
【連載】ドボたんが行く!
2026.09.15
三上美絵
4つの県がひしめく渡良瀬川流域を歩く
遊びは創造の源泉。身近にあるコトやモノ、どんなことにも遊びを見出してしまう。そこに本当のクリエイティビティがあります。このドボク探検倶楽部、略して「ドボたん」はさまざまな土木構造物を愛でるコーナー。土木大好きライター、ドボたん三上は埼玉・群馬・栃木県の県境で何を見つけたのでしょうか!
写真:三上美絵
埼玉・群馬・栃木県をひと跨ぎ!――3歩で回れる激レア三県境
みなさん、サンケンキョウって聞いたことありますか? そう、三県境。3つの県の県境(けんざかい/けんきょう)が1カ所に集まった地点のことです。都・道・府と県の境界のことも「県境」と呼び、全国に40カ所以上の三県境が存在します。
そのうちの一つが、埼玉県加須市・群馬県邑楽(おうら)郡板倉町・栃木県栃木市の三県境。2つの都道府県が接する県境は線状ですが、3つの都道府県が接する三県境はピンスポットです。その多くが山の頂上や、川の中に位置することから、ヒトが自分の足で踏むのは難しい。でも、埼玉・群馬・栃木の三県境は平地にあって、3県を3歩で回ることができる、とても珍しい三県境なのです。
ドボたん三上が住む東京からも遠くなく、鉄道駅から歩いて行けると聞き、さっそく行ってきました!
場所は、東武鉄道日光線柳生駅(埼玉県)から500mほど、歩いて10分もかからないところにありました。全国の「三県境マニア」のあいだでは、この三県境は駅名から「柳生の三県境」の愛称で呼ばれているとか。
ここもかつては渡良瀬川の中にあったものが、河川改修によって流路が変わり、田んぼの中になったそうです。とはいえ、それもずいぶん昔の話。長い間にはその正確な位置が分からなくなっていました。そこで、当事者である2市1町が改めて測量を実施し、2016年に県境が確定。新たにコンクリート製の杭が打たれました。それからはテレビ番組などで取り上げられて観光スポットとなり、今では遊歩道も整備されています。
ここがウワサの「柳生の三県境」。小さな立札が立っていて分かりやすい
もう少し脚が長ければ、3県をひと跨ぎできたのですが・・・。2県で満足!
中央の杭には、三県境界の緯度経度を示す境界鋲(きょうかいびょう)が埋め込まれている
現地には「3歩で三県周回記念」のスタンプも用意されていて、ちょっと名山に登頂したような気分が味わえる
茨城を加えた4県にまたがる日本最大の遊水地――渡良瀬遊水地
三県境があるのは、渡良瀬遊水地(わたらせゆうすいち)のすぐ近く。渡良瀬遊水地は、足尾銅山の鉱毒被害が渡良瀬川の洪水によって広がるのを防ぐ対策として、大正時代に完成しました。全体の広さは約33km²で、東京ドーム700個分以上にも当たります。埼玉・群馬・栃木に茨城を加えた4県にまたがる日本最大の遊水地です。
ふだん水が溜まっているのはハート型をした池(渡良瀬貯水池)の部分だけですが、洪水時には遊水地全体で約1億7,000万㎥もの水をがっちり受け止め、周辺のまちを水害から守っているのです。
しかも、渡良瀬貯水池の役割は、洪水調節だけではありません。首都圏が水不足に陥ったときには、利根川上流のダム群と連携して水道水を補給したり、川の水量を増やしたりする働きもあります。気候変動が激しくなっている昨今、なくてはならない重要なインフラですね。
遊水地をぐるりと囲むように続く土手の道を歩きます。これは、住宅地と川を分ける「周囲堤(しゅういてい)」と呼ばれる堤防です。洪水時に遊水地が水でいっぱいになっても住宅が浸水しないのは、周囲堤のおかげです。
見晴らしのよい周囲堤の上を歩いていたら、美しいアーチが5つ連なる橋が見えました。国道345号のバイパスとして渡良瀬川に架けられた「新三国橋(しんみくにばし)」です。形式はバスケットハンドル型のニールセンローゼ橋。
