生まれ変わっても、またイモムシを描きたい|イモムシ画家 桃山鈴子

OCT 18, 2022

桃山鈴子さん イモムシ画家〈インタビュー〉 生まれ変わっても、またイモムシを描きたい|イモムシ画家 桃山鈴子

OCT 18, 2022

桃山鈴子さん イモムシ画家〈インタビュー〉 生まれ変わっても、またイモムシを描きたい|イモムシ画家 桃山鈴子 「虫の居所が悪い」「腹の虫が治まらない」「虫の知らせ」など、私たちは自分の体の中に虫を飼っているかのような言葉を使うことがあります。この虫と人との距離感の近さは、かつて私たちの先祖が木の上で暮らしていたことと関係があるのかもしれません。今回は虫の中でも特にイモムシを愛し、その姿や模様を描いているイモムシ画家、桃山鈴子さんに登場いただきます。桃山さんの作品集「わたしはイモムシ」は、国際的な広告賞であるニューヨークADC賞の2022年のイラストレーション部門でブロンズキューブを受賞するなど世界的にも高い評価を得ています。そんな桃山さんに、なぜイモムシなのか、その魅力はどこにあるのかなど、お話をうかがいました。

子どもの頃から「描くこと」と「虫」が好きだった

──桃山さんは、もともと描くことが好きだったのですか。


はい、大好きでした。絵も文章を書くのも好きで、みんなが外で遊んでいる時も部屋の隅で本を抱えているような子どもでした。


──いつから虫が好きだったのですか。


虫も子どもの頃から好きでした。虫の最初の記憶はホタルです。私は幼い頃、父の仕事の関係でニューヨークに住んでいたんですが、夏、家の庭にホタルがいっぱい出たんです。そのホタルがクモの巣に引っかかっちゃうので、クモの巣でピカピカ点滅しているホタルを1匹ずつ救助していました。また、庭にあったハンモックでお昼寝していたら、そこにシャクトリムシがぶらぶら下がってきたりして「かわいいな」と思って見ていました。


イモムシ画家 桃山鈴子さん(お顔は非公表)イモムシ画家 桃山鈴子さん(お顔は非公表)


──虫を怖がったり嫌がったりする女の子も多いと思いますが、そういうことは1度もなかったのですか。


1度もないです。中学に入った時、女の子の友達のハイソックスに緑のふさふさの毛虫が付いていたことがあって、みんなそれを見て「キャー!」って騒いだんです。「毛虫でこんなに騒ぐものなんだ」って、私は逆にショックでした。その時初めて虫を気持ち悪いと思う人がいることを知りました。




農学部、芸術系学校、造園業、金属造形作家を経てイモムシ画家へ脱皮

──絵が大好きだったということなので、大学は美術系ですか。


それが違うんですよ。私は絵も好きでしたが本も大好きで、小学校時代に宮沢賢治にものすごくのめり込みました。宮沢賢治が農学部だったこともあり、大学は農学部に進みました。ただ農学部に進学した後も美術の勉強はずっとしたいと思っていて、大学卒業後に芸術系の学校「美学校」に通いました。


──美学校ではどんなものを描いたのですか。


美学校にいた頃はまだ何を描くか模索中という感じで、抽象的な絵をたくさん描いていました。椅子とか靴とか、木もよく描いていましたね。でも、虫はまだ描いていませんでした。


イモムシ画家 桃山鈴子さん


──美学校を卒業した後はどうしたのですか。


千葉の造園会社に就職し、しばらく植木屋さんをやっていました。造園会社に就職した理由は幾つかあるのですが、1つは農学部出身という経歴を生かせたことがあります。そこでイモムシとの出合いがあり、いつもきれいだなと思ってイモムシを見ていました。ただ、10カ月ぐらいで辞めてしまいました。


──造園会社を辞めたのはなぜですか。


彫刻がやりたくなったからです。ある時、剪定(せんてい)*1で大きな紅葉(もみじ)の木を1本任されたことがありました。よく茂った紅葉にはしごを掛けて剪定していた時、枝や葉の隙間から光が差し込んできて、それが透明で立体的なガラス細工のように見え、美しいなと感動したんです。それで「私は立体物を作りたいんだ」ということに気づき、仕事を辞めて彫刻の工房に通い、そこで木や粘土、そして鉄を扱う彫刻技術を学びました。その後、鉄という素材に惹かれてアトリエを借り、大がかりな作品を作っていました。24歳から33歳ぐらいまでのことです。


*1 剪定(せんてい):不要な枝や葉などを切り落とし、木の形を整えること。


──造園会社の次は金属造形の作家になったのですね。


はい。銀座で個展を開いたりしていたのですが、ある時から人間関係などで追い詰められてしまい、どうしたらいいのか分からなくなってしまいました。孤独を強く感じた時、身近にいた虫に目を向け、そして虫を描き始めたんです。


