「ナギダイアリー」の深田晃司監督に聞く、作品に込めた思いと映画監督としての歩み

アート

深田晃司さん 映画監督〈インタビュー〉

「ナギダイアリー」の深田晃司監督に聞く、作品に込めた思いと映画監督としての歩み

松たか子さん主演の映画「ナギダイアリー」が9月25日(金)より全国で公開されます。2026年の第79回カンヌ国際映画祭、コンペティション部門の公式上映でスタンディングオベーションが巻き起こった同作品。メガホンをとったのは「ほとりの朔子」「淵に立つ」「LOVE LIFE」「恋愛裁判」など人間の本質を鋭く捉え、世界的な評価を受ける作品を送り出してきた深田晃司監督です。深田監督に「ナギダイアリー」に込めた思いと、映画監督としてのこれまでの歩みについて、お話をうかがいました。

写真:染谷 忍

『ナギダイアリー』 9月25日(金)より新宿ピカデリー、ユーロスペース ほか全国ロードショー
© 2026 ナギダイアリー・パートナーズ (スターサンズ/八朔ラボ/ワンダーストラック) / Survivance / Momo Film Co.




劇的な瞬間の前後にある日常を描きたい

――「ナギダイアリー」は、アイドルの世界を描いた前作「恋愛裁判」から一転、登場人物が彫刻家と建築家という「静」を感じさせる映画になっています。この映画で深田監督が描きたかったことはどのようなことでしょうか。


かつて「ほとりの朔子」や「海を駆ける」という映画を作っていて、「ナギダイアリー」はそれらの延長線上にあると思っている作品です。分かりやすい悲劇的な出来事とか暴力性があるわけではないのですが、それは自分の中では通底している、同じ世界を撮っていると思っています。たまたまカメラを向けた先に暴力が映ってないというだけで。でも例えばマイノリティがカミングアウトできない状況も非常に暴力的です。自分にとってはこの作風っていうのは一貫性があるというか。


これまでどの作品でも、悲劇的とか劇的な瞬間を撮りたいっていう思いは少ないんです。ドラマチックな瞬間なんて、人生においては数パーセントもないくらいです。だいたいは代わり映えしない平凡な日常が続いていくのが人生だと思っていて。数パーセントしかないはずの劇的な瞬間にカメラを向けて、それが果たして人生を捉えたと言えるのだろうかという思いがあります。


むしろ劇的な瞬間、あるいは悲劇が起きた余波みたいなものが残っている日常、そっちを撮りたい。ですから「ナギダイアリー」は、自分にとって無理をしてない作風だと思っています。





「ナギ」の町に暮らし、土地の感覚に触れる

――舞台となっている町「ナギ」のモデルになった岡山県の奈義(なぎ)町に、監督ご自身が実際に長期間住んで構想を練られたそうですね。


奈義は自分にとってアウェーの場所です。自分は東京生まれ東京育ちなので、奈義のような町の生活が分かっているかって言ったら分かってない。住みながら町の人に話を聞いていった方が、土地の感覚に触れやすくなると思って、プロデューサーからも提案があり滞在しながら描くことにしました。断続的ではありますが、全部足すと11カ月ぐらいだと思います。もともと平田オリザさんの演劇「東京ノート」が入り口としてありましたが、一回そこから離れて、奈奈義町の人の話を聞きながら構想を考えていくことを10年間やりました。


「東京ノート」は、ヨーロッパで大きな戦争が起きていて、絵画作品が日本の美術館に避難してきているという設定です。奈義町で脚本を書いている時にまさにウクライナの戦争が始まりました。戦争から逃れて奈義町に住んでいる人もいたり、「東京ノート」から離れて脚本を書いていたはずが、「東京ノート」で描かれていた未来が今ここに来たっていう感じはありました。


『ナギダイアリー』 9月25日(金)より新宿ピカデリー、ユーロスペース ほか全国ロードショー
© 2026 ナギダイアリー・パートナーズ (スターサンズ/八朔ラボ/ワンダーストラック) / Survivance / Momo Film Co.




