【連載】SDGsリレーインタビュー
2023.01.31
夏目浩次さん 一般社団法人ラ・バルカグループ 代表〈インタビュー〉
久遠チョコレートの挑戦(前編)|多様な人々ともがきながら、共に成長したい
2022年現在で全国40店舗、57拠点を展開しており、上品な甘みと色彩豊かなデザインのチョコレートが人気の「久遠(くおん)チョコレート」。障がい者、悩みを抱える若者や性的マイノリティー、子育て中や介護中の女性など、多様な人々が働いていることも特徴で、その取り組みに密着したドキュメンタリー映画「チョコレートな人々」が公開されたことでも注目されています。今回は、久遠チョコレートを運営する一般社団法人ラ・バルカグループ 代表の夏目浩次(なつめ・ひろつぐ)さんに、事業内容や理念、SDGs(持続可能な開発目標)への思いについてうかがいました。
文:井上 健二
もがき続ける人生の方が断然面白い
──まず、久遠チョコレートの現状をお聞かせください。
全国40店舗、57拠点のうち、40店舗はチョコレートの製造と販売、店舗を除く17拠点は製造だけを行っています。従業員数はおよそ600人。その約半数が障がい者の認定を受けており、130?150人ほどは認定を受けていなくても発達障がいなどの悩みを抱えています。ほかにも、性的マイノリティー、子育て中のママさんたちが働いています。(2022年現在)
──どのような基準で採用をしているのですか。
うちではキャリア採用は一切していません。95%は、お菓子作りの経験がない素人です。採用の基準は、障がいの有無や程度ではなく、働く意欲です。どのくらい本気で働きたいか、仲間と一緒に頑張りたいと思ってくれるかどうか。知的障がいなどで意思疎通が難しい方は、現場に一定期間入ってもらい、そこで働く姿勢や雰囲気を見て決めます。
──障がい者や未経験者を職人に育てる特別なノウハウがあるのでしょうか。
これといったノウハウや特別なプログラムがあるわけではありません。ただ単純に、目の前の人と向き合い、失敗を毎日のように繰り返しながら、前へ進んでいるだけです。
ビジネスには画一的な手順があり、それができる人、できない人、何かの技術が使える人、使えない人といった色分けを無意識にしがちです。でも、本来は一人ひとりの考えや想いに寄り添い、今はその力がないとしても、どうしたらその人ができるようになるのか、何かの技術を使えるようになるのかを、その都度立ち止まって考えるべき。そうすれば、それぞれ凸凹(でこぼこ)がある多様な人たちを誰一人取り残さず、生き生きと働ける場所が生まれるのではないでしょうか。
── 一人ひとりに合わせて柔軟な働き方を考えるのは、大変そうです。
大変ですよぉ。毎日もがいています。ストレスもあるし、「明日の朝、起きたくないなぁ」と弱気になる日もあります。でも意見の衝突を恐れず、どうすれば働きやすくなるかをみんなで考えることは楽しい。壁にぶつかり、もがくことで、人も組織も成長するのではないでしょうか。僕はリスクを恐れて、もがかない人生より、もがき続ける人生の方が断然面白いと思っています。
現在、右肩上がりで店舗数が増えているのは、北海道から九州までフランチャイズで参画してくれる福祉事業所や企業が増えてきたからです。現在オープンしているのは、1年以上前に声をかけてもらったところばかり。「一緒にやりたい」と声がかかっても、すぐに「いいですね、やりましょう!」と即答することはありません。「大変ですよ」「覚悟はありますか?」と1年間は断り続け、1年経ってもやる気があり、本気でもがく覚悟があると見極めてから、仲間になってもらっています。
──店舗も拠点も増え、現在の売上高は年商16億円に達しているとうかがいました。どんなところが評価されていると感じていますか。
僕らは、障がい者が作っていると力んでアピールはしませんし、力んで隠そうともしません。ただ自然体でシンプルに、「おいしいからまた買いたい」「すてきだから大切な人に贈りたい」と思ってもらえる魅力的な商品を作っているつもりです。そこが評価されて売り上げにつながっているのでしょう。
ただ、僕たちはまだまだ通過点にいると思っています。日本のギフトチョコレートの市場規模は年間4,000億円。その1%の年商40億円を当座の売上目標に掲げています。すると、もっと多くの人が働けるようになるし、できることも増えてきます。まずは年商20億円の壁を超えようと、毎日もがいています。
「できるはずがない」という先入観を捨てれば、社会は変わっていく