イモムシ画家 桃山鈴子さん


──なぜ虫を描こうと思ったのですか。


当時、自然が豊かな所に住んでいたのですが、とても閉鎖的な日常を送っていました。孤独になるとあちこちにいる虫が目に入ってきて、特にイモムシの美しさに魅せられ、描いてみようと思うようになりました。そして観察しながら描いてみると、その時だけ日常の辛さから解放されたんです。苦しい時は、いつも虫に助けられています。思い返せば不登校だった小学生の頃も、うつむいて歩いていると虫たちが目に入ってきて、なぐさめてもらっていました。




イモムシの魅力は、多様性、そして飼うとかわいらしいところ

──桃山さんは「イモムシ画家」と名乗られていますが、イモムシのどこに惹かれるのですか。


イモムシの模様は複雑でとても美しく、しかも多様性があります。イモムシを描くようになったのでイモムシってどのくらいいるのか調べてみたら、世の中にはものすごい種類のイモムシがいることが分かりました。この世には、私が何回生まれ変わっても描ききれないくらいたくさんのイモムシが存在し、それぞれがものすごくきれいな模様を持っている。それを知ったことで、さらにイモムシにのめり込んでいきました。


それとイモムシはじっくり観察できる虫です。ほとんどの虫は動きが速く、じっくり観察することができません。もしチョウをじっくり見たいなら、標本を眺めなければいけない。でも、イモムシなら手のひらに乗せてじっくり観察できるし、虫眼鏡で見ながら描くこともできます。


イモムシ画家 桃山鈴子さん


──イモムシの種類ってそんなに多いのですか。


チョウとガ、そしてハチの一部に葉っぱを食べる種があり、それらの幼虫はみんなイモムシです。チョウとガだけでも日本では6,000種類以上生息しています。しかも個体差がすごくあって、同じ種でも緑、茶、黄と色が3種類あったりするものもいます。しかも脱皮するたびに模様や形態が変わるものが多いです。


──イモムシは何回くらい脱皮するんですか。


だいたい4回です。脱皮すると急に角が出てくるものもいるし、色が変わるものもいるし、違う模様が出てくるものもいる。本当にいろいろで面白いです。


あと、イモムシって飼うとかわいいんです。しかも、種類ごとにおとなしかったり、攻撃的だったりと、性格も違います。例えば同じアゲハチョウ科でも、ナガサキアゲハはすごく怒りっぽく、ジャコウアゲハは穏やかです。また毒を持つ植物を食べるイモムシは、性格がとても穏やかでおっとりしています。これは体に毒があるので、鳥などに捕食されないからだと思います。


イモムシ画家 桃山鈴子さん


──飼っているイモムシが成長し、蝶になったらどうするのですか。


捕まえた場所で放蝶(ほうちょう)*2します。虫はとても局地的に分布しているので、捕獲した場所で放蝶しなくてはいけないんです。


*2 放蝶(ほうちょう):飼育したチョウなどを自然に放すこと。




美しい模様が途切れるのがイヤだからイモムシを「開き」で描く

──画家としてイモムシを描くことには、どんな面白さがあるのですか。


やっぱり、あの美しくて複雑な模様を描くことが面白いです。ただ描き始める前は、その模様があまりに複雑なので「これを全て写すのは無理」っていつも思ってしまいます。そのくらい複雑で美しいです。


イモムシ画家 桃山鈴子さん


──桃山さんのイモムシの絵は点描で描かれているのが特徴だと思いますが、最初は線で描いていたのですか。


いきなり点描です。これはミツバチの脚を顕微鏡で見て描くという、大学時代の生物学の授業での経験を応用したものです。授業では論文の添付資料用に2Hの鉛筆をピンピンに尖らせて、点だけでミツバチを描くという実習をしました。点描はただ正確に写し取るための描き方で、線で描くと線の太さや流れで描き手の感情がどうしても出てきてしまうんです。でも点はペンを置くだけなので、観察物をそのまま写し取ることができます。私が描きたいのはイモムシの美しい模様であって、自分の感情ではありません。ですから、点描が一番合っているんだと思います。


──点描は時間がかかりそうですね。1枚の絵を仕上げるのにどのくらいの時間がかかるのですか。


A4サイズなら、下書きも含めて3週間ぐらいです。


──その間はイモムシを見続けるわけですよね。それは楽しい時間ですか。


あまり自分で意識はしていないのですが、楽しいのかな(笑)。むしろ寝食を忘れて夢中になって、この美しさを写したいと格闘している感じです。でもそれが「楽しい」ということなんでしょうね。


