【連載】ドボたんが行く!
2024.07.30
三上美絵
日本橋から両国へ、プチ屋形船で橋を巡る「吟行」してみた!
土木大好きライター三上美絵が、毎回さまざまな土木構造物を愛で、紹介していくドボク探検倶楽部、略して「ドボたん」。身近にあるどんなことにも遊びを見出してしまう好奇心こそ、本当のクリエイティビティ。ドボたん三上は、今回は何を見つけたのでしょうか!
水面近くから見上げる日本橋の風格
じつは私ドボたん三上は、俳人の堀本裕樹さんが主宰する結社「蒼海」のメンバーです。結社といっても、秘密はありません。俳句の会です。月に一度開催される定例句会の後の懇親会で、私が"ドボクスキー"全開で橋やらダムやら円筒分水やらの話をしていたら、誰からともなく「橋吟行(ぎんこう)やりたい!」という声が上がりました。
吟行とは、散策しながら題材を集めて俳句をつくること。土木や建築に関する仕事をしているわけでも、ドボクマニアなわけでもない句友たちが、橋を題材にして俳句をつくりたいと言ってくれるなんて嬉しい! というわけで、「舟遊び みづは」の小型屋形船を貸し切りにしてもらい、水面から橋を愛で、俳句を詠もうという企画を立てました。
6月15日。例年なら東京は梅雨に入る頃ですが、今年は入梅が遅く、まずまずの晴天。日本橋船着場に集合した12人が船に乗り込みました。陸上からでは見えづらい日本橋の"横顔"をじっくり観賞できるのは、船ならではの視点。2つのアーチが連なったルネサンス様式の石橋が、どっしりと見事です。アーチの中央のキーストーン、つまり楔(くさび)石には獅子の顔のレリーフが付いています。こんな句が、浮かびました(野窓は私の俳号)。
遊船を見下ろす獅子の楔石 野窓
最初に、「舟遊び みづは」の女将・佐藤美穂さんから航行ルートの説明を受けます。今日のコースは、日本橋川と隅田川を巡るもの。まず日本橋船着場から日本橋川を遡上し、常磐(ときわ)橋でUターン。川筋を戻って日本橋の下をくぐり、さらに川下へ進みます。日本橋川と隅田川の合流点からは隅田川を遡上し、神田川の合流点付近でUターンして両国船着場に到着です。
私が女将と相談して決めたこのコースでは、1時間のクルーズの間に全部で10以上の橋を観ることができるのです! こんなふうに、希望したポイントを巡るコースを自由に設定できるのも、貸し切りの醍醐味です。
日本経済の要衝に架かる常磐橋
船着場を出航し船はまず「常磐橋」へ差し掛かりました。微妙に色の違う石がモザイクのように組み合わされていて美しい! このあたりの日本橋川は、江戸時代には江戸城の外堀であり、堀の内側には常盤橋門がありました。今も、枡形(ますがた)門の石垣などが残っています。
明治になって常盤橋門が撤廃されたとき、木造だった橋は恒久的な石橋に架け替えられました。同じ頃に東京では13の石造アーチ橋が架けられましたが、明治時代の石橋として現存するのは常磐橋だけ。その常磐橋も東日本大震災で被災し、修理工事が2020年にようやく完成したところです。
橋の東側には、日本銀行本店があります。上空から映すと漢字の「円」に見える、ニュース映像でおなじみのあの建物。そして、橋の西側には、新一万円札の肖像で話題の渋沢栄一像が、なんとなく兜町の方を向いて立っています。句会の場では、こんな俳句も披露されました。
両岸に日本経済旱梅雨 五七
常磐橋で引き返した船は日本橋川を下り、日本橋の真下をくぐりました。「わあ、きれい!」と誰かが叫び、句友たちがいっせいにスマホを向けました。何かと思えば、石造のアーチの裏面に、水面に反射した光が映り、ゆらゆらと揺れています。橋を土木構造物としてしか見ていない私と違い、みなさんさすが。"俳人の目"をお持ちです。
白南風や水面の光映ゆる橋 香織
日本橋から河口までは、江戸時代から河岸や物揚場(ものあげば)、蔵などがあった地域で、今も両側にびっしりと中小のビルが並んでいます。その窓に視線を留めたのが、すず菜さんの軽やかな一句。
川沿ひの窓の明るし夏つばめ すず菜
日本橋川が隅田川に合流する箇所まで来ました。河口に架かる橋、つまり第一橋梁は「豊海(とよみ)橋」です。関東大震災の復興橋梁で、完成は1927(昭和2)年。ハシゴを横倒しにしたような「フィーレンデール」という形式で、白い塗色とあいまって印象的な景観をつくり出しています。ロケ地としてもよく使われる名所で、「この橋、ドラマで見たことある!」の声も。
"リベット推し"の聖地、永代橋と清洲橋
船はここから隅田川へ。目の前にあるのが「永代橋」です。永代橋とお隣の「清洲橋」は、ともに「隅田川六大橋」の一つ。雄大でおおらかなアーチを描く永代橋と、たおやかな曲線が目をひく清洲橋は、帝都復興のシンボルとみなされていました(関東大震災から100年! 隅田川復興橋梁を巡る〈後編〉)。
帝都の門くぐり帝都の七変化 晴子
アーチ橋夏の空へと光り合ふ 小桃
船からは、横顔だけでなく裏側も見上げることができます。隅田川とその支川の橋は、多くが関東大震災後の復興事業によって架けられたもの。当時、鉄の橋では部材を接合するのに「リベット(鋲)」が使われていました。真っ赤になるほど熱したリベットを穴に通し、反対側をハンマーで叩きつぶすのです。リベットが整然と並ぶ景色は橋梁ファンの熱視線を集めていますが、美しさと同時に、これらの橋が今日まで経てきた時の重さを感じさせます。
幾万のリベット灼くる都かな 厚子
劫暑なり螺髪のごとく橋の鋲 五七
水上で手を振り合うも他生の縁、かも?
