【連載】創造する人のための「旅」
2020.09.29
旅行&音楽ライター:前原利行
ガウディが彩ったバルセロナ(スペイン)| 優れた創造力は時の風化に耐える
"創造力"とは、自分自身のルーティーンから抜け出すことから生まれる。コンフォートゾーンを出て、不自由だらけの場所に行くことで自らの環境を強制的に変えられるのが旅行の醍醐味です。異国にいるという緊張の中で受けた新鮮な体験は、きっとあなたに大きな刺激を与え、自分の中で眠っていた何かが引き出されていくのが感じられるでしょう。この連載では、そんな創造力を刺激するための"ここではないどこか"への旅を紹介していきます。
※本文の記事で書かれている内容や画像は2000~2018年の紀行をもとにしたものです。
スペインのバルセロナを訪れる観光客の多くが、最初に目指すのがサグラダ・ファミリアだ。いや、この教会を見にバルセロナを訪れていると言っても過言ではないだろう。それほどこの大建築はいつも人で溢れている。未完ながらも一度見たら忘れることはできないそのフォルムは、人を惹きつける魅力があるからだ。今回はその建築家ガウディを生んだバルセロナを訪ね、その「創造性」を探ってみたい。
ガウディのスタートは"装飾"からだった
バルセロナでガイドをしている友人がおり、ここ数年、毎年のようにバルセロナを訪れている(今年は無理だが)。泊まらせてもらっているアパートから徒歩10分ということもあり、バルセロナに行く度にサグラダ・ファミリアを訪れる。かつては「21世紀中に完成するか」と言われるほどで、なかなか工事の進捗は分からなかったが、今では年に一度の訪問でもはっきりと工事の進み具合が分かるほど、毎回新しいパーツが外観に付け加えられている。なので、どこまでできたかを確認しに行くのが楽しみで、さらに時間を見つけてはガウディの他の作品も見に行き、建築当時のバルセロナにも想いを馳せるようになった。
建築家アントニオ・ガウディは、1852年6月25日にバルセロナに近いタラゴナ県で生まれた。父親は銅細工師。1873年から78年にかけてバルセロナ建築学校で学ぶが、在学中に既に建築事務所で設計の仕事もしている。「ガウディ最初の作品」として今も残っているのが、卒業後に最初にデザインを手がけた「レイアール広場の街灯」(1878)だ。町の目抜通りであるランブラス通りそばのこの広場は、周辺をカフェやレストランが囲み、いつも人で賑わっているところ。その街灯の前に立ち、ガウディはここからスタートしたと思うと感慨深いものがある。
ガウディには才能があったが、また運にも恵まれていた。同年、ガウディがデザインをした手袋店のショーケースがパリ万国博覧会のスペイン館に出品され、それがバルセロナの資本家のエウゼビ・グエルの目に止まったのだ。グエルはバルセロナに戻るとガウディに会い、6歳年下の彼と意気投合。ガウディに仕事を依頼するようになった。グエルは発展目覚ましいバルセロナの経済界のエリートで、しかも政治力もあった。彼の紹介でガウディに次々と仕事が舞い込むようになる。
産業革命に沸く建築ラッシュのバルセロナ
バルセロナは19世紀後半、第2次産業革命の恩恵を受けて大きく発展した都市だった。18世紀の第1次産業革命が繊維や紡績工業が主だったのに対し、第2次産業革命は鉄鋼などの重化学工業を中心に発展した。石や煉瓦に代わり、加工しやすい鉄やコンクリート、ガラスなどが建築資材になり、短期間で建物を造ることを可能にした。19世紀末にはイタリア王国(1861年)とドイツ帝国(1871年)が成立したほか、鉄道や船といった交通輸送が飛躍的に増大し、一気に欧州の工業化が進んだ。バルセロナも同様で、増えた人口に対処するために城壁が壊され、市域の拡張と整備も行われた。今でいう"バブル"だったのだろう。建築ラッシュということもあり、目を引くような建物も歓迎された。ガウディはそんな時代のニーズと合致したからこそ、斬新な建物を発表することができたのだと思う。
ガウディ初期の重要作「カサ・ビセンス」は、1885年に竣工したビセンス家の別荘だ。地図を頼りに住宅街を歩いて行くと、鮮やかなタイルの建物が見えてきた。当初からガウディにとって建物と装飾は切っても切れない関係だったようだ。スペインでは13~16世紀に、イスラム建築とキリスト教建築と折衷したような「ムデハル様式」の建物が流行した。このカサ・ビセンスは、外壁の幾何学タイルや鐘乳石飾りの天井を持つ喫煙の間など、ムデハル様式にアイデアを得たことが一目で分かる。まだガウディお得意の曲線や曲面はなく、直線的な造りだ。個人的に惹かれたのは、シュロの葉をモチーフにした鉄柵。この頃には鉄の加工が自由にできるようになっており、ガウディはそれを取り入れたのだろう。植物をデザインしたのは、当時流行していたアールヌーボーの影響だろうか。
