映画が切り取る、街と地形の個性【映画の中の土木⑦】

【連載】映画の中の土木

熊本大学 くまもと水循環・減災研究教育センター教授 星野裕司

映画が切り取る、街と地形の個性【映画の中の土木⑦】

"土木"という視点から映画を紹介し、その魅力を紐解いていく連載「映画の中の土木」。映画を解説いただくのは、「自然災害と土木-デザイン」の著者であり、景観工学や土木デザインを専門とする熊本大学くまもと水循環・減災研究教育センター教授の星野裕司(ほしの・ゆうじ)氏です。連載第7回は、映画の中に登場する「都市と地形」にフォーカスして、「さびしんぼう」「リリイ・シュシュのすべて」「おくりびと」の3作品を紹介します。

イラスト:広野りお

10年以上前、ドイツのシュトゥットガルトに10カ月ほど滞在し、ヨーロッパのさまざまな都市を訪れるという、今から考えると夢のような時間をいただきました。その時、さまざまなことを考えたのですが、その一つに、「欧州について」とは別に、これまで色々まわってきた国々に比べて、日本って実は大きな国なんじゃないかと思ったことがあります。実際、長さだけで言えば、北海道から沖縄まで、ざっと南北2,800km、ほぼ欧州全体がすっぽり入ってしまいます。その広さ(長さ?)の分、日本の中には多様な街があるんじゃないかと思います。


連載第6回の「ラブ&ポップ」でも紹介したように、完全に人工的な街に見える渋谷も、その渋谷らしさの基盤には、地形がありました。そこで今回は、映画を通して、都市と地形について考えてみたいと思います。西から東へ、皆さんと旅するようにたどっていきたいと思います。



〈目次〉




「さびしんぼう」―坂道と辻に折り重なる、尾道の記憶―



監督:大林宣彦
出演:富田靖子、尾美としのり、藤田弓子、小林稔侍、佐藤允、岸部一徳、秋川リサ、浦辺粂子、林優枝

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【あらすじ】
尾道の寺に暮らす高校生・井上ヒロキ(尾美としのり)は、隣の女子校に通う橘百合子(富田靖子)に淡い恋心を抱き、望遠レンズ越しに彼女を見つめている。ある日、ヒロキの前に「さびしんぼう」と名乗る不思議な少女(富田靖子)が現れ、日常は少しずつ幻想の色を帯びていく。坂道、海、寺のある街を舞台に、片思いの切なさと家族へのまなざしをやさしく描く、懐かしさに満ちた青春ファンタジーである。


ある街を丁寧に描いた映画といえば、私たちの世代だと大林宣彦監督の尾道三部作を思い浮かべます。小津安二郎の「東京物語」の実家も尾道ですし、海沿いの起伏に富んだ景観は、日本の典型的な街の姿を印象づけるのかもしれません。


ここでは、尾道三部作の3作目、大林監督の自伝的な側面が強いと言われている「さびしんぼう」を取り上げたいと思います。集大成らしく、主人公の高校生、井上ヒロキ(尾美としのり)が、フィルムの入っていないカメラを通して捉えた、セピア色をした尾道の俯瞰景(ふかんけい)と彼の独白から、映画は始まります。


この映画では、尾道の独特の地形を映すために、いくつかの工夫をしているように感じます。一つは、登場人物の設定です。夢みがちな主人公は、山の際に建つお寺の息子で、立地的にも立場的にも尾道から少し距離をとって眺めているようです。いつも一緒にいる同級生の一人は商店街の息子、もう一人は、今で言う街中のさまざまな障害物をアクロバティックに飛び越えるパルクールのように、バク転したりしながら、飛び回っています。街の立体性を、その身体を通して表現しているようです。


そして、ヒロインの橘百合子(富田靖子)が、尾道から渡船で渡った対岸の向島に暮らしていることも、舟運がいまだに残っていると同時に、尾道水道が海の川とも言われるくらい、対岸と一体となった尾道らしさを表現しています。


彼女が暮らす向島は、尾道のように密集して人家が建ち並んでいるようには描かれず、瀬戸内の自然の伸びやかさが強調されていることもまた、対比的に尾道らしさをより強く印象づけるものとなっています。


そのように描かれる尾道の街は、立体的に入り組んでいて、さまざまなものが濃縮された、空間の襞(ひだ)が深い場所です。ではそのような尾道は、そこで暮らす人々にとって、あるいは大林監督にとって、どのような意味を持った街なのでしょうか。


そのヒントは、まずは最初の独白で、「初めて訪れた人でも懐かしいと思ってしまう」と言われていることにあるでしょう。つまり、尾道の豊かな襞の中には、空間だけではなく時間までもが織り込まれているということではないかと思います。


