アートを通して、会話が生まれる。偶然の出合いを楽しむ「アートパラ深川おしゃべりな芸術祭」

NOV 18, 2020

福島治さん グラフィックデザイナー・東京工芸大学デザイン学科教授〈インタビュー〉 アートを通して、会話が生まれる。偶然の出合いを楽しむ「アートパラ深川おしゃべりな芸術祭」

NOV 18, 2020

福島治さん グラフィックデザイナー・東京工芸大学デザイン学科教授〈インタビュー〉 アートを通して、会話が生まれる。偶然の出合いを楽しむ「アートパラ深川おしゃべりな芸術祭」 日本にも少しずつ広がってきた「ソーシャルデザイン」に早くから取り組み、業界を牽引するデザイナーであり、東京工芸大学教授の福島治さん。障がいなどさまざまな理由により、まだ世の中に知られていないアーティストに光をあてた、市民芸術祭「アートパラ深川おしゃべりな芸術祭」の総合プロデューサーも務めます。江東区深川にある福島さんのオフィスで、ソーシャルデザインや芸術祭についてお話をうかがいました。

10年前にグラフィックデザイナー、アートディレクターとして30年間続けてきた商業的なデザインの仕事にピリオドを打ち、残りの人生を「ソーシャルデザイン」の探究とその実施にシフトチェンジした福島さん。ソーシャルデザインとは、様々な社会問題に対してデザインで寄りそい、解決を手伝うデザインのこと。海外では大きな潮流となっている。福島さんが始めた頃は、日本にはまだ根付いておらず、全くの手探り状態からのスタートとなった。2011年に起こった東日本大震災では、日本ユニセフと協力しながら、デザインを通した被災者支援活動を行うことで、ソーシャルデザインの役割を理解していった。

ライフワークとして取り組んでいるのは、障がいのあるアーティストの支援活動。ソーシャルデザインを始める前からそのアートの魅力に心を奪われてきたという福島さんは、アーティストを紹介する展覧会の開催、団体のサポート、福祉施設やアールブリュット美術館∗の視察とさまざまな活動を行っている。その活動のひとつとして、2020年11月15日(日)~23日(月・祝)に開催される「アートパラ深川おしゃべりな芸術祭」をプロデュースする。

∗アールブリュット美術館:「生の芸術」を意味するフランス語。英語で「アウトサイダー・アート」とも呼ばれる。美術の専門教育を受けていない人が、評価を気にせず自らの衝動のままに表現した作品を示す。知的障がいや精神障がいを持つ人による作品なども含む。

人間の描くという行為には非常に多様な価値がある

福島治(ふくしま・おさむ)さん


――福島さんが総合プロデューサーをされている「アートパラ深川おしゃべりな芸術祭」は、障がいのある方たちが作ったアートを、深川という街の中、屋外に展示するプロジェクトですが、そのお話を聞く前に、福島さんご自身と障がいのある方たちのアートとの出合いを教えてください。

17~18年前に、友人に付き合い特別支援学校の文化祭について行ったら、アート作品が展示してありました。その中に何点か、すごく不思議な魅力を持つ作品がありました。技巧的にうまいというより、描くことの自由さ、色彩の個性、描くモチーフにほっこりさせられたり。ひとことでは言えないのですがとてつもなく魅力がありました。

支援学校の先生にお話をうかがう中で、アートを事業として扱っている「アートビリティ」という団体があることを教えてもらいました。全国の障がいのある方たちのアートを集めて、写真に撮ってそのデータを企業や団体に有料で貸し出して、パンフレットやカレンダーに使ってもらい、使用料の一部を作家に還元している、障がい者の社会参加と就労支援を目指している社会福祉法人東京コロニーの活動です。


――アートであれば人が判断するのは、障がいのあるなしではなく、作品そのものに対してのことで、障がいのある方も、一般的なコンペティションなどに出品すれば同じ土俵で審査してもらえるんじゃないかと思ってしまいます。 "障がいのある方のアート"と囲ってしまうことで、何かハンディキャップがある人たちだけでやっているもの、と作品の魅力を逆に落としてしまうんじゃないかなと思うのですが......。実情を知らないで、差別的な発言だったらすみません。

いえいえ。実はそれはずっと議論されてきたことなのですよ。僕の考えとしては、正解も不正解もないんですね。例えばアートというものを、どういう基準で見ているかというのもあります。美術界から見たアートなのか、一般の人から見たアートなのか。

