
【連載】ドボたんが行く!
2026.04.14
三上美絵
繭や生糸が行き交った本庄宿の遺構を巡る
遊びは創造の源泉。身近にあるコトやモノ、どんなことにも遊びを見出してしまう。そこに本当のクリエイティビティがあります。このドボク探検倶楽部、略して「ドボたん」はさまざまな土木構造物を愛でるコーナー。土木大好きライター、ドボたん三上は埼玉県本庄市で何を見つけたのでしょうか!
写真:三上美絵
担保の繭を保管した「繭蔵」――旧本庄商業銀行煉瓦倉庫
隔月で連載している「かわいい土木」のネタにぴったりでは、と知人から教えてもらった橋を見に、埼玉県本庄市へ行くことにしました。調べてみると、本庄には橋以外にも面白そうなものがいっぱい。JR高崎線本庄駅から、それらのスポットを巡りつつ橋へ向かうことにしましょう。
最初に訪れたのは、市内を東西に横切る旧中山道の沿道に位置する「旧本庄商業銀行煉瓦(れんが)倉庫」です。じつは、この建物をはじめ、これから巡る場所のほとんどが、繭(まゆ)や蚕種(さんしゅ、蚕の卵)、生糸など絹産業にまつわる遺構なのです。
本庄は江戸時代初期に整備された五街道の1つ、中山道の宿場町として大いに栄えました。江戸時代の終わり頃には周辺から集まって来た繭や生糸の市場として賑わい、1872(明治5)年に官営の富岡製糸場ができると、本庄には原料繭の買付所が置かれます。民間の器械製糸業者も生まれ、繭の取引高はうなぎ登りに。
こうしたなかで、繭を買い付けるための巨額な資金需要が生まれます。これを受けて設立されたのが、本庄商業銀行です。繭を担保とした資金の貸付を開始し、1896(明治29)年には担保の繭を保管しておくための「繭蔵」として煉瓦倉庫が建設されました。
煉瓦倉庫はその後、銀行の合併などにより何度か所有者が代わり、昭和50年代から35年間ほどは洋菓子店の店舗と工場として使われていました。2011年、洋菓子店の閉店を機に本庄市が買い取って再整備。現在は交流展示スペースと多目的ホール「本庄レンガ倉庫」として活用されています。
近づくととても大きくて立派な倉庫ですが、赤レンガの風合いに温かみが感じられます。訪れたのが2025年の年末休業中で中へ入ることはできませんでしたが、窓から覗くと、窓まわりの建具や2階の床が"表(あらわ)し"になった天井、柱梁の接合部を支える斜材(方丈)などが、とてもいい雰囲気です。
旧本庄商業銀行煉瓦倉庫の外観。手前に見える道路が旧中山道。2012年に早稲田大学が実施した調査によって、渋沢栄一が隣の深谷市に設立した日本煉瓦製造製のレンガが使われていることが分かった
1階の交流展示スペース。窓の建具や表しの天井に往時がしのばれる。繭を保管するために通気性に配慮し、窓には漆喰(しっくい)板戸と網戸が併設されていたという
伝統織物の縁で活用保存も――旧本庄仲町郵便局と諸井家住宅
煉瓦倉庫から東へ5分ほど歩くと、旧中山道の向かい側に「旧本庄仲町郵便局」の建物があります。このあたりは本庄宿の中心地で、江戸時代から絹や繭・蚕種を扱い名主や豪商として栄えた諸井一族の拠点でした。諸井家は本庄商業銀行の設立にも関わっています。
第10代当主の諸井泉衛(せんえい)氏は、大蔵省駅逓頭(えきていのかみ、後の郵政大臣)であった前島密(ひそか)と、渋沢栄一の従兄で当時富岡製糸場の場長であった尾高惇忠(じゅんちゅう)の勧めで、明治5年に初代本庄郵便局長に就任。渋沢家と諸井家は親戚関係にあり、諸井家は富岡製糸場の原料買付を請け負っていました。
この建物は郵便局の2代目の庁舎で、第11代当主の諸井恒平(つねへい)氏によって1934(昭和9)年に建設されたもの。国登録有形文化財です。近づいてみると、外壁に「スクラッチタイル」が使われているではありませんか! 建築家フランク・ロイド・ライトが帝国ホテル旧本館に使ったことから、当時日本で大流行した建築材料です。当時の本庄がいかにハイカラなまちだったかが感じられます。