その象徴が、ピエロのような、チャップリンのような格好をした「さびしんぼう」です。彼女は、劇中では幽霊とも表現されますが、母親が高校生の頃に演じた創作劇の登場人物のようです。情緒もなにもなく、勉強しろ勉強しろとガミガミ怒ってばかりいる母親も、当たり前のことですが、少女時代があり、人を好きになり、だからこそ胸が寂しくなる、今の主人公のヒロキと同じような思いを持っていたことを実感する存在です。


彼女の実態は、大掃除の時に風で飛んでいった昔の写真だと映画の最後で種明かしされるのですが、部屋の中や鐘楼、墓地、お寺に向かう大階段など、あらゆるところに現れます。懐かしさを感じるきっかけになるような場所が、この尾道の中にはたくさん存在している、そんなことを表現しているように感じます。


そのような濃密な場所という点では、土木や景観の観点からすると、複数の道が交わるところ、つまり"辻"という空間の豊かさも実感させてくれます。最も象徴的な辻は、お寺の大階段を下って、少し進んだところです。


主人公のヒロキが、遠くから眺めているだけだった憧れのヒロインと初めて会釈を交わし、ヒロインの自転車の外れたチェーンを直してあげ、そして最後に、この映画のクライマックスの直前、ヒロインにフラれたヒロキが大雨の中を家に帰りながら、ふと立ち止まって「さびしんぼう」とつぶやくシーンです。


この辻には、お花も供えられている墓碑のような石碑も見えます。私たちの分野では、アメリカの都市計画家・ケビン・リンチの「都市のイメージ」を構成する要素の一つ、ノード(結節点)という概念が著名で、それはさまざまな活動が交差する都市的に重要な場所です。ただ、それは、その時々の豊かな出会いだけではなく、この石碑のように、時を超えてその出会いを見守っていてくれる存在としても重要なのかもしれません。




「リリイ・シュシュのすべて」―広大な平野に描かれる、逃げ場のない孤独―



監督:岩井俊二
出演:市原隼人、忍成修吾、蒼井優、伊藤歩、大沢たかお、稲森いずみ、市川実和子

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【あらすじ】
中学生の蓮見雄一(市原隼人)は、かつて親友だった星野修介(忍成修吾)からいじめを受け、学校に居場所を失っていた。雄一の心の支えは、カリスマ的歌姫リリイ・シュシュの音楽と、自ら運営するファンサイト「リリフィリア」。ネット上では同じ音楽を愛する仲間と言葉を交わす一方、現実では星野による暴力や支配がエスカレートしていく。のどかな田園風景とは対照的に、思春期の孤独と残酷さを描く物語である。


熊本に暮らし始めてもう四半世紀も経つのですが、育ちは関東で、両親の出身地も群馬県沼田市、埼玉に親戚も多く住んでいたので、原風景の一つに北関東の景色があります。子どもの頃はなんとも思ってなかったのですが、熊本が故郷のようになってから、例えば、東京から上越新幹線や東北新幹線に乗ると、関東平野のだだっ広さに驚くようになってしまいました。このような広大な風景もまた、日本の街の風景といって良いと思います。


連載第6回で紹介した「下妻物語」は、その広大さが爽快さとなって表現されていたと思います。しかし同じように、北関東を舞台とした「リリイ・シュシュのすべて」は、美しく印象的な映像にあふれた映画ですが、その風景の意味が全く異なるものとして、むしろその広大さが閉塞感として表現されているようです。


見渡す限り地平線しか見えない砂漠のような場所にいると、開放感ではなく、どこにも行けない、逃げ場がないという閉じ込められた感じを受けると、昔なにかで読んだことがあります。この映画も同じで、登場人物たちが過ごしている、閉塞感しかない地獄のような暮らしと、北関東の茫漠とした風景が密接に結びついているように感じます。


その象徴が、映画の中に何度も登場する、広大な田んぼの中に、ヘッドホンで音楽を聴きながらポツンと立っているシーンです。主人公の蓮見(市原隼人)だけではなく、彼をいじめるボスのような星野(忍成修吾)も、星野に援助交際を強制され、最後には自殺してしまう津田(蒼井優)も、同じように描かれ、それぞれが持つ孤独がその広大な田んぼの中で劇的に表現されています。


原チャリで田舎道を走る「下妻物語」と比べて、この映画で印象的だったのは、自転車による移動でした。原チャリでもそんなにスピードは出ないと思うのですが、「下妻物語」は大変爽快な印象でした。自転車でもそういう爽快さを表現できるはず(例えば連載第1回で紹介した「夜明けのすべて」の自転車)ですが、この映画は全く異なり、行くあてもなく、どこにもたどり着けそうにない乗り物となっています。