障がいがある方たちのアートと規定して支援するのはなぜかというと、まず一つは障がいのある方たちは社会参加することが難しいという状況があります。身体的、知的、精神的といった障がいの内容にもよりますが、自分たちが魅力的なアートを描いているという事を理解していない人もいらっしゃるんですよ。公募やコンペティションがあることも知らない。応募書類さえ書けないという人も多い。

美術界、アートの世界できちんと評価されるにはいろんなテクニック、方法論があります。画廊と契約したり、自分の作品についてプレゼンテーションもしないといけない。ただ描いているだけでどんどん売れていくっていうのはあり得ないんですね。そういうことを考えると、どこかでサポートしてあげないと彼ら彼女らの作品は、光が当たる可能性がある場所にさえも登場することができないし、評価を受けることもできないんです。

あと、やっぱり日本の美術界というのは閉鎖的で、評論家や学芸員にきちんと評価されなければいけない、すごく権威主義的なところがあります。例えば、子どもの描く絵はいいよね、すごいよねって言われたりするけれど、それを美術館に飾るかっていうと飾りませんよね。アートの見方ということでさえ、色々な視点がある。


――昔から言われていることではありますが、アートを定義するというのは難しいですね。

僕は障がいがある方たちが描いたアートっていうのは、アートだけの価値と思ってないんですよ。例えば自閉症の方っていうのは、自分の体がコントロールできなくて突然奇声を発したり、どこかへ行っちゃったりしてコミュニケーションがうまくできなかったりする。でも心の奥底では本当はそういうことやってはいけないと分かっているんです。声を出した自分が恥ずかしいと思っているんですが、体を自由にコントロールできなかったり、言葉がうまく出せなかったり。

そこで自分が感じたこと、見たものをアートとして描くことで、周りの人から「色が綺麗ね」とか「このモチーフは、この前みんなで見たあの風景ね」と話しかけられて、人間ですので、自分の描いたものを見て皆が褒めてくれている、というのは伝わるんですよ。アートが社会とつながる、限られたコミュニケーション手段になっているんですね。そのことによって、問題行動が減ったとか、それまで一切目を合わせなかったのにちょっとニコッとするようになったという話もあります。

障がいのある方のアートは、自分が見た綺麗なものや大好きなもの、その逆もあると思いますが、素直な視点で描かれているので、アートを通してその人を知るっていう手段になるんですね。単純な評価ではなくて、人間の描くという行為には非常に多様な価値があるんだなっていうことを、彼ら彼女らから教わったんです。そういうところも含めて、障がいのある方たちのアートというものを社会の中に重ね合わせると、多様性ということ、相互理解ということに対して多くの示唆を含んでいると感じています。

Keiko Yamadaさんの作品。福島さんのオフィスの中庭に置いて、雨に濡れても問題ないかをチェック中Keiko Yamadaさんの作品。福島さんのオフィスの中庭に置いて、雨に濡れても問題ないかをチェック中

2019年に試験的に行った富岡八幡宮での展示の様子2019年に試験的に行った富岡八幡宮での展示の様子

予算ゼロからスタートした市民芸術祭

――来年に延期されましたが、2020年はオリンピック・パラリンピックイヤーでした。「アートパラ深川おしゃべりな芸術祭」は今回が1回目ということですが、そのことに関連があるのでしょうか。

はい。オリンピック・パラリンピックはスポーツの祭典ではあるんですが、開催都市はスポーツだけではなくて文化芸術も活性化させ、レガシーとして残していきますっていう約束を交わして選ばれているんですよ。長野オリンピック・パラリンピック(1998年)の時も障がい者アートの展覧会がありました。今年、2020年に企画されていることもあったのですが、それらは全て単発の打ち上げ花火的なイベントです。僕はそれを継続して、レガシーにしていかなくてはいけないと思っています。障がいのある方の芸術祭を立ち上げ、継続的な活動にしていく。それを市民の手で行うということに取り組んでいます。


――障がい者アートを扱う市民芸術祭とのことですが、市民の手で行うことになったのはなぜですか。

2年前に始めた当初、芸術祭という大がかりなものではありませんでした。障がいがある方たちのアートをもっともっと社会に知らせて、収入支援につなげることをパラリンピックという大きなイベントがある年に一緒にやりませんかということで、企画書を持っていろんな企業を回りましたが、賛同者が見つからなかったんですね。