彫刻家とモデル、彫刻作品がぶつかり合う時間

――撮影を進める中で印象深かったことを教えてください。


彫刻家の遠藤寄子を演じる松たか子さんと、モデルの坂下友梨を演じる石橋静河さん、二人の役者さんがアトリエで向き合うシーンが多いのですが、すごくいい時間が撮れたなと思っています。もうひとつ大事なのが彫刻です。彫刻は吉田愛美さんという彫刻家の作品をお借りして、また映画のために新しく作ってもらったりもしたのですが、松たか子さんと石橋静河さんと吉田愛美さん、その三者の個性がぶつかり合うような緊張感あるシーンになっています。


吉田さんは撮影中ずっと彫刻家の所作の指導として傍らにいてくださって、物語の進行に合わせて作品も彫り進めていただきました。最初は想定してなかったんですけど、彫刻は木彫だけじゃなくて、デッサンもあれば粘土で塑像も作ります。いろんな過程を見せることができたので、とても良かったなと思います。


私はジャック・リヴェット監督の「美しき諍い女」という映画が好きで、画家が女性の絵を描くというだけで4時間を保たせる映画なんですけど、その画家とモデルのいる空間がすごく映画的だな、という思いがあったんです。今回は思い立って彫刻家にしてみたのですが、いろいろと面白かったです。


まず、奈義町という場所とよく馴染みました。彫刻家がとても生きやすい町です。場所もあるし、騒音も都会に比べればあまり問題にならない。木が非常に安価で、ときには無料で手に入る。奈義町の近くで活動されている彫刻家に取材させてもらったら、彼は木を買ったことがないって言っていました。例えば倒木があったりすると、町の人が連絡をくれたりと、いろいろ情報が集まるらしくて。


それから、絵だと基本的には一方向から見ることになりますけど、彫刻は立体なので、モデルの周りを動きながら、いろんな角度から見られるし、時には触って確認する。そうした彫刻家というところから導き出したアクションが、撮っていて楽しかったですね。


――カンヌ国際映画祭ではコンペティション部門に正式出品されました。どのような点が評価されたとお考えですか。


いろいろな評は出ていますが、幸いにも、おおむね良いレビューをいただきまして。寄子と友梨の二人が分かりやすく友情を結ぶっていうわけでもなく、明確なテーマやメッセージがあるわけでもなく、ただ画家とモデルとしてそこにいて、小さな交流を重ねていくっていう劇的ではない部分を、たぶん面白がってもらえたのだと思います。


『ナギダイアリー』 9月25日(金)より新宿ピカデリー、ユーロスペース ほか全国ロードショー
© 2026 ナギダイアリー・パートナーズ (スターサンズ/八朔ラボ/ワンダーストラック) / Survivance / Momo Film Co.




「これを絵で見たい」という衝動から映画を作る

――深田監督ご自身のことをうかがいたいと思います。なぜ映画監督になろうと思ったのか、そして創作の核とされているもの、そうしたことをお聞きかせいただけませんでしょうか。


映画を撮りたい人は、いくつかに分かれると思うんですけど、ひとつは集団創作が好きで、みんなで物作りをすることが楽しくて映画に関わり続けている、こういう人が、監督でもスタッフでもいると思います。


もうひとつは映画オタクで、好きな映画の背中を追いかけているうちに映画業界に紛れ込んでしまったという人、自分はこちらの方です。中学高校のときから映画ばかり観て育っていたので。


ただ自分が映画を作る側に回れるとはまったく思ってなくて、集団創作なんてできるわけないと思っていました。観ていたのは古い映画だったり、海外の映画ばかりだったので、世界が遠すぎて自分がそれを作れるという意識は持っていなかったんですね。


でも大学2年生の時にユーロスペースで、映画美学校という学校のチラシを見かけて、映画って勉強できるんだと知って、そこに入ったのが始まりです。自分が作るとは考えたこともなかったのに、ちょっとやってみようかっていう気になって。もともと何かを作りたいという欲求は強かったんですが、映画はそのとき初めて選択肢に入ってきた、っていう感じでした。



――学び始めてみたら、どのようになりましたか。


映画美学校に入って最初に喜びを感じたのは、映画の話ができることでした。中高生のとき、友人はいわゆるオタクばっかりだったんですけど、だいたいがゲームオタクです。映画の話ができる人は少なくて、家でひとり孤独に映画を観ていて。


学校では映画の話なんてほとんどしなかったんですけど、映画美学校に入って初めて、フェリーニやロメールと言って伝わるとか、同志に出会えたっていう感じがすごくありました。 そこからビデオ課題とかで自分でカメラを回し始めて、同期生たちと一緒に映画を作って、だんだんと集団創作への苦手意識が和らいで、慣れていった感じです。


意識としては今もあまり変わっていなくて、この映画を作りたい、これを絵で見てみたいっていう衝動から自主映画を作った、その延長線上で今も作ってるっていう感覚はすごくあります。


自分は多分すごく恵まれている監督だと思っていて。奇跡かもしれない。これだけオリジナルで映画を作らせてもらえているのは、たぶん本当に恵まれてるんだと思っています。運がいい。人に恵まれてるというか、こんな自分でも一緒に映画を作りたいと思ってくださるプロデューサーや俳優がいてくれるのは、ありがたい話です。