「ニールセンローゼ」とは、アーチになった骨組みから道路の桁をクロス状のケーブルで吊るす構造で、桁の両側の2つのアーチが上部で内側にキュッと寄っているものを、その見た目から「バスケットハンドル(カゴの持ち手)」と呼んでいます。
ニールセンローゼはとても丈夫なので、橋脚(柱の部分)の間隔を広く開けることができます。川の中にたくさんの柱を立てずにすむため、ここのように下流で川幅が広く、増水しやすい場所に適しているのです。さらに、バスケットハンドルにして2本のアーチの上部を結合することで、風や横揺れに対する強さをアップさせています。
渡良瀬遊水地の全景。ハート型の池が、渡良瀬遊水地につくられた渡良瀬貯水池(谷中湖)
(出典:国土交通省関東地方整備局利根川上流河川事務所)
道路の奥に見えるのが渡良瀬貯水池
周囲堤の道路から見た新三国橋。「カゴの持ち手」が5つ並んでいる
渡良瀬貯水池機場(左)と第1排水門。排水門には高さ12.2m、幅10mの巨大なゲートが3つ並ぶ。機場で排水門の開閉を管理しており、洪水時には水門を閉めて水を溜めると同時に、渡良瀬川や谷田川からの逆流を防ぎ、水位が下がったら水門を開けて溜めた水を川へ戻す
谷田川(左)と渡良瀬川(右)が渡良瀬貯水池に入る取水口の付近。中央の仕切りは、渡良瀬貯水池内に窒素やリンの多い谷田川の水を取り込まないように分ける「谷田川分離施設」。窒素やリンは植物プランクトンが増殖する原因となるからだ
ぐるぐる回って効率的にレンガを焼いた――野木町煉瓦窯
渡良瀬貯水池のハートの先端をV字に曲がり、貯水池と渡良瀬川の間の道を進みます。次なるポイントは、私が今回のまち歩きで一番行きたかった「野木町煉瓦窯(のぎまちれんががま)」です!
野木町煉瓦窯は今では国の重要文化財に指定され、栃木県野木町が管理していますが、元は「旧下野煉化製造会社(きゅうしもつけれんがせいぞうかいしゃ)」がレンガを焼くために建設した窯でした。
明治の初めに西欧からレンガがもたらされた当初、日本では陶磁器を焼く伝統的な穴窯(あながま)や登り窯(のぼりがま)でレンガを焼いていました。しかし、これらの窯では焼いた後、火を消してレンガが冷めてから取り出して次を焼くしかなく、大量生産はできませんでした。
そこに登場したのが、ドイツ人技師フリードリヒ・ホフマンが特許を取得した「ホフマン式輪窯(りんよう)」です。輪窯の名のとおり、円形の窯を16区画に区切り、レンガを焼く火をぐるぐると移動させながら窯詰め、予熱、焼成、冷却、窯出しを繰り返していく仕組みになっています。窯を冷ましたり、レンガを予熱したりするアイドルタイムが不要なため、生産効率が飛躍的にアップしたのです。
下野煉化製造会社では2基のホフマン窯を導入し、稼働していましたが、そのうちの1基は関東大震災のときに倒壊してしまい、1基だけが残りました。
V字の角から40〜50分ほど歩いたでしょうか。渡良瀬川の対岸に、煉瓦の大きな煙突が現れました。あれこそ、ホフマン窯の煙突に違いありません。ところが、渡良瀬川を渡る橋がなかなかなく、ぐるりと回り込んでさらに30分ほど歩き、ようやく到着。
門を入るとすぐに、ホフマン窯と対面できました。素晴らしい造形美。感激。たくさん歩いた甲斐がありました。この窯の存在は何十年も前から知っていて、写真は何度も見ていましたが、実物は想像以上に風格があります。大きさも、思っていたよりずっとビッグで、周囲は100mに及ぶといいます。
野木町交流センター「野木ホフマン館」で見学料100円(安い!)を払って、窯の内部も見学しました。
