アート
2021.09.15
石黒 賢さん 俳優〈インタビュー〉
石黒 賢 | 声をかけてくれた人に、最大限の誠意で応えたい
17歳での鮮烈なデビューから38年間、第一線でご活躍されている俳優の石黒賢さん。9月17日(金)に公開された映画「マスカレード・ナイト」で、主演の木村拓哉さん演じる新田刑事と対立するホテルマンを演じられている石黒賢さんに、映画の見どころや、これまでの俳優人生について、お話をうかがってきました。
「マスカレード・ナイト」の緊張感ある撮影現場
――9月17日(金)に公開された映画「マスカレード・ナイト」は、ヒットした前作「マスカレード・ホテル」の続編です。石黒さんは2作目からのご参加となりましたが、撮影の現場はいかがでしたでしょうか。
続編はすごく難しいところがあります。前作の評判が良く、お客様がたくさん来てくださったから製作されるわけで、何もないところから始める作品とは比べものにならないくらい期待の高いものだと思っています。続編から入る人たちはその空気感がよく分からない中で現場に入っていくんですが、これだけ役者の仕事をしていても、緊張します。
ただ監督の鈴木雅之さんとは若い頃から何度も一緒に仕事をさせてもらってるし、木村(拓哉)くんも(長澤)まさみちゃんも何度かご一緒したことがあったので、そこは安心していました。僕らの仕事は初めて会っていきなり恋人同士になったり、100年来の親友のごとく振舞ったり、そういう関係を瞬時に構築しなきゃいけないというのがなかなか難しいところですが、監督と主演のお二人とは旧知の間柄で仕事ができ、そういった労力を軽減されたのは大きかったですね。
「俳優はその気になるのが仕事」
――「マスカレード・ナイト」の見どころを教えてください。
見どころ満載です。
まず犯人当ての妙味ですね。今回は不特定多数の500人というお客様が来ている大晦日のパーティーで、しかも仮面をつけていて誰が誰だか分からないという状態、ホテル側と警察との対立もあって、その中で警察がどうやって捜査を進めていくのかという点、お客様役にも魅力的な俳優さんがいっぱいで、様々な事情、秘密が内包されていて、ホテルという非日常的な空間を表しているのも面白いです。
次はホテルマンと警察との対立の部分ですね。今回、僕が演じた氏原(うじはら)というのは、理想のホテルマンというのはこうであるべきだというホテルマンの権化のような人物なので、堅苦しく見えるかもしれませんがそこには彼の矜持(きょうじ)があります。今回は木村くんが演じる新田刑事が殺人事件でホテル内を捜査するわけですが、氏原というホテルマンとホテル側にとっては自分たちの聖域を警察の人間たちに荒らされていくわけですから、非常に面白くないことです。捜査が大事なのは分かりますが、ここは僕らの聖域であって、警察は部外者だからホテルのルールに従ってほしい。今回は僕がフロントクラークに入って、まさみちゃんはコンシェルジュというお客様の要望に応える部署へ配置変えになっています。
そして見事なセットですね。本当に素晴らしいです。東宝スタジオにセットを組んでいるんですが、スクリーンで見るのと実際に見るのとでは全然違いました。画面に映る映らないにかかわらず細部までの美術部さん達の作り込みがすごくて、ホテルの備品に至るまで全てが徹底されていました。俳優っていうのはその気になるのが仕事ですから、そうやってすごくリアルに作り込まれた世界や空気感、そういったシチュエーションに乗せられてお芝居をしていくとどんどん熟成していくんです。そういう点においても、あの素晴らしいセットは見どころの1つです。
――ホテルマンの役を演じられたのは初めてですか。
はい、これまで経験はありません。ありがたいことに、撮影に入る前からプロのホテルマンの方に指導を受ける機会があって、撮影中も毎日ついてくださいました。教えてくださった方は本当に氏原みたいな厳しい人でした(笑)。そしてホテルマンと我々は似ているところがあるなぁと感じました。俳優がカメラの前に立つ緊張感と、ホテルマンがフロントロビーでお客様の前に立つ緊張感、身体の姿勢も心の姿勢も、そういった意味では俳優に通じる部分がありました。
