アート
2021.05.18
周防正行さん 映画監督〈インタビュー〉
周防正行監督 |「それでもボクはやってない」で伝えたかったこと Part2
1992年の「シコふんじゃった。」では日本アカデミー賞最優秀作品賞を、そして1996年の「Shall we ダンス?」では日本アカデミー賞13部門をはじめ、様々な映画賞を総なめにした周防正行映画監督。2019年には成田凌さんが初主演を務めた「カツベン!」も大ヒットを記録しました。そんな周防監督に映画作りについて、そしてそのアイデアや創造性の源泉について、3回に分けてお話をうかがいました。今回(Part2)は「それでもボクはやってない」「カツベン!」など周防監督が手掛けた映画作品についてうかがいました。(冒頭の写真:c2019「カツベン!」製作委員会)
漠然とした裁判のイメージと現実の裁判との違いを
伝えたくて「それでもボクはやってない」を撮った
――今回は周防監督ご自身の作品についてうかがいます。監督の作品には「Shall we ダンス?」や「カツベン!」、「舞妓はレディ」など楽しくてワクワクする作品と、「それでもボクはやってない」や「終(つい)の信託」など、司法や裁判を通じて社会の問題に切り込んでいく作品という2つの系譜があるように思いました。監督ご自身としてはどちらの方がお好きですか。
どちらが好きというのはありませんが、撮っていて楽しいのは、やっぱり前者の方です。「それでもボクはやってない」や「終の信託」は撮るのもつらいです。ただ撮りたいという気持ちはどちらも同じです。
――「それでもボクはやってない」といった法廷をテーマとした作品をエンタテインメント映画として成立させ、高い評価を得た作品は、他に類がないと思いますが、どんな思いで作られたのですか。
「それでもボクはやってない」のきっかけは新聞記事です。東京高裁での痴漢事件の逆転無罪判決の記事を読んで、今まで僕が漠然と思っていた刑事裁判と、現実の刑事裁判は違うのかもしれない、という気持ちが生まれて取材を開始しました。
それでもボクはやってない
――取材してみたら刑事裁判の現実はイメージとはかなり違うものだったのですか。
逆転無罪となった事件の当事者や弁護人をはじめ、司法関係者に取材し、刑事裁判を傍聴していくうちに、それまで僕が考えていた裁判と実際の裁判とは、まったく違うものであることが分かってきました。そして、その現実を多くの人は知らないだろうと思いました。それで映画を撮ろうと思ったんです。
――それは監督が裁判の現実を知ってしまったから、ということですか。
そうです。知ってしまったから。もし、より多くの人が現実を知ったら、現状の裁判のやり方を変えた方がいいと思うようになるのではないか。そのためには自分ができる方法で多くの人に刑事裁判の現実を知らせる必要があると思いました。
――とても意義深いと思います。裁判がこうなっているって、「それでもボクはやってない」を見るまで私も知りませんでした。映画では裁判や取り調べの様子がかなり忠実に再現されていると聞きました。
できるだけ忠実に再現しました。法律関係者に聞いていただければ分かりますが、嘘はありません。
――「それでもボクはやってない」にある、取り調べを待っているときに長い椅子にずらりと並んで座らされるところなどは、まったく想像していませんでした。
あんな人権侵害ないよなと思いますよね。被疑者というだけで、あんな扱いを受けるんですよ。推定無罪と言っているのに、大矛盾ですよね。警察が捕まえたんだから犯人に違いない、みたいなことだと思うんだけど、まだ裁判前で真犯人かどうかも分からないのに、すでに刑罰を科しているかのようです。
――「それでもボクはやってない」や「終の信託」では、正義の味方だと思っていた裁判官や検事が豹変して有罪だと決め付ける瞬間が怖ろしかったです。
要するに組織の論理なんですよね。組織として検察官は正義であり、裁判官もどこかで、検察官が起訴しているんだから有罪に違いないと思っています。なぜなら検察は有罪になる事件しか起訴しないんです。なぜ裁判でこれほど有罪率が高いかと言うと、基本的に裁判で勝てる事件しか起訴しないから。つまり有罪立証できる証拠がそろっている事件しか起訴しない。
裁判官もそれを知っているから、起訴したらまあ有罪だと思っているんです。ところが現実には、とても弱い証拠であっても、事件を解決しないと検察の責任が果たせないということなのか、なぜか無理をして起訴する事件があります。だから裁判官には、「有罪ありき」ではなく、刑事裁判の原則通り「無罪推定」で臨んでほしいんですけど。
終の信託
――でも裁判官は組織から独立していて、自分の良心に従うのが基本ですよね。
その通りです。裁判官は法律と自らの良心にのみ拘束されるはずなんですが(※)、実際は組織に縛られていると感じます。結局裁判所も最高裁判所事務総局というところが管理している組織で、組織からはみ出すような裁判官は排除されていく。出世しないで終わっていくんです。裁判官はよく「裁判所としましては」って言い方をするんです。これは裁判の常套(じょうとう)句ですが、すごく気になる言い方です。あなたが裁判所なのかと。
