【連載】SDGsリレーインタビュー
2021.12.28
富本龍徳さん 一般社団法人 里海イニシアティブ理事〈インタビュー〉
コンブで地球を守る! 横浜のコンブから広がる、環境にも人にもやさしい未来
近年、地球温暖化による気温上昇が原因と考えられる、海水温の上昇が問題になっています。これにより海の生態系が崩れつつあり、海の環境問題が深刻化しています。そんな海を救いたい! と立ち上がったのが、一般社団法人 里海(さとうみ)イニシアティブ理事の富本龍徳(とみもと・たつのり)さんです。そこで目を付けたのがコンブ。コンブが海中で吸収する二酸化炭素(CO₂)の量はスギの木が地上で吸収する量の約5倍といわれます。こうしたコンブの特質を活かして環境問題解決の一助とするため、神奈川県横浜市の金沢漁港沖でコンブを養殖・活用しています。富本理事をお訪ねして、その活動やコンブから広がる可能性についてうかがいました。
コンブのCO₂吸収量はスギの木の約5倍
――環境保全や温暖化対策として、コンブに着目されたきっかけは何だったのでしょうか。
僕は元々フリーランスで、地方の特産品を東京のデパートなどで販売する、食品関係の営業支援の仕事をしていました。秋田県の物産展に携わったとき、陸上で養殖したアワビを販売する会社と出合いました。そのアワビに餌(えさ)として与えていたのがコンブだったんです。当時はアワビがコンブを食べるということすら知りませんでした。アワビの販売会社の方から「コンブって食用だけではなくて、実はすごく環境にいい生物なんだよ」というお話を聞いたとき、頭を金づちで殴られたような強い衝撃がありました。それがコンブとの出合いです。
――コンブはどんなところが環境にいいのですか。
コンブを養殖するとそこにプランクトンが集まり、さらにプランクトンを食べる小魚が集まってきて、海の中の生態系が豊かになるんです。また、コンブは光合成によりCO₂を大量に吸収して酸素を排出する働きをしているので、大気中のCO₂の削減や海の浄化など、海の環境を守ることにつながります。コンブの海中でのCO₂の吸収量は地上のスギの木の約5倍という研究結果も出ているんですよ。
またコンブは私たちの食用だけでなく、豚や牛などの家畜の飼料や農産物の肥料、化粧品などさまざまに活用できる可能性を秘めています。廃棄せずに幅広く利活用できるのも環境に優しいところです。
2016年、「横浜ブルーカーボン事業」としてコンブの養殖をスタート
富本さんたちは2016年、神奈川県横浜市金沢区に一般社団法人 里海イニシアティブを設立し、横浜市が推進するブルーカーボン*1事業の一環として、金沢漁港沖でコンブの計画養殖をスタートしました。里海イニシアティブでは現在、漁業協同組合(漁協)の協力の下、コンブの養殖・加工・販売を行うほか、収穫したコンブの活用方法の開発、環境問題に関する啓蒙活動などを行っています。
――横浜市でコンブを養殖するプロジェクトが立ち上がった経緯について教えてください。
里海イニシアティブを設立した当初は、横浜市でブルーカーボン事業が行われていることを、実はよく知りませんでした。里海イニシアティブの理事の地元が横浜市だったので、市内でプロジェクトをやりたいという思いはあったんです。いざやろうとしたときに、横浜市がブルーカーボンの取り組みをしていると聞いて、僕たちのプロジェクトと結び付けられそうだと思いました。もう1人、行政や魚市場とのコネクションを持っている理事がいて、さまざまなタイミングが重なってスタートできました。
*1 ブルーカーボン:海洋で生息される海藻などの生物によって、吸収・貯留(ちょりゅう)される炭素。2009年、国連環境計画(UNEP)の報告書で命名された。日本では2011年より、神奈川県横浜市が日本初の取り組みとして「横浜ブルーカーボン事業」を開始し、海洋資源を活用した温暖化対策を推進している。
――プロジェクトを実行するまでに一番苦労されたことは何ですか。
横浜市の漁協さんに養殖を依頼する際に、理解してもらうまでが大変でした。いくら環境にいいといっても、やっぱり実際に結果として目に見えるまでは時間がかかるものです。コンブを養殖したからといって、翌年すぐに大漁になるわけではないですからね。でも今は漁協に所属する26人の漁師さんにご理解いただき、コンブを養殖してもらっています。
――理解していただけたのは、漁師さんも海の環境問題に対する危機感を持っていたということなのでしょうか。
魚が獲れなくなってきていると、如実(にょじつ)に感じていらっしゃったんでしょうね。だから海がきれいになって魚が戻ってくるのであれば、やってもいいかなという気持ちが根底にあったのだと思います。
コンブ養殖のメリットのひとつは、技術や作業量の難易度がさほど高くないことです。冬は魚が動かなくなるので、漁獲量が減るんですよ。コンブ漁はちょうど冬場の時期で、しかも肥料も水やりも草むしりも必要ない。何もしなくても海が勝手に育ててくれます。漁師さんのちょっとした副収入にもなるので、そういうところも納得していただけた点だったと思います。
――プロジェクトチームのメンバーや漁協の漁師さん、いろいろな人々の協力があって事業が成り立っているのですね。
