教育
2020.02.25
山口れおさん トランペット奏者・バンドディレクター〈インタビュー〉
コンクールに入賞するよりも音楽の本当の楽しさを伝えたい
金管アンサンブルを主宰するなど多方面で活躍中のトランペット奏者山口れおさんは、小・中・高校の吹奏楽部を指導するバンドディレクターとしての顔も持っています。2004年に公開されて大ヒットを記録した映画「スウィングガールズ」では管楽器の経験が全くなかった俳優の上野樹里さん、貫地谷しほりさんたちを指導。吹き替えを使わない役者さんたちの演奏が話題を呼びました。今回は指導者としての山口れおさんにお話をうかがいました。
吹奏楽部でトランペットが好きになり音楽大学へ
――最初に、音楽を始めたきっかけを教えていただけますか
トランペットを吹き始めたのは中学の吹奏楽部です。でもそれほど音楽がやりたかったわけではなく、本当はスポーツをやりたかったんです。でも当時たまたま、お隣の家にプロのトロンボーン奏者の方が住んでいて、よく集まって金管五重奏の練習をされていました。それを聴いていたので「吹奏楽もいいかな」って思って。家で金管五重奏の練習ができたなんて、いま思うとのどかな時代でしたね。
――それでトランペットが大好きになって、音楽大学に進学されたのですか。
中学で吹奏楽をやって、高校に進学したら吹奏楽部がない学校だったのでアメフト部に入ろうとしたんですが、担任の先生から「お前吹奏楽やっていたんだって? うちの学校は吹奏楽部がないからお前が作れ」って言われました(笑)。それで吹奏楽部を作って初代部長をやったんです。音大も当初、大学自体に行くつもりがなかったのですが、家族から「せっかくトランペットをやっているんだから、音楽大学を受けてみれば」って言われて。それで行く気になって勉強し、音楽大学に入りました。
――音楽大学を卒業してプロのオーケストラの団員になる人も多いと思うのですが、その道は選ばなかったのですか。
実は音楽大学の3年生ぐらいからオーケストラで吹く仕事をいただいて、オケで吹く機会もあったのですが、自分にとって、あまり居心地がいい世界ではなかったんです。やっぱりプロの世界は競争心があるし、厳しい勝負の世界でした。
僕は根がお気楽なので「好きな音楽を仕事にすれば、毎日楽しく演奏して暮らせるんだろうな」と思っていたんですが、そうでもなかった。今思えばどの世界もそうだと思うんですけど、その時の僕は、プロの音楽の世界に幻滅してしまったんです。音楽大学を卒業してからも、ありがたいことにオーケストラの仕事をいただいていたのですが、お断りすることにしました。それ以来フリーの音楽家として活動しています。
子どもたちの個性あふれる音をひとつの音楽にまとめる楽しさ
――山口さんが吹奏楽の指導を始めたのはどうしてですか。
大学卒業後はフリーの演奏家として自分で金管アンサンブルを組んで演奏会をしたり、呼んでいただいたところで演奏活動をしていたのですが、あるとき中学の吹奏楽部時代の顧問の先生から「ちょっと教えに来てよ」って声がかかったんです。実は指揮棒を持ったのもその時が初めてでしたが、それがきっかけで指導を始めました。
――吹奏楽の指導はやってみて楽しかったのですか。
たとえばプロの演奏家が集まった吹奏楽やオーケストラであれば、個々人は演奏家としてできあがっていますからすぐに音楽になってしまいます。でも学生だったり子どもだったりすると、楽器を始めたばかりの子もいるし、練習中におしゃべりする子もいていつもガヤガヤしています。このバラバラで個性あふれる人たち、そして彼らの音をどうひとつの音楽にまとめていくかってことを考えるのはすごく楽しいんです。
そういう意味では小学校が一番楽しいですね。すごい子どもらしい! とにかく元気がある時は元気な音だし、体育があって疲れてる日は音が小さくて、月曜日は休み明けなのでボーっとしていたりとか、すごく素直な音が出てきます。それと、ときおり自分が思ってもいないことを生徒たちがやったりすると「あ、そうか、その方法もありだね」って、教わることも多いです。
