仕事
2021.05.11
アクティオノート編集部
静岡県下田市がワーケーションを推進する理由とは?
新生活様式で注目が高まった働き方の1つに「ワーケーション」があります。ワーケーションとはワークとバケーションを組み合わせた造語。前後編に分けて"ワーケーションの今"を探るべく、【前編】の今回は2019年から市をあげてワーケーションを推進してきた、静岡県下田市産業振興課の鈴木浩之さん、樋口有二さんにお話をうかがいました。インタビューは下田市が整備している「まちなかワークスポット」の1つ「道の駅開国下田みなと」で実施。【後編】ではアクティオノート編集部員のワーケーション体験記を掲載します。
ワーケーションを推進する静岡県下田市
――下田市がワーケーション推進に取り組み始めたのはいつ頃ですか。
我々がワーケーションを推進事業として取り組み始めたのはコロナ禍以前の2019年からです。その頃は和歌山県や長野県で一部取り入れられていたくらいで、まだ広まっていませんでした。世間では「働き方改革」が言われていた時でしたね。
――下田市がワーケーションを推進するようになったのはどうしてですか。
東京に人口が集中していることや、働き方改革によって在宅ワークやサテライトオフィスの設置など、働き方が多様化していくムーブメントが当時あったと思うんです。ただそういったムーブメントも、話題ほどはなかなか広がっていかなかった。
でも地方としては、この流れに乗って、地域のためになるような事業ができないかという思いがありました。在宅ワークができるのであれば、どこにいたっていいじゃないですか。そう考えると自分の好きなところ、自宅じゃなくて好きなカフェでも構わないわけです。サーフィンが好きだったら海の近くとか、リゾート地みたいなところでもいい。実家の近くがいいとか、そういった選択肢があると思ったときに、比較的自由に動いて仕事ができる人たちが集まる場所を作ったら、従来の観光とは違った方向からもっと人を呼べるんじゃないかと思いました。それで、ワーケーションをやってみようとなりました。
静岡県下田市のワーケーションの特徴
――今は新型コロナウイルスの影響もあり、さまざまな地方自治体がワーケーションの受け入れを進める動きがあるようですが、下田市ならではのワーケーションの取り組みはありますか。
地域とのつながりを重視しています。外から来たワーカーに、仕事や生活を通じて地域の人と関わっていただきたいんです。地域とのつながりを持ってもらうことで、より深いリフレッシュや、深い体験をしていただいて、何か新しい価値を持ち帰ってほしいと思っています。地域側の視点で言えば、外部からのワーカーたちとの関わりから生まれるサービスやプロダクトなどで、地域を元気にしたいですね。
――下田市に住む人たちとコラボレーションしたりするということでしょうか。
はい。サテライトオフィスを地方に作るという動きは2010年代の初めの頃からありました。でも地方に移住するとなると、企業としても個人としても相当な気合いと覚悟がいるじゃないですか。生活の拠点を移すわけですから。地方としても企業をまるごと誘致できるかというと、事業として必要性がないと難しいですよね。特にこういう観光地だと、物流の面もあまり強くないですし、消費人口が多いわけでもない。どうしても観光に寄りがちなプロモーションをせざるを得ないのですが、逆にそこに何か価値を見出してビジネスに発展させたいという人に来てほしいと思っています。
仕事で関わるとなれば1回だけではなくて、何度もこの街に訪れるようになると思うんです。それを我々としては「ワーケーション」を一般的な意味合いのワーク+バケーションだけでなく、ワーク+クリエーションだったり、ワーク+エデュケーションだったりと考えています。外から来るワーカーが仕事として自分のやりたいことをこの街で実現していただければと思っています。
――2019年にワーケーション推進を始められて今年で約2年となりますが、外から来たワーカーと地域の方による新しい事業は何か生まれているのでしょうか。
結構あります。最初のうちは企業がグループ単位の研修などで来るというよりは、フリーのライターやデザイナー、イラストレーターなど、フリーランサーの方が多かったんです。個人と小さなお店の付き合いとか、ここに面白い場所があったよ、といったフリーランサー同士のコミュニケーションの中で広がっていきました。
例えば、お惣菜を作ったり、食品加工をしている地元のお土産屋さんのメニューのイラストを、ワーケーションで来たイラストレーターが描いたり。最初はそういう小さなことから始まっていきました。そこからどんどん大きくなって、2020年には人手不足や人材難などに悩んでいる地元の企業と、下田で何かやってみたい人とのマッチングイベントも行いました。
――市が積極的に間に入ってくれるのはありがたいですね。どんなマッチングイベントなのでしょうか。