※日本国憲法76条3項 「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される」
きちんとした定めのない再審法を
改正するための市民の会で共同代表も
――周防監督は法制審議会 新時代の刑事司法制度特別部会に参加されました。これはどんな経緯だったのですか。
これは、障害者郵便制度悪用事件における厚生労働省元局長・村木厚子さんの裁判で、検察官が証拠を捏造した不祥事がきっかけとなって、密室での取り調べを始めとする違法捜査が問題になったときに法務省が行った会議です。いわゆる「取り調べの可視化」がメインテーマでした。僕は「それでもボクはやってない」を撮っていたことから、日本弁護士連合会の推薦で参加しました。村木厚子さんは当時の法務大臣・江田五月さんに要請されての参加でした。しかし、官の側が用意した会議だったので、精一杯発言したんですけど、やっぱり改革の限界というのはありました。とはいえ取り調べの可視化には進歩があったし、証拠開示にも少しですが進歩があり、被疑者国選弁護制度で被疑者段階でも国選で弁護人を付けられるようにもなりました。そこは良かったと思います。
――周防監督はまた「再審法改正をめざす市民の会」の共同代表も務められています。
はい。再審と言っても普通はみんな知らないですよね。再審とは、1度確定した判決に疑いが生じたときに、もう1度裁判をやり直すことです。再審制度は戦前からありますが、戦前と戦後で変わった唯一の点が「不利益再審の廃止」です。不利益再審というのは「1つの事件で1度無罪になった人が、同じ事件で本当は有罪であるから裁判のやり直しをする」という裁判です。
これは戦後できた新憲法の39条に「同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問われない(一事不再理)」という原則があるため、「不利益再審」は憲法違反となり、全ての再審は「有罪判決を受けたが、本当は無罪だ」という無辜(むこ)の救済のための裁判のやり直ししか認められなくなったのです。その他の再審についての法律は戦前のままで改正されていないんです。例えば再審の申し立てがあったら何日間でここまでやりますとか、次にこういう手続きがあります、といった定めがない。今の法律は極端に言えば「再審の申し立てはできますよ」と言っているだけで、どういった手続きで再審請求審を進めていくかの決まりがないんです。
だから今再審請求を起こしても、係属した裁判体によって扱いがまったく違ってきます。例えば進行協議といって、裁判官と検察官と弁護士が集まって、どうやって裁判を進めるかという話し合いが持たれずに、弁護人の再審請求の意見書と検察の意見書を読んだだけで再審を棄却する裁判官もいるし、何もしないでいて、そのうちに転勤になって次の裁判官に託される事件もあります。
やっぱり裁判官は、自分たちの間違いを認めたくないんですよ。再審開始を決定するということは、自分の先輩がやった裁判に誤りがあったと認めることで、それはしたくないんですよ。もっと言えば、裁判官・検察官の無謬(むびゅう)性を守りたい、確定判決が簡単に覆されては法的安定性を損なうとか、再審無罪になれば裁判所・検察への信頼が損なわれると思っている。そして社会秩序を維持するためなのかどうなのか知りませんが、元々の裁判に明らかな疑問点があっても再審請求を認めないのです。僕に言わせれば、間違いは間違いと認めて裁判をやり直し、その過程でなぜ間違いが起きたかを検証して2度と間違いが起きないようにするにはどうしたらいいかを考える組織であった方が、信頼性は高まると思うのですが。
検察官も裁判官も、再審を申し立てる元被告人の人権より、組織の無謬性を大事にしているようです。だから組織の正義を体面上守るよりも、申立人の言い分をきちんと聞いて、本当に確定判決に疑いが生じないのかどうか判断したいと思うような裁判官に当たれば進むし、自分たちの非を認めることになるかもしれない再審なんてやりたくないと思っている裁判官に当たるとまったく進みません。裁判官の違いによって扱いがまったく異なるこの状況を再審格差って言っているんですけど、この違いはやはり、法律に定めがないのが要因の1つです。だから新しくきちんと法律を作りましょうという運動をしています。
太秦撮影所で時代劇を作ってきたスタッフと
チャンバラ映画を作りたい
――周防監督のもう1つの系譜、楽しい映画についても聞かせてください。やっぱり撮影は楽しいですか。
さっきも言いましたが、撮っていてウキウキするのはやっぱり楽しい映画です。「舞妓はレディ」や「カツベン!」はすごく楽しかったですね。
――周防監督の作品は娯楽作品でも知らない世界を体験できてとても楽しいです。
僕も撮影のために取材してみて初めて知ることがたくさんあります。例えば「カツベン!」で一番驚いたのは、無声映画の劇場ってにぎやかだったってことです。無声映画だからなんとなく静かだと思っていましたが、実際には弁士がいて大きな声を出して説明しているし、楽士もいて生演奏をしている。観客もヤジを飛ばしたり、拍手や歓声が沸き上がったりと、劇場内はにぎやかだったようです。
カツベン!
