田中泯 | 踊りは言葉のない時代に、夢中で人とコミュニケートするためにあった

アート

田中泯さん ダンサー〈インタビュー〉

田中泯 | 踊りは言葉のない時代に、夢中で人とコミュニケートするためにあった

世界的ダンサーの田中泯さん。泯さんの踊りや生き様に迫った映画「名付けようのない踊り」(犬童一心監督)がいよいよ2022年1月に公開されます。インタビュー後編では、主に泯さんの踊りや、創造についてお話をうかがいました。取材は泯さんの活動拠点のひとつ、東京都中野区にあるオルタナティブな空間「plan-B」で行いました。

前編 はこちら

いつのまにか体は私を置き去りにしていく

――映画「名付けようのない踊り」の中で、大友良英さんや、中村達也さんといったミュージシャンの方と共演しているシーンがありました。ジャズやヒップホップ含め、音楽と踊りは密接に関わってくる部分もありますよね。


ヒップホップダンスが専門ですっていう人がいたら、それしかないかもしれないけど、踊りというのは実は1人の人間の体の中に、さまざまな踊り方がずっと残っているんですよ。ジャンルを自分の体の中から切り分けることはできないでしょう。いろんなリズムや音や何かが混在していて、それで実際に何かに合わせて踊るときにそちらに向かって自分の体の中がくっついていくんです。


楽器が違えば音が変わるように、体は変えられないんですね。でもだからこそ、僕から言わせれば踊りが最も優れているんですよ。小澤征爾の指揮するオーケストラでも、都はるみの歌でも踊るし、盆踊りも踊る、それからフリージャズのセシル・テイラーともやるし、デレク・ベイリーとも散々やりました。こんなにハチャメチャにいろんな音楽とやる人はそうはいないでしょう。音楽が超えていけないジャンルの壁も、踊りなら自由に超えていけます。私はヒップホップを踊るのが好き、とかジャズダンサーですって自分の踊りをジャンル化するのは、たいへん損だと思ってます。その程度で僕は満足しません。


世界的ダンサーの田中泯さん


――踊って体を動かすということは、やっぱり根源的なことなんですか。


そうだと思いますよ。だってこれ(体)しかないんですよ、表現する素材は。僕はこの中に生きているわけですから、生きている僕が何を考え、何を感じ、何に怒り、何に悲しんでいるのか、喜怒哀楽もこの中にあるわけですよね。だけど、体は私(意識)と一体化していると思ったらどうもそうでもない。体と意識とのギャップで大半の人間は最後に苦しむんです。違いますか?


いつのまにか体は私を置き去りにしていくんです。それはひょっとしたら人間の一番の苦しみかもしれない。どこか空中に漂って生きているわけじゃなくて、この体の中に僕たちは住んでるはずなのに、何が起きているか分かってないんです。それを哲学なんかでは言語と身体ということで、人間の抱えてしまった大きな問題を言い表している。言語がものすごく発達して、何とでも言えるようになったのは人間だけです。でも、言葉にするのは何でも可能だけど、この体だけは一緒にやってくれない、これからの時代はますます体が意識を裏切っていくと思います。



――時代が変わってきているということでしょうか。


そうです。いま僕らは座ってばっかりいますよね。体は、細胞は、そして骨は、もっと走ってほしいんです。踵(かかと)から入る刺激がどれだけ私たちの力を生み出しているかっていうのを、山中伸弥先生(京都大学iPS細胞研究所所長・教授)も仰っていました。体はバーチャルやAIの時代に向かってますます捨てられていく、今そういうプロセスに来ています。


――踊りを踊ることは、体にとってどういうことなのでしょうか。


踊りというのは体への執着です。表現は体からしか始まっていないんだっていう執着であると思います。ところが今は多くの場合で、自意識に執着するんですね。だからとうとうオリンピックのような、勝ち負けの世界に踊りが使われちゃうんです。本来であれば、踊りはそんなことになんの執着もなかったはずです。踊りは言葉のない時代に、夢中で人とコミュニケートするためにあったんです。


世界的ダンサーの田中泯さん




踊りを観るのは何かを探すことではない

――踊りとは、言語以前のものということなんですね。


僕らは簡単に「言語以前」と言うけれども、本当にないということが想像できますか。例えば「山がきれい」ということを伝えるにも、「山」、「きれい」という言葉もない。


――ちょっと想像できないですね。ジェスチャーとは違うものですよね。


ジェスチャーは共通する言葉を持っているから成り立ちます。踊りとジェスチャーとは決定的に違うんです。だから、踊りを見て分かんないって言われても、それはそうでしょう。分かろうとしても無理なんです。


世界的ダンサーの田中泯さん


――ジェスチャーは言葉の身体化ということですね。


ジェスチャーの場合は「何を言っているんだろう、何を言いたいんだろう」って、見る人は言葉を夢中で探しますよね。でも踊りを観るのは何かを探すことではない。ただ観ていると、何かがグサッときたりする。それは何だろうって、自分に聞くしかないんですよ。


