
仕事
2026.08.19
湯浅一也さん 訪問美容師・株式会社 un.代表取締役社長〈インタビュー〉
湯浅一也|訪問美容の業界を革新しサロンクオリティを確立。誰もが当たり前に美容を楽しめる社会へ
外出が困難な方に美容サービスを提供する「訪問美容」。その第一線で活躍し、新しい道を切り拓いてきたのが、株式会社 un.(アン)代表取締役社長の湯浅一也(ゆあさ・かずや)さんです。ボランティアが主流でサービスの選択肢も少なく、その価値が正しく認識されていなかった訪問美容を革新しようと、「美容室に行けない方にも、サロン体験を。」を理念にサロンクオリティの施術を提供しています。湯浅さんに、訪問美容の仕事内容、現状と課題、近年の変化などをうかがいました。
写真:山口 大輝
中学の頃から美容師を志す。地元・北海道で素朴な疑問から訪問美容に出合う
――湯浅さんは2012年、訪問美容サービスを手掛ける株式会社 un.を設立されました。まずは、現在の事業内容を教えてください。
創業当時からの主力事業が、訪問美容サービス「trip salon un.(トリップ サロン アン)」です。介護施設、病院、ご自宅などにうかがい、美容室と同じサービスを提供しています。主なお客様は、病気やけがで美容室へ行けない方や、ご高齢の方です。最近は、育児中のお母さんやお父さん、障害のあるお子様のいるご自宅、障害者施設などにも訪問しています。また、老若男女ともに使えるシャンプーの開発と販売も行っています。
最近力を入れているのは、出張着付けです。以前は写真館で記念写真を撮る方が多かったのですが、コロナ禍以降、室内よりも外で撮影したいというニーズが増えてきました。七五三、入学式、成人式など、ご自宅で着付けからヘアセット、メイクまでワンストップで提供しています。
それから家事代行サービスも行っています。コロナ禍で在宅のお客様が増えて、生活のお困り事を聞く場面が多くなり、心と生活に寄り添うサポートが今後一層大切になると感じました。そこで2021年8月から、掃除や料理の提供などの家事代行サービスをスタートしました。

――とても幅広いですね。訪問美容は、美容師の中でも特殊な職だと感じます。訪問美容師という仕事をどのように知ったのでしょうか。
中学2年生の頃に、まず美容師になりたいと思いました。それまでは理髪店で髪を切っていましたが、自分の思うような髪型にならず、なんか恥ずかしかったんです。それを友達に相談したら、美容室を紹介してくれて、初めて美容室に行きました。そしたら自分のなりたい髪型になり、テンションが上がって誰かに見せたいと思った。身なりも心も変えられる仕事ってすてきだなと思って、その日、美容師になると決めました。
それから地元の美容専門学校に通い、1年生の時に訪問美容を知りました。私は北海道出身で、自宅の周りに高齢者が多かったのと、おじいちゃんおばあちゃん子だったということもあって、「高齢の方々は雪道がひどい時、どうやって美容室に行っているのかな」と疑問に思ったんです。
そこで訪問美容ってあるのかなとネットで調べたら、ボランティアで訪問美容をやっているところが多く見つかりました。自分は人と違うことをしたいというあまのじゃくな性格もあり、「こんな仕事あるんだ、面白そう。将来なりたい」と思いました。
流れ作業のような訪問美容に違和感。業界の"新しい当たり前"をつくりたい
――そこからどのような経緯でun.を立ち上げたのですか。
専門学校を卒業後に上京し、原宿の美容室で5年ほど働いていましたが、その間は訪問美容のことを忘れていました。ある日、お客様から「お母さんが変な髪型にされた! 湯浅さん、施設に行って切ってあげてよ」と言われて、昔、訪問美容師になりたかったなと思い出しました。それでまた訪問美容について調べてみたんです。
ところが、そのサービス内容を見て、「自分が高齢になった時には、あまり受けたくないな」と思っちゃったんですよね。しかも、5年も経っているのに、学生の時に知ったサービス内容と変わらないことに強い違和感を覚えました。自分が訪問美容師になって現状を変えたいと思っていたら、働いていた美容室が倒産することになり、心を決めました。その後半年間ほど準備を進め、25歳で会社を立ち上げました。
――違和感があった訪問美容の現状とは、どういうものだったのでしょうか。
基本的にボランティアなので、カットしかできないのが当たり前で、パーマやカラーを諦めざるを得ない状況でした。あとはみんな同じ髪型になってしまうことも多かったです。
美容室って五感で楽しめるものじゃないですか。シャンプーのいい香りがして、キラキラした美容師さんがいて、心地いい音楽が流れて。でも当時の訪問美容は、机に鏡を置き、ブルーシートを敷いて、「はい切ります。ちゃっちゃっちゃ、終了」みたいな。流れ作業のようなサービスに違和感がありました。
そこで、私は美容室の技術やサービス、雰囲気をそのまま、ご自宅、病院、介護施設に持って行きたいと思い、「trip salon=旅する美容室」をコンセプトにしたんです。
自宅や介護施設にサロン空間を演出。アロマを焚く、BGMを流すなど、五感で楽しめる美容室に。アロマは季節ごとに香りを変えている。これらのインテリアは美容師によって異なるそうだ
