仕事
2019.12.19
和田あずみさん 株式会社グラグリッド ビジュアルファシリテーター〈インタビュー〉
「絵」を使えばコミュニケーションはもっとクリエイティブになる
「グラフィックレコーディング」をご存じでしょうか。会議や対話の場で絵や図を描きながら論議を可視化することで、コミュニケーションを活発にする手法として注目を集めています。今回はグラフィックレコーディングを活かしたファシリテーションを行うことで、デザインプロセス構築・ビジョン創出・組織作りを支援する株式会社グラグリッドの和田あずみさんにお話をうかがいました。
専門職大学院での絵を使ったワークショップが大評判に
――グラフィックレコーディングを始めたきっかけを教えてください。
学生時代から勉強の時に絵や図を描いたり、前職でWebディレクターをしていた時も海外スタッフとコミュニケーションをする際に絵を使った意思疎通はしていました。グラフィックレコーディングを仕事としてはじめたきっかけは、専門職大学院のメンバーや先生と一緒に、グラフィックレコーディングのワークショップをデザインしたことでした。
2014年に、産業技術大学院大学の人間中心デザイン履修証明プログラムで学んでいたのですが、その時にワークショップデザイン・ファシリテーションの授業を担当していた弊社代表の三澤と出会ったんです。三澤も絵を使ったファシリテーションを行っており、私もガンガン描いていたし、職務の中でファシリテーション的なこともやっていた。私や大学院のメンバーがよりワークショップデザインを学びたかったこともあり、「じゃあ一回ワークショップを作ろうよ」と、プロトタイプ的にグラフィックレコーディングのワークショップを作ったんです。
そうしたらそのワークショップがIT業界のコミュニティで活動している方々や、地域を支える活動をしている方たちの間に瞬く間に広まって、大ブレイクしたんです。やがてワークショップをしてほしいと全国から声がかかるようになり、テレビなどでも取り上げられたりしました。最初は副業的に関わっていたのですが、より自分たちでグラフィックレコーディングをはじめとする「ビジュアルファシリテーション」の市場をつくっていきたいという思いが強くなったため、グラグリッドにジョインしました。
――そもそもグラフィックレコーディングとは、どんなものなのでしょうか。
絵や図を使ってコミュニケーションを行う「ビジュアルファシリテーション」の一つで、アメリカで始まったものです。日本には1989年ぐらいに入ってきて、私は2000年ぐらいから勉強しはじめました。
――どんな用途で日本に入ってきたのでしょうか。
日本では東京の世田谷で、まちづくりのワークショップで使われたのが最初だと言われています。「まちの建物をつくる中で、使う人たちのコミュニティを育む必要があるのではないか。コミュニティを育んでいくにはどうすればいいんだろう?」という論議の中で、絵を使って論議を記録していくグラフィックレコーディングが使われたそうです。最初にまちづくりや建築の分野で導入された後、2000年頃になると事業開発の文脈でも、グラフィックや図式を用いたファシリテーション(ファシリテーショングラフィック)が広がっていきました。
同時に、デザインの業界でも、「大量生産・大量消費での商品開発」から、「価値あるサービスをデザインする」という流れの変化がありました。その変化をうけて、さまざまな現場でグラフィックレコーディングが活用されるようになっていきました。社会の変化をうけて、福祉や教育の分野でも、活用が広がっていきます。
スマホが普及した2013年あたりからは写真を撮って転送するといったことがより気軽にできるようになり、SNSの広がりも加わって、よりグラフィックを用いた手法を使う人が増えてきたように感じています。
「グラフィックレコーディング」は共創の場のエンジンとなるツール
――レコーディングとは記録ですから、絵による議事録ということなのでしょうか。
もっと大きな力を持っているツールだと私たちは思っています。今グラフィックレコーディングが話題を集めていますが「イベントや論議の記録を絵で描いてわかりやすく整理する」という文脈で語られることが多いようです。
でも私たちは、もっとパワフルなツールだと位置づけています。「考えを深めてアイデアをだす現場で使うことで、より飛躍したアイデアが生まれる」という、新たな事業創造へ貢献する力。「組織で自分たちの意味を見出し、新たな関係性を構築する」という、ビジョン創出を助ける力。「絵を用いて促すことで、自律したマインドや、リーダーシップを育む」という、創造的な人材を育成する力。そんな力を持ったツールだと思っています。
――絵や図を使うことで、なぜそのようなパワーが生まれるのでしょうか?
