【連載】爪で綴る季
2023.06.13
つめをぬるひと(爪作家)
春の爪
「爪を塗る時の心情は、その人の状況やタイミングによって違う」「爪の数だけ感情があってもいいはず」と、爪を使って独自の表現活動を行っている、つめをぬるひとさんの連載です。テーマは「季」。季節と、その中にある日常を淡く切り取ったオリジナル作品を披露していただきます。第3回は「春の爪」です。
この連載では「季節」に焦点を当て、旬の食べ物や、行った場所、見たもの、聞いたもの、買ったものなどを綴(つづ)っていきます。そして、期間中に撮影した写真から色を選び、10枚のつけ爪を制作します。
第3回の今回は「春の爪」ということで、2023年2月から4月のことについて書きました。1つずつの出来事や記憶に結びついた「爪で綴る季」をお楽しみください。
「家と庭」のプリン
2月下旬。「家と庭」というカフェへ行きました。
東京・南青山の「SPIRAL(スパイラル)」5階にある「ミナ ペルホネン」のショップに併設されているカフェです。店内に入るとミナ ペルホネンのファブリックが所狭しと並んでいて、天井にもテキスタイルが並んでいました。
同じフロアに入っている日本茶のお店「櫻井焙茶研究所」のお茶もメニューにあり、私は緑茶ベースの「淡いブレンド」とプリンを注文。
最初に驚いたのは、プリンに乗っているさくらんぼが黄色だったこと。お皿の黄色とシンクロしていて、新しいのに優しい。見た目だけでなく味も優しくて、体の内側がなでられているような気持ちになりました。制作でとても忙しくしていた時期だったので、余計に沁みたのかもしれません。
お茶もおいしかったので、次は櫻井焙茶研究所にも行ってみたいです。
こんちゃんマスタード
「家と庭」の後に行ったのが、東京・表参道の「GYRE(ジャイル)」4階にある「eatrip soil(イートリップ・ソイル)」です。
eatrip soilは調味料や食器が販売されているグローサリーショップで、前から行きたかったお店でした。そこで見つけたのが「こんちゃんマスタード」。漫画「きょうの猫村さん」の作者であるほしよりこさんが、パッケージのイラストを描かれていて知ったのですが、京都の錦市場にある「菜食hale~晴~(ハレ)」というお店で作られている粒マスタードです。
以前京都へ行った際にここにも行きたかったのですが、旅行の日程が定休日と被ってしまい断念。またいつか、と思っていたあのマスタードに、まさか東京で遭遇するとは思っていませんでした。
購入して家に持ち帰る道中、調味料1つでここまで心躍ることがあるだろうかと思うほどに意気揚々とした気持ちでした。冷蔵庫を開けるたびに、ほしさんのイラストが視界に入ることがうれしくてたまりません。ポテトサラダに入れたり、肉料理に使ったりして、この春はたくさん使いました。
PEKEのフラワーベース
3月上旬。フラワーショップ「ŒUVRE(ウヴル)」と、アートディレクターの脇田あすかさんによるプロダクトブランド「PEKE(ペケ)」のフラワーベースが気になっていたので、ポップアップが開催されていた東京・下北沢のコーヒーショップ「Hi Monsieur(ハイ ムッシュ)」に行ってきました。
つけ爪の撮影に花を使うこともあるので、フラワーベースは幾つか持っているのですが、普段水替えをしていると、洗いやすさや口の広さは結構重要だと気づかされます。良いデザインのフラワーベースがあっても、洗う時に大変そうなものだと目をそらしてしまうことが多いのですが、PEKEのフラワーベースは口が広いため生けやすいし洗いやすくて、種類によっては球根の水耕栽培ができるものもあります。
ポップアップではŒUVREのお花と一緒に飾られていたのですが、フラワーベースと一緒にお花がびっしりと並んでいる様子はとてもきれいでした。これからの季節の花屋は、色味がビビッドで好きです。
お母さんのダンス発表会の後、カレーを食べた