――「名付けようのない踊り」を観ていると、何か心が解放されていくような感覚になったんですけれども、そういうふうに観ているお客さんとの共感とか共鳴みたいなことが生まれるのも、踊りという環の中のひとつということなんでしょうか。


そこら辺がうまく言葉で伝えきれないんです。踊りは芸術のひとつに入れられて、芸術家と言われたりもしますが、でも僕は踊りはいわゆる芸術という世界で横並びになれる表現だとは思っていないんですよね。でも、間違いなく人間が、古代の言語以前の世界から創造的であり続けられたのは踊りのおかげだと思っています。


言葉にすると早くて、あっという間に皆に伝わります。でも踊りはそう簡単にはいかない、伝わらない。なぜなら動きが意味を示していないから。例えば先ほどの「山」「きれい」といった具体的なものは何もない。だから感じるもので、より深いところで大きなところで、その場にいる人たちに何かしらが伝わったりする。私はそれが素晴らしいなと思っていて、踊りが好きになってしまったことの一番の理由はそこにあります。


――全部がそうということではもちろんありませんが、映画の中での泯さんの踊りが動きとしてゆっくりしている印象を受けました。でもゆっくりしているからこそ、不思議なことに、相反するものを感じました。例えば新幹線に乗って移動している時、自分は止まっているけれど周りの景色はすごい速さで行き過ぎていく感覚。その速度感と静止している自分の対比のようなものです。


人間は基本的には心地の良い好きな速度っていうものをみんな持ってるんですよね。話し言葉でもゆっくり話す人と、速い人がいるように、速度っていうのはその人固有のもので、変えられないものなんです。


でも踊り手が、踊りを踊る人がそれじゃ困っちゃうんですよ。要するに速度は何段もシフトできないといけない。僕は踊り初めた頃、裸体で踊っていた時期が長いんですね。その時は本当にかすかに動いている1秒に1mmとか1秒に1cmとか、30cm手を動かすのに基本の動きで1秒かかったとして、そこからどうすれば倍の時間になるのかと、そんなことばっかりやってたんです。30cm動かすのに10分かけたら、見ている人には動きに見えないですよ。でも僕にとっては動きなんです。要するにうーんと小さいものから大きいものの間で、人間は常に動いていて、そこにその人が持っている喜怒哀楽、感情があるんです。


動きといっても、そこにはものすごく幅がありますし、速度もそうです。そのどこにでも行けるようなダンサーでいたいっていうことなんです。私が選択するんじゃなくて、速度や動きの質、強度っていうものはその場所にあるはずだって。


世界的ダンサーの田中泯さん




踊りが好きで好きでしょうがない。好き比べのディスカッションをするとしたら、誰にも負けない自信がある(笑)

――ここからは少し話題を変えて、今住んでおられる山梨のことをうかがいたいのですが。1985年、40歳の頃に山梨へ移住されたことで受けた影響はありましたか。


もっと勉強しなきゃいけない、もっと知らなきゃいけない、もっと本気で考えなきゃ、感じなきゃっていう気持ちが一気に増えていきました。一方で植物と人間との関係、植物と昆虫との関係、昆虫と動物との関係というふうに、いろんなことを知っていくわけですよね。春の種まきのシーズンには、僕のいた村ではツバメが帰ってきたらいよいよ種まきだぞっていうことだったり。


他の生物のありようによって、季節が来るぞ、タイミングが来るぞって教えてもらうんですけど、それが本当にすごいと思いました。お百姓さんは自然の風景を見ることによって、天候や気候などの変化が分かるんですよね。夕焼けの見方を教わったりもしました。


――夕方の空を見て天気が分かるみたいなことですか。


そうですね。それで数日後まで読めるとか。


――数日後までですか。それはすごいですね。


僕は朝のNHK連続テレビ小説「まれ」(2015年)に出演したときに、人間国宝のお師匠さんから潮まきを教わったことがあるんですよ。そこで、「泯さんね、朝の海の水平線を見たらその日の天気が克明に分かるよ」って言われて、すごいなって思いました。ものすごく創造的だと思いましたね。本気で生きていること、好奇心を自ら発揮する人こそが創造的で、人から言われたからやってみようとかっていうのとは違います。


――創造というところで、「名付けようのない」「所有できない」踊りをずっと踊り続けてきた泯さんこそが"創造そのもの"であるように思えます。泯さんはなぜ踊るのでしょうか。


結構ポロポロとしゃべってはいますよね。言葉以前から人間は踊っていたはずだっていうこととか、たぶんその全てが好きなんです。僕はまだ自分がなぜ踊りを選んだのかっていうのは、はっきりとは答えられないんです。好きで好きでしょうがないと思うんですよ。好き比べのディスカッションをするとしたら、誰にも負けない自信がある(笑)。


1つポイントなのは選ばれた人じゃないっていうことなんですよ。「私は選ばれた」というようなことを平気で言っちゃう人がいるじゃないですか。僕が子どもの頃は、あの子は踊り心があるとか、歌心があるとか、まるで神様が選んでくれたような言い方をされて得意になっている子がいましたが、僕はそうじゃなかった。そんなこと大人から言われた覚えはないし、両親からは大反対されるし。ですから踊りは自分で悩んだ結果、一番僕が長続きしてきたもの。10代後半から、選ぶ理由とかもなかった。一番こだわって一番辞めないで長く続いたことです。


