【連載】ドボたんが行く!
2023.07.25
三上美絵
関東大震災から100年! 隅田川復興橋梁を巡る〈前編〉
遊びは創造の源泉。身近にあるコトやモノ、どんなことにも遊びを見出してしまう。そこに本当のクリエイティビティがあります。このドボク探検倶楽部、略して「ドボたん」はさまざまな土木構造物を愛でるコーナー。土木大好きライター、ドボたん三上は今回何を見つけたのでしょうか!
越中島から両国へ。隅田川のほとりを遡る
1923(大正12)年9月1日に発生した関東大震災から今年で100年。「大震災」という名称からは、地震の揺れによる被害が大きかった印象を受けますが、東京では揺れそのものが原因の家屋倒壊よりも、火災による被害の方がずっとずっと甚大でした。10万5,000人を超える死者・行方不明者のうち、9割近くが火災の犠牲者だったのです。
このため、その後の「帝都復興事業」では、公共の建物を鉄筋コンクリート化したり、木造の橋を鉄の橋に架け替えたりと、とにかく「燃えないまちづくり」に重点が置かれました。なかでも、「隅田川六大橋」と呼ばれる6つの橋は、1橋ずつすべて異なる形式の復興橋梁が架けられ、老朽化で架け替えられた1橋を除いては、100年後の今もびくともせずにクルマや人を対岸へ渡し、都市の美観を形成しています。
2023年5月21日の日曜日、不肖ミカミが案内人を務め、隅田川の復興橋梁を巡るプチ・インフラツーリズムを実施しました。このツアーを主催したのは、私もメンバーとして参加している「Team Action 道ism(ミチズム)」。古街道研究家の宮田太郎さんが立ち上げたプロジェクトで、場所と場所をつなぎ、過去と現在と未来をつなぐ"道"をテーマに交流や遊びの輪を広げよう、という趣旨で活動しています。
この日のまち歩きには、約20人が参加してくださいました。スタートは、JR京葉線越中島駅(東京都江東区、①)。駅の向かい側に、東京海洋大学があります。元の東京商船大学ですが、さらに起源まで遡ると、明治政府の命で1875(明治8)年に岩崎弥太郎が創設した三菱商船学校に行き着きます。練習船「明治丸」が国の重要文化財、構内にある2つの天文台(②)が国の登録有形文化財にそれぞれ指定されているというので、ちょっと寄ってみましょう。
キャンパスを出て、隅田川の派川(はせん)である晴海運河へ向かいます。すぐに、「相生橋(あいおいばし、③)」が見えました。関東大震災の復興事業の一環として、内務省復興局が架けた「隅田川六大橋」のひとつです。隅田川六大橋は相生橋から川上に向かって「永代橋(えいたいばし)」「清洲橋(きよすばし)」「蔵前橋(くらまえばし)」「駒形橋(こまがたばし)」「言問橋(ことといばし)」と続きます。
これらの橋のデザインが全部異なっているのには、主に2つの理由があります。1つは、復興のシンボルとなる都市景観を創り出すために、その場所の環境にふさわしいデザインが丁寧に検討されたこと。そしてもう1つには、将来の大震災に備え、どの型式の橋が強いかを検証するねらいがあったのです。このため、それぞれの橋には当時最先端の技術が盛り込まれました。
相生橋は、越中島と対岸の月島方面を結ぶ橋です。月島といえば「もんじゃ焼き」で有名ですが、もともとあった島ではなく、明治時代に埋め立てによって造られた人工島。その月島へ水道水を送るために架けられたのが、かつての木造の相生橋でした。
震災時、この相生橋は火災で燃え落ちてしまい、復興事業では鋼橋(こうきょう)として架け替えられました。その鋼橋が、老朽化によって1998(平成10)年に再び架け替えられたのが、現在の橋です。
当初の橋は、隅田川の中洲であった「中の島」を中継点として、相生大橋と相生小橋に分かれていましたが、越中島と中の島の間が埋め立てられて地続きとなり、今はひとつながりの橋になっています。復興事業で橋が完成した後、河口にある中の島に、潮の干満を利用して海水を引き込む「潮入(しおいり)の池」が造られました。「感潮池」と名付けられたこの池、今も遺っています。
日本の標高の始まり、霊岸島検潮所と「交無号」
相生橋を渡り、現在では月島と地続きになっている石川島を北上します。その北端付近から中央大橋(④)を渡ると、住所は中央区新川になります。このエリアは隅田川と日本橋川、亀島川に囲まれた江戸時代の埋立地で、霊岸島(れいがんじま)と呼ばれていました。
今回のツアーのテーマ「復興橋梁」とは直接の関係がないものの、私がどうしても皆さんをご案内したかったのが、霊岸島検潮所跡(⑤)と一等水準点「交無号(こうむごう)」でした。なんてったって、ここは日本の標高の始まり、ザ・マザー・オブ標高なのです!
検潮所とは潮位を観測する施設のことで、霊岸島検潮所は明治初期に設置されました。当時の内務省地理局は、ここで6年間ほど観測を続けた結果をもとに、東京湾の平均海面(潮位)を算出。近くの陸地に「水準標石」を設置して平均海面からの標高を示し、高さの基準としました。これが「霊岸島旧点」と呼ばれる水準点です。その後、測量事業は陸軍参謀本部に移管され、1891(明治24)年に改めて「霊岸島新点・交無号」が設置されました。
検潮所は三角形のモニュメント風の水位観測所に置き換えられたものの、現在も荒川水系の観測が続いています。また、交無号は2006(平成18)年に中央大橋の橋詰の現在地に移設されました。私ミカミは以前、この水位観測所を船から見たことがありましたが、交無号はインターネットの画像しか知らず、今回やっと実物と対面できて感無量でした。
さて、ここからはいよいよ隅田川六大橋の華、永代橋(⑥)と清洲橋(⑧)へ向かいます。
※記事の情報は2023年7月25日時点のものです。
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【PROFILE】
三上美絵(みかみ・みえ)
土木ライター
大成建設で社内報を担当した後、フリーライターとして独立。現在は、雑誌や企業などの広報誌、ウェブサイトに執筆。古くて小さくてかわいらしい土木構造物が好き。
著書に「かわいい土木 見つけ旅」(技術評論社)、「土木技術者になるには」(ぺりかん社)、共著に「土木の広報」(日経BP)。土木学会土木広報戦略会議委員。
建設業しんこう-Web 連載「かわいい土木」はこちら https://www.shinko-web.jp
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