――お客様はどのように増やしていったのですか。初めての訪問美容はいかがでしたか。
介護施設へ飛び込みで営業に行きました。人脈も知識もお金もなく、営業のノウハウを学ぶことからのスタートで大変でした。かつ業界はボランティアが主流だったので、料金のかかるサービスを、なかなか理解してもらえなかったのが一番苦しんだところです。
初めて契約したのは、美容室時代のお客様から紹介いただいた精神科の病院でした。途中で発狂してしまう方がいたり、「はさみを隠してください」と言われたりと、気が張るような現場でした。病院の中には「体の調子が悪くなってしまったから、きれいになることを諦めていた」と話すお客様もいました。それを聞いた時、本人が諦めているのは、諦めさせている環境があるからだと思ったんです。
だから、私たちが訪問してお客様一人ひとりに寄り添い、今までやっていたことを実現できるように、業界にとって新しい当たり前をつくれるように、サロンクオリティのサービスを提供しようと思いました。
そこからは「あたりまえのことをあたりまえに - 新たなあたりまえをかたちに -」という経営理念を掲げ、この14年で280件以上の施設様にご契約いただいています。
シャンプー台は車いすと移動式シャンプーボウルを組み合わせ、湯浅さんが改良して製作
普段使っている道具(左)とクロス(右)。un.のロゴは、自由に形を変えながら、人や街の上にそっと寄り添う雲をモチーフにしている。お客様一人ひとりの人生や暮らしに寄り添い、その時に必要とされる形へ柔軟に変化しながら、希望を実現するパートナーでありたいという思いを込めている
身なりが変わるだけで介護施設の空気が明るくなる
――訪問美容師の仕事の流れを教えてください。
施設の場合、契約が決まると、月1回、決まった日に訪問します。勤務時間は9時~16時。美容師ってお昼休憩がないように思われがちですが、施設ではお昼の時間があるので、しっかり休憩も取れます。カット、カラー、パーマなど美容室と同じメニューがあり、訪問美容師ならではの技術として、ベッド上でのカットやシャンプーにも対応しています。
在宅の場合は、ホームページからご依頼いただき、ご自宅にうかがいます。広告を出していないので、ご家族がホームページを見つけて予約してくださるケースが多いですね。
「trip salon un.」の公式ホームページの運営も湯浅さんが担当する。お客様が安心できるよう、従業員の顔写真を多く掲載している。「事前に顔が分かるから予約した」と言ってくれるお客様もいるという
――訪問美容師ならではの印象深いエピソードがあったらお聞かせください。
今のお客様は、80代、90代、特に昭和10~12年生まれの方が多く、戦時中という一番大変な時代を生きた世代です。現場に行くと、歴史の教科書に載っているようないろんなお話を聞けるのは、興味深くて勉強になります。
広島で被爆された方を担当した日のことは、強く記憶に残っています。おでこの上あたりにケロイドのある方で、「私は運が良くて、自宅から少し離れた所にいたから生きられたのよ」と聞いた時に、胸をえぐられるようなものがありましたね。その後、原爆ドームに行った時は泣いちゃいました。
ほかにも、戦時中に何もない状態で商いを始めた方とか、当時では珍しい女性の社長だった方とか。苦しい中で強く生き抜いた方の話を聞くと、「自分の苦しみもいつか解決できるからこそ降ってくるし、それで死ぬわけじゃない。だからこそ乗り越えてやろう」という気持ちになります。お客様のお話が背中を押してくれていると感じています。
コロナ禍以降、現場を離れて経営に専念していたが、最近復帰したという湯浅さん。trip salon un.のコンセプトカラーである青のベストを着て施術している
――普段からそうした方々のお話を聞けるのは、貴重な経験ですね。
なかなか会えないですからね。あとは亡くなった方の髪を切ったこともあります。「いつもの美容師さんにお願いしたい」とご依頼してくださる方もいて。人は亡くなると、特に子どもは怖がって触りにくくなっちゃいますよね。でも髪を切ってきれいになると、みんな髪をなでて触りに来るんですよ。その一瞬をつくれて、その方の人生の1ページに自分が刻まれて良かったなと思いました。
――訪問美容師として、どんな時に喜びを感じますか。
介護施設にun.が入ったことで、お客様が今まで叶えられていなかったことを叶えられた時は、ゾクゾクします。気に入ってくれると、名前を覚えようとメモを取ってくれるんですよ。認知症の方でも、次の訪問でメモを見て覚えていてくれたり、「また来てほしい」「あなたに切ってもらえて良かった」と言っていただけたりします。そうした一瞬一瞬が喜んでくれたんだなって実感できてうれしいです。
また、介護施設の空気が変わることも喜びですね。想像してみてください。みんな髪がバッサバサで、汚れたTシャツを着ている......でも、全員がきれいになると、部屋の空気がとても華々しくなるんです。笑顔も増えるし、「きれいになったね」と介護士さんからのポジティブな声も自然と増える。身なりが変わるだけで施設の空気が変わるのは、すごくうれしいです。
