【連載】SDGsリレーインタビュー
2022.10.18
公益財団法人 名古屋フィルハーモニー交響楽団 理事長 山口千秋さん〈インタビュー〉
助け合いの輪を広げ、すべての人に音楽の喜びを
"名(めい)フィル"こと、名古屋フィルハーモニー交響楽団は、「小さな子どもや障がいのある人々にも、気軽にオーケストラの演奏を楽しんでもらいたい」との思いから、子どもや障がい者を対象とした、さまざまな音楽体験の機会を提供しています。SDGs(持続可能な開発目標)という言葉が出てくるよりも前から、すべての人に開かれた形式で演奏活動を行ってきた名フィルの姿勢や特色、SDGsへの取り組みについて、理事長の山口千秋さんにお話をうかがいました。
演奏中に歓声を上げる、拍手する、動き回る。自由に声や音を出して、体全体で音楽を楽しめるのが「夢いっぱいの特等席」福祉コンサートです。コロナ禍を経て、3年ぶりの有観客での開催となった2022年9月1日、名古屋国際会議場センチュリーホールにて演奏を聴いた後、インタビュー取材を行いました。
地域に根差し、地域に育てられてきたオーケストラ
──とても素晴らしい演奏に、心が洗われるようでした。すてきな時間をありがとうございました。本題に入る前に、「名古屋フィルハーモニー交響楽団」(以下、名フィル)の特色について教えていただけますか。
1966年に「名古屋にプロのオーケストラがほしい」という熱意のある有志が集まって設立されたオーケストラで、今年で創立56年目を迎えます。名フィルを支える企業は約360社あり、個人の定期会員や賛助会員も大勢いて、地方オケの中でも企業や個人からの支援の割合が高いオーケストラだと思います。地域に根差し、地域に育てられてきたのが、名フィルの特色です。
──鑑賞させていただいた「夢いっぱいの特等席」福祉コンサートは、障がいのある方や未就学児もみんなで音楽を楽しめる、すてきな取り組みだと思いました。
福祉コンサートは1999年から開催されている、歴史の長いコンサートです。演奏中に走り回ってもいいし、叫んでもいいし、手を叩いてもいい。出入りも自由で、演奏中もホールのドアはすべて開放しています。普通は演奏中、客席を暗くしますが、暗くすると不安になったりするお客様がいらっしゃるので、客席の照明も落としません。生の音楽を聴く機会が少ない方々のために、安心して聴くことのできるコンサートを20年以上、毎年開催してきました。
何人かの楽団員が施設や病院に行って演奏するのは、どこのオケでもやっていますが、障がいのある方やそのご家族がホールまで足を運んで、本格的なホールでフルオーケストラを聴いていただくというのが、ほかと違うところだと思います。
未就学児や障がいのある方にも、ホールで音楽を聴いてほしい
──どんな人でも安心して来られるコンサートを開催しようと思ったきっかけは何だったのですか。
誰かに頼まれたわけではなく、ある事務局員の思いから自然発生的に始まりました。クラシック音楽のコンサートって普通、未就学児は入れないんですよね。コンサートに親子で来たら、子どもがホールに入れなかった、ということがあり、その様子を見ていた事務局員が「この問題をなんとか解消できないか」と思ったそうです。それで「子どもでもクラシック音楽を聴ける場所をつくりたい」という思いで始めたのが最初でした。その後同じように、「障がいのある方にも聴いてもらいたい」という話が出てきて今に至ります。
──有観客での開催は3年ぶりとのことですが、一昨年と昨年はどのように行われたのですか。
一昨年は演奏の様子を撮影したDVDを施設にお送りし、昨年はYouTubeで動画を配信しました。コンサート会場は今までクローズドな世界でしたが、DVDやYouTubeで発信することで全国に伝えられるので、これはやって良かったと思っています。今年も含めてこれからは「会場での生演奏」と「映像配信」の2本立てでお届けする予定です。そうすると会場に来られないお客様も施設などで聴くことができますし、こうした活動のPRにもなると考えています。
──客席の様子以外は、曲目も通常のコンサートと変わらないのですね。
コンセプトとしては、健常者も障がいのある人もみんな一緒。演奏する曲も、通常のコンサートと変わらないです。社会に出て、お金を払ってコンサートに行く形式を取りたかったので、お客様には500円をお支払いいただいています。
──福祉コンサートといっても、超一流のフルオーケストラによる本気の演奏で、とてもぜいたくだと感じました。
ありがとうございます。名フィルは地方のオケではありますが、その実力は国内でもトップクラスだと自負しています。もちろんさらに技術力を磨いて、お客様に少しでもクオリティーの高い音楽を聴いていただくことも大事なテーマではあります。ただ、それだけではちょっと違うんじゃないかなと。「音楽の喜び・楽しみをすべての人へ」というのがスローガンで、1人でも多くのお客様に聴いてもらうことが我々の重要な役目だと思っています。SDGsのゴール3「すべての人に健康と福祉を」につながってくるところですね。
喜びを全身で表現するお客様の反応が励みになる
──通常のコンサートとは異なる環境での演奏だと思いますが、そこから得られるものはありますか。