「木村拓哉と芝居をするのは本当に面白い」
――今回出演のお話があったときは、どんなお気持ちでしたでしたか。
初めて台本を読んだときは絢爛(けんらん)豪華な作品だなと思いました。そして鈴木監督をはじめ、木村くんやまさみちゃんと芝居をすることが大きなモチベーションでした。木村拓哉と芝居をするのは本当に面白いんですよ。面白いって言うと何かエラそうだけど(笑) 。
芝居は台本という叩き台があって、監督の旗印のもと、俳優は全体を見て、考えて、各々の役割を独善的にならず、かといって埋没せず作り上げていきます。いくつか自分の中で役の青写真を描いて準備して現場に臨むわけですが、相手役との化学反応みたいなもので演技プランが変わる場合もあるんです。そんな中で木村拓哉は毎回、違う色を出してくるんだよね。
――アドリブなどもあるのでしょうか。
アドリブというと多分普通の人は台本にない事を話す、と思われるかもしれないけど、広義には、演技のはっきりした色の周りにグラデーションをかけていくようなこともアドリブのうちだったりします。まったく違うことを付け加えたりするだけではないというか。
――セリフは同じでも微妙なニュアンスとか、色付けが変わるみたいなことでしょうか。
そうですね。鈴木監督は台本に書いてあることだけやってたんじゃ満足しないというのをみんな分かっていて、その期待を乗り越えてやろうという気概がありました。
――木村さんと石黒さんの掛け合いに注目しながら、映画を楽しみたいと思います!
お互いに良いキャッチボールができたんではないかと思います。
17歳の春、連日の稽古を経てテレビドラマ出演
――ここからは石黒さんご自身のことをうかがいたいのですが、17歳で俳優デビューをされて、今までの俳優人生で思い出に残っているエピソードなどはありますか。
誤解を恐れずに申し上げると、僕は俳優になりたくてなったわけじゃなかったんですね。本当にたまたま。父がテニス選手だったので僕も幼い頃からテニスをやっていました。高校生の時に、父から宮本輝さんの「青が散る」という大学テニス部の青春群像が描かれている小説を渡されて、読んでみたら面白かったんです。そうしたら、今度その小説がドラマ化するみたいだからおまえやってみるかって父に唐突に言われて。17歳の春、父のテニスクラブのメンバーで知り合いだった方を通じてTBSのプロデューサーの方にお会いすることになりました。
僕は演劇部に入ったことはないし、芝居の経験すらありませんでした。でも僕に役が決まって、毎日芝居の稽古をしますと言われたので、それからは毎日学校が終わると演出家のいるTBSへ。そうやってデビューはしたけど、大学に入ってからも学業とお芝居、二足の草鞋(わらじ)でした。
――未経験から始めたお芝居を、すぐに好きになりましたか。
役者としての面白みを感じるようになったのはもう少し後です。仲代達矢さんや緒形拳さん、田中邦衛さんといった本当に素晴らしい先輩方と、ありがたいことに僕は若いうちに共演させてもらって、撮影の合間に色々なお話を聞くことができて、俳優っていうのはこう考えるんだな、とか、こういうふうにやればいいんだなっていうのが徐々に分かってきてからですね。
「1つだけ言えるのは、出し惜しんじゃダメってこと」
――そうそうたる先輩方ですね。
20代前半の頃、テレビドラマ「外科東病棟」(TBS系)で、緒形拳さんと親子の役をやらせていただいたんです。僕は緒形さんが若い頃にできた子で、生まれて早々に別離したという設定です。緒形さんが末期癌になって、余命宣告を受けてから死ぬ前にどうしても生き別れた息子に会いたいということで、二人が会うシーンでした。