夜、田んぼの中の一本道を、安っぽい照明に照らされながら、3人でタラタラ走るだけのシーンは、本当にびっくりしました。映像としては全くリアルではないのに、そのような時間の記憶は、思春期だった私にもあるような気がする、そんなシーンです。鉄道や駅、車内のシーンもよく出てくるのですが、それらがどこかに向かっている、つながっているという感じではなく、動いても動いても、どこにも行けない密室のような印象を与えます。これらは全て、若者たちが抱えている閉塞感というものの映画的表現なんだと思います。


もう一つ、この映画の背景にはインターネットの進展があると思います。映画の中には、「リリイ・シュシュ」というアーティストに対する匿名の書き込みがたくさん出てきます。それは豊かなコミュニケーションのようでいて、対話になっているわけではなく、それぞれの思いをただ投げつけているように見えます。ネット社会が持つ、無限の広がりがあるようで、実はどんどんと閉じていく特徴を、映画が公開された2001年という早い段階で表現していたのかもしれません。


このような閉塞感から抜け出すための鍵となるものが音楽です。「さびしんぼう」における、ショパンの「別れの曲」は、母親の思い出や憧れのヒロインと主人公を結ぶものですが、この映画では、そのようなセンチメンタルなものとしては機能しません。全編に流れるドビュッシーの曲は、映像の美しさとともに、対比的に、彼らの生活の残酷さを際立たせます。また、「リリイ・シュシュ」は、彼らにとってこの閉じた場所から外に抜け出すための扉(冒頭、田んぼを背景に「リリイ・シュシュ」のポスターを飾るシーンは、まさに扉としての表現だったと思います)だったはずですが、最後に悲劇的な事件の要因になってしまいます。


ここではないどこかへ。そのために頼るものが音楽であるということは、特に青春時代の私たちにとっては普遍的なことだと思います。しかし、私の専門からすると、音楽だけではなく、身近な風景の中にも、その扉を発見できるような場所づくりができないかと、悩んでしまいます。それらは、「さびしんぼう」の辻や、連載第2回で取り上げた「ささやかだけど大切な場所」にヒントがあるのではないかと考えています。




「おくりびと」―庄内平野の風景とともに映し出す、生と死、そして故郷という存在―



監督:滝田洋二郎
出演:本木雅弘、広末涼子、山﨑努、余貴美子、吉行和子、笹野高史

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【あらすじ】
チェロ奏者の小林大悟(本木雅弘)は、所属していた楽団の解散を機に、妻の小林美香(広末涼子)と故郷の山形へ戻る。仕事を探す中で「旅のお手伝い」という求人に応募し、納棺師という思いがけない職に就くことになる。最初は戸惑いを隠せない大悟だが、社長の佐々木生栄(山﨑努)とともに死者を送り出す現場に立つうち、仕事の意味や家族との向き合い方を見つめ直していく。静かなユーモアもにじむ物語である。


最後は、さらに北に行って、庄内平野を舞台とした映画です。やはり、私たち日本人の原風景としては、山と川のある風景がしっくりくるような気がします。この映画はアカデミー賞外国語映画賞を受賞していますので、多くの方が観られたのではないかと思います。


この映画で初めて、納棺師という仕事を知った人も多いのではないでしょうか。納棺師は、死者を弔うための大切な仕事ですが、この映画では食事のシーンもたくさん出てきますし、映画の後半では広末涼子演じる奥さんが妊娠もします(改めて見直すと、彼女の透明感に驚きます)。死を通して、生について考える映画なのだと思います。


また、どんな人も、どんな所でも人は亡くなります。納棺師として、さまざまな場所に赴くことを映すだけで、この街の多様な暮らしや風景を描くことができるという点でも、映画的にうまく機能しているなあとも感じます。


主人公の本木雅弘が東京で勤めていたオーケストラの楽団が解散し、故郷に戻って納棺師として自立していく様子を、秋から春にかけての美しい風景とともに描いています。都市と地形という観点からすると、この映画の舞台も平野ですが、「リリイ・シュシュのすべて」の舞台となった関東平野とは大きく描かれ方が異なります。


その違いが最もよく表現されているのは、大景観の中にポツンと一人でいるシーンだと思います。どちらの映画でもそのシーンでは音楽が重要な役割を担っているのですが、「リリイ・シュシュのすべて」では、広大な田んぼの中にいるのに、内に籠るようにヘッドホンで音楽を聴いていて、全く孤立しています。一方、「おくりびと」では、土手の上でチェロを弾きながら、周りの風景と同化しているようです。