横断幕には、ホフマン窯の屋根を被ったかわいいキャラクターのイラスト。花とレンガの歴史が、まちの誇りになっている
ホフマン窯の全景。16の焼成室に一つずつアーチの入口がある。階段を上り、窯の上部から燃料の粉炭(ふんたん)を投入する構造になっている
それぞれの焼成室の入口には、部屋の番号が書かれたレンガのプレートがはめ込まれている
16ある焼成室の入口のひとつ。窯の荷重を支える外壁の下部には、強度が高い「焼き過ぎレンガ」が用いられている(黒っぽい部分)
内部にはレンガを積み上げて焼成した様子が再現されている
鉄板葺(てっぱんぶき)の屋根を支える木骨構造の小屋組みがあらわしになっている。中央が煙突
外階段から上がった窯の上部には、おびただしい数の投炭孔がある。ここから粉炭を投下した。取っ手のついた蓋がかわいい
ホフマン窯をじっくり味わった後、JR宇都宮線古河駅(茨城県)へ向かう道を歩いていると、現代建築の片隅に、レンガ煙突の遺構のようなものが見えました。ナニコレー?! 建物の入口には「古河ゴルフリンクス」の文字。調べると、プロゴルファーの石川遼選手がジュニア時代にこのゴルフ場をホームコースとしていたことで有名らしい。でも、煙突は何?
中に入って聞いてみると、昔ここにあった製糸工場のボイラーの煙突だと教えてもらえました。帰宅後にネットで検索すると、クラブハウスを含む公共施設「古河スポーツフォーラム(古河リバーサイド倶楽部)」の設計者である建築家・早川邦彦さんの文章がヒットしました。
それによると、早川さんは「糸の町」として栄えた古河市と「レンガ産業で栄えた隣町」の文化遺産としてこの煙突を遺したいと、発注者である市に提案したそうです。しかし、煙突は高さが30mほどあり、転倒の危険性があって半分に切らざるを得なかった、と。半分の高さになっても、遺ってよかった!
製糸工場の産業遺産として遺されたレンガ煙突の遺構
レンガ煙突のあるスポーツ施設の入口
渡良瀬川の流路変更によって川の中から平地へ現れた三県境。渡良瀬川などの洪水や足尾銅山の公害を防止するためにつくられた渡良瀬遊水地。煉瓦工場が野木町につくられたのも、渡良瀬川から材料となる粘土や砂が手に入るうえ、舟運を利用して製品を出荷するのに適していたからです。
さらに、古河市で製糸業が盛んだったのも、埼玉・群馬・栃木・茨城の4県が日本有数の繭の産地で原料を集めやすく、輸出用に生産した生糸を、舟運によって東京を経由して横浜へ運ぶのに好都合だったことが影響しています。
こうして考えると、行政区域としては分かれていても、これらの地域の歴史や文化、産業は「流域」というくくりで一体だったと言えるでしょう。川の流れをたどって歩き、これまで点で捉えていた場所を線で結ぶ経験は、新しい切り口で地域を理解するのに役立つ――。そう感じた1日でした。
(参考サイト〉
国土交通省関東地方整備局利根川上流河川事務所
「建築は場に共震する」早川邦彦
※記事の情報は2026年9月15日時点のものです。
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【PROFILE】
三上美絵(みかみ・みえ)
土木ライター
大成建設で社内報を担当した後、フリーライターとして独立。現在は、雑誌や企業などの広報誌、ウェブサイトに執筆。古くて小さくてかわいらしい土木構造物が好き。
著書に「かわいい土木 見つけ旅」(技術評論社)、「土木技術者になるには」(ぺりかん社)、共著に「土木の広報」(日経BP)。土木学会土木広報戦略会議委員。
建設業しんこう-Web 連載「かわいい土木」はこちら https://www.shinko-web.jp
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