――深田監督にとって、創作の源になっているものは何ですか。


分からないです。こういう話が撮りたい、このシーンを観てみたいってことは作品によっていろいろです。例えば「淵に立つ」は脚本が先行してイメージができていきました。「ほとりの朔子」はエリック・ロメールみたいなバカンス映画を撮りたいっていうところからでした。「海を駆ける」は、アチェっていう場所が面白くて、そこで撮りたいって思ったり、「LOVE LIFE」という映画は矢野顕子さんの歌からイメージしていった感じだったので。


原作ものもいくつかやっているんですけど、振られてやったことはなくて、全部自分で企画を持ち込んで撮っています。この原作を映画にしてみたいっていうのも、モチベーションのひとつです。




映画業界の「働き方改革」に必要なもの

――深田監督は「action4cinema / 日本版CNC設立を求める会」の理事として、映画界の労働環境改善に向けた活動もされていますね。著書の「日本映画の『働き方改革』:現場からの問題提起」には、ご自身が映画業界でスタッフとして相当なハードワークされたご経験を書かれていますが、それはいつごろのことですか。


20代に映画美学校を出たあたりです。映画監督志望ではありましたが、まず現場を知った方がいいと思って、映画美学校に来ていたスタッフ募集告知に手を挙げました。照明助手で入って、次は美術です。最初に経験した現場は、もうとにかく撮影が長いんです。終わらない。1日35時間も撮影が続く。次の現場も自分は装飾の手伝いとしてずっと美術倉庫でペンキを塗っていたから監督とは接してないんですけど、もう最後の3日間ぐらいは、ほぼ徹夜みたいな感じで仕事していました。苦労話はいくらでも出てきます。


――著書には、古い徒弟制度のような体質があるにしても、問題の根本は資金の不足だと書かれています。


それは今でも変わっていません。結局、撮影日数が少ないから1日の撮影時間が延びていくっていう状況です。ある程度の商業映画の体制だと、小さくても1日増えれば数百万円の経費が増えていきます。お金がないのを理念と精神論だけで解決しようとすると、軋轢が生まれるんです。


数年前に日本映画制作適正化認定制度という労働環境に対するルールができました。諸外国に比べたらまだまだだけど、できたことは良かった。スタッフの意識もだんだんと、長時間労働はよくないよねっていうようになってきてるし、監督としてももうちょっと撮影したいと思いつつも早く終わらなきゃ、という感じになります。


でも今は少しいびつな状況です。時間に関するルールはできたんですけど、日本映画の予算を上げるための選択肢が増えたわけじゃない。そこが大きな問題で、例えばヨーロッパだと、商業性が低く作家性の強いアート映画でも、例えば7億円とか10億円とかで作られたりしていて、その半分近くを助成金で賄っていたりとか、そういったことができてる。それがあるから、アート映画でもちゃんと撮影日数を確保して撮れる。


日本は製作予算を上げるための仕組みが増えてない。本でも書きましたけど、多様な映画を作るためには多様な資金のパッチワークが必要なんです。出資だけではなく助成金、民間からの寄付、それらの資金がバランスよくパッチワークされた時に、多様な映画が作れるようになります。


アート系の映画だったら助成金が多めになって、アクション映画とかのジャンル映画だったら出資が大きくなる、日本はそういうパッチワークが十分ではない。それにも関わらず現場の労働環境の改善は進んで、それ自体はいいことなんだけど、本当は労働環境の改善と製作予算を上げるための仕組み作りの両輪でやっていかなくちゃいけない。今はまだいびつさが残ってしまっていると思います。



――長時間労働はダメだけどお金もないとなったら、どうすればいいのですか。


適正化認定制度をきちんと守って映画を作らなくてはダメだってなると、結局、資本力のある大手企業の映画や、経済的なリスクの低い映画だけが作られやすくなります。有名な原作の作品であるとか、有名なキャストが決まっている作品も作られやすい。一方で、予算が集めづらい作品、オリジナル映画であったり、例えばマイノリティの価値観を扱った映画、あるいは新人の作品は、お金を集めづらい。これから20代、30代の監督は本当に大変になってくると思うんです。


自分たちの時代は、低予算で仲間たちと自主映画を作って、それを国際映画祭とかで一応認めてもらってキャリアを積み重ねることができたっていうのがあるんですけど、今はそれも、どんどんやりづらくなってきていると思います。やっぱりスタッフやキャストの労働意識も変わってきているので。


フランスみたいに、お金が集めづらいところに助成金が出るっていう仕組みがあればいいんだけど、日本にはその数も量も不足しています。現場の労働環境の改善だけが進んでいくことによって、出資を集めにくい作品はどんどん作りづらくなって、多様性を失っていくと思っています。