さてどうしようかという時に江東区の代議士の柿沢未途(かきざわ・みと)さんに出会いました。柿沢さんは長野オリンピック・パラリンピックの当時、NHKの記者だったんです。その時に長野の善光寺で行われた障がい者アートの展覧会を取材されたそうです。取材に行く前は、障がいのある人たちのアートといっても、お絵かき程度のものなんだろうと思っていたそうなんですが、行ってみたら僕と同じように「なんだこれは素晴らしいじゃないか!」 といたく感銘を受けて、人生観が変わったらしいんです。

2020年オリンピック・パラリンピックでも同じようなことをやりたいと考えていたところで、僕と知り合った。そこで、力を合わせて実現させましょうということになりました。行政とか大きなスポンサーに頼るのは無理だから、地元のいろんな人たちを巻き込んで市民芸術祭としてやってみたらどうだろう、それならできるかも? というのが出発点です。
予算が全くない、ゼロからのスタートだったので、自分たちが理想としているスケール感ではできないかもしれないけれども、まずパラリンピックイヤーの時にそれをやってみることが大事だと考えました。


――予算が全くない状態からのスタート......、すごいですね。どうやって始めるのか想像もつきません。

周りにいる仲間たち、神社仏閣の宮司さんだったり、ロータリークラブだったり青年会議所だったり商店街の会長だったり地元を愛している普通の人たちだったり、柿沢さんと2人で企画書を持って回り続けると、皆さん「いいじゃない! 応援するよ」とか、「何か手伝うことがあったら言ってください」っておっしゃってくださいました。深川という街は、江戸時代から続く下町です。神輿の文化があって、人々の心の拠り所として神社仏閣がある。何かあったら一肌脱ぐ、何かあったら担ぐよっていう文化がしっかり残っている場所なんだと実感しました。

「実行委員に入って私も一緒にやりたい」っていう人もたくさんいて、スポンサーも少しずつ増えていって、これでなんとかできそうだなという風になっていきました。今は実行委員が60人ぐらいで、展示チーム、全国コンペチーム、財務チーム、オープニングセレモニーチームという風にチームで分かれて動いています。

福島治(ふくしま・おさむ)さん


――土地の持つ文化的な背景と人のつながり。本当にみんなで作り上げているんですね。

本当に僕もそれはびっくりしています。今までやってきたプロジェクトは自分で動いて、協力してもらい、このぐらいまではできるだろうっていうところを目標として行ってきたんだけど、こういうことができるかもしれないっていうところから、皆さんの「手伝う手伝う」っていう声で仲間が集まってきて、今は想定より10倍ぐらいの規模になっています。初めての経験なのですごくワクワクしてます。準備、運営はめちゃくちゃ忙しくて、大変で死にそうなんですけどね(笑)。


街歩きをしながら、偶然の出会いを楽しんでもらいたい

2019年に試験的に行った富岡八幡宮での展示。福島さんのオフィスも近所にある2019年に試験的に行った富岡八幡宮での展示。福島さんのオフィスも近所にある

――「おしゃべりな芸術祭」というのは、アートを通じておしゃべりが生まれる、というのが狙いなのでしょうか。

そうですね。多様性理解とか、ダイバーシティとかってよく言われるけど、やっぱり、相手を理解するのはシンプルに対話から始まると思っています。こうやって実際に会って、おしゃべりをして、一緒に笑って、食べて、「私はこれが好き」「僕はこっちが好き」みたいな、アートがあると非常にそういう会話が生まれやすいんです。

地元の人と観光客とのおしゃべりだったり、障がいのある人のとない人のつながりだったり。街と人、人と人のゆるやかなつながりから、多様性について理解が深まればよいと思っています。芸術祭の実行委員には、実際に障がいのある子どもを持つご両親だったり、福祉施設の職員だったり、当事者に近い方も参加していますので、押し付けじゃなくて本当にこういうのが一番いいよねっていうのを作り出しています。


「アートパラ深川おしゃべりな芸術祭」のシンボル。みんなで作り上げる"みんなのアート絵馬神輿(みこし)"

――街をのんびり散歩しながら、アート作品に触れられるというのも良いですよね。

世界的には、障がいのある方のアートというのはかなり活性化してきていて、「アウトサイダー・アート」などと、1つのアートカテゴリーとして認識されています。高い作品は億単位の金額で取り引きされていますし、市場としても確立されています。日本はその部分でもかなり遅れてるんですね。美術館で展示をしても、身内とか関係者しか集まらない。これまで美術館を使った大がかりな展覧会企画が立ち上がったこともありましたが、結局人が集まらないということで中止になったりしました。