義理の母が昨年の夏からジャズダンスを始めました。よく電話でその話をしてくれるのですが、そのダンスの発表会が3月中旬にあるということで夫と行ってきました。
私は子どもの頃、ピアノの発表会に出たことはありましたが、自分以外の家族の"発表会"というものは見たことがなかったので、なんだか無性に楽しみで、その日は遠足に行くような気持ちでした。
発表会はジャズダンスだけでなく、創作バレエや、子どもたちによるダンスチームの発表もあって、ほかの会場では絵はがきや盆栽なども展示されていました。私が住んでいる場所は、地域のイベントはあまり多くないので、こういう機会はとても新鮮。お母さんたちのダンスも、電話で時々進捗を聞いていたからかもしれませんが、見ていてなんだかぐっときました。
その後、義理の父と4人で近くのインドカレー屋へ。ダンスの練習後に時々行くお店だそうですが、ダンスの後にカレーを選ぶところがとてもエネルギッシュです。
キッシュを焼いた
第2回の記事で、イラストレーターの野台(やたい)さんとパン屋へ行った話を書きましたが、その時に「タルト型があればキッシュは案外簡単に作れるよ」という話を聞いてから、私のやりたいことの中に「タルト型を買ってキッシュを作る」が追加されました。
これまでの記事でもなんとなくその節はありますが、私はやりたいことや行きたい場所を特にメモするでもなく、頭の中に長期間保管してしまうことが多いので、今回も約4カ月経ってからのキッシュ作り実践となりました。
私は料理が得意というわけではないのですが、材料さえそろっていればなんとかできる! と当たり前のようなことを感じながら作るのがいちいち楽しい。
キッシュは簡単に作れるというのは本当でした。難しいイメージがあったけど、案外作れる! できる自分! 普段作品の制作ばかりしていると、新しい物事に触れる機会は年々減る一方ですが、料理というのは"新鮮さ"に触れることのできる身近な手段なのかもしれません。
SUPER PERSONAL SHOWCASE
こちらも第2回の記事で書いたアパレルブランド「sneeuw(スニュウ)」の雪浦さんからのご紹介で、東京・代官山にある「SUPER PERSONAL SHOWCASE(以下、代官山SPS)」というセレクトショップに行きました。
この「セレクト」という言葉を直訳したような、本当に誰かが好きなものを自由に「選んできました」と言わんばかりの雑貨が並ぶショップで、国内外問わず、日用品や民芸、一点物から量産品まで幅広く、「これは何ですか?」と1個1個聞きたくなるものがそろっています。
商品はもちろん、内装や什器もカラフルでポップなものが多く、見ているだけで楽しくなります。この日購入した小物は後日、つけ爪の撮影にも使用しました。
「塩野」の和菓子
ホワイトデーに夫が買ってきてくれた「塩野」という和菓子店の和菓子が春一色でした。今年はお花見もしていないので、箱に並ぶ桜色を見て「これをもって花見と代えさせていただきます」という気持ち。
写真にある道明寺はこれまで食べた桜餅の中で一番おいしかったです。あまり軽々しく「今までで一番」という表現をするのは自分でもどうかと思いますが、それでもそう書けるほどおいしい。広がる桜の香りも、程よく塩漬けされた桜の葉も、バランスがとれていて品を感じます。
今この文章では語彙をひねり出して書いていますが、実際食べると「うわあ」しか出てきません。「羽衣(はごろも)」という練り切りの和菓子も、一体なにがどうなってこうなるのかと凝視したくなる造形。2色の餡のグラデーションが美しいです。
「日、こもごも」の市橋さんと食べた、さくらのシフォンケーキ
つけ爪を置いてくださっている「日、こもごも」というショップの店主・市橋さんと、打ち合わせを兼ねてお茶をしました。