目立った看板などは掲げられていませんが、入口のガラスドア越しに、うっすらと中の様子がうかがえます。どうやらお店のようです。入ってみましょう。
旧中山道から見た旧本庄仲町郵便局の外観
入口の中は、郵便局時代のカウンターがそのまま遺されていました。カウンター下の壁には、手紙を差し入れるための郵便受けが付いています。物珍しげに眺めていると、お店の方が奥から出てきてくれ、少しお話を伺うことができました。日本の伝統生地でベースボールキャップを制作するヘッドウェアブランド「W@nder Fabric(ワンダーファブリック)」を経営する今井俊之さんです。
郵便局時代のカウンターがそのままの形で保存されている
本庄市の隣町、上里町出身の今井さんは、東京のファッション専門学校を卒業して働いた後、本庄市内に工房を構えました。そこが手狭になった頃、郵便局の移転後に空き家になっていたこの建物の存在を知り、借主を探していたオーナーの諸井家を紹介されて入居が決まったそうです。「僕が帽子をつくっているのは、伝統織物を伝承したいからです。この建物との出合いはまったくの偶然でしたが、絹や織物で財を成した諸井家とのご縁を感じました」と話します。
旧郵便局の執務室だったW@nder Fabricの店内。伝統織物で制作したカラフルな帽子が並ぶ
階段の下には郵便局時代の金庫があった
建築から間もない頃の外観。入口の上部の窓や車庫上部の装飾などがアール・デコ調
今井さんの案内で建物の裏へ回ると、埼玉県指定文化財の「諸井家住宅」がありました。この住宅は泉衛氏が1880(明治13)年に建てたと推定されています。泉衛氏が郵便局長を引き受けた際の「郵便役所開設指令書」には、郵便役所の建築が終わるまでは、自宅を仮役所として使用するように書かれていたのです。
日本の町家造りを基本としつつも、ところどころにバルコニーやステンドグラスなど洋風の意匠が採り入れられており、郵便局として使われていたと思われる1階の部屋には、埋込式の金庫もあるそうです。
諸井家住宅。郵便局の建物ができるまで、1階の一部は仮の郵便役所として使用されていた。2階は蚕室として使われていたらしい
外からは分かりにくいが、窓の上部には青・赤・黃・緑の色ガラスがはめ込まれている。バルコニーの軒裏天井はコロニアル調の格子天井になっている
時代の風をいち早く採り入れたまち――旧本庄警察署、賀美橋と寺坂橋
旧郵便局から旧中山道を西へ少し戻り、伊勢崎新道を北へ向かいます。この先に、お目当ての橋、「賀美(かみ)橋」と「寺坂橋」があるはずです。途中に「旧本庄警察署」の建物も遺っているとのことで、寄ってみました。
おお、これは素晴らしい! そこには、こぢんまりとした端正な意匠の西洋館が佇んでいました。明治時代初期に全国で流行した「擬洋風建築」のようです。擬洋風建築とは、大工の棟梁が西洋のデザインを採り入れて建てた木造建築のこと。旧本庄警察署は、2階ベランダにアカンサスの葉を彫刻した柱が並ぶなど、古代ギリシア建築の「コリント式」の特徴を備えています。警察署が移転した後、さまざまな公共施設として使われ、2020年までは歴史民俗資料館となりました。現在は、埼玉県指定有形文化財として保存されています。
旧本庄警察署前に立つドボたん三上。門の外からでも建物の様子がよく見える
2階ベランダの手すりの装飾
2階ベランダにはアカンサスの葉の柱頭飾りが付けられている。左右2本ずつ並ぶ列柱は石ではなく木製