そうですね。1団体だけが行うのではなく、環境意識を持った多くの企業や行政が関わって進めていく事業です。一緒に汗をかきながら楽しんで海の環境を守れるのは幸せなことだなと思います。
養殖を“見える化”し、海と人との距離を近づける
――環境保全や温暖化対策の観点でコンブを養殖する取り組みは、ほかの地域でも行われているのでしょうか。
ほかの地域ではあまり盛んではないかもしれません。海洋資源を活用した温暖化対策でいうと、日本ではアマモという“海草”によるアプローチが主流で、コンブやワカメなどの“海藻”で環境を守る取り組みはまだ少ないです。海外では、海水と淡水が混ざり合う汽水域(きすいいき)にマングローブを植林して環境を守る動きが主流なので、世界的に見ても環境保全の観点でのコンブの養殖は少ないと思います。
――富本さんたちが先駆者なのですね。コンブのCO₂の吸収量は、実際に調査して数値化されているのですか。
CO₂をどのくらい吸収したか、定期的に調査を行い、海藻の生長に伴った変化をデータ化しています。ただコンブは食べることが主流で、人間が食べた後に結局外(大気中)に排出されてしまうので、CO₂の吸収量を換算しても、数値はかなり低いんですよ。食用以外での利活用によって排出されない仕組みをつくれると、もっと数値は大きくなってくると思います。今はCO₂の削減効果というよりも、海がどれくらいきれいになったかとか、取り組みを通して多くの人に環境問題を知ってもらうことに重きを置いています。
――CO₂の吸収量はどのように換算されているのでしょうか。
これまでは横浜市の独自の計算式に当てはめて換算していたのですが、近年やっと国土交通省が主体となって日本全体で統一基準をつくる流れが出てきました。2020年7月に「ジャパンブルーエコノミー技術研究組合」という組織が設立されて、そこで日本のコンブ、ワカメ、アマモなどがどのくらいCO₂を吸収したか、どのくらい経済効果を生んだのかといったことを数値化して整備しようという段階に入っています。あと数年も経てば、日本の統一基準ができるのかなと思います。海にはポテンシャルがあり、これからブルーカーボンもさらに盛り上がってくるのではないかと思いますね。
――時代がようやく富本さんたちに追い付いてきたのですね。プロジェクトにおいて、こだわっていることを教えてください。
養殖を“見える化”することです。毎年3月の水揚げの時期に、一般のお客さんを呼んでイベントを行っています。水揚げを実際に見てもらったり、コンブに触れてもらったり、しゃぶしゃぶにして食べてもらったり。海と人との距離を近づけることを意識して取り組んでいます。
身が薄くて生でもおいしい「ぶんこのこんぶ」
――金沢漁港沖で養殖したコンブは「ぶんこのこんぶ」というブランド名で販売されています。キャッチーで親しみやすい名前ですね!
歴史的な金沢文庫*2という名称から付けました。上から読んでも下から読んでも「ぶんこのこんぶ」で回文になっています。子どもたちにも覚えてもらえやすいでしょう。
*2 金沢文庫:鎌倉時代に北条実時が現在の横浜市金沢区内の地に造った文庫(今でいう図書館)。現在は「神奈川県立金沢文庫」の名称で歴史博物館として復興されている。
――「ぶんこのこんぶ」は、ほかのコンブとどう違うのでしょうか。
国内生産量の約95%を占めている北海道のコンブは、身が厚く、長さも10mくらいあります。北海道は水温が低いため、1年でも2年でも海の中で養殖できるからです。これに対して横浜のコンブは水温が高いため、海の中で枯れたり溶けちゃったりするので、4カ月程度しか生育できないんです。そのため北海道のコンブよりも短く、最大4mくらいです。
身が薄いので生食用に適していて、サラダとかお刺身で食べるとおいしいです。色合いが良くて香りが強く、コリコリとした食感がほかのコンブとは違います。
コンブは汎用性が高く、余すことなく使える
――確かに持ってきていただいたコンブは、とても香りが強くて驚きました。養殖したコンブはどんなお店で使われていますか。
初めは、地元のラーメン屋さんやフレンチのシェフに実験的に使ってもらうところからスタートしたのですが、今は加工食品メーカーが多いです。例えば、クッキーやグリッシーニ*3に練り込んだり、たこ焼きに入れたり。ラーメンのタレやドレッシングを作っている液体調味料の会社さんは、コンブポン酢を作って販売してくださっています。
*3 グリッシーニ:イタリア発祥のスティック状の細長いパン。カリカリとした食感が特徴。
最近では、中華料理店の「南国酒家」さんで、「横浜産ぶんこのこんぶと牛肉の有機醤油炒め」というメニューを提供していただきました。また、コンブはビーガン(完全菜食主義者)の世界でも活用できるので、横浜にあるカフェ「haishop cafe(ハイショップカフェ)」さんで、「ヴィーガンラーメン」のだしやトッピングに使っていただいたりもしていますね。
食以外だと、コンブにはミネラル成分が多く含まれているので、温泉に浸して「コンブ湯」としてお客さんに楽しんでもらったりもしています。あとは、プランクトンがたくさん付いた先端部分はカットして、畑の肥料として農家さんに利活用していただいています。コンブを肥料にすることで、かんきつ類の色味が良くなったり、甘くなったりするというデータも出ていて。余すことなく使えるのもコンブの面白さです。