絵や図は、人間の五感の一つ「視覚」をフルに活かして、頭や身体に問いかけてくる存在だからだと思います。それは、絵や図の持つ特徴が大きく作用しているんです。
例えば、絵や図は「文脈を共有したり理解するために、とっかかりやすい、入りやすい」という特徴があります。文字だけのレポートなど、パッと見た時に大事なポイントを一瞬で判断することは難しいですよね。そういう時、絵が解説に入っていると、テーマの中心や内容を直感的に、感覚的に理解する手助けとなります。
直感的・感覚的に捉えられるからこそ、様々な人の情報伝達を助け、人を巻き込みやすくするパワーがあるのではないでしょうか。また、絵や図は「俯瞰して全体を捉えられる」という特徴もあります。絵や図は、さまざまな要素をとりこんで、その関係性や、位置づけ、状態やシーンを示すことができます。一枚の紙に含められる情報量がとても多いんです。だからこそ、想定しなかったもののつながりがわかりやすくなったり、新たな発想が生まれやすくなったり、意味を見出したり、といった効果も生まれるんです。
そして、絵や図は「身体感覚を目覚めさせる大きさ」という特徴もあります。「社会をこんな風に変えていきたいという熱量」「生きざま」といった暗黙知的なものは、個人の中にあるがゆえに、存在としては見えづらいものです。でも、そうした存在こそが、つながりあって、新たな活動が生まれ、社会を変えてゆく力になると私たちは考えています。そうした、存在を認めあい、認識しあう力を、絵や図は持っていると考えています。
――グラフィックレコーディングには、具体的にはどんな効用があるのでしょうか。
はい。ここではグラフィックレコーディングをはじめとしたビジュアルファシリテーションの効用について、お話しますね。
これは、私たちが日本デザイン学会で、「ビジュアルファシリテーションが活用される領域と役割」という発表をした時の資料です。
- コミュニケーションを円滑にする
- コミュニケーションの土台を作る
- 参加者を理解し関係を作る
- 状況を理解し把握する
- 内容を捉え意味を理解する
- 発想を促進させる
- 体験の価値を上げる
- 学びを進化させる
- 能動的な行動を促進する
このように主に9つの効果があると考えています。
――グラフィックレコーディングは、どんな分野、どんな用途で使えるのでしょうか。
グラグリッドが手掛けた例を挙げると、ある上場会社の経営会議で、複数の新規事業の継続の可否について議論を行いました。私たちはその会議でファシリテーションと、グラフィックレコーディングを用いた視覚化の支援を行いました。合宿して論議しましたが、費やした日数は2日間です。
――たった2日間で事業の継続/撤退の経営判断をするのは、すごいスピード感ですね。
2日間で事業継続や撤退の経営判断、組織のビジョンまで話ができ、しっかりとした合意形成が行えました。しかも事業の継続判断のみならず、継続する場合には、どうすれば利益が出るのかといったビジネスモデルの再策定まで共に考えることができました。
――ビジネスのほかにはどんなことに使えますか。
住民やコミュニティ参加型の例では、新しい防災・減災の取り組みの中で、内閣官房主催のワークショップでグラフィックレコーディングを活用しました。また教育分野では小学校で絵を使っています。今私たちは新宿区の落合第六小学校で授業を持っていて、そこでは小学生たちが自分たちで絵を描いて論議しています。また医療の分野でも活用されているんです。
――医療分野とは、意外です。
病気の気づきや受診を促す「疾患啓発」という活動があるのですが、その疾患啓発の活動の中で、グラフィックレコーディングが積極的に活用されています。
例えば、強直性脊椎炎という難病での疾患啓発活動では、グラフィックレコーディングが患者さんの体験や思いが疾患の存在を伝え、認知・受診を広げるのに役立っています。