「日、こもごも」は、鎌倉の鶴岡八幡宮のすぐそばにあります。お店から出ると、鶴岡八幡宮の鳥居が視界に大きく入るほど近いです。3畳ほどの店内には、布小物やカゴバッグ、アクセサリーなどが並んでいます。この3畳というスペースが非常に居心地が良くて、木の温かさを感じられる内装もすてきです。
その市橋さんと打ち合わせをしたのは、東急田園都市線の中央林間駅近くにある「食堂カフェ daily」。そこで店員さんに「もうすぐ焼けます」と言われたのが、さくらのシフォンケーキです。桜のお菓子といえば和菓子を想像するので、洋菓子は新鮮。
実際目の当たりにすると、最初はちょっと大きいかも? という印象でしたが、食べてみるとふわふわしていて全く重くないのでとても食べやすかったです。桜の餡が付いているところも、和菓子好きにはたまりません。
YU SOLAさんの展示
昨年10月に「横浜市民ギャラリーあざみ野」で開催された「CLOTH×OVER 糸と布 日常と生を綴る」という合同作品展で、YU SOLA(ユ・ソラ)さんの作品を知りました。
「災害や事故などで突然失うこともある日常や些細な日々」をテーマに、白い布に黒い糸で刺繍が施された日用品や家具などの作品を制作されていて、柔らかくも直線的で、日常というものを改めて問い直す作品を数多く発表されています。
そんなYU SOLAさんの展示が、3月に銀座の資生堂ギャラリーで開催されるということで行ってきました。資生堂と絡めた作品も幾つかあって、前回の合同展とはまた違った平面作品やイラストの作品も展示されていました。
私は普段、爪にどんな色をのせるか、何色と何色を組み合わせるか、ということばかり考えているので、白黒の世界に足を踏み入れた途端、脳内で色のことを考える部分が洗浄されていくような気分になります。
白と黒だけに見えて、糸のもつ直線や曲線、布が織りなす陰影のコントラストもまた、多彩さを生んでいるように感じます。
洗面台の立体作品には石けんがのっていたのですが、曲線だけで構成された石けんには刺繍が一切されていないところを見て、つけ爪だったらどこに糸が入るのだろうという妄想もしました。
港の見える丘公園
4月が結婚記念日なので、横浜の中華街や元町へ行ってきました。
桜木町駅のロープウェイに乗って、人気のお菓子屋さん「Kurumicco Factory(クルミッ子ファクトリー)」に行った後、中華街で小籠包を食べて元町へ。途中で夫が「こっちに行ってみよう」と言って、たどり着いたのが「港の見える丘公園」でした。
公園一帯は昔、外国人居留地としてイギリス軍やフランス軍が駐屯していた場所だそうで、公園ではバラ園をメインに、多種多様な花が咲く庭園エリアが幾つかあって、英国風の建造物や橋など、所々に歴史を感じられます。
バラ園の近くにある噴水もどこか西洋的で、「港の見える」という名前だけあって、公園から見える港の景色も素晴らしかったです。あまりに平和な雰囲気がなんだか信じられなくて、「こんな平和な場所もあれば、違う場所では戦争が起こっていて、世界は残酷だ」なんて話もしました。きれいな場所であればあるほど、そういうことも頭をよぎります。
「春の爪」
①代官山SPS(右手親指)
店内のピンク色の什器に並ぶ多彩な雑貨
②塩野の和菓子(右手人差し指)
「羽衣」という和菓子のグラデーション
③お母さんのダンス発表会の後に食べたカレー(右手中指)
インドカレーに注がれた細いクリーム
④PEKEのフラワーベース(右手薬指)
フラワーベースの奥に植物の茎が見えている
⑤タルト型を使って焼いたキッシュ(右手小指)
キッシュから踊り出るほうれん草とベーコン
⑥家と庭のプリン(左手親指)
マットなイエローのお皿にのったプリンのパーツを分解した図
⑦港の見える丘公園(左手人差し指)
公園の噴水
⑧YU SOLAさんの展示(左手中指)
もし展示会場につけ爪があったら
⑨こんちゃんマスタード(左手薬指)
2種類の粒マスタードが波のように重なっている様子