最大のパトロンのために設計した「グエル邸」
ガウディ初期の代表作といえば、1886~1889年に建てられた「グエル邸」だ。ガウディ終生のパトロンである富豪、グエルのための邸宅だ。といっても旧市街のど真ん中に建てられているため、それほど広いわけではない。ガウディは狭い敷地にできるだけ広い空間を造ろうと、3階に吹き抜けの中央サロンを造り、その周りの部屋に住む人々の注意が内側に向くようにした。建物の外側にバルコニーが少ないのもそのためだろう。グエルの家族と招かれた友人とだけの親密な空間を、そこから感じた。
このグエル邸でガウディの遊び心を感じるのが、屋上を彩る煙突群だ。通常は殺風景な屋上にガウディはデザインがすべて異なるカラフルな煙突を置き、リラックスできる空間を造り出した。のちにガウディの特徴となるとも言える、ヘンテコな装飾の始まりだ。
ガウディが公園住宅地として設計した「グエル公園」
ガウディはその円熟期に「カサ・バトリョ」(1907)、「カサ・ミラ」(1912)という2つの集合住宅を建てた。共に代表作になったが、この時期の筆者のお気に入りは「グエル公園」(1914)だ。バルセロナの町を見下ろす高台にあるこの公園は、もともとは庭付きの60区画の住宅地としてグエルが計画したものだ。しかし売れたのは2戸で、グエルの死によって計画は中断してしまう。
この公園が面白いのは、ガウディの創造力のテーマパークの様相を示していることだろう。正面階段では、カラフルなモザイクタイルで彩られたドラゴンがお出迎え。その手前の公園事務所と守衛所の屋根は、ホイップクリームを乗せたお菓子の家のようで楽しげだ。階段を上って着いた先は、市場として使われる予定だった「ギリシア神殿」と呼ばれる多柱式ホールで、天井の円形装飾には太陽がデザインされている。やけに太い柱が天井を支えているが中は空洞で、屋根にあたる広場の水が流れるようになっている。と知れば、意外に実用的だ。上の広場の半円形のベンチにはカラフルな破砕タイルが使われ、よく見ると魚やヒトデなどのモチーフのデザインもある。
ガウディは孤高の建築家のように見られているが、ここは住宅地ということでよく見れば家族や子供への配慮も行き届いている。ガウディの夢の公園住宅をここに来て夢想するのは楽しい。彼の創造力の一端に触れる気がするからだ。実現していたら、どんな町になっていたのだろうか。
晩年のガウディは不幸が続き、信仰にのめり込んでいたと言う。1914年、グエル公園の工事が中断して以降は、宗教関連以外の仕事を断るようになった。しかしまもなく第一次世界大戦が始まり、好況だったバルセロナの経済は落ち込む。1918年には最大のスポンサーであるグエルも亡くなった。サグラダ・ファミリアは未完のまま、ガウディは1926年に世を去った。
ガウディの創造力は今も人を動かす
オリンピックの開催が決まったころから、バルセロナは再び活気を呈してきた。オリンピックの後で20年ぶりに再訪したバルセロナは、ほとんど別の都市のようだった。斬新な現代建築が町のあちこちに建ち、観光客は1990年代初頭の年間約200万人から約3200万人にまで膨れ上がった(住民の約20倍だ)。それまで遅々として進まなかったサグラダ・ファミリアの建築だが、観光収入や寄付金を得て急ピッチで進むようになった。
ガウディ没後百年になろうとするいま、再び町が活気を取り戻し、巡り巡ってガウディの最後の作品が完成間近になっている。新しくできた建物部分を見ながらサグラダ・ファミリアの前に立つと、ガウディの創造性は百年たっても有効で、今もその魅力が人々を動かしてると感じた。優れた創造力は時の風化に耐えるのだ。
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【PROFILE】
前原利行(まえはら・としゆき)
ライター&編集者。音楽業界、旅行会社を経て独立。フリーランスで海外旅行ライターの仕事のほか、映画や音楽、アート、歴史など海外カルチャー全般に関心を持ち執筆活動。訪問した国はアジア、ヨーロッパ、アフリカなど80カ国以上。仕事のかたわらバンド活動(ベースとキーボード)も活発に続け、数多くの音楽CDを制作、発表した。2023年2月20日逝去。享年61歳。
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