強直性脊椎炎は、診断が難しく、そして存在もあまり知られていない疾患です。だからこそ、患者さんが診断されるまで10年近くかかってしまうことが多いという状態にありました。強直性脊椎炎という難病を、今未診断の患者さんや、医療者に伝えたい。そんな思いから、「身体に違和感を感じてから、医療機関に訪れて診断されるまでの長期でのリアルな体験や思い」を患者さんに語っていただき、リアルタイムでグラフィックにするというワークショップを、製薬会社さんたちと一緒にデザインし、実施しました。
疾患が未受診の患者さんや、医療者に認知されれば、医療者が診察時に「これは強直性脊椎炎かも」と疑いを持ったり、患者さん自身も「自分はこれかもしれない」と調べることができます。そしてより早く診断がつけば治療も早く開始でき、患者さんのクオリティ・オブ・ライフを上げることにもつながるのです。
「疾患啓発」強直性脊椎炎グラフィックレコーディングワークショップ
ビジュアルを使えば、言葉よりも深く、自由に発想できる
――和田さん個人として、絵を使ったコミュニケーションで印象に残るエピソードはありますか。
これは私の原点ともいえる話なんですが、学生の頃、岩手で子どものために国際交流の授業を作るという、NPOが行った国際ワークキャンプに参加しました。私はそこでグループリーダーを任されたのですが、その時ビジュアルを使うことで海外の学生ととても深いレベルで意思疎通ができたということを経験しました。
イギリスの女の子でしたが、特に来たくて岩手に来たかったわけでもなく、日本の食事も口にあわず、だからワークも全然楽しくない。「帰る、帰る」としか言わないので、当時リーダーだった私も「じゃあ帰れば」って思っちゃって、NPOの方に「今こういう状況で、本当に帰ってほしいんです」と泣きながら電話をしたんです。そうしたら、「あずみはその子の話を聞いていないよね」と言われました。
「でも英語、そんなにわかんないです」と言ったら、「じゃあ絵を描いても辞書引きまくってもいいから、とにかくコミュニケーションしてみれば」って言ってくれて。それで紙とペンと辞書を持って行って、彼女と二人で研修所の部屋で、彼女の感じていることや今どういう気持ちなのかを、絵を描きながらすり合わせていったんです。そしてその子が全部出し切った時、お互いの気持ちが「あ、そうだったんだね」ってわかったんです。その後彼女は授業でイギリスの話をしてくれたり、子どもたちとも遊ぶようになって、チームとしてもうまくいき、プロジェクトも成功しました。
――絵を使うことで、言葉を超えた深いやりとりができたんですね。絵を使ったコミュニケーションを広げていきたいというのが、和田さんのやりたいことなのでしょうか。
広めていきたいというより、むしろこれがないと新しいものって作れないよねって思うくらい、絶対必要なツールだと思っています。言語だけで発想すると、どうしてもロジックの延長線上でしか発想できない。論議がリニアなので、あまり面白いものが出てこないんですよ。でも今私たちに必要なことは、延長線上でもの考えることじゃなくて、今ないものを生み出していく、飛躍させることが、とても大事なことじゃないでしょうか。そのためには「絵」というツールを使わないと、と思っています。
――グラフィックレコーディングって、絵が下手でもできるんですか。
できます! みなさん「絵が下手です」って絶対言うんです(笑)。でも音楽だって、ドとレだけでもコミュニケーションできますよね。あの感覚と同じです。
「想定外」の楽しさは音楽の集団即興から学んだ
――今音楽の話が出ましたが、和田さんはスティールパン※ を演奏されると聞きました。
はい。学生時代は吹奏楽部などでパーカッションをやっていましたが、しばらくやめていて、2007年ぐらいのフジロックフェスティバルでスティールパンのオーケストラを見て「すごく楽しそう!」と思い再開しました。その後フリージャズの「渋さ知らズ」というバンドのワークショップに参加して即興演奏をはじめ、今はそのワークショップ参加者を母体とした集団即興のバンドに参加しています。