――「カツベン!」を見て、今の映画館で見る映画よりずっとライブっぽいなと感じました。
そうなんです。弁士がパフォーマンスをしているからライブなんです。それまで文献などでしか読んでいなかったものが、いろいろな準備をして撮影に臨むと、「これはきっとにぎやかだったんだろうな」というのが分かりました。それはやっぱり撮ってみて初めて知り得た、サイレント映画に対する新しい感覚でしたね。
――楽しい方の作品では、今後どんなところを舞台にしたものが見られそうですか。
「カツベン!」を撮っている時、いずれチャンバラの娯楽映画を撮りたいなと思いました。「カツベン!」は大正時代の話でしたが、歴史のある東映太秦(うずまさ)撮影所(東映京都撮影所)で仕事をしてみて、太秦で今まで時代劇を撮ってきた人たち、昔をよく知っているスタッフとチャンバラ映画をやってみたいとすごく思いました。
――それはフィルム時代に培った技術を次の世代に伝えたい、という意味もあるのですか。
それもありますが、僕自身が経験したいんですよ。もう60過ぎてるけど、僕の世代は、すでにみんな町場育ちです。撮影所育ちのスタッフはいない世代なので、太秦撮影所の歴史や時間、ここで映画を撮るということを、自分自身体験したいと思いました。
――ありがとうございました。次回は周防監督のアイデアの源泉や、これから映画監督、映像作家になるためには何をすればいいかなどについてお話を聞かせてください。
※記事の情報は2021年5月18日時点のものです。
Part3へ続く
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【PROFILE】
映画監督。1956年生まれ。東京都出身。立教大学文学部仏文科在学中、映画評論家の蓮實重彦の講義を受けて感銘したのをきっかけに映画監督を志し自主映画を製作し始める。高橋伴明監督に志願し電話番からキャリアをスタート。助監督として年間10本以上の作品に参加し高橋伴明監督はもとより若松孝二監督、井筒和幸監督らの作品にも参加。その後「スキャンティドール 脱ぎたての香り」で1984年に脚本デビュー。同年、小津安二郎監督にオマージュを捧げた「変態家族 兄貴の嫁さん」で監督デビュー。異彩を放つこの作品で注目の人となる。1989年、本木雅弘主演「ファンシイダンス」で一般映画監督デビュー。修行僧の青春を独特のユーモアで描き出し大きな話題を呼び、再び本木雅弘と組んだ1992年の「シコふんじゃった。」では学生相撲の世界を描き、第16回日本アカデミー賞最優秀作品賞をはじめ、数々の映画賞を受賞。1993年、映画製作プロダクション・アルタミラピクチャーズの設立に参加。1996年の「Shall we ダンス?」では、第20回日本アカデミー賞最優秀賞13部門独占受賞。同作は全世界で公開され、2005年にはハリウッドリメイク版も制作され、2013年には宝塚歌劇団が舞台化した。2007年公開の「それでもボクはやってない」では、日本の刑事裁判の内実を描いてセンセーションを巻き起こし、キネマ旬報日本映画ベストワンなど各映画賞を総なめにし、2008年、第58回芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。2011年6月に発足した法制審議会「新時代の刑事司法制度特別部会」の委員に選ばれる。同年には巨匠ローラン・プティのバレエ作品を映画化した「ダンシング・チャップリン」を発表。銀座テアトルシネマでロングランヒットを記録。2012年「終(つい)の信託」では、終末医療という題材に挑み、毎日映画コンクール日本映画大賞など映画賞を多数受賞。2014年の「舞妓はレディ」では、個性的な歌と踊りとともに京都の花街を色鮮やかに描き出し、2018年には博多座で舞台化され好評を博した。
2016年、紫綬褒章を受章。2018年、立教大学相撲部名誉監督就任。2019年より「再審法改正をめざす市民の会」共同代表としても活動。最新作は、映画がまだサイレント(無声)だった大正時代に大活躍した活動弁士たちを描いた「カツベン!」(2019年公開)。
《主な著書》
◎小説・エッセイ・ノンフィクション
・ シコふんじゃった。(1991年 太田出版/1995年 集英社文庫)
・ Shall we ダンス? 周防正行の世界(1996年 ワイズ出版)
・ Shall we ダンス?(1996年 幻冬舎/1999年 幻冬舎文庫)
・ 「Shall we ダンス?」アメリカを行く(1998年 太田出版/2001年 文春文庫)
・ スタジアムへ行こう!周防正行のスポーツ観戦記(2000年 角川書店)
・ インド待ち(2001年 集英社)
・ アメリカ人が作った「Shall we dance?」(2005年 太田出版)
・ それでもボクはやってない─日本の刑事裁判、まだまだ疑問あり!(2007年 幻冬舎)
・ 周防正行のバレエ入門(2011年 太田出版)
・ それでもボクは会議で闘う──ドキュメント刑事司法改革(2015年 岩波書店)
◎対談・インタビュー
・ 古田式(2001年 太田出版) - 古田敦也氏との共著
・ ファンの皆様おめでとうございます(2002年 大巧社) - 若松勉氏との共著
周防正行ウェブサイト(株式会社アルタミラピクチャーズ)
http://altamira.jp/suo.html
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