イモムシ画家 桃山鈴子さん


──3週間も描いていると、イモムシが脱皮して模様が変わりませんか。


そうなんです。最初に描いたのがクロアゲハの幼虫のイモムシなんですけど、食草に付いているイモムシを手元に置いて、虫眼鏡を見ながら少しずつ描き始めました。もちろん1日では作業が終わらないので何日もかけてやっていたんですが、そうしたらある日イモムシが脱皮して大きくなっちゃって、模様も色も変わってしまいました。それでも描き続けましたが、右側の模様と左側の模様は違っていて、足もちょっと大きくなっちゃっているみたいな感じになりました。


でも、それはそれでいいなと思ったんです。1つの絵の中に、イモムシの模様と脱皮した時間までを一緒に描くことができたので。この1枚目の作品が自分にとって面白くて、「これからはイモムシでやっていこう」と思うきっかけとなりました。


最初に描いたクロアゲハの幼虫の作品。制作中に脱皮したため左右の様子が異なっている最初に描いたクロアゲハの幼虫の作品。制作中に脱皮したため左右の様子が異なっている


──桃山さんの作品のもう1つの特徴は、イモムシがアジの干物のように「開き」で描かれている点です。これはどうしてですか。


普通にイモムシを描くのであれば、写真を撮ったように描けばいいと思うんです。でも、そうするとせっかくのきれいな模様が切れちゃうじゃないですか。私が描きたいのは模様なんです。ですから、背中を描いたらそのまま右側の模様を付け足し、左側の模様も付け足して模様をつなげた「開き」で描いています。


アトリエの様子。顕微鏡とデジタルカメラが用意されているアトリエの様子。顕微鏡とデジタルカメラが用意されている




「虫だけでやっていく」と腹をくくったら、道が開けていった

──ここからはアウトプットについてうかがいます。作品集「私はイモムシ」がニューヨークADC賞に入賞するなど、世界的な評価を得ています。作品を世の中に広げていくためにはどんな活動をしたのですか。


イモムシを描くといっても1人でやっていては広がりませんから、現在活躍されているイラストレーターの方々とつながる必要があると考え、青山塾というイラストレーションの塾に入りました。そこで講師をされていたイラストレーターの木内達朗(きうち・たつろう)先生にイモムシの絵を見せたら、「いい絵ですね」と言ってくださり「Behance(ビハンス)」という絵を投稿するSNSを勧められたのでやってみました。すると、すごく反響があったんです。特に外国の方はとても率直な感想をメッセージで送ってくださいました。また、いつか絵を見ていただきたいと思っていた奥本大三郎先生をファーブル昆虫館に訪ねたのもその頃です。奥本先生の審美眼にさらされて緊張しましたが、なんと館に3枚ほど展示させていただく機会を得ることができました。自分では「この絵はいける」と信じていましたが、ほかの人から評価されたり、リアクションされたりすることがそれまでなかったので、木内先生、Behance、奥本先生には背中を押していただいたことを感謝しています。


それでも何人かのイラストレーターの先生には「虫だけだと仕事にならないぞ」とよく言われました。でもある時、ギャラリーハウスマヤのブラッシュアップ講座で講師としていらしていたデザイナーの大島依提亜(おおしま・いであ)さんが「君は虫を描いた方がいいよ。もし虫で食べられなくてもアルバイトすればいいじゃないか」って言ってくださったんです。その一言がとても響きました。それで「虫だけでやっていこう」と腹をくくったら、次第に道が開けました。その年の暮れに、イモムシのひらきだけで応募したHBギャラリーのファイルコンペで藤枝リュウジ賞を受賞し、個展のチャンスをいただきました。個展に合わせ、ZINE(ジン)「INSECTS」を作って販売しました。


Behance 桃山鈴子ページBehance 桃山鈴子ページ


──ZINEとは、どのようなものですか。


ZINEは自費出版の小冊子です。名称は「magazine(マガジン)」の「zine」からきているそうで、海外ではアーティストの履歴書みたいな存在になっています。「INSECTS」が好評だったので翌年に「INSECTS2」を作りました。トータルで1,400冊あまり売れています。作品集、絵本、デザイナー岡庭智明氏のファッションブランド「The Viridi-anne」とのコラボレーションなどZINEがつないでくれました。 絵が増えるたびにこれからもINSECTSシリーズは続けていくつもりです。


桃山さんのZINE(こちらから購入可能です)桃山さんのZINE(こちらから購入可能です)


また、イラストレーターの網中いづるさんから「イラストレーターより、作品集を出してアーティストとして軸を置いた方がいいわよ」とアドバイスをいただいたことがきっかけで、全作品をスキャンし、作品ファイルを作りました。HBの個展に来てくださった工作舎の編集者さんから、作品集のお声がけをいただいた時、すぐにこの分厚い作品ファイルを送ることができ、作品集を作る過程で大いに役立ちました。