⑩さくらのシフォンケーキ(左手小指)
白い皿に横たわるさくらのシフォンケーキと桜餡
《使用ネイル》
全てポリッシュの刷毛(はけ)や絵筆を使用して描いています。
〈右手〉
親指:
NAILHOLIC PK825・RD414
TMジェルスタイルマニキュア コバルトブルー
ACネイルエナメル 002 黄・001 白
paネイルカラー S058
人差し指:
paネイルカラー S025
Kure bazaar 150 カクタス
NAILHOLIC RD414
She is ネイルポリッシュ 018 Like a Dream
中指:
ADDICTION THE NAIL POLISH 020S Slow Summer
ACネイルエナメル 001 白
Kure bazaar 150 カクタス
薬指:
ADDICTION THE NAIL POLISH 029C Posh Green
NAILHOLIC SP011
She is ネイルポリッシュ 018 Like a Dream
ELEGANCE RAZZLE エナメルラッカー 16 Vanilla beans
TMジェルスタイルマニキュア コバルトブルー
ジェネネイル トープ
小指:
ACネイルエナメル 008 黒
SMELLY マニキュア 260 ヒヨコマメ
NAILHOLIC GR706
sundays ネイルポリッシュ 27 パウダーローズ
〈左手〉
親指:
TMネイルポリッシュK ペールイエロー
SMELLY マニキュア 013 シアーバター
NAILHOLIC SP011
OSAJI アップリフトネイルカラー 15 Doukutsu・26 Mitsu
ACネイルエナメル 001 白・008 黒
paネイルカラー S058
ADDICTION THE NAIL POLISH 026C Good 4 U
人差し指:
SMELLY マニキュア 011 シアープール
NAILHOLIC SP011
ACネイルエナメル 001 白
中指:
ACネイルエナメル 001 白・008 黒
NAILHOLIC SP011
薬指:
OSAJI アップリフトネイルカラー 24 Rojiura・15 Doukutsu
ACネイルエナメル 001 白
NAILHOLIC GD036
小指:
ACネイルエナメル 001 白
paネイルカラー S022・S058
SMELLY マニキュア 357 ホオベニ
※記事の情報は2023年6月13日時点のものです。
-
【PROFILE】
つめをぬるひと
爪作家。爪を「体の部位で唯一、手軽に描写・書き換えの出来る表現媒体」と定義し、「身につけるためであり 身につけるためでない 気張らない爪」というコンセプトで爪にも部屋にも飾れるつけ爪を制作・販売するほか、音楽フェスやイベントで来場者に爪を塗る「爪塗り企画」や、ウェブでのコラム連載、ライブ&ストリーミングスタジオ〝DOMMUNE”の配信内容を爪に描く「今日のDOMMUNE爪」など、爪を塗っている人らしからぬことを、あくまでも爪でやるということに重きをおいて活動。
https://nuruhito.thebase.in/
RANKINGよく読まれている記事
- 2
- 筋トレの効果を得るために筋肉痛は必須ではない|筋肉談議【後編】 ビーチバレーボール選手:坂口由里香
- 3
- 村雨辰剛|日本の本来の暮らしや文化を守りたい 村雨辰剛さん 庭師・タレント〈インタビュー〉
- 4
- インプットにおすすめ「二股カラーペン」 菅 未里
- 5
- 熊谷真実|浜松に移住して始まった、私の第三幕 熊谷真実さん 歌手・女優 〈インタビュー〉
NEW ARTICLESこのカテゴリの最新記事
- スペイン、韓国、チベットの文学――読書の秋、多様な世界の物語を味わう 翻訳家:金原瑞人
- 主人公の名前がタイトルの海外の名作――恋愛小説からファンタジーまで 翻訳家:金原瑞人