アート
2022.06.21
広野りおさん イラストレーター〈インタビュー〉
インフラを陰で支える土木技術の大切さを伝えたい
建築や土木分野を中心に、多彩なタッチでイラストを描くイラストレーターの広野りおさん。教科書や書籍、行政パンフレットなど、さまざまな媒体にイラストを提供し、人気を呼んでいます。広野さんに、イラストレーターになったきっかけや印象に残っている作品、創造のヒントなどについて、お話をうかがいました。
デザイナーからイラストレーターへ
「素材の大切さに気づいた」
――いつ頃からイラストを描いているのですか。
小さい頃から絵を描くことや美術の時間が大好きでした。ただ絵に関わる仕事に就こうと思ったときに、イラストレーターや画家は食べていけるのかなという不安を覚え、高校のデザイン科を卒業後に、まずはデザイナーになったんです。
――どんなデザインを担当していたのですか。
デパートの広報部で、電車の中吊り広告や新聞広告をデザインしていました。絵を描くというより写真を使ってデザインするというお仕事でしたが、本当に大きなお仕事をたくさんさせていただいて、いい経験になりました。
――デザイナーからイラストレーターに転身したのですね。
はい。イラストレーターというのは「材料を作る人」です。飲食店で例えると、イラストレーターは「野菜を作る人」で、デザイナーは「料理をする人」だと思うんですよね。それまでは料理を作っていたのですが、そこで素材の大切さに気づいたんです。
私はデザインをするより絵を描くほうが向いているんじゃないか。野菜つまり材料を作る側になりたいと思ったのがきっかけで、徐々にイラストの仕事に転向していきました。それまでは発注する側だったのが、受注する側に変わったという感じですね。
建設分野を描くきっかけとなった「土木偉人かるた」
――建築や土木分野を中心にイラストを描くようになったきっかけは何だったのでしょうか。
土木学会*から「土木偉人かるた」のイラストをご依頼いただいたことです。それまでは土木という分野を特に意識はしていませんでしたが、教科書や教材の仕事で、建物や街の景観を描く機会がとても多かったんですね。なので、そういった分野に関して専門の勉強はしたことがなかったけど、経験則で描けるんじゃないかなという気持ちはありました。
*土木学会:公益社団法人土木学会。土木工学に関する日本の学術団体で、会員の所属は、教育・研究機関のほか、建設業、建設コンサルタント、エネルギー関係、鉄道・道路関係、行政機関、地方自治体など多岐にわたる。これら産学官の専門家・研究者が、①学術・技術の進歩への貢献、②社会への直接的貢献、③会員の交流と啓発 を柱としてさまざまな活動を展開している。
最近、土木学会の方に「どうして私を選んでくださったのですか」と聞いたら、「構造物と人物の両方を描ける人はなかなかいない」と言われて。それで選んでくださったそうです。土木学会のお仕事が増えていくにつれて、本格的に勉強しないといけないなと思うようになりました。それまでは建造物と構造物の違いもよく分からないくらいでしたが、構造がおかしい橋を描くわけにいかないので。そのあたりは、素人なりに勉強して描けるようになったかなと思います。
――建築や土木について、どのように学んでいったのですか。
土木学会に出入りさせていただくようになったおかげで、いろんな先生や技術者とお話しする機会が増えました。土木学会誌の表紙を描かせていただいた2年間は、その都度、先生方に間違っているところを指摘していただきました。
あと、土木学会の関西支部のイベントでダムへ見学に行かせていただいたり、土木学会で知り合った大学の先生が主催されている勉強会に参加したり。そういうところで勉強させていただいています。
――広野さんは土木学会の会員でもあるのですよね。イラスト以外にどんな活動をしているのですか。
「土木偉人かるた」を活用した勉強会、セミナー、ラジオなどでごあいさつをしたり、絵を見せながらかるたの解説を行ったりしています。「土木偉人かるた」は土木学会のさまざまな場面で活用されていて、以前は土木技術者の方が推し偉人についてプレゼンする大会が行われたこともありました。
――土木技術者の皆さん、熱いですね! ちなみに広野さんの推し偉人は誰ですか。
青山士(あおやま・あきら)さんですね。女性技術者に人気のイケメンの偉人で、パナマ運河の建設に貢献した方です。青山さんがすごいなと思うのが、大学を卒業して間もなく、交通費もほとんどないのに、単身船でパナマまで押しかけて行ったところ。そういう偉人たちのエピソードを一つひとつ見ていくと、このかるたに登場する土木偉人は全員面白いです。
寝ても覚めても作業服が好き
――仕事をするうちに、建設分野に興味を持つようになったのですね。
そうですね。あとは両親や夫など身近な人が建設関係の仕事に就いていたので、違和感なくスッと入れたっていうのはあります。
――広野さんは「寝ても覚めても作業服が好き」とのことですが、作業服に引かれたのは何がきっかけだったのでしょうか
作業服姿のイケメンが好きです(笑)。単純に体を動かして働いている男性はかっこいいなと思います。作業服に興味を持つようになったのは、知り合いが「広野さん好きそうだから」と作業服のカタログを持ってきてくれたのがきっかけでした。当時の作業服は今みたいにおしゃれではなく、ベタな事務服みたいな感じでしたが、それを外国人モデルがかっこよく着ていて。
「鉄道インフラメンテナンス図鑑」でメンテナンスの仕事に魅了された
――今までで一番印象に残っている仕事は何ですか。
