【連載】SDGsリレーインタビュー
2023.03.28
米沢谷友広さん グローバルポーターズ株式会社 代表取締役〈インタビュー〉
眠っているグローブを再生して、次につなげる。循環型ビジネスで野球界を盛り上げたい
野球グローブの再生事業などを行うグローバルポーターズ株式会社は、「トータルベースボールカンパニー」を目指し、野球界を盛り上げるさまざまな取り組みを行っています。子ども向けの野球グッズの販売から始まり、2020年にはグローブの修理・リメークの専門店「Re-Birth」(リバース)をスタート。職人育成のための学校も開設するなど、着実に事業を広げています。代表の米沢谷友広(よねざわや・ともひろ)さんは、元高校球児で根っからの野球好き。野球界そしてビジネス界からも熱視線を送られている米沢谷さんに、野球と事業への思いについてお聞きしました。
野球を始めたのは父親の影響。友達みんなでやるのが楽しかった
──まずは、米沢谷さんと野球との出合いについて教えてください。
野球との出合いは、小学3年生の時です。地元の秋田県横手市のスポーツ少年団に入って、野球を始めました。その前から父親と一緒にキャッチボールをしたり、テレビでジャイアンツ戦を観たりしていたので、父親の影響は大きいですね。
当時は、団体スポーツといえば野球でした。サッカーはまだ今ほどは人気がない時代で。小学生の男子の多くは地元の少年団に入って野球をしていて、学校の友達みんなでやるのが楽しかったですね。ほぼ同じメンバーで中学でも野球部に入りました。僕は少年時代からピッチャー一筋です。
──その後、野球の強豪校である秋田商業高校に進学されています。野球への思いが強かったのですね。
中3の夏に部活を引退して高校進学について考え始めたのですが、僕の場合、中3の夏の大会の準決勝という大事な試合で、自分のミスで負けてしまったんです。野球って1つのミスによって勝敗が決まることがあるので、残酷ですよね......。自分としても大きな悔いが残って、もっと強いチームで自分を磨きたいという気持ちが強くなり、憧れの石川雅規(いしかわ・まさのり)選手(東京ヤクルトスワローズ、投手)が活躍していた秋田市立秋田商業高校の野球部に入ることに決めました。
人生の土台にあるのは、高校時代に身に付けた野球への愛と会計のスキル
――振り返ってみて、高校生活はいかがでしたか。
実家の横手市から高校までは毎日通学できる距離ではなく、寮生活となり、野球人生のスタートラインに立ったように感じました。毎朝7時30分から朝練があり、昼練では筋トレやストレッチをして、授業が終わるとまた夜練です。部員が120人くらいいる強豪校だったので、練習についていくのに必死でした。
1年間はひたすら走り込みなどの基礎トレーニングをして、2年生の春に背番号をもらって少しずつ公式試合に出られるようになりました。本格的にチームに貢献できるようになったのは、2年生の秋頃からですね。でも常に4番手で、ベンチ入りできるギリギリの感じでした。先発完投型ではなくて1試合で2~3人投げるチームだったので、その点はありがたかったです。
──甲子園にも行かれたのですか。
甲子園に行けるチャンスは5回あったのですが、高3の夏の大会でようやく1回だけ甲子園に行くことができました。結局公式戦で投げることはかないませんでしたが、監督の粋な計らいで、公式練習でマウンドに立つことができました。あれは本当に良い経験でしたね。甲子園のマウンドはすごく投げやすかったことを覚えています。
──高校卒業後も野球を続けられたのですか。
最後の最後で1つの目標であった甲子園に行くことができ、やり切った感というか達成感があり、大学では野球の道を選びませんでした。プレーヤーとしても高校時代がピークだったと思います。常に肩が痛い状態で、メンテナンスしつつなんとかやっていましたから。
大学では国際経営を専攻しました。僕は野茂英雄(のも・ひでお)さんのファンなのですが、当時野茂さんがアメリカで活躍されている姿を見て、自分も仕事で海外で活躍できるようになりたいと思っていました。商業高校だったので、高校時代に野球だけでなく海外のマーケティングやビジネスモデルについても触れられたのは良かったですね。それに、高校で学んだ会計の基礎は、社会人になってからもめちゃくちゃ役に立ちました。
──大学を卒業されてから起業されるまでは、どんな道のりだったのでしょうか。
まずはスポーツ小売業大手のゼビオ株式会社に入り、経営企画室で投資家向け広報や新規事業開発など、いろいろ経験させてもらいました。当時から野球にまつわることで起業したいという思いがあったので、業務時間外にオンラインでアメリカの大学の授業も受けて、アントレプレナーシップやコーポレートファイナンスなどの勉強も続けていました。その後ECについて学ぶため、Amazon Japanに移って自転車や釣りなどの分野を担当。5年ほど経験を積み、2017年にグローバルポーターズを立ち上げました。