清洲橋をくぐるとすぐ、隅田川に合流する小名木(おなぎ)川が見えます。小名木川は徳川家康が江戸に入府してまもなく、千葉・行徳塩田の塩を城下へ運ぶために拓いた運河です。行徳で船に積まれた塩は江戸川から小名木川に入り、隅田川を渡って日本橋川から道三(どうさん)堀という堀を通って江戸城に運び込まれました。
小名木川の第一橋梁である「萬年橋」を眺め、私たちの乗った船は「新大橋」をくぐります。大河である隅田川は、日本橋川とは比べものにならないほど川幅が広く、波もあります。大きな観光船が行き交い、乗客同士が手を振り合う光景も。カワウやアオサギといった大型の野鳥にも出会いました。
橋脚に濤当たりをる夏の果 風成
手を振つて手を振りかへす舟遊び いくこ
滑水を舳(みよし)と競ふ川鵜かな トモオ
やがて、「両国橋」をくぐり、神田川の河口に差し掛かりました。地名にもなっている「柳橋」の向こうには、両岸に屋形船が停泊していて、江戸情緒の名残が感じられます。
夏雲や江戸に水路の暮らしあり 胡翔
楽しい時間はあっという間に過ぎ、船は両国船着場に到着。「舟遊び みづは」の船長と女将夫妻と一緒に記念撮影をして陸に上がりました。
童心に返ったみんなの「ドボ句」
船着場のすぐ近くの貸し会議場に移動し、いよいよ句会です。乗船している間に、それぞれがメモをとったり写真を撮ったりして「句材」を集めていました。それをもとに、歳時記で季語を探しながら俳句をつくっていきます。
読者のみなさんは、句会というとどんなイメージをお持ちでしょうか。短冊を片手に、細筆でさらさらと俳句をしたためる感じ? 正解は「×」! 今日の句会はペーパーレス。オンライン句会用に公開されている「夏雲システム」を使います。
できた作品は、司会のいくこさんがセッティングしてくれたクローズドの橋吟行のサイトへ、各自がスマホで投稿。締め切りの時間になると、全員の作品が名前を伏せたかたちで一覧になります。その中から、自分が好きな作品、良いと思う作品を「並選」「特選」として投票すると、システムが自動集計してくれる仕組みです。いくこさんの進行で、高得点の作品から順番に取り上げていきます。
本日の同点一位、7点を獲得したのは次の2句。その作品を選んだ人たちがまず一人ずつ選評を述べたところで、作者が名乗ります。
舟宿の小さき階夏やなぎ 厚子
川風の形となりぬアロハシャツ いくこ
厚子さんの句は、柳橋の風景を詠んだもの。川面に迫り出すように建っていた船宿に、船に乗り降りするための小さな階段があったのです。「夏柳」の季語とあいまって、江戸の風情が感じられます。一方、いくこさんの句は、メンバーの中にアロハシャツを着た男性が2人いて、そのシャツが風を受けて膨らんだ一瞬を活写しています。「アロハシャツ」は夏の季語ですね。
「舟遊び みづは」の船長や、船長夫妻を詠んだ句もいくつか出ました。
夏めきてかくも楽しき夫婦船 トモオ
妻の名の舟を操るパナマ帽 たま実
船長がおしゃれなパナマ帽を被っていたことを見逃さなかった、たま実さん。この句は人気句でしたが、じつは船長の奥さまの名前は「みづは」ではないことを私が明かすと、会場はなごやかな笑いに包まれました。いいのです、俳句は創作ですから!
俳聖芭蕉は言いました。「俳諧は三尺(さんせき)の童にさせよ」と。大人になって久しい私たちにとって、子どものような無垢な心で句を詠むのは、じつはとても難しいこと。けれども今日の舟遊びでは、みんな童心に返って橋と俳句を心から楽しんだようです。最後に、そんな胡翔さんの一句を。
舟遊びみな三尺の童なり 胡翔
(参考資料)
・千代田区文化財サイト
・日経コンストラクション 2018年3月26日号「ズームアップ」
・一般社団法人日本溶接協会「溶接情報センター」
・鋼橋技術研究会
・日本古典文学全集 俳論集『三冊子』
※記事の情報は2024年7月30日時点のものです。
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【PROFILE】
三上美絵(みかみ・みえ)
土木ライター
大成建設で社内報を担当した後、フリーライターとして独立。現在は、雑誌や企業などの広報誌、ウェブサイトに執筆。古くて小さくてかわいらしい土木構造物が好き。
著書に「かわいい土木 見つけ旅」(技術評論社)、「土木技術者になるには」(ぺりかん社)、共著に「土木の広報」(日経BP)。土木学会土木広報戦略会議委員。
建設業しんこう-Web 連載「かわいい土木」はこちら https://www.shinko-web.jp
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