仕事
2019.11.22
國枝健一さん ローズファームケイジ(株式会社Rose Universe)代表取締役〈インタビュー〉
「和ばら」を通して多様なバラの魅力を伝えたい
日本国内だけではなく、海外でも高い評価を得ている「和ばら」の生産農家「ローズファームケイジ」(株式会社Rose Universe)代表取締役 國枝健一さんへのインタビュー。【後編】では、バラの育種について、商品開発や今後の展望などをうかがいました。
理想の品種を作るには年月の積み重ねが必要
――前編の「和ばら」誕生のお話から、少し突っ込んでバラの「育種」について教えてください。そもそもバラの育種というのは、どんなふうに行うのですか。
うちの場合はアナログな手法ですね。花のおしべに出てくる花粉を、めしべにかけ合わせる受粉を手で行います。父は自分の役目を「蜂」と表現しています。
――受粉させた後はどうなるんでしょうか。
受粉すると実ができます。バラの実、ローズヒップですね。その中に種ができます。例外もありますが、基本的にバラは春がメインのシーズンですので、その時一番旺盛に咲いている花に交配します。秋にかけて実になっていき、今ちょうど実を採る収穫期(取材時9月末頃)ですね。もう少しすれば実が赤くなって、そのうち黒くなります。だいたい11~12月の年末にかけて播種(はしゅ、種まき)します。
ただ種をまいても、冬を越さないと発芽しないのと、おまけに発芽率はかなり悪く、おそらく10%前後くらい、もっと低いかもしれません。そこからさらにイメージ通りの花になるかどうかは咲くまで分かりません。
――育種というのは、このバラの要素とあっちのバラの要素をかけ合わせて作ってみる、その繰り返しということでしょうか。
そうですね。競走馬の交配では種馬が大事なように、バラも親となる花が大事なんです。まず自分の目指すスタイルを持った親を作るまでがすごく大変で、父の場合は10~20年ぐらいの年月がかかったようです。その歳月の中で、自分の表現したいもののパターンをいくつか持つことができ、それが「和ばら」のスタイルの基軸となっています。
種子一つひとつがもつ、たくさんの遺伝子情報
――咲くまで分からないというのは、どれだけ経験があってもそうなのでしょうか。
親となる花それぞれからどういった要素を引き継ぐかというのは、経験からもある程度は事前に分かっています。ただしそれも100%確実ではなくて、バラの遺伝情報はすごく複雑ですので、親となる個体の線上にある遺伝情報の中で、どれが出現するかというのは咲くまで分かりません。
野菜など、いわゆるF1品種(注:その一世代に限って安定して一定の収量が得られる品種)というのは、それほど混じりけがないので、種子繁殖といって種で同じものを繁殖することができますが、バラの場合は種子一つひとつが全て異なる遺伝情報を持っているため、栄養繁殖という継木や挿木などのいわゆるクローンを作る方法で繁殖します。だからバラは種ではなく苗木で売っているんですね。ですから、バラの生産者でも育種をしていない限りは種を見ることは基本的にはありません。
――種子に過去の歴史、遺伝子情報が全て詰まっているって面白いですね。
新しいバラの品種ができる方法は2パターンありまして、今申し上げた種で新しい品種が生まれるということ以外に、たくさん作っていると時々、たとえばピンクのバラから黄色のバラが生まれるといったような、一本だけ色や花姿が違って出てくる「突然変異(枝変わり)」があります。枝変わりで生まれたバラを前述した栄養繁殖の方法で固定化することで新しい品種とすることができます。
香りをかいだ瞬間の余韻は、いつまでも記憶の片隅に残る
――バラは育てるのが大変そうで、繊細でか弱いイメージがあります。
バラは花の中ではおそらくかなり強い部類に入ると思っています。弱いイメージというのはどちらかというと、虫や病気に弱く手が掛かるという印象があるからではないかと思います。何度も交配を経て、一番に優先する項目が、たとえば「見た目の美しさ」になると、環境にどう適応するかという部分は後回しになります。その影響があるのかもしれません。
今の切り花の交配で主流となっているのは、収穫性の面で病気や虫に強い、耐病性とか耐虫性があるもの。さらに収穫してから輸送、販売までの時間がありますので、一般的には、日持ちが重視された交配というのが繰り返されています。みなさんがよく目にするバラは、茎が固くピンと真っ直ぐで、花が大きく、香りの少ないものが多いと思います。香りは日持ちを重視するとどうしても少なくなってしまう要素なんです。
「和ばら」はそういった流通基準ではなくて、バラ本来の持つ魅力を生かすために自然に近い環境で育てて、香りも楽しんでいただけるように作っています。「日持ち」に相反する部分ではありますが、香りをかいだ瞬間の感動や余韻が、いつまでも記憶の片隅に残ります。
――「和ばら」の香りは本当に素晴らしくて感動しました。「ローズファームケイジ」さんでは、切り花の他、「ばらの生体水」や「ばらの花びら茶」など食品の開発、販売もされていますが、これはどういった意図で作られているのですか。