土木学会発行の「鉄道インフラメンテナンス図鑑」です。これを描かせていただくにあたって、私は鉄道インフラに関して全くの素人だったので、描く前にいろんなところを見学させていただいたんですね。日本で一番古い鉄橋や鉄道トンネルに行かせていただいたり、メンテナンス車両に乗せていただいたりして、そこで実際にメンテナンスの仕事をされている方にお話をうかがいました。男女問わず深夜でも作業をされていて、私たちが知らないところで分単位どころか、秒単位で動いていらっしゃる。すごいお仕事だなと思いました。
普通は入れないところに行けたのも率直に面白かったです。この仕事は取材から完成まで、がっつり半年かかりました。
「個性を出さない」
自分が描きたいものより、クライアントが伝えたいものを
――イラストを描くにあたって心がけていることはありますか。
一番心がけているのは、「個性を出さない」ということです。イラストレーターって、どうしても個性を出したがるんですよ。一目見ただけで自分の作品って分かるものを作りたいっていう願望は私にもありましたが、自分は元々発注する側から入っているので、まずはオーダーした通りに描いてほしいという思いがありました。
だから私はできるだけオーダーしていただいた方の意図をくみ取って、要望に応じたものを描くように意識しています。私が描きたいものよりもクライアントさんが伝えたいものを描く。それを一番に考えていますね。
――確かに広野さんのイラストは作品によって雰囲気が変わり、タッチの幅が広くて驚きました。
アートとイラストは決定的に違うと思っています。アートは自ら発信するもの、イラストは受注してお返しするものであって、自分の主張が入らないのがイラストだと考えています。私はそこまで専門的なことは描けないですが、専門的なことを一般の人にも分かるように、かみ砕いて伝えるということを意識して描いています。
――クライアントの要望に応えるためには、コミュニケーションも大事ですよね。
そう、クライアントさんには「あなたほど顔を出す人はいない」ってよく言われます(笑)。クライアントさんはほとんど東京なので、しょっちゅう東京に来ていて、日常的にできるだけお声がけするように心がけています。年賀状も送るなど、密にあいさつするようにして、相手に忘れられないようにしています。
――創造を続けるために大切だと思うことは何ですか。
例えばエスカレーターなど日常的に目に入るものに対して、「これはこうなっているんだな」と構造を見たり、「私が描くんだったらこう描くな」とか考えています。そんなに意識はしていないのですが、描く目線で観察しちゃうというところはありますね。
古くからインフラ構造物を造ってきた日本の歴史を伝えたい
――これから実現したいことや夢について教えてください。
これからやっていきたい分野は、建設と日本史ですね。必ずしも日本史の教科書とかではなくて、歴史に関わるイラストであるとか、できれば「土木偉人かるた」のように建設と日本史を融合したものをどんどん作っていきたいです。日本は空海や行基の時代から構造物を造ってきた、建設の歴史が非常に長い国なので、その歴史を伝える一端を担っていけたらと思っています。
趣味でGoogleストリートビューを見るのが大好きなんですよ。海外のいろんな国のストリートビューを見ていて思うのが、経済的に発展している国はインフラが整っているということ。日本は今景気が傾いているとはいえ、インフラの部分が強いので、伝統的なものを生かした日本のインフラを何らかの形で伝えていきたいです。
――ストリートビューを見ただけでインフラまで分かるのですね。今ハマっているエリアはどこですか。
ノルウェーやドイツです。ほかに建設現場の作業員が多いのは、イギリスのロンドン。最近見てきれいだったのはエストニア。カジュアルに作業服を着ている人が歩いているのはパリですね。
――街だけでなく作業員も見るとは、さすが"無類の作業服好き"ですね。最後にイラストレーターの仕事を通して、こんな世の中を目指したいという思いがあれば教えてください。
土木技術者の方が皆さんおっしゃるのは「分かってほしい」ということです。土木技術者は本当に縁の下の力持ちなのに、地位はまだあまり高くない。建築家は"先生"と呼ばれるのに対して、土木の人は"土木家"ではなく"土木屋"なんですよね。珍しい建物の場合、それを建てた建築家の名前が入っていたりしますが、立派な橋に土木技術者の名前が付くことはありません。
どっちが偉いということではないですが、インフラを担うという意味では、土木技術者のほうが大きな役割を担っています。土木技術者や作業に従事する人たちの地位を向上する、いかに大切な仕事かを分かってもらうということに貢献できたらと思っています。
――ありがとうございました。取材中も笑顔があふれ、明るく朗らかな広野さん。イラストレーターとしてのこだわり、建築や土木への熱い思いに、こちらもパワーをいただきました。今後発表される作品も楽しみにしています!
※記事の情報は2022年6月21日時点のものです。
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【PROFILE】
広野りお(ひろの・りお)
兵庫県神戸市出身。同三田市(さんだし)在住。阪急百貨店販売促進部(広報部)、ドコモショップ店長、職業訓練校・専門学校・高等学校でのコンピューターグラフィックス講師を経てフリーランスへ。現在は専業イラストレーター・グラフィックデザイナーとして、建設分野を中心に、教科書や書籍、行政パンフレットなど幅広く手がける。公益社団法人土木学会 会員。日本旅のペンクラブ 会員。日本イラストレーション協会(JILLA)会員。
オフィシャルサイト
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