――今、吹奏楽は人気です。コンクールなどでいい成績を取ろうと頑張っている学校も多いのではないでしょうか。
確かに一所懸命やっている吹奏楽部は多いです。吹奏楽の名門校もあって、しっかりした指導で毎年コンクールの全国大会で金賞をとります。でも僕は、生徒が入れ替わっているのに毎年同じサウンドがするというのは、やはりちょっとおかしなことだと思っています。生徒が変われば音だって変わってくるはずですよね。僕は子どもたちが自分の音を出し、その音をアンサンブルさせることでいい響きを出す、いい演奏するということを目指したいと思っています。
中学や高校の吹奏楽部は、あくまで教育の現場にあるわけですから、吹奏楽を通じていろんなことを教えてあげたいと思っています。たとえばチームワークだったり、人に合わせることだったり。それも自分を引くことで人に合わせるのではなくて、自分を押し出していく。管楽器の音であれば「吹く」ことで人と合わせて、それによって新しい調和、ハーモニーが生まれることを教えてあげられたら、自分としては一番嬉しいです。ですから、コンクール至上主義の吹奏楽に関しては、僕はあまり肯定的ではないんです。一所懸命演奏した結果が金賞なら喜べばいいし、それが銀賞でも銅賞でも子どもたちがいい演奏をしたのであれば、僕は素晴らしいと思っています。
――吹奏楽部の名門高では、卒業したら演奏をやめてしまう人が多いとききます。
そうなんですよ。燃え尽きてしまうのかもしれません。でも音楽は一生付き合っていけるものですから、中学や高校の吹奏楽では、自分の人生にとって音楽がどれだけ素敵なものになるのか、その音楽の楽しさを見つけてもらうことが一番大切だと思っています。
そういう教え方も実は小学校が一番できるんですよ。小学生はとても素直で、音楽の楽しさもみるみる吸収してくれます。たとえば小学校で吹奏楽をやっていた子が中学や高校で吹奏楽をやめて、野球部とか水泳部とか、他の部活に入ったとしても、音楽の楽しさは忘れないんです。野球部に入った子に部活は楽しい? って聞くと「すごく楽しい! でも楽器も吹けて野球もできるって、僕すごくないですか?」って言うんですよ。だから「すごいよ!」って言ってあげます。実際すごいですよね。
子どもたちが何のために音楽をやるのか。それってコンクールで金賞をとりたいからじゃない。音楽って、楽しいからやるはずなんです。だからそれを教えてあげたいと思っています。
映画「スウィングガールズ」では貫地谷しほりに泣かれました
――映画「スウィングガールズ」(2004年作品・矢口史靖監督)は上野樹里さん、貫地谷しほりさん、本仮屋ユイカさんなどに演奏指導をしたそうですね。その時の話を聞かせてください。役者さんたちは管楽器経験がゼロだったのでしょうか。
経験ゼロの子も、ちょっとやっていた子もいましたが、樹里、貫地谷、本仮屋ユイカなどのメインキャストは全員管楽器の経験はゼロでした。
「スウィングガールズ」の矢口監督は「ウォーターボーイズ」(2001年作品)も撮った監督なんですが、やはり本人がやらなきゃ意味がないと思っていたようで、役者さんたちに吹けるようになってほしいということで演奏指導の依頼を受けました。そういうことなら、もう部活をやっちゃおうと思って、役者さんたちを、週に5日から6日、毎日5時から7時までみっちり一か月間、そして合宿も一週間やって、撮影が始まってからもずっと練習を続けていました。
スウィングガールズ
――役者さんたちはすぐ演奏できたのですか。
それがそうでもなかったんですよ(笑)。なかなか思うように演奏が上達しなかったので、撮影中盤ぐらいに事務所の社長に呼ばれて「この状況だと役者自身の演奏を使って映画を撮るのは無理じゃないのか」と言われました。でも監督は、それでは意味がないと頑として聞き入れない。それで、僕が「一週間ください」と頼んで判断を待ってもらいました。
――その一週間で一気に演奏が良くなったわけですか。