本番の数日前に、実際に父親と会うシーンのリハーサルをやったんです。そのとき緒形さんをパッと見たら、鼻水を垂らすぐらい、涙を流しておられたんですよ。1回目のリハーサルなのに。僕はある監督に、エネルギーは取っておいて、本番で爆発させるんだぞ、と言われたことがあって、だからそういうものなんだなって、ずっと思っていたんです。でも緒形さんはリハーサルの1回目から滂沱(ぼうだ)の涙を流して「おお、来てくれたか」ってセリフを言うわけですね。それを見たときになんて僕は浅はかだったんだろうって思いました。
その監督の、エネルギーは取っておけと言った理由も分かります。でも、出し惜しんでやれるほどの力量が自分にあるのかって、自分が本当に恥ずかしくて、情けなくなったんです。そのとき緒形さんが涙を流してくれたのは、今ならよく分かりますが、当時の僕があまりにもできないから。何日も前のリハーサルでやる気にさせてくれるため、下手なヤツを何とか引き上げようとしてくださったんだと思います。
そんなふうに、素晴らしい先輩方とご一緒させてもらって学んだことがいくつもあります。僕はお芝居の現場では下地がないままデビューしてしまいましたが、そうやって現場で覚えたことで自分なりの役作りのアプローチとか、芝居の中で一番のピークを持っていくときの心の準備とかができるようになっていったんだと思います。
だから1つだけ言えることは、出し惜しんじゃダメってことですね。ただし、役に入り込む一方で自分を「俯瞰(ふかん)する目」もないとうまくいかない。いわゆるスポーツでいう「ゾーンに入る」みたいな状態に持っていけるよう努力はしますが、いつも入れるわけではないところに難しさはあります。
――「ゾーンに入る」という感覚がお芝居にもあるのですね。
難しいところなんですけどね。例えば、セリフを、自分が思う通りのメロディーで、テンポで、間(ま)で言えたなって思うときは、たいてい最悪なんですよ。
――えっ。最悪なのですか。
自分だけが気持ちいい、一人よがりな、非常にエゴイスティックになっている状態です。そうではなくて、自分と相手役だけがそこにいて、自然にセリフが湧いてきて、挙動も自然に出てくる時があるんですよね。自分と相手役の人にしか分からない間合いというか。その中で流れていくという瞬間があるんです。
――なるほど。不思議なものですね。
スポーツとお芝居は似ているところがありますね。緊張し過ぎてもダメだし、緊張しないのもダメ。緊張を楽しまなきゃいけないところもある。いいところ見せようと思ってもダメ。だからといって、ただスッと自然にやるだけでもダメっていう。カメラは正直だからスッと流すだけじゃあお客さんに届かない。何か自分の中から捻り出す、滲み出るものがあるのが、大事なのではないかと思います。
「面白いか面白くないか。結果が全て」
――難しいですね......。今後チャレンジしてみたい役などはありますか。
こういう役をやってみたい、とかは正直あまりないんです。欲がないわけじゃないんですが。ただ石黒賢が出てる作品は面白いよねって、言ってもらえるようになりたいです。
どういうふうに役を演じたか、その演技論を語るとか、役者がどう努力したか、みたいなことには興味がないんです。見てくれた人が本当に面白かったですって言ってくれればいいんです。結果が良ければそれでいい。僕らは名指しされる仕事で、石黒賢と仕事がしたいと声をかけてくれた方に対して、最大限の誠意をもって応えなきゃいけない責任があるわけです。石黒賢じゃなくて他の人にすれば良かったな、なんて絶対思われたくない。だから、結果を残さないと意味がないわけです。作品を見て面白かったと言われるのは本当にうれしいです。
「僕は絵本を読むような男じゃなかった」
――石黒さんは絵本の翻訳もされていますが、これはどういうきっかけで始められたのですか。
僕は絵本を読むような男じゃなかったんです。自分に子どもができたとき「絶対読み聞かせした方がいいよ」って周りの人から言われて、そんなにたくさんの人がいいって言うなら、やってみようかなって。
たまたま僕が仕事でニューヨークに行ったときに見つけた「Scary」という本が面白いって話をしたら、翻訳してみたらと誘いを受けたんです。