僕はそういった状況を見て、いやいやそうじゃなくて人が集まるところにアートを展示すればいい、そこで出合ってこのアートは何? って知ってもらうきっかけを作ればいいと思っていたんです。美術館やギャラリーといった箱の中に収めるんじゃなくて、人がいるところにアートを展示する。人が集まる場所であれば必ずアートを見てくれます。富岡八幡宮などは、もともと江戸時代から庶民の拠り所で、参拝客もたくさんいます。オリンピック・パラリンピックで日本的な風景がある場所、海外の方はその国ならではの文化とか風景に出合いたいっていう方も多いですから、海外の方に見ていただけるとも思いました。街歩きを楽しみながら、アートにも出合っていただいて、深川という東京の下町も、アートも良かったねって言ってもらえるとうれしいです。


――今年は新型コロナウイルス流行がありますが、当初の計画と大きく変わる部分はあったのでしょうか。

アート作品自体は街中に点々と展示しているので、密になることもあまりありません。もちろん開催するかどうかはかなり議論しました。関連イベントは中止にして街中のアート展示を中心に据えて行うことに決めました。


――オンラインでも展開されるのですね。

「おしゃべりな芸術祭」なので、本当は街で実際にアートに出合ってもらって、アートを通して会話が生まれることを期待していました。しかしコロナ禍ということで、もともと予定にはなかったオンラインでのバーチャル美術館や、ワークショップも行います。全国から出品された150人のアーティストの入選、入賞作品の全てをVRで見られるようにしています。世界に向けて芸術祭を発信できる可能性もあるということで、急遽実施することにしたのですが、予算がなかったのでクラウドファンディングで集めて、なんとか実施できるようみんなでがんばっています。


――今後芸術祭をどうしていくか、福島さんの活動も含め教えてください。

今回は芸術祭を立ち上げる時から、今後も継続させるということでスタートしています。今年と来年は必ずやる予定で、その中で、毎年行うのがよいのか2年に1回がよいのかというのを決めていきましょうと。どうやったら継続できるかっていうところで、仕組みを作っていかないといけないと思っています。僕は62歳なんで、これからの時間はたかだか知れてるんだけど、次の担い手にきちんとバトンタッチして、さらに新しい価値を生み出していく、魅力を生み出していくっていう持続可能なサイクルにしたい。ソーシャルデザインが日本でも少しずつ根付き始めているので、そこも含めて次世代にバトンタッチできるような仕組みを残したいですね。


芸術祭を一緒に運営するスタッフの高橋 圭さんと芸術祭を一緒に運営するスタッフの高橋 圭さんと

――ありがとうございました。今回の芸術祭のパンフレットに掲載されている絵がとってもユニークで実際に観てみたいという気持ちになりました。お話を聞いていて、コロナ禍で閉塞感や孤独感が高まっている中、アートを観て誰かとおしゃべりができたり、緩くつながっていくような、そんな素敵な場が生まれる予感にワクワクしました。コロナ対策をきっちりとした上で、よかったらみなさんもぜひお出かけください。



■information
「アートパラ深川おしゃべりな芸術祭」
2020年11月15日(日)~11月23日(月・祝)開催
東京都江東区【門前仲町・清澄白河・森下】
https://www.artpara-fukagawa.tokyo/





※記事の情報は2020年11月18日時点のものです。

  • プロフィール画像 福島治さん グラフィックデザイナー・東京工芸大学デザイン学科教授〈インタビュー〉

    【PROFILE】

    福島治(ふくしま・おさむ)
    1958年広島生まれ。日本デザイナー学院広島校卒。浅葉克己デザイン室、ADK勤務を経て、1999年福島デザイン設立。被災地支援プロジェクト「ユニセフ 祈りのツリーProject」「JAGDAやさしいハンカチ展」「おいしい東北パッケージデザイン展」など、デザインにおける社会貢献の可能性を探求、実践する。東京2020オリンピック正式プログラム「PPEACE ORIZURU」プロジェクトメンバーとして活動中。
    世界ポスタートリエンナーレトヤマ・グランプリ、メキシコ国際ポスタービエンナーレ第1位、カンヌ広告フィスティバル・金賞など国内外の30以上の賞を受賞。AGI会員、JAGDA会員、TDC会員。東京工芸大学デザイン学科教授、日本デザイナー学院顧問、公益財団法人みらいRITA理事、一般財団法人森から海へ理事。

    福島デザイン:http://www.fukushima-design.jp/
    FUKUFUKU+(フクフクプラス):https://fukufukuplus.jp/

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