わたしはイモムシ

わたしはイモムシ
桃山鈴子 著
出版社:工作舎
発売日:2021年6月4日
B5判変型/上製 148ページ(カラー128ページ)


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へんしん すがたをかえるイモムシ

へんしん
すがたをかえるイモムシ

桃山 鈴子 作 / 井上 大成 監修・解説
出版社:福音館書店
発売日:2022年4月25日
27×20cm 48ページ




憧れだった養老孟司先生からの評価、そしてニューヨークADC賞の受賞

──作品集、絵本と、次々に作品が世に出てすごいですね。世の中には意外と虫好きの方が多い、ということなのでしょうか。


そうかもしれませんね。原画展にも多くの方が見に来てくださいます。虫好きといえば、私がとてもうれしかったのは、無類の昆虫愛好家としても知られる解剖学者の養老孟司(ようろう・たけし)先生が私の絵本の帯に文章を書いてくださったことです。


桃山鈴子さん


──これはどんなきっかけだったのですか。


もともと私は養老先生が大好きで、もちろんご著書も拝読していました。ある時、養老先生に絵を見ていただきたくて、東京大学で行われた蛾類学会の講演に足を運び、休憩時間中、屋上へ喫煙に行かれた先生を追いかけてZINEを見ていただきました。それが最初のご縁で、養老先生が京都の細見美術館で「虫めづる日本の美」という展覧会を開催された時も初日にご挨拶に行きました。それから数週間後、「虫めづる日本の美」が好評につき会期延長になり、「ブースに空きができたので鈴子さんの絵を飾りませんか」とお誘いいただきました。そんな経緯もあり、絵本「へんしん」の帯に文章をいただきました。本当にうれしかったです。


特別展
虫めづる日本の美-養老孟司×細見コレクション-


──桃山さんは今年、国際的な広告賞であるニューヨークADCのイラストレーション部門でブロンズキューブを受賞されました。ADC賞は、篠原ともえさんがデザインした革のキモノ作品が受賞したことでも大きな注目を集めましたね。これはどんな経緯で応募されたのですか。


これもイラストレーターの木内達朗先生に「作品集ができたのならADCに出してみたら」とアドバイスをいただき、エントリーしてみたら思いがけず入賞できました。


The ADC Annual Awards イラストレーション部門獲得したブロンズキューブThe ADC Annual Awards イラストレーション部門獲得したブロンズキューブ
詳細は「わたしはイモムシ」世界へはばたく! 桃山鈴子さんADC賞おめでとう!


──いきなりニューヨークADC賞は、すごいですね。


ありがとうございます。広告の世界ではとても有名だそうですね。世界で評価されたのはとてもうれしかったです。


──最後にうかがいますが、今までイモムシは何匹ぐらい描いたのですか。


昆虫の絵は、今まで260点くらい描いていますが、イモムシの開きはそのうち64点だと思います。


桃山鈴子ウェブサイトにはイモムシの開きの作品が多数掲載されている桃山鈴子ウェブサイトにはイモムシの開きの作品が多数掲載されている


──イモムシを描くことに飽きる気配は全然ないですか。


それはもう、まったくありません。描きたいイモムシがたくさんいて、一生描いてもとても描ききれないので。生まれ変わっても、またイモムシを描きたいなと思っています。ずっと描き続けていきます。


桃山鈴子さん



▼桃山鈴子 個展 開催予定

2023年4月1日~12日
桃山鈴子 展
子どもの本専門店 メリーゴーランド KYOTO
https://www.mgr-kyoto2007.com


2023年4月5日~24日
絵本「へんしん」原画展
子どもの本専門店 メリーゴーランド四日市
http://www.merry-go-round.co.jp


※記事の情報は2022年10月18日時点のものです。

  • プロフィール画像 桃山鈴子さん イモムシ画家〈インタビュー〉

    【PROFILE】

    桃山鈴子(ももやま・すずこ)
    イモムシ画家。東京生まれ。幼少期をニューヨーク郊外で送る。小学生の頃から、昆虫をはじめ、いろいろな生き物に親しんできた。生物学の授業で顕微鏡を使った観察スケッチを学んだことが絵画表現の原点となっている。個展多数。2022年には細見美術館の「虫めづる日本の美」展に出展した。作品集に「わたしはイモムシ」(工作舎)。本作は、著者にとってはじめての絵本となる。HB ギャラリーファイルコンペ vol.29藤枝リュウジ賞、Gallery House MAYA 装画コンペvol.19準グランプリ、Society of Illustrators - Illustrators 62入選。2022年、The ADC Annual Awards(ニューヨークADC賞)のイラストレーション部門でブロンズキューブ受賞。

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