「action4cinema / 日本版CNC設立を求める会」は、フランスの CNC のように、映画への支援やルール作りを統括する機関が日本にもあるべきだっていう考え方です。日本にはいくつかの省庁や組織がバラバラに映画を助成してきた状況があって、まず各省庁と民間も同じテーブルにまとまって話し合いましょう、ということで内閣に映画戦略企画委員会という団体が立ち上がりました。それが日本版CNCの前身につながるのが理想ですけど、なかなかスピーディーには進んでいません。




芸術の授業の選択肢に「映画」を

――深田監督が今後、チャレンジしたいことを教えてください。


創作に関しては、目の前にある、撮りたいと思う企画をコツコツと作っていくしかないと思っています。それから、多様な映画を作れる環境を整えていきたいというのと、あとは映画教育です。中学校や高校では昔から、美術、音楽、書道や工芸などの芸術を学んでいると思うんですけど、できるならその選択肢のひとつに映画を入れたいというのが、自分の夢です。


――いよいよ今月「ナギダイアリー」が全国で公開されます。観客の皆さんに一言、メッセージをいただけますでしょうか。


キャストが素晴らしいです。松たか子さん、石橋静河さん、松山ケンイチさんはもちろん、中学生を演じた川口和空さんと藤原聖さんも本当に素晴らしいので、ぜひ俳優たちに会いに来てください。奈義町の景色も堪能していただければうれしいです。



『ナギダイアリー』
2026年9月25日(金)より新宿ピカデリー、ユーロスペース ほか全国ロードショー

松たか子 石橋静河
川口和空 藤原聖 藤間爽子 水間ロン 申瑞季
松山ケンイチ

監督・脚本 深田晃司


製作:四宮隆史 エグゼクティブ・プロデューサー:大野二郎 Guillaume Morel Jossette Atayde Maria Sophia Atayde Marudo  プロデューサー:大野敦子 長井龍 角田道明 コ・プロデューサー:小山内照太郎 Carine Chichkowsky 陈思恩 佐藤央 撮影:四宮秀俊 照明:加藤大輝 録音:益子宏明 美術:大月由香里 彫刻:吉田愛美 ヘアメイク:菅原美和子 スタイリスト:荒木里江 衣裳:渡部祥子 キャスティング:吉川威史 助監督:鹿川裕史 制作担当:山村亘 編集:Sylvie Lager VFXプロデューサー:平野宏治 カラリスト:Sorawich Khunpinij 音楽:李沛芩 リレコーディングミキサー:Olivier Goinard エンディングテーマ:イーノ・チェン In association with mk2 Films 助成:Aide aux cinémas du monde - Centre national du cinéma et de l'image animée - Institut français, 文化庁文化芸術振興費補助金(日本映画製作支援事業)独立行政法人日本芸術文化振興会, White Light Studio,mk2 後援:奈義町 製作:スターサンズ 八朔ラボ Survivance Momo Film Co. Nathan Studio ワンダーストラック 制作プロダクション:Lat-Lon 配給:スターサンズ 2026/日本、フランス、シンガポール、フィリピン/ヨーロピアンビスタ/5.1ch/カラー/110分/映倫区分:G © 2026 ナギダイアリー・パートナーズ (スターサンズ/八朔ラボ/ワンダーストラック) / Survivance / Momo Film Co.
https://starsands.com/nagidiary


※記事の情報は2026年9月18日時点のものです。

  • プロフィール画像 深田晃司さん 映画監督〈インタビュー〉

    【PROFILE】

    深田晃司(ふかだ・こうじ)
    映画監督
    1980年生まれ、東京都出身。1999年、映画美学校フィクションコース入学。2005年、現代口語演劇を掲げる平田オリザ主宰の劇団・⻘年団に演出部として入団。2010年、『歓待』が東京国際映画祭「日本映画・ある視点」作品賞、プチョン国際ファンタスティック映画祭最優秀アジア映画賞を受賞。13年、『ほとりの朔子』がナント三大陸映画祭グランプリ&若い審査員賞をダブル受賞。15年、平田オリザ原作の『さようなら』でマドリード国際映画祭ディアス・デ・シネ最優秀作品賞受賞。16年、『淵に立つ』が第69回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門審査員賞を受賞、翌年、第67回芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。18年『海を駆ける』を経て、フランス芸術文化勲章「シュバリエ」を受勲。その他の監督作に、『よこがお』(19)、ドラマ「本気のしるし」(19/メ〜テレ)を再編集した『本気のしるし〈TVドラマ再編集劇場版〉』(20/第73回カンヌ国際映画祭「Official Selection 2020」選出)、第79回ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門正式出品『LOVE LIFE』(22)、カンヌ国際映画祭「カンヌ・プレミア」部門正式出品『恋愛裁判』(25)など。監督・脚本を手がけた最新作、『ナギダイアリー』は第79回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に正式出品された。

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