1人でも多くの子どもたちに野球の楽しさを伝えたい
――創業当初はどのような事業をされていたのですか。
現在も継続していますが、未就学児と小学校低学年向けの野球グッズの企画・販売からスタートしました。1人でも多くの子どもたちに野球の楽しさを伝えたいという思いから、キャッチボールやバッティングセットなど楽しくボール遊びができるようなグッズを作ってオンラインで販売しています。
Amazon Japanで働いていた時にオリジナル商品の製作・販売も手掛けていたので、ECで売るためのノウハウはありました。子ども向けの野球グッズが売れるようになってネットのランキングで上位に入ると、プロ野球の球団からも注目してもらえるようになり、オフィシャルグッズの製作を依頼されるなど、商品の幅が広がっていきました。
――オリジナルグッズは子ども向けがメインなのですね。競技用のグローブは作っていないのですか。
オリジナル商品を作ってECで売るノウハウがあるのだから、グローブを安く作ってネットで売ればいいじゃないかというご意見もあるのですが、それは僕がやりたいことではないんです。競合メーカーと同じことをやっても食い合うだけですし、ほかがやっていないことをやることでこそ、野球産業に貢献できると考えています。
大手メーカーよりも安く販売できたらお客様は喜ぶかもしれませんが、長い目で見て野球界を盛り上げることにはなりません。それは僕が人生をかけてやるべきことではないなと思ったんです。
経営するうえで好きな言葉があって、それは「ニッチトップ」という言葉です。現在の日本の野球マーケットは約800億円といわれていて、最大のアメリカに次いで世界2位の規模です。それを850億円とか1,000億円にするために、これまでなかったことをやりたい。誰もやっていないということは業界内に敵がいないということですし、ニッチなマーケットを拡大していきたいという思いで、野球に関するトイ(おもちゃ)系のカテゴリーでのナンバーワンを目指しています。
――それで、競技用のグローブに関しては再生事業を始められたのですね。
2019年にグローブの修理・リメークを手掛ける専門店「リバース」を構想し、2020年2月にオンラインストアをオープンしました。2021年1月に開いた東京・蒲田の直営1号店を皮切りに、現在、都内に4つの実店舗があります。オンラインでは全国から注文があり、約7割が東京以外のお客様です。
リメークで新しい価値を生み出し、野球を続ける選択肢を増やす
――グローブの修理工房はほかにもありますが、ほかとはどこが違うのでしょうか。
リメークに重点を置いている点です。おっしゃる通り、単なる修理業態は他社にもあり、修理だけではほかと食い合ってしまいます。私たちはリメークでグローブに新しい価値を生み出すことで、差別化を図っています。
それに、リメークはビジネスモデルとしても優秀なんです。修理って応急処置として行われることが多いので、価格設定が低めなんですね。いっぽう、リメークの平均価格は2万円台後半。思い出や愛着のある物を生まれ変わらせるので、時間もお金もかかります。
――リバースのお客様はどんな方が多いですか。
最も多いのは、50~60代の男性です。高校時代に使っていた数十年前のグローブを修理やリメークして、草野球を楽しまれているようです。「どこに持っていっても修理してもらえない」と言って、最終的にリバースに持ち込んでいただく方も多いです。今後もっと野球を再開するシニアが増えてくれたらうれしいですね。
次に多いのは、小学生と中学生の親御さん。軟式用のグローブを硬式用の仕様に変えてほしいというリクエストが中心です。軟式用と硬式用では素材も構造も違うのですが、弊社は独自技術を開発して、仕様を変更できるのが強みです。
――軟式用を硬式用に仕様変更したいというニーズが増えているのは、なぜでしょうか。
中学生を取り巻く野球環境の変化が背景にあると思います。中学の部活では軟式が採用されているのですが、最近は学校の部活よりも地域の硬式野球のクラブチームに入る子が増えているそうです。要因の1つは、部活の指導者不足。野球経験のない先生が顧問になる可能性もあるので、ちゃんと野球をしたい子はクラブチームを志望するようです。ただ、いきなり硬式野球にすると、練習がハードで辞めてしまう子もいるそうなので、軟式から始めて硬式に移行したいというニーズが生まれているのです。
そこでネックとなるのが、硬式グローブの価格です。新品だと7万円近くするので、気軽に買える値段ではありません。それがグローブのリメークであれば2~3万円が中心なので、新品の半額から3分の1程度です。さらに、弊社では1年保証を付けています。
――新品の硬式グローブがそんなに高価なものとは知りませんでした......!