思い描いていた社会は確実につくられている
――会社設立から14年の中で、訪問美容について感じる変化はありますか。
サービスの価値がようやく認められたのかなと感じています。昔は、私たちは異物だったと思うんですよ。でも発信してあがき続けてきた結果、訪問美容という仕事が認知されるようになり、業界全体の料金も上がってきています。お客様もそうです。お金を払ってでも自分のなりたい髪型にしたいという方が増えてきた。私たち美容師とお客様の思いが調和されてきたタイミングが、ここ2、3年かなと思います。
お金を払っているからこそ、自分の思いをしっかり伝えてくれるお客様も増えていますね。昔はおまかせが多かったのですが、こうしたいと的確に伝えてくれる方が増えたのは、大きな変化だと思います。

――湯浅さんは現在、美容専門学校や介護・看護の学校で講師もされています。訪問美容師を目指す若者たちに、近年、変化を感じることはありますか。
私が学生だった頃に訪問美容をやりたいと思った人は、たぶん私だけだったと思いますが(笑)、5、6年ほど前から、美容師の中でも訪問美容をやりたい子がすごく増えました。Z世代は「人の役に立ちたい」という気持ちの強い子が多いんですよね。
un.にも新卒から入社し、今2年目の子がいて、絶賛修業中です。私自身、1年目から訪問美容師として就職できる会社はないか調べたのですが、当時はなかったんです。だからこそ、自分の会社で実現させたいと思っていたので、叶えられて良かったですね。
――湯浅さんが頑張ってきたからこその業界の革新ですね。
自分が描いていた社会は確実につくられてきていると思います。以前、訪問美容師は稼げない仕事だといわれていましたが、ちゃんと単価も取れるようになりました。まだまだですが、着実に良い方向に進んでいけていると感じています。

カラーやパーマなど需要が広がる訪問美容。美容を諦める人がいなくなる未来へ
――今の訪問美容には、どんな課題がありますか。
10年前はパーマの需要が高かったのですが、今はピンクにしたい、ダブルカラーにしたい、メッシュを入れたい、ストレートパーマをかけたいなど、ニーズが多様化しています。時間のかかるメニューが増えている中、どのスタッフも同じレベルで技術を提供できるようにするのが課題です。
限られた時間で染まる薬剤をどう選定するか、生産性を上げるためにどう効率化するか。時代によってお客様の年代層も変わるので、常にアンテナを張り続けて、サービスを変えていく必要もあります。また、従業員が今100人を超える規模になったので、みんなが安心・安全で楽しんで働ける組織編成にも取り組んでいるところです。
――訪問美容の未来は、どうなっていくと思いますか。
より当たり前のものになっていくと思います。体が動かなくなったり、介護施設や病院に行くことになったからといって、美容を諦める人がいなくなる。当たり前に美容を実現できる世の中になると思います。
――un.としては、今後どんな展開を考えていますか。
un.の拠点は今、東京、千葉、埼玉、神奈川、茨城と関東が中心です。この5大都市にはさらに支店を増やして、成功したら全国へ広げていきたい。un.のブランドを背負って、サロンクオリティをしっかり追求できる形で、安心・安全なサービスを全国へ提供したいです。
将来的には海外展開も視野に入れています。高齢化は日本のみならず、海外でも課題になっていますよね。日本は海外と比べると早々に高齢化社会になったので、訪問美容については先進的モデルになると思います。そのモデルを海外へ広げていきたいです。

――湯浅さんの取り組みは、お客様、美容師、次世代の担い手と、多方面に変革をもたらしており、訪問美容の未来に希望を感じました。光が当たらなかったところに焦点を当て、道を切り拓き、訪問美容の明るい世界を築いている姿がすてきです。情熱と希望に満ちた湯浅さんの築く社会が、これからの"新しい当たり前"になっていくことを願っています。
※記事の情報は2026年8月19日時点のものです。
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【PROFILE】
湯浅一也(ゆあさ・かずや)
訪問美容師・株式会社 un.代表取締役社長
1987年、北海道札幌市生まれ。専門学校卒業後、2008年、原宿の美容室に入社。2012年8月、美容室の閉店を機に独立し、訪問美容専門サロンの株式会社 un.を設立。「美容室に行けない方にも、サロン体験を。」を理念に、外出が困難な方に向けた訪問美容サービスを提供している。カットやシャンプーのほか、訪問着付け、訪問ネイル、美容商品の販売、家事代行など幅広い事業を展開。2020年には、美容師・理容師向けの訪問美容スクール「TRIP SCHOOL.」を開校(現在は休校中)。YouTubeの発信やセミナー講師も務め、若手の育成にも注力している。
訪問美容 trip salon un. https://c-b-un.com/
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