我々だけではなくてワーケーションを推進するために、株式会社LIFULL(ライフル)*1と協定を結んで一緒にやっています。
マッチングイベントは地域課題の解決につながる事業創出活動の一環です。フィールドワークをしたり、地元企業に直接ヒアリングする機会を設けることで、直に悩みを見てもらったり。1週間かけて街の様子を見てもらって、最終日に自分の会社だったらこの街に対してこういうことができます、やりませんかというご提案をいただく形です。
*1 日本最大級の不動産・住宅情報サイト「LIFULL HOME'S(ライフル ホームズ)」、花の定期便サービス「LIFULL FLOWER(ライフルフラワー)」の運営のほか、地方創生や介護事業などさまざまなサービスを手掛ける。
まちなかワークスポット
――インフラの整備はどうされているのでしょうか。
最初のワークスペース拠点として、LIFULLと地元の株式会社VILLAGE INC(ヴィレッジインク)という企業がLivingAnywhere Commons(リビングエニィウエアコモンズ)*2の施設「NanZ VILLAGE(ナンズヴィレッジ)」と「レジデンススペース」を作りました。これらの施設は、まったくの民間事業として運営していただいています。
市が整備しているワークスポットのインフラ、ネットワークの話で言えば、このスペース(道の駅開国下田みなと)もそうですけど、普通の観光客が来て使えるフリーWi-Fiではなくて、ある程度スピードが確保できる通信環境を整えています。もう1つのワークスポットとなっている市民文化会館もそうです。市民文化会館は一部のエリアをワークスポットにしています。事前に予約などしなくても、使用前に各々の事務所でひと声かけていただければお使いいただけます。
*2 株式会社LIFULLが運営。場所やライフライン、仕事など、あらゆる制約にしばられることなく、好きな場所でやりたいことをしながら暮らす生き方(LivingAnywhere)をともに実践することを目的としたコミュニティ。
――下田市として今後ワーケーションをどのように推進していきたいと考えていますか。
今、新しいワークスポットを準備しています。使っていなかった公有施設が海の側にあり、市街地から車で東へ10分ぐらいの場所なんですが、現在施設整備を進めており、2021年の夏までにはオープンしたいと思っています。海の近くで、とても下田らしい場所になる予定です。
ワーケーション自体が新型コロナの流行で追い風にはなりましたが、全国の地方自治体にワーケーションが広がってユーザーの呼び込み競争が激化しています。しっかりした考えを持って進めていかないと埋没してしまうので、今が勝負ですね。今はブームが過熱気味ですので、本当に生き残るためには外から来るワーカーと地域できちんとつながっていかないと、継続的に使ってもらえないし、フォロワーも増えません。とりあえずワークスポットだけ作りました、というのでは5年後、10年後に人がいないガランとした公共施設だけが残ってしまう可能性があります。私たちとしてはそうならないように、ソフト面をちゃんと作っていく事業にしなくてはいけないと思っています。
他には、下田市だけではなくて、伊豆というエリアで捉えてもっと広域でワーケーション受け入れを展開できるように話を進めています。伊豆半島の下半分の6つの地域、東伊豆町、河津町、下田市、南伊豆町、松崎町、西伊豆町のエリアです。外から見ると、ピンポイントで下田市ということではなくて、伊豆に行きたい、住んでみたいという方が多いと思うんです。そんな人をたくさんの地域で受け入れていきましょうという考えです。
――下田市ならではのワーケーションの強みをどう活かしていきますか。
現時点で他のワーケーションを推進している自治体と比べて強みだと思うのは、やっぱりコミュニティが育っている点です。私たちより取り組み事例が豊富なところは全国的に見てもあまりないのではないかと思っています。外から来た人と、地元の人が関わっていくという空気があって、市の方でも積極的に動いているし、LIFULLとの協業で、官民がそろってコミュニティやネットワークを作ってきました。その結果、地元の企業と外から来た人が一緒になって新しいサービスを作ってみるという動きが生まれています。
昨年行った試みの中では、外から来たフリーランスのさまざまな職業の方に地元の中学校で授業をしていただきました。プロのカメラマンが教えるSNS映えする写真の撮り方講座とか、大人でも興味のあるような内容です。また地域の魅力を発信する「シティプロモーション」が得意な方にオンラインで授業をやってもらって、地元の住民だと逆に気づかない魅力、アピールポイントの探し方、魅力を発信する方法、面白い街歩きの方法など、地域の子どもたちに学校の先生以外の大人からいろんな知識や考え方を教えてもらう機会を持ちました。親にとっても、地域にとってもためになった企画だなという実感がありましたので、まだまだいろんな企画を進めていきたいと思っています。