それでひとまず直訳して読んでみたら面白くなかったんです。それから古今東西の名作と呼ばれている絵本を買い集めて読みました。そうすると絵本の文章は非常にリズミカルであることが分かったんです。自分で読むより、読み聞かせてもらうことの方が多いから耳障りがいいリズムが大事なんですね。
「Scary もしこんなことになっちゃったら」
フローレンス・パリー・ヘイド(著)
ジュールス・フェイファー(絵)
イシグロ・ケン(訳)
チョキチョキとかピタピタといったオノマトペとか、近くの公園に行って子ども達が喜ぶ言葉って何だろうって耳をそばだててました。アヤしいおじさんですよね(笑)。書き直して編集して、何稿も重ねてそれでようやく出来た絵本でした。
私は男親ですから、お父さんが子どもとコミュニケーションをとるためのツールとして、親父が絵本を買って帰るっていうのはシャレてていいなと思ってます。
――だから「絵本 パパこれよんで!シリーズ」*1なんですね。
子どもたちに読み聞かせをしていたある時、本のページをめくったら子どもたちがぐっと本に顔を近づけたことがあったんですよね。この瞬間に、ああ読み聞かせをやってて良かったなって。つまり次のページが楽しみで仕方がないって、本の醍醐味ですよね。
*1 絵本 パパこれよんで!シリーズ : 下記の6作品が出版されています。
「Scary」 (絵本 パパこれよんで!シリーズ) (2005年)
「ティップトップとワニ」 (絵本 パパこれよんで!シリーズ) (2005年)
「ティップトップとゾウ」 (絵本 パパこれよんで!シリーズ) (2005年)
「マルタとじてんしゃ」 (絵本 パパこれよんで!シリーズ) (2006年)
「マルタとききゅう」 (絵本 パパこれよんで!シリーズ) (2006年)
「マルタとたこ」 (絵本 パパこれよんで!シリーズ) (2006年)
――絵本の翻訳はまた機会があればやってみたいですか。
ぜひやりたいですね。
――それでは最後に、映画「マスカレード・ナイト」を楽しみにしている読者の皆様へ、一言メッセージをいただけますか。
今はコロナ禍でもありますし、なかなか映画館で見てくださいって言いづらいですけど、映画館でご覧いただきたいです。あの巨大なスクリーンと遮断された空間の中で楽しんでもらえるよう、プロが力を結集して作っています。とにかく映画館に足を運んで「マスカレード・ナイト」、ホテルコルテシアの世界に浸ってほしいです。
※記事の情報は2021年9月15日時点のものです。
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【PROFILE】
石黒 賢(いしぐろ・けん)
東京都出身。血液型A型。成城大学経済学部卒業。1983年ドラマ「青が散る」(TBS)の主役に抜擢され俳優デビュー。ドラマ「振り返れば奴がいる」(93/フジテレビ)、「ツインズ教師」(93/テレビ朝日)、「ショムニ」(98、00、02、13/フジテレビ)、「新選組!」(04/NHK)、「半沢直樹」(20/TBS)、「華麗なる一族」(21/WOWOW)など。映画では「めぞん一刻」(86)、「ホワイトアウト」(00)、「ローレライ」(05)、「ジャイブ 海風に抱かれて」(09)、「THE LAST MESSAGE 海猿」(10)、「HIGH&LOW THE RED RAIN」(16)など代表作多数。近年の主な映画出演作は、「コンフィデンスマンJP」シリーズ(19、20)、「時の行路」(20)、「ドクター・デスの遺産-BLACK FILE-」(20)、「フード・ラック!食運」(20)、アニメーション映画「竜とそばかすの姫」(21/声の出演)、「マスカレード・ナイト」(21)など。また、児童文学翻訳家としても活動し、これまで6冊の絵本を発表。「ウィンブルドンテニス」(WOWOW)ではスペシャルナビゲーターとして活躍。
公式HP
https://www.ken-ishiguro.com/chair-2.html
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