──久遠チョコレートが評判を呼び、メディアから取り上げられるようになると、思わぬ批判が出てきたそうですね。
僕らの現実をよく知らない福祉業界の人たちから、「あそこがうまくいっているのは、障がいの軽い人たちだけを集めているからだ」という声が届くようになりました。
そうした誤解を払拭するために、2021年に重度の障がいを持つ人たちも働ける「パウダーラボ」を立ち上げました。「パウダーラボ」は、チョコレートに混ぜるお茶やフルーツなどを細かく砕く作業を行う施設です。従来、年間2,000万円ほどで外注していたこの作業を内製化しまして、19人の新人が働いています。
──先ほど現場を拝見しました。みんな明るく元気に手を動かしていますね。
そうですね。その1人で、重い知的障がいとダウン症を抱えているよしのぶさんは、福祉施設でシュレッダーを片手で回すばかりの毎日を送っていました。でもパウダーラボでは、両手を器用に使い、茶葉を石臼で粉末状にする仕事を担当しています。彼は、車で5分の所にある自宅から、30分以上かけてパウダーラボまで1人で歩いて通っています。
家族から「危ない」と包丁を持たせてもらえなかった人も、事前にドライフルーツを刻みやすい大きさにカットして渡せば、包丁で決められた大きさに切ることができます。周囲が「障がいが重いから無理」と勝手に決めつけていることも、一人ひとりに合った方法を工夫すれば、できることはたくさんある。彼らは、長年同居していた家族も驚くような手先の器用さを発揮することもあるのです。
パウダーラボを始める前、スタッフから出たのは「彼らに何ができますか?」「何をやらせたらいいですか?」という心配の声でした。しかし、障がい者のポテンシャルを目の当たりにして、「工程をこう変えたら、彼にもできるようになると思う」という発想をするようになりました。
周囲の偏見を打ち破ろうとつくったパウダーラボでしたが、結果的に自分たちの足腰がより強くなってきました。「できるはずがない」という思い込みを外せば、パウダーラボで起こったような変化は、社会全体に広げられると思っています。
取り残された人たちに手を差し伸べ、一緒に前へ進みたい
──映画「チョコレートな人々」には、パウダーラボで初任給の贈呈式の場面があり、バディの皆さんがお母さんに初任給と花束を渡すシーンが印象的でした。
初任給を渡す日に家族を招いて小さなお祝いの席を設けようというのは、パウダーラボを立ち上げた時から考えていました。初めてまとまったお金を自分で稼げた記念ですし、これまで寄り添ってくれた家族に感謝の気持ちを示す機会になったらいいなと思ったのです。働いてお金が稼げたことを実感してほしいから、現在でも可能な限り、給料は現金で手渡ししています。
重度の障がい者の平均月給は、民間調べでは3,000?4,000円。重度の障がい者は、国は主に介護対象として見ているので、働いて収入を得ることをサポートする体制が整っていません。でも身近で見ていて感じるのは、彼らの働きが、わずか月3,000?4,000円の価値しかないなんてとんでもないということ。仕事ぶりは決して早くはないかもしれませんが、先ほど見てもらったように、おいしいチョコレートを丁寧に作っているのです。
現在、パウダーラボで働く重度の障がい者たちの平均給与は、月5万6,000円程度。時給換算すると450円くらいです。「平均月給の20倍近いのはスゴい!」と言われることもありますが、愛知県の最低時間給、986円(2022年10月1日現在)の2分の1以下の給料しか払えていないのですから、僕の中では"もがき"がまだ足りないと思っています。5年以内に、愛知県の最低時間給を超える方法を真剣に考えています。
──2018年12月には、SDGsの達成に向けて優れた取り組みを行う企業や団体を表彰する「第2回ジャパンSDGsアワード」にて、内閣官房長官賞を受賞されました。久遠チョコレートの活動を通して実現したいSDGsへの思いをお聞かせください。
経済には、効率性や利便性を重視する「エコノミー」と、世の中を治め、民を救うという意味の「経世済民(けいせいさいみん)」という2つの側面があると僕は思っています。経世済民という考えに立ち返ると、困って泣いている人がいたら置き去りにせず、手を取って「共に前へ進もう」と声をかけるのが当たり前です。経済成長というと、エコノミーの側面ばかりが強調されがちですが、経世済民の側面も忘れないようにすれば、より大きな経済成長につながる。日本には、それができる底力が備わっていると楽観しています。