警察署から伊勢崎新道をさらに北へ。3〜4分歩いたところで、前方に橋の親柱が見えてきました。くんくん、ふむ。このレトロな匂いは、賀美橋に違いありません。いそいそと近寄ると、ビンゴ! 家の形をした親柱の上には、復元されたアール・デコ調のガラスの橋灯が付いています。欄干の下部には小さなアーチが連続していて、白いタイルで縁取られているのもモダンです。
賀美橋の下には、元小山川のせせらぎを利用した「若泉公園」があります。私が訪れたのは冬でしたが、両岸には桜が植えられており、春にはライトアップされるそうです。
元小山川の遊歩道を若泉公園とは反対の方向へ歩くとすぐ、寺坂橋があります。橋長7.5mの石造アーチ橋で、小さいながらどっしりとして風格があります。完成は1889(明治22)年。現在利用されている道路橋では埼玉県内最古です。といっても、関東地方の橋は江戸時代まではほぼすべて木橋でしたから、明治になってつくられた石橋は、当時の人々には珍しいものだったはず。
ここから北へ2kmほど行けば、もう利根川です。寺坂橋は元小山川に架かる伊勢崎道の橋。Googleマップでは「寺坂通り」と表示されるけれど、伊勢崎道の旧道なんですね。伊勢崎道は、本庄から利根川を船で越え、対岸の群馬県伊勢崎市へ至る重要な道路でした。伊勢崎もまた蚕種製造が盛んだったため、このルートで本庄の市場へ出荷していたのです。
大正時代にかけて次第に自動車での輸送が増えると、道幅が狭くカーブの多い旧道では不便です。そこで新たに伊勢崎新道が拓かれ、合わせて賀美橋が架けられました。このあたりのいきさつは、「かわいい土木 時代の熱気を刻む繭市場・本庄の橋」にも書きましたので、ぜひご覧ください。
1926(大正15)年に架けられた賀美橋。鉄筋コンクリート桁橋。国登録有形文化財
賀美橋の親柱。屋根の形の下にもタイルが貼ってあったような痕跡がある
賀美橋のたもとにある若泉公園。水面に水鳥が浮かんでいた
使われている道路橋で県内最古の寺坂橋。かつては欄干も石でできていた。国登録有形文化財
少し傾いている寺坂橋の親柱
当時日本の最新技術であり、高価な建材だったレンガをふんだんに使った旧本庄商業銀行煉瓦倉庫。流行の西洋建築の意匠を採り入れた旧本庄仲町郵便局や諸井家住宅、旧本庄警察署。そして珍しい石のアーチ橋やモダンなアール・デコ調の橋。幕末から明治時代に絹産業の拠点となった本庄がいかに栄え、いかに進取の気風に満ちた豊かなまちであったかがよく分かります。ドボク探検倶楽部(ドボたん)にとってお宝満載! な本庄のまち歩きでした。
(参考サイト〉
旧本庄商業銀行煉瓦倉庫―保存再生活用に関わる第一期報告書― 第2章 建造物の概要 [PDF]
埼玉県ホームページ NHK大河ドラマ主人公 渋沢栄一の活躍を今に伝える県境の魅力めぐりその7
広報ほんじょう 2023年11月1日号(8ページ・9ページ) [PDF]
本庄市観光協会 旧本庄仲町郵便局
本庄市ホームページ 旧本庄警察署 広報ID:1699
本庄市の文化財〜散策ガイドブック〜 [PDF]
関東の土木遺産 寺坂橋
※記事の情報は2026年4月14日時点のものです。
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【PROFILE】
三上美絵(みかみ・みえ)
土木ライター
大成建設で社内報を担当した後、フリーライターとして独立。現在は、雑誌や企業などの広報誌、ウェブサイトに執筆。古くて小さくてかわいらしい土木構造物が好き。
著書に「かわいい土木 見つけ旅」(技術評論社)、「土木技術者になるには」(ぺりかん社)、共著に「土木の広報」(日経BP)。土木学会土木広報戦略会議委員。
建設業しんこう-Web 連載「かわいい土木」はこちら https://www.shinko-web.jp
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