラットトラス形式
中村川の上空には、首都高速道路が通っています。出入口に向けて分岐している箇所でマツさんは、高架橋の裏面を指差しました。「見てください。高い方と低い方では仕様が違い、高い方にだけ吸音板が貼ってあります」。あ、本当だ。でもなぜ高い方だけ?

「低い方の高速道路を走る車の騒音が、高い方の高架橋の裏面に反射して周囲の街に届くのを防ぐためです」とマツさんが説明。低い方の高架橋の下は川なので、車が通ることはないため、低い方の裏面には吸音板は必要ないのだそうです。う~ん、トリビア。


説明するマツこと松永昭吾さん。高架橋が上下2段になっている箇所では、高い方の裏面に吸音板が貼られている説明するマツこと松永昭吾さん。高架橋が上下2段になっている箇所では、高い方の裏面に吸音板が貼られている
中村川から堀川へと進むベネチア号。海に近いこの川には、「西の橋」と「谷戸橋」という二つのアーチ橋が架かっています。いずれも、アーチの上に路面がある「上路アーチ」という形式です。


この形式は、水面から道路面までの高さがないとできません(アーチの端が水中に入ってしまうので)。吉田新田の埋め立てに伴ってつくられた中村川とは違い、堀川はもともと砂州だった部分を掘った運河で、水面から道路面までの高さが十分あるのです。両方とも、横浜市歴史的建造物や土木学会選奨土木遺産に認定されています。


西の橋と谷戸橋は、横浜の復興橋梁のなかでは珍しいアーチ橋西の橋と谷戸橋は、横浜の復興橋梁のなかでは珍しいアーチ橋


「アーチ部分が橋台(護岸)と接する支承のことを英語で『shoe(シュー)』と呼びます。shoeは靴なので、日本では沓(くつ)という字を当てることもあります」と専門的な土木トリビアをわかりやすく説明してくれる「アーチ部分が橋台(護岸)と接する支承のことを英語で『shoe(シュー)』と呼びます。shoeは靴なので、日本では沓(くつ)という字を当てることもあります」と専門的な土木トリビアをわかりやすく説明してくれる
堀川から横浜港へ出ると、横浜ベイブリッジの美しい姿が見えました。大さん橋には豪華客船ダイヤモンド・プリンセスが着岸しています。


海上に優美な姿を見せる横浜ベイブリッジ。2本の塔から斜めに張ったケーブルで桁を吊る「斜張橋」だ海上に優美な姿を見せる横浜ベイブリッジ。2本の塔から斜めに張ったケーブルで桁を吊る「斜張橋」だ


大さん橋にはダイヤモンド・プリンセスが停泊していた大さん橋にはダイヤモンド・プリンセスが停泊していた




新市庁舎と桜木町駅をつなぐ人道橋の送り出しに遭遇

ベネチア号は横浜港から再び大岡川へ。河口付近では、完成間近の横浜新市庁舎が見えました。これとあわせ、大岡川をまたいで新市庁舎と桜木町駅をつなぐ歩行者専用の人道橋も建設されています。川の中には作業用の足場をかけられないことから、橋は桜木町駅側でつくって新市庁舎側へ少しずつスライドさせて架設します。

後日調べたところ、全長およそ50mの橋を2回に分けて送り出したようで、クルーズの日は、ちょうど1回目と2回目の間でした。架設中の橋がつながる直前の一瞬に出合うとは、私たち、かなりラッキーだったのではないでしょうか。

(大岡川横断人道橋の架設中の様子は道路構造物ジャーナルNET「横浜市(仮称)大岡川横断人道橋の大岡川渡河部の送り出し架設を実施」に詳しく紹介されています)

いよいよクルーズ終盤。ベネチア号はスタート地点の日の出桟橋へと向かいます。すると、右側にものすごく横に長い2階建ての建物が見えました。川のカーブに沿って建物も湾曲しています。間口の狭い店舗がズラリと並んでおり、その多くが飲食店のようです。聞けば、これが有名な「野毛都橋商店街ビル」で、細かく仕切られた間口の形状から別名「ハーモニカ横丁」と呼ばれるスポットです。

このビルは、1964年の東京オリンピックのとき、戦後にできた闇市を収容するために建てられたものだそう。今では歴史的建造物として保存活用されています。


「ハーモニカ横丁」と呼ばれる野毛都橋商店街ビル。約60の飲食店が営業している「ハーモニカ横丁」と呼ばれる野毛都橋商店街ビル。約60の飲食店が営業している


ハーモニカ横丁のディープな昭和レトロの残り香に浸っているあいだに、ベネチア号は日の出桟橋へ到着。およそ2時間のインフラ・クルーズが終了しました。予想に反して全然寒くなく、穏やかな日差しの午後でした。

大正時代の関東大震災で被災した橋が、昭和初期の短期間で復興。終戦後、まちに残っていた混乱は、前回の東京オリンピックを機に整理され、川の上には高速道路もできました。高度成長期から平成バブル期にかけて、湾岸を結ぶ大きな橋や港も整備され、令和の今、新たな市庁舎や再開発も進んでいます。

"東京の隣"という宿命から、さまざまなかたちで東京の影響を受けながらも、常に新しい風を取り込み、独自の発展を遂げてきた横浜。土木博士たちとのクルーズは、インフラを通じて横浜のそんなたくましい一面を覗かせてくれる貴重な体験になりました。

  • プロフィール画像 三上美絵

    【PROFILE】

    三上美絵(みかみ・みえ)

    フリーライター
    大成建設で社内報を担当した後、フリーライターとして独立。現在は、建設専門誌や企業などの広報誌、ウェブサイトに執筆。古くて小さくてかわいらしい土木構造物が好き。
    建設業しんこう-Web 連載「かわいい土木」はこちら https://www.shinko-web.jp

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