日本はエコノミー一辺倒でやってきた歴史が長いから、経世済民を踏まえようとしても、始めは失敗の連続でしょう。でも、それでいい。ピカピカの成功例ばかりを「発表会」のように世界に向けて発信するのではなく、それこそ"もがき"ながら、社会を変える努力を泥くさく続ける背中を世界に見せることが、経済先進国を自負する日本の大事な役割ではないでしょうか。
SDGsって何も難しいことではありません。食べ物を捨てる国があるいっぽうで飢餓に苦しむ国がある、日本だけで年間15億着もの服が新品のまま捨てられている......。そう聞いたら、誰でもシンプルに「それはおかしい。何とかしよう!」と心が動くはず。
働く意欲も能力もあるのに、障がい者だからという理由だけで働く場所がない。それだって「おかしい。何とかしよう」と感じる人が大半でしょう。おかしいことを、おかしいままでほったらかしにせず、真っ当に変えたいと考える人が少しずつ増えてきたら、SDGsは叶えられる。僕はそう信じています。
※記事の情報は2023年1月31日時点のものです。
後編に続く
映画「チョコレートな人々」
2022年/102分/日本/ドキュメンタリー
© 東海テレビ放送
2023年1月2日(月)より〔東京〕ポレポレ東中野、〔愛知〕名古屋シネマテーク、ユナイテッド・シネマ豊橋18、〔大阪〕第七藝術劇場 ほか全国で順次劇場公開
-
【PROFILE】
夏目浩次(なつめ・ひろつぐ)
一般社団法人ラ・バルカグループ 代表。1977年、愛知県豊橋市生まれ。2003年、愛知県豊橋市において、障がい者雇用の促進と低工賃からの脱却を目的とするパン工房(花園パン工房ラ・バルカ)を開業。2014年、久遠チョコレート事業を立ち上げ、わずか5年で全国33拠点に拡大。「全ての人々がかっこよく輝ける社会」を目標に、さまざまな企業へ経営参画し、企業連携・事業開発に取り組みながら、障がい者の雇用、就労促進を図っている。
一般社団法人ラ・バルカグループ 公式サイト
https://labarca-group.jp/
久遠チョコレート 公式サイト
https://quon-choco.com/
RANKINGよく読まれている記事
- 3
- 大江千里|ニューヨークへのジャズ留学から僕のチャプター2が始まった 大江千里さん ジャズピアニスト〈インタビュー〉
- 4
- 手軽で安いものという価値を転換|「海苔弁いちのや」の高級のり弁 海苔弁いちのや 代表取締役 風間塁さん 総料理長 井熊良仁さん〈インタビュー〉
- 5
- 宮尾俊太郎|20歳の再決意「オレ、バレエをやりたかったんじゃないの?」 宮尾俊太郎さん バレエダンサー・俳優〈インタビュー〉
RELATED ARTICLESこの記事の関連記事
- 久遠チョコレートの挑戦(後編)|おかしなことを"仕方ない"で済ませたくない 夏目浩次さん 一般社団法人ラ・バルカグループ 代表〈インタビュー〉
- リジェネラティブ農業で北海道の菓子を世界へ 長沼真太郎さん 株式会社ユートピアアグリカルチャー代表取締役〈インタビュー〉
- インスピレーションの始まりは、あなた。 岩柳麻子さん「PÂTISSERIE ASAKO IWAYANAGI」シェフパティシエール 〈インタビュー〉
- 成分? 食感? 味? 自分に合ったヨーグルトの選び方【ヨーグルトマニア・向井智香さんおすすめお... 向井智香さん カップヨーグルト研究会〈インタビュー〉
NEW ARTICLESこのカテゴリの最新記事
- 「リサイクル率日本一」を15回も達成。鹿児島県大崎町は"リサイクルの町"から"世界の未来をつく... 井上雄大さん 一般社団法人大崎町SDGs推進協議会〈インタビュー〉
- リジェネラティブ農業で北海道の菓子を世界へ 長沼真太郎さん 株式会社ユートピアアグリカルチャー代表取締役〈インタビュー〉
- 廃棄食材で染める衣料品。業界を越えた協業でファッションの価値を提案 谷村佳宏さん 豊島株式会社 FOOD TEXTILE プロジェクトリーダー〈インタビュー〉
- 環境配慮とデザイン性を両立したビニール傘で「使い捨てない文化」をつくる 山本健さん 株式会社サエラ代表取締役社長〈インタビュー〉
- 世界に認められた日本発のクラフトジン。酒かすをアップサイクルした"飲む香水"で、日常にリッチな... 山本祐也さん エシカル・スピリッツ株式会社 CEO〈インタビュー〉