新品は手が出ないというご家庭でも、選択肢を増やすことで野球を続けてもらうことができたらと思っています。リバースでは使われなくなったグローブの買い取りも行っていて、修理をして再生グローブとして販売しています。グローブを循環させ、新品だけではない中古市場をつくりたいと思っています。
中古市場をつくってそのアイテム・業界が盛り上がったら、新品を買ってもらえる可能性も高まるので、新品メーカーとも共存できるはず。「グローブ再生でつなぐ未来」を事業理念として、地球環境にもやさしい持続可能な野球界の創造を目指しています。
難しいリメークも可能にする「グラブマスター」の高度な技術。職人育成のための学校も開設
――リバースではほかで断られた修理やリメークも対応可能とのことですが、どうやって可能にしているのですか。
難易度の高いリメークが可能なのは、高度な技術を持った弊社の職人たちのおかげです。弊社では職人を「グラブマスター」と呼んでいます。グローブの構造を理解して、お客様から預かった大切なグローブを解体し、「手になじむ」感覚はキープしながら、お客様のリクエストに沿った新しいグローブに作り直していく。彼らは、グローブのことなら何でも知っていると言っても過言ではありません(笑)。
お客様のどんなリクエストにもお応えするために、会社としてもグラブマスターの育成に力を入れており、2022年4月にグラブマスター育成学校を開校しました。全国で野球を再開するシニアが増えてくれれば、グローブの修理やリメークの需要は高まります。いっぽうで、地方の修理店などは事業や技術承継の問題を抱えています。グラブマスター育成学校を通して技術を承継することで、そうした課題解決の一助にもなりたいと思っています。プログラムは全てテキスト化しているので、今後は外部にも公開することで、グローブに関わる仲間を増やしていけたらと考えています。
――自社で囲い込まないところに、懐の深さと野球への愛を感じます。
弊社は、広く野球産業の成長に貢献すべく「トータルベースボールカンパニー構想」を掲げています。野球に関するあらゆるビジネスや社会貢献活動に積極的に参入し、複合的に進めていくことで、野球産業全体の活性化につなげていきたいという思いがベースにあります。
なので、自社だけでなく、野球界全体が盛り上がるようなことをしていきたいと思っています。
――オリジナルグッズの販売やグローブの再生事業のほかに取り組んでいることはありますか。
野球人口を増やすためには幼いうちから野球に親しんでもらうことが大事だと考えているので、子ども向けの取り組みには力を入れています。
子ども向けの野球スクールを運営しているほか、親子でグローブを作る体験イベントも開いています。イベント名は「グローブを作ろう」、略して「グロつく」です(笑)。簡単なキットを用意して、その名の通りグローブを作ってもらう技術体験イベントなのですが、親にとっても修理の勉強になります。昨年の夏休みに都内・関東15カ所で開催し、好評でした。
野球は誰もがヒーローになれる
――米沢谷さんがこれほど野球にひかれる理由は何でしょうか。
野球が好きな一番の理由は「誰でもヒーローになれる可能性がある」からです。野球って基本的に動きが止まっている時間が長いですよね。だから一人ひとりを切り取って観ることができ、誰もが注目される可能性がある。だから子どもの試合を観に来た親も「今日は活躍していたね」など声を掛けやすい。例えばサッカーだと戦術がうまくはまって勝利につながることがありますが、野球はボールを中心にドラマが生まれます。
――確かに、野球って一人ひとりの動きがはっきり見えますね。
それから、野球ってプレーヤーが仲良くなりやすいスポーツだと思うんです。長い時間、苦労をともにすることで、関係が深くなる気がします。
キャッチボールをするだけで、特に会話がなくても心が通い合う感じがするのもいいですよね。相手が取りやすいように考えてボールを投げたり、外れたら「ごめん」と言ったり、根底に思いやりの心があります。
――最後に、米沢谷さんの未来ビジョンについてお聞かせください。
日本の野球マーケットは2015年あたりから変わってきたと感じています。それ以前から「カープ女子」などと呼ばれる若い女性の野球ファンがじわじわ増えていましたが、オンライン配信の活発化などにより野球に興味を持つ若い人が増え、プロ野球の観戦者数は右肩上がりになっています。親がファンになって野球を楽しむことで「子どもにもやらせてみよう」という好循環が少しずつ生まれつつあるのは、非常にいい流れだと思います。
弊社は野球にまつわる事業をトータルで推し進めていますが、中でもグローブの再生事業をこれから産業にして、さらに文化にすることができたら、もっと野球界を盛り上げられると考えています。お客様に喜んでもらうと同時にプレーヤーにも貢献できたら、こんなにうれしいことはありません。
――このほど開催されたWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)での侍ジャパンの活躍でも注目された日本の野球。選手だけでなく、日本にはビジネス界にも野球を盛り上げる素晴らしいプレーヤーがいることを知り、うれしく思います。事業内容も元ピッチャーらしい思いやりと戦略にあふれていて、今後も社会にどんな球を投げてくれるのか楽しみです。ますますのご活躍を期待しています!
▼グローバルポーターズ公式サイト
https://www.global-porters.com/
※記事の情報は2023年3月28日時点のものです。
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【PROFILE】
米沢谷友広(よねざわや・ともひろ)
1982年生まれ。7歳から野球に打ち込み、名門・秋田市立秋田商業高校で甲子園へ出場。神奈川大学を経て、スポーツ小売業大手のゼビオ株式会社に新卒入社。経営企画室で投資家向け広報やスポンサード事業、新規事業開発、M&A、海外進出などの投資関連業務に従事する。その間、カリフォルニア州立大学にてアントレプレナーシップやビジネスインキュベーション、コーポレートファイナンスなどのビジネス単位を取得し、2012年にAmazon Japanに入社。スポーツ&アウトドア事業部の商品戦略部統括部長などを歴任し、2017年にグローバルポーターズ株式会社を起業。トータルベースボールカンパニー構想の実現に向け、野球界の発展に努めている実業家。
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