結果的にはそうでした。でも特別なことをしたわけではありません。僕が焦っていると子どもたちにそれがわかってしまいますから、わりといつも通りに「そのうちに発表会をやろうね」みたいな話をして、ちょっと士気を上げつつ、「まあ、ここからちょっとペースを上げようか」ぐらいの感じでした。
でもその一週間で演奏も一気にまとまって社長からOKが出たので、最終的にスウィングガールズの映画の中の音楽はいわゆる劇伴以外、すべて役者さんたちの演奏になりました。レコードから流れてくるものも、ラジオから流れてくる音も全部スウィングガールズの演奏なんです。それと実は僕、ちょっと出てるんですよ。
――え! 山口さんも「スウィングガールズ」に出演されているんですか。
1カ所だけパチンコ屋の前で(笑)。スウィングガールズの演奏を聴いて「下手くそ」って言う役でした。自分が教えた子どもたちに「下手くそ」って言うのは、自分としてはかなり辛いものがあったんですけど、監督がそういうシャレを面白がる方なのでキャスティングされてしまいました。でも演技とはいえ「ヘタクソ」って言われたのが辛かったようで、貫地谷にはものすごく泣かれて「嫌い」って言われてしまいました。
子たちがどんどん上手になっていくのは感動するぐらい面白い
――今まで山口さんが吹奏楽部の指導をやっていて思い出深いエピソードがあれば教えてください。
最初にお話した初めて吹奏楽を指導した学校のことはよく覚えています。子どもたちが「楽しい」って言ってくれて、あれよあれよという間にコンクールでも全国大会まで行っちゃって。とにかく子どもたちが「楽器を吹くのが楽しい」と思ってくれたんですよね。あの時は僕も感動しました。
それから山形にも一昨年から教えている学校があって、コンクールで今までは地域でも下の方の順位だったのに、今年県大会まで行けました。そこでも先生が言ってくださったのは「れおさんがすごい褒めてくれるから、どんどん子どもたちがやる気になって、見たことない表情になった」ということでした。それも嬉しかったですね。
――でもコンクールの結果よりも「音楽を楽しむ」ことこそが伝えたいことなんですよね。
はい。音楽って楽しいものなんですよ。中学生や高校生はプロじゃないから、音楽でお金を稼ぐ必要もないし、コンクールで勝たなくたっていい。僕はなにかに縛られて音楽をやってほしくないな、という思いがあります。楽しく音楽を演奏して、結果としてコンテストで入賞できたら嬉しい、という形で吹奏楽の指導をしたいと思っています。
――今日も演奏指導の様子を見ていて、生徒の子たちが生き生きと演奏していると感じました。
僕が指導する上でとても大事にしていることがあって、それは生徒の名前をとにかく覚えるっていうことなんです。練習の時に絶対名前で呼んであげたいから。例えば「トランペットの人、もっと強く吹いて」って言うより、「Aちゃん、もうちょっと強く吹いてみようよ!」って言ったほうが絶対に伝わるし、お互いの信頼も深まると思うんです。
生徒から見れば指揮は僕一人なので、れお先生って呼んでもらえるけど、僕からすると生徒たちは20人とか40人です。でもそこで名前で話せないと「1対大勢」になっちゃうんです。だから1対1で名前で呼び合えて、お互いの性格も分かるようになってはじめて、伝え方や教え方もわかるし、その結果、音楽の楽しさも伝わるんじゃないかなと思っています。
――今後バンドディレクターとしてやってみたいことはありますか。
まだ行ったことのない学校、例えば、資金的に外部の指導者を呼べない学校ってたくさんあると思うんですが、そういうところに行きたいですね。へたっぴなバンドが上手になってくのは本当に面白いんですよ。子どもに1を言ったら100になっちゃったりするんです。こっちとしてもすごいねすごいねって、感心する事ばっかり。もう、感動するぐらい面白いんです。
――ありがとうございました。今回、実際の中学校の吹奏楽部の指導の現場におじゃましての取材となりましたが、吹奏楽を単なる学校の部活動で