客席が明るいしお客様が騒ぐこともあるので、最初は楽団員から「演奏しにくい」という声もありました。ですが、そのマイナスな気持ちを変えたのは、やはりお客様の反応です。演奏を聴いている方が手を叩いたり、拍子をとったり。素直に演奏を聴いて、全身で楽しいって表現してくれるんです。音楽の喜びが自然と体に出てきて、泣く人や叫ぶ人もいる。指揮者と同じような服装で来て一生懸命、指揮のまねをする人もいます。
そうやって全身で楽しんでいるところを見ると、音楽の原点ってこういうことなんだなと気づかされます。音楽を聴く喜びが客席からダイレクトに伝わってくるので、楽団員たちもうれしいんですよ。お客様は、演奏が終わると「ありがとう」と言って帰っていきます。その反応が楽団員の励みになっていて、演奏のさらなる深みや優しさにつながっていくんじゃないかなと。そういった「お客様からいただくものがある」ことが長く続いている理由かなと思います。
──開演前、舞台上では介助犬によるデモンストレーションが行われていました。ほかの団体とはどのような連携を築いているのでしょうか。
福祉コンサートは、行政、企業、福祉施設、ボランティアの方など、いろんな方々に援助いただいて成り立っており、名フィルを中心に支援の輪が広がっています。その輪の中で、共通の意識を持っている団体が、イベントの際に互いの活動を紹介しようと取り組んでいます。そのうちの1つが今日、介助犬を連れてきていた日本介助犬協会*1の「介助犬総合訓練センター ~シンシアの丘~」です。開演前の介助犬のデモンストレーションは、6年ほど前から始まりました。
*1 社会福祉法人日本介助犬協会:介助犬とともに、いつでもどこでも一緒に暮らせる地域共生社会の実現を目指す団体。良質な介助犬の育成、介助犬訓練者の養成、介助犬の有効性や役割等の情報提供などを行っている。2009年、日本初の介助犬専門訓練施設「介助犬総合訓練センター ~シンシアの丘~」が愛知県長久手市に開所した。
https://s-dog.jp/
また、「スペシャルオリンピックス日本*2 ・愛知」は、知的障がいのあるアスリートが健常者と同じように参加できるスポーツ競技会の開催に取り組んでおり、名フィルの活動と目指す方向性が一緒だったんです。互いに協力し合えるのではないかと、スペシャルオリンピックスの開催時や名フィルのコンサートなど、各イベントで互いの活動を紹介し合っています。
*2 公益財団法人 スペシャルオリンピックス日本(SON):知的障がいのある人たちに、さまざまなスポーツトレーニングとその成果の発表の場である競技会を、年間を通じて提供している国際的なスポーツ組織。
https://www.son.or.jp/
2019年にSDGsを宣言。さまざまな演奏活動のほか、音楽教育、環境保護にも取り組む
──SDGsという言葉が出てくる前から、SDGsに関わるような取り組みを行ってきて、ここであえてSDGsを宣言しようと考えたのはなぜでしょうか。
オーケストラでSDGsを宣言したという話はあまり聞かないので、気恥ずかしさもありました。しかし、SDGsは非常に体系立っていてゴールがクリアに掲げられているので、我々の活動がいい方向に広がっていくだろうと考えて、2019年にSDGsを宣言しました。
また名フィルがSDGsを宣言することで、ほかのオーケストラや団体に我々の活動を知ってもらう波及効果もあると考えています。私たちは名古屋が拠点ですので、どうしても活動には限界があります。SDGsの活動を知ったほかの地方オーケストラや団体が、自分たちもやってみようかなと思って、さらに広がってくれればいいなと思います。
SDGsについて勉強すると、「これまで我々がやってきたことはSDGsで言うとこれに当たるのかな」と後から気づくことも多いですし、「こういうことも取り組めそうだよね」などと新たなアイデアも出てきます。宣言をした以上、おろそかにはできないので、意識を持ってさらに高めていくにはどうしたらいいかと、日々取り組んでいます。
──SDGsに関連して、「夢いっぱいの特等席」福祉コンサート以外には、どんな演奏活動を行っているのですか。
まず1981年から開催しているのが「なごや子どものための巡回劇場」です。子どもたちの住んでいる所からなるべく近い、名古屋市内各区の文化小劇場を巡って演奏しています。2012年からは小中学校の体育館で演奏する「移動音楽教室」も行っています。ジュニアオーケストラに演奏の指導をしたり、時には子どもが名フィルの中に入って一緒に演奏することもあるんです。子どもにとってはとても貴重な経験で、いい思い出になると思います。また、豊田市、東海市、愛知県立芸術大学と連携し、若手の音楽家の育成にも取り組んでいます。名フィルにはそこで育った卒業生が結構いるんですよ。
2021年9月からは子どもと大人が一緒に楽しめる新企画「こども名曲コンサート」がスタートしました。5歳児から入れて、親子、家族、友達、みんなで楽しんでいただくコンサートです。毎回テーマを設けて、名曲から不思議な響きを感じる珍しい作品までを演奏しています。
──演奏活動以外に、SDGsに関して取り組んでいることはありますか。