――そうなのですね。泯さんは選ばれた人、という印象でした。


いや、そういう自覚は全然ないです。全然ないので「私の踊り」っていう言葉が嫌いなんですよ。私が踊るからってことじゃない、踊りはそこにあるじゃないかっていうことなんです。それが高じて何でも所有するのがあんまり好きじゃない。所有する感覚がかなり乏しいんですよ。それはお金に関してもそうで、今農業をやってはいますけど畑も家も全部借地です。


――最後に来年の活動ですとか、今後のことを教えていただけますか。


コロナ禍があって踊りはいっときやってなかったんですけど、劇場での作品作りをしばらくはやろうと思っています。何と言ってもね、僕はいつまで生きてるか分かってないから、教えてくれればいいのになって思うけど(笑)。時間に対してしっかり目標を立てるのはあんまり好きじゃないのですが、2022年の12月に杉本博司さん(美術家)、松岡正剛さん(編集工学者・著述家)という3人で舞台をやろうと思っています。


世界的ダンサーの田中泯さん


――それはどこでやるのですか。


東京芸術劇場(池袋)ですね。それから、坂本龍一さんとオランダで「タイム」という舞台をやっていて、それは今後あちこちでやる予定ですね。日本での公演も決まりました。2023年だから再来年ですかね。自分で言うのもなんですがこれはいい作品ですよ。


――その舞台もとても楽しみです! 今日は映画のお話から、踊りのこと、本当に濃いお話をたくさんお聞きすることができて、とても充実した時間でした。ありがとうございました。2022年の舞台と、これからのご活躍を楽しみにしております。



▼名付けようのない踊り(予告編)



映画「名付けようのない踊り」ポスター
※画像クリックでpdf表示します

映画「名付けようのない踊り」ポスター画像


2022年1月28日(金)全国ロードショー
https://happinet-phantom.com/unnameable-dance/


撮影場所:Live Space plan-B


※記事の情報は2021年12月17日時点のものです。

  • プロフィール画像 田中泯さん ダンサー〈インタビュー〉

    【PROFILE】

    田中 泯(たなか・みん)
    1945年生まれ。66年よりクラシックバレエとアメリカンモダンダンスを10年間学び、74年より独自の舞踊活動を開始。78年にパリ秋芸術祭「間―日本の時空間」展(ルーブル装飾美術館)で海外デビューを飾る。以降、独自の踊りのあり方「場踊り」を追求しながら、「カラダの可能性」「ダンスの可能性」にまつわるさまざまな企画を実施。ダンスのキャリアを重ねる一方、2002年に57歳で「たそがれ清兵衛」でスクリーンデビューし、以降国内外の映画、テレビドラマへの出演多数。

    ■踊りにまつわる団体・施設の設立
    1978年 美術・映像・音楽など、無範囲な芸術集団として「身体気象研究所」を設立。
    1982年 非営利実験スペースとしてplan-Bを東京に設立
    1995年~ 国内外の民俗舞踊から舞台芸術まであらゆる踊り・芸能の映像記録の資料収集所「舞踊資源研究所」を運営

    ■主な映画出演作
    2004年 「隠し剣鬼の爪」
    2005年 「メゾン・ド・ヒミコ」
    2011年 「八日目の蝉」
    2012年 「外事警察 その男に騙されるな」
    2013年 ハリウッド映画「47RONIN」「永遠の0」
    2014年 「るろうに剣心 京都大火編 / 伝説の最期編」
    2017年 「無限の住人」「DESTINY 鎌倉ものがたり」
    2018年 Netflix映画「アウトサイダー」「羊の木」「人魚の眠る家」
    2019年 「アルキメデスの大戦」 韓国映画「サバハ」
    2020年 「記憶屋 あなたを忘れない」
    2021年 「バイプレイヤーズ もしも100人の名脇役が映画を作ったら」「いのちの停車場」「HOKUSAI」
    2022年 「峠 最後のサムライ」

    ■主な受賞歴
    1979年 舞踊批評家協会賞受賞(2003年までに計5回)
    1982年 西独・ミュンヘン演劇祭 最優秀パフォーマンス賞受賞
    1990年 フランス政府 芸術文化騎士章 (シュヴァリエ・デ・ザール・エ・レ・レトル)
    1995年 サントリー地域文化賞受賞
    1996年 日本税理士会地域文化賞受賞
    2001年 日本現代藝術振興賞受賞
    2003年 初映画出演 「たそがれ清兵衛」(山田洋次監督)日本アカデミー賞:最優秀助演男優賞、新人賞受賞キネマ旬報:新人賞受賞
    2006年 独舞作品「赤光」、「透体脱落」朝日舞台芸術賞受賞、キリンダンスアウォードW受賞
    2020年 日本ダンスフォーラム賞 大賞受賞

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