※ドラム缶から作られた音階のある打楽器。独特の倍音の響きを持った音色が特徴。カリブ海最南端の島国トリニダード・トバゴ共和国で発明された。
――即興演奏にはどんな魅力があるのでしょうか。
吹奏楽時代は、楽譜どおりに演奏することがあたりまえだと思っていました。でもどこかで行き詰まりを感じていたのでフリージャズのワークショップに参加したんです。そこで出会った即興音楽は、楽譜はありません。参加者全員、何が起きるか分からない。お互いの音をよく聞き、そこからそれぞれの音が溢れ出てきます、個性が反応してぶつかる時もあるし、爆発することもある。誰かがコケそうだと誰かが横から支えることも起きる。そういう混沌から、なにかすごい熱量を持った音楽が生まれてくる、そこにすごく惹かれるんです。
――絵を使ったコミュニケーションと即興音楽、似ている点がありますか。
よく似ていると思います。耳にした瞬間「うわぁ!」 っていういきなり発想が飛躍した時の、あのゾワッとする感じ。何かが反応して熱量が発生する感じ。そんな即興音楽の魅力的な瞬間が、ビジュアルファシリテーションのシーンでも起きるんです。そうなるとすごく楽しくて!
――そこがビジュアルファシリテーションの醍醐味なんですね。
想定外の面白さ、ワクワク感が醍醐味なんです。だから絵を使っても想定内で終わらせたらつまらない。絵の力を使って、思ってもなかった発想、誰も予想していなかったアイデアやつながりを生み出したいし、ファシリテーターとして、お手伝いをしていきたいと思っています。
子どもたちと一緒に「新しいことを生み出す態度」を考えていきたい
――今後やってみたいことや、夢などはありますか。
「この先、日本って暗いよね」って言っているのが本当に嫌なんです。さっき小学校で、絵を使って考える・論議することを教えていると言いましたが、時代の閉塞感を解消したいと思ってやっているところもあります。「新しいことを生み出す態度」って、社会で新しいものをつくってきたからこそ見える部分もあると思っているので。子どもたちと一緒に考えていけたらいいなと思います。
――私が子どもの時は授業中ラクガキすると怒られましたが、絵を描きながらの授業は、小学生はすごく喜ぶんじゃないですか。
はい。子どもたちはすごい前のめりになって、大人より全然描きまくるので、もう野獣のようです(笑)。
――お忙しい中、ありがとうございました。
絵を使ったコミュニケーションのパワー、いかがだったでしょうか。グラフィックレコーディング、ビジュアルファシリテーションなどのお話をうかがうと、実際に白い紙の上をペンで自由に描いてみることの大切さを痛感します。絵を使いながらのミーティングやブレインストーミングも、ぜひ試してみたいと思います。
※記事の情報は2019年12月19日時点のものです。
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【PROFILE】
和田あずみ
新しいワクワクをたくらむよ!
早稲田大学政治経済学部卒業後、Web制作会社を経て、オンライン旅行会社に勤務。UXデザイナーとして海外旅行市場のマーケティングやサービス開発、グローバル向け旅行サービスの立ち上げに携わる。グラグリッドでは、共創的なデザインプロセスづくり、クリエイティブ人材育成のプロジェクト等で、プロジェクトマネジメント、ワークショップデザイン、ファシリテーションを担当。粘り強く考え、一緒にワクワクする取り組みを創っていきます!
・HCD-Net認定 人間中心設計専門家
株式会社グラグリッド
https://glagrid.jp/
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