――先ほどおっしゃっていたワーク+エデュケーションですね。
はい。地域や古い価値観にとらわれず、もっと自由に生きてみたいって思う子どももいるじゃないですか。みんながみんなそうではないと思うんですけど、子どもの頃からいろんな話を聞けて、人生にはいろんな選択肢や可能性があるんだと知ることができるのはすごく良いことだと思っています。そういったことを、地元の人と外から来ている人で一緒に取り組めるというのもまた魅力的ですよね。
〈下田市のまちなかワークスポット〉
【下田市民文化会館】
施設場所:下田市民文化会館1階ロビー(下田市4-1-2)
開設時間:9時~17時
休館日:毎週月曜日(月曜日が祝日の場合は火曜日)
利用料:無料
設備:机、椅子、Wi-Fi、電源コンセント
併設施設:喫茶コーナー(有料)・会議室(有料)
連絡先:下田市民文化会館事務室 電話 0558-23-5151
【道の駅開国下田みなと】
施設場所:道の駅開国下田みなと2階デッキギャラリー1(下田市外ヶ岡1-1)
開館時間:9時~17時
休館日:なし
利用料:無料
設備:机、椅子、Wi-Fi、電源コンセント
併設施設:道の駅、観光案内所、飲食施設(有料)、喫茶コーナー(有料)
連絡先:道の駅開国下田みなと事務室 電話 0558-25-3500
■利用方法などの詳細は下田市公式HPをご覧ください。
静岡県下田市のワーケーションスポットLivingAnywhere Commonsが管理運営する、「NanZ VILLAGE」と「レジデンススペース」
下田市には、市が運営するワークスポットの他に、株式会社LIFULLが立ち上げた、共同運営型コミュニティ「Living Anywhere Commons」があり、宿泊とワークスペースを完備したワーケーション施設がある。LivingAnywhere Commonsのコミュニティマネージャー、佐藤伴子さんにお話を聞くことができた。
LivingAnywhere Commonsは場所や仕事など、あらゆる制約にしばられることなく、好きな場所でやりたいことをしながら暮らす生き方(LivingAnywhere)をともに実践することを目的としたコミュニティです。コミュニティのメンバー(有料)になることで、日本各地に設置したLivingAnywhere Commonsの拠点で自宅やオフィスにしばられない生活を体感し、刺激に満ちた環境に身を置くことができます。どの拠点にも仕事ができるワークスペースがあって、ワーケーションができる施設になっています。LIFULLと下田市は域活性化連携協定を結んでおり、下田市内の遊休施設や空き家を活性化して使う活動を行っています。
全国14拠点の中でも、宿泊できる部屋数が一番多い施設が下田です。小規模なところは5人ぐらいしか泊まれませんが、下田は30人ぐらい宿泊が可能で研修や合宿を受け入れることもできます。ワークスペースはレストランを併設している「NanZ VILLAGE」と「レジデンススペース」の両方にあって、NanZ VILLAGEにはミーティングスペースや冷暖房とWi-Fi完備、パソコンディスプレーが2台ある個室が24時間使えます。レジデンススペースには、ワークスペースの他に会議室やコミュニティスペース、宿泊施設として個室完備の宿泊ルーム、お風呂やランドリー、キッチンがあります。
――コミュニティマネージャーの役割とは何ですか?
LivingAnywhere Commonsの各拠点にコミュニティマネージャーがいます。市外から来ている人が市内でのお仕事をしたい場合のアドバイスや、あそこのお店の人と仲良くなりたい、といったような要望を聞いて地域の人を紹介したり、間に入って調整します。他には歯が痛いけど歯医者はどこがいいのか、など地方に来たときってどうすればいいか分からないことが多いと思うので、地方での生活全般をサポートしています。
逆に地域の方も、突然たくさんの若い人たちがパソコンを持ってやって来たらびっくりしてしまうので、この施設は何をやってるの? と聞かれたら答えて、間に入る人がいることでコミュニケーションを円滑にする役割もあります。この施設でフラワーアレンジメント教室をやったり、イベントを企画したりもします。ワーケーションをしてみたい方はぜひ気軽にご利用いただければと思います。
■利用方法などの詳細はLivingAnywhere Commons公式HPをご覧ください。
https://livinganywherecommons.com/
https://livinganywherecommons.com/base/izu-shimoda/
※記事の情報は2021年5月11日時点のものです。
後編へ続く
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