――本当に活用の幅が広いですね! 今後、販売先として想定している業界はありますか。
コンブって聞くと、おにぎりの具材とか佃煮とか、食材として思い浮かぶことが多いですよね。そうすると環境保全というメッセージを伝えたくても、食の分野だけで商品数を増やすと、食に興味がある人やコンブが元々好きな人にしか、知ってもらえるチャンスがないんです。コンブは汎用性が高いので、食以外で利活用できる分野にどんどん広げていきたいです。
例えば、牛のげっぷはメタンガスの量が多くて、CO₂の25倍以上の温室効果があるといわれていますが、飼料に少しだけ海藻を混ぜると、メタンガスが9割減るというデータがあるんですよ。さらに、繊維にするという話も出ています。コンブは吸水率が綿の2倍もあるんです。まだこれから先の事業になると思いますが、ジャンルを限定せずにいろいろチャレンジしていきたいですね。
コンブで日本の海を豊かに
社会問題の解決にもつなげたい
――これから実現したいこと、夢を教えてください。
プロジェクトを始めて5年が経って、いろんな企業さんからお声掛けいただくことが増えてきました。でも実際にはまだ横浜から広がっていないんですよね。コンブは、北は北海道から南は九州まで養殖できるので、横浜を起点に横展開してコンブのネットワークを増やしていくことで、海の森を広げ、日本の海をどんどん豊かにしたいという思いがあります。
また、障がい者の方々の雇用につながるような取り組みもしたいです。コンブの加工はコンブを洗ったり、お湯で解凍したり、カットしたり、軍手をはめてプランクトンを除いたりと、体を動かす単純作業が多く、そういった作業を障がい者の方に手伝ってもらえたらと考えています。漁業を盛り上げつつ、障がい者の雇用の創出にもつなげていきたいです。
――海外への展開も考えていらっしゃるのですか。
日本人はみそ汁にワカメを入れたり、だしにコンブを使ったりと、日常的に海藻を食べているので問題ないのですが、海のない内陸国では海藻に含まれる栄養素「ヨード(ヨウ素)」が不足する問題が起きています。ヨードの不足は、死産や流産のリスクが高まったり、赤ちゃんの脳の機能に障がいが生じる原因となります。そういう国は、塩などにヨード添加剤を混ぜて摂取しているらしいのですが、普段食べているあめやチョコレートといったお菓子にコンブを混ぜて商品化したら、もっと日常的にヨードを摂取できるかなと。そうやってコンブを糸口に社会問題を解決できたらと考えています。
――今後もまだまだ可能性が広がりそうですね。最後に、富本さんにとってコンブとはどんな存在でしょうか。
コンブは身近な存在で、だからこそみんなが主人公になれるような、自分事として環境問題に取り組めるツールだと感じています。「環境問題」というと、漢字4文字で堅苦しくてとっつきづらいし、遠い世界の話だと感じてしまう面もありますよね。地元の人たちにとって「俺たちの地元、こういうコンブが特産物なんだぜ!」と、コンブを通して地元に誇りを持ってもらえたらうれしいなと思います。
――ありがとうございました。コンブに秘められた幅広い可能性に驚きました。コンブから広がる新しい未来をこれからも楽しみにしております!
※記事の情報は2021年12月28日時点のものです。
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【PROFILE】
富本龍徳(とみもと・たつのり)
一般社団法人 里海イニシアティブ理事
2016年、「コンブは地球を救うっ!!」を合言葉に、神奈川県横浜市のブルーカーボン事業として、金沢漁港沖でコンブの計画養殖を開始。横浜市支援の下、地元の漁業者と連携して、海の環境保全や温暖化対策に貢献するコンブを養殖・活用する。同プロジェクトから誕生したブランド商品「ぶんこのこんぶ」シリーズは、「第8回 金沢ブランド」や「第18期 ヨコハマ・グッズ001」などの地域ブランドに認定された。2020年、横浜市主催「第27回 横浜環境活動賞」、環境省主催「第8回 グッドライフアワード」にて「環境大臣賞(NPO・任意団体部門)」受賞。
■一般社団法人 里海イニシアティブ
2016年11月2日設立。「海を想い、人と語らい、地球に感謝を!」を基本理念とし、海洋の保全と浄化等の環境に貢献できるコンブの計画養殖を中心に海の環境を考え、人々と語らい、理想的な共生社会を提案する活動を行っている。国連環境計画(UNEP)が提唱する温暖化対策のひとつ「ブルーカーボン」事業の具体的な展開・普及・促進を専門家と共に図り、地球自身が持つ自己「生産能力」の手助けを目指している。
※現「幸海(さちうみ)ヒーローズ」:https://sachiumi.com/
GREEN BLUE STORES(オンラインショップ)
https://www.greenbluestores.com/
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