コンサート情報やチケットのデジタル化を進めています。今までコンサートの宣伝は紙のチラシを会場で配ることが中心でした。でもコロナ禍になってからは会場で配れなくなったんです。さらにコロナ禍では中止になったり、海外から演奏者が来られなくなったりと、突然の変更が多くて紙のチラシでは対応しきれなくなったこともあり、ウェブサイト、SNSを活用するようになったのが実情です。
それでデジタル化を進める一方、クラシックのファンになじみ深い紙のチラシも必要最低限の枚数を用意するようにしました。印刷する紙には、適切に管理された森林の木材を使用していることを証明する「FSC認証紙」を使っています。今シーズン(2022年4月~)からすべてこれに変えました。また電子チケットも接触せずにスマホで入場できるということで、コロナ禍によって始まりました。
コロナ禍で、多くの企業やお客様に支えられた
──コロナ禍では、ほかにどんな影響がありましたか。
2020年の2月末から5カ月近く、公演が中止となり、全く活動ができませんでした。コンサートどころか練習もできず最悪の状況でしたが、同年7月にようやく客数を半分にするなど制約の下、活動を再開しました。コロナ禍以前、年間約110回開催していた公演のうち、約50回が名フィル主催、残りの約60回はスポンサー主催の依頼公演だったのですが、コロナ禍でその依頼がぐんと減ったんです。活動を再開できても、依頼公演は中止ばかりで、客数も半分しか入れないので、経済的には厳しい状況が続きました。
──大変な状況の中、どのように乗り越えてきたのでしょうか。
お先真っ暗な状況の中、勇気づけられたのがやっぱり皆様からの支援でした。いろんな企業から「芸術を絶えさせてはいけない」とご支援いただき、コンサートが中止になった際には、「大変だろうから使ってくれ」と払い戻しを受け取らない会員のお客様がたくさんいました。寄付をいただく時には「頑張ってください」「この時期を乗り越えてまた聴かせてね」と、ちょっとした手紙を添えてくれる方もいたんです。それが一番励みになりましたね。
乗り越えてこられたのは本当に温かい皆様のおかげなので、どうにか感謝の気持ちを伝えたいと思い、今年10月2日には「サンクスコンサート」を開きました。入場料の500円は、すべて名古屋市社会福祉協議会を通して名古屋市福祉基金に寄付します。
弱者に優しい社会を。さらなる高みを目指し、助け合いの輪を広げたい
──音楽の活動を通して、実現したいことはありますか。
こういう立場にいると、クラシックの素晴らしさに気づかされることが多いので、やはり1人でも多くの方にこの素晴らしさを伝えたいと思っています。生のオーケストラの演奏は、聴くチャンスすらなくて、その魅力に気づけない方々も多くいらっしゃると思います。そういう方々にたくさん聴いてもらいたいです。今、新型コロナウイルスの流行やウクライナ戦争などで大変な時期ですから、弱者に優しい社会をつくりたい、そこに少しでも役立ちたいと強く感じています。
──最後に、今後の目標について教えてください。
お客様に多くの感動を差し上げたいので、現状に満足することなく、オーケストラの技量も含めてさらに高みを目指したいです。また、福祉コンサートのような取り組みは、世の中全体から見ると、まだまだ狭い場所しかカバーできていないと思います。ほかの多くのオーケストラや団体との連携を築くことで、助け合いの輪を広げていきたいです。
――ありがとうございました。名フィルが音楽で地域の人々を支え、名フィルもまた地域の人々から支えられる。名フィルを中心に優しい社会が形成されており、とても温かいオーケストラだと感じました。今後、この助け合いの輪がさらに広がっていくことを願っています!
※記事の情報は2022年10月18日時点のものです。
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【PROFILE】
山口千秋(やまぐち・ちあき)
公益財団法人 名古屋フィルハーモニー交響楽団 理事長。
■公益財団法人 名古屋フィルハーモニー交響楽団
愛知県名古屋市を中心に、東海地方の音楽界をリードし続ける交響楽団。 “名(めい)フィル”の愛称で親しまれ、日本のプロ・オーケストラとして確固たる地位を築いている。楽団創立は1966年7月10日。1973年に名古屋市の出捐により財団法人に、2012年に愛知県より認定を受け公益財団法人となる。2013年に東海市、2016年に愛知県立芸術大学、2018年に豊田市と、それぞれ音楽教育の推進と文化芸術の振興を目的とした協定を締結。
現在は、意欲的なプログラミングの「定期演奏会」をはじめ、親しみやすい「市民会館名曲シリーズ」、障がいのある方を対象とした「福祉コンサート」、主に子どもたちを対象とした「こども名曲コンサート」、市内の学校を訪問する「名古屋市内移動音楽鑑賞教室」など、バラエティーに富んだ年間約110回の演奏会に出演している。
名古屋フィルハーモニー交響楽団 オフィシャルページ
https://www.nagoya-phil.or.jp/
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