その印象の違いはカメラの位置の効果が大きいように思います。前者は、ちょっと上から撮っていて、慎重に遠くの景色が映らないようにしているようですし、後者は、土手の上で弾いていますので、少し下から見上げるようなアングルが基調となっています。そのため、鳥海山を中心とした山並みがよく映り込んでいます。


主人公が納棺師の仕事にのめり込んでいく様子と、土手の上でチェロを弾くシーンを重ね合わせた、このつながりのラストは鳥海山の全景です。実際、庄内平野は日本海にも面しているのですが、海と平野の間に長い砂丘があるせいか、風景としては盆地のように描かれています(海は、主人公が子どもの頃に捨てられた父の終焉の地として、映画の最後に、少し異界のように登場します)。このように映される山並みは、主人公をはじめとする人々の営みを見守る他者のような印象を受けます。


また、この映画では川も大切です。主人公夫婦が暮らす、もともと喫茶店だった実家も川のほとりに立っています。そして、何より大切だと思うのは、「石文(いしぶみ)」という言い伝えです。これは、まだ人間が文字を知らなかった大昔、自分の気持ちを河原に転がる石に託して送り、もらった相手は、その石の形や重さから相手の気持ちを思いやるというものです。


例えば、ツルツルなら心の平穏を、ゴツゴツなら相手を心配する気持ちなどです。検索すると、このエピソードは向田邦子のエッセイから取られているようです。河原に転がる石は、山が削れ、川の流れを通して、長い時間をかけて、さまざまな形に象られてきたものです。


そのように偶然にできた無数の石の中から、自分の気持ちに合ったものを探し出し、相手に送るということ。これも一つのコミュニケーションのあり方だと思いますが、「リリイ・シュシュのすべて」で描かれたインターネットのコミュニケーションとは全く異なるものです。具体的でありながら、間接的でもあることが、父から子へ、さらに新しい命へと伝わる、長い時間軸を持ったコミュニケーションに耐える強さを担保しているのではないでしょうか。


もう一つ、この川のシーンで、産卵のために上っていくシャケを眺めるシーンも印象的です。「なぜ死ぬために上っていくのでしょう?」という主人公の問いかけに、町の銭湯の常連さん(笹野高史)は、「故郷に帰りたいんだろう」と答えます。


この映画では、故郷というものが一つのテーマになっていると思います。一度故郷を出て、そしてもう一度故郷で暮らし始める主人公にとって、納棺師という仕事は本質的だったように感じます。6万年以上前のネアンデルタール人でさえ、死者に花を手向けていたという説がありましたが(現在は、そうとも言い切れないと言われているそうです)、イスラエルのラケフェット洞窟には、1万3,000年前くらいのホモ・サピエンスが埋葬に花を用いていた痕跡が見つかっています。


ちょうどこの頃は、人類が狩猟採集から農耕定住へ移行していた時期のようです。つまり、私たち人類にとって、故郷というものが生まれ始めた時期と言っていいでしょう。人がある場所に暮らし続けるということは、そこに多くの死者が生まれていくということです。そういう死者を丁寧に弔うということ。納棺師という仕事を通して、この主人公は、故郷を再び、自ら作り直していったということができるかもしれません。



以上、海に面した坂道だらけの街、広大な平野に覆われた街、山や川に見守られた街、と異なる地形に立地した日本の街を旅してきました。もちろん、我が国にはもっと多様な街があるでしょう。テレビ番組の「ブラタモリ」(NHK)などはまさにその点がテーマになっていますが、街の個性の基盤には、それが立地する地形があります。ぜひ皆さんも、映画に登場する街はもちろん、自分が暮らす街や旅で訪れた街を、そういう視点で楽しんでいただけたらと思います。


※記事の情報は2026年10月27日時点のものです。

  • プロフィール画像 熊本大学 くまもと水循環・減災研究教育センター教授 星野裕司

    【PROFILE】

    星野裕司(ほしの・ゆうじ)
    熊本大学くまもと水循環・減災研究教育センター教授
    1971年、東京都生まれ。1996年に東京大学大学院工学系研究科を修了し、株式会社アプル総合計画事務所入社。その後熊本大学工学部助手を経て、2005年博士(工学)取得。2023年より現職の熊本大学くまもと水循環・減災研究教育センター教授に就任。専門は景観工学・土木デザインで、社会基盤施設のデザインを中心にさまざまな地域づくりの研究・実践活動を行う。主な受賞に、土木学会出版文化賞、土木学会論文賞、グッドデザイン・ベスト100、グッドデザイン・サステナブルデザイン賞、土木学会デザイン賞最優秀賞、都市景観大賞など。

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