バラは実は紀元前メソポタミアの頃には、すでに食用や家庭の常備薬のようなかたちでローズウォーターを抽出していたと聞きます。また中国でも古くから漢方として使われてきたとも聞いています。しかし現代では、そのようなバラの一つの根源的な価値でもある「食べる」という行為があまり普及していないと感じていました。
また、バラの商品というと、バラの花のイメージが画一的なのと同じように、香りの強さ、味わいのイメージが固定化しているように感じています。そこも「和ばら」と同じように、バラを使った商品のイメージを良い意味で覆す、価値のある商品を開発したいと考えました。
しかし奇をてらったものを作るというわけではなく、バラの持つ「根源性」「普遍性」「純度」、3つのテーマを突き詰めるという方向性をもって商品開発を行っています。毎日の生活に取り入れたくなるような、柔らかで日常に寄り添う商品とするように心がけています。
哲学を共有し、海外展開を目指す
茎の長さや花の大きさなど、一般的な流通基準ではなく自分たちの作りたいバラを作って売る、その姿勢は生花業界の中でも「異端」とされているが、健一さんは自分たちが良いと思うものしか作りたくない、というこだわりを貫いている。オリジナルの品種のみを栽培し、それらを加工まで全て一貫して行う―― そのような農家は世界でもめずらしい。
――「和ばら」は海外でも人気だそうですが、どんな国で売られているんですか?
いろいろなところで売られていまして、北米、ヨーロッパ、ロシアを主にし、他には中東、東南アジア、オーストラリアなどにも販売されています。「WABARA」の商標も北米、アジア、EU、中東などで取得しています。
パートナー提携でうちの花を作ってくださる世界各地の農家さんが販売しやすく、また共にブランド価値を向上させていけるように、法的な整備をしています。
――海外の農家さんとパートナー提携をしているんですね。そういうことを管理しているエージェントがあるのでしょうか。
専門的な法務は任せていますが、基本的には自分が直接やっています。海外進出をするのに最初のころはエージェントを頼んでいましたが、最近はほぼ一人で行います。
――単身で向こうの国の農家さんに行くのですか?
そうです。農家さんですけど、ケニアにしてもコロンビアにしても企業としてしっかりと整備されている会社で、社員が数百人~数千人規模のところもあり、福利厚生もきちんとしている大きな企業です。
こちらからつくって欲しいと営業するかたちではなく、先方がどこかで「和ばら」のことを見て連絡をくださいます。その後、話が進む場合は、まずは一回こちらに来てもらいます。「和ばら」を作るとなったら、必ず来ていただかないといけないルールにしています。農場を見てもらって、環境やこだわり、和ばらが生まれる背景を全て説明して、それでもよかったらテストから始めましょうという契約を結びます。
――こういう環境でやっていますよ、というのを見せるんですね。
はい。うちは「和ばら」というブランド名、品種名ともに全て世界共通で展開していますが、その品種だけを作るということに注力してしまうと、「モノ」としての品種になってしまいます。自分たちが表現したいものや想いを分かち合えていないと、結局表面的なおつき合いになると思いますので、作る側もそういう哲学を一緒に共有した上でやるということを重視しています。
――ブランド管理も徹底しているんですね。では最後に今後の展望や夢をお聞かせください。
「和ばら」を通して、バラの可能性をもっともっと広げるということをやっていきたいと思っています。そのためにはもちろん、新しい品種を生み出すということも大事ですが、国内外問わず「和ばら」という一つのコンテンツを使って、新しい楽しみ方や、価値、バラのあり方みたいなのを、伝えていけたらいいなと思っています。
――ありがとうございました。取材時にいただいたローズウォーターやばらのほうじ茶が大変美味しかったです。琵琶湖のほとり、自然豊かな環境で可憐に強く咲いているバラがとても印象的で、バラの見方が180度変わりました。「和ばら」は「ローズファームケイジ」オンラインショップで購入可能ですので、ぜひ実際に手にとってバラ本来の魅力を感じてみてください。
※記事の情報は2019年11月22日時点のものです。
【前編はこちら】
取材協力:Rose Farm KEIJI
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【PROFILE】
國枝健一(くにえだ・けんいち)
1981年、國枝啓司の長男として生まれ、幼少よりばらに親しむ。2年のドイツ留学、一般企業での就業経験を経て、25歳で父が営む「ローズファームケイジ」に就農。その後、2014年に「株式会社Rose Universe」を立ち上げ、CEOに就任。國枝啓司が理想とする栽培環境や栽培手法の確立をサポートする。一方でWABARAの思想を体現するプロジェクトや想いを同じくするパートナーとのコラボレーションを世界各国で推進するほか、琵琶湖の再開発事業や花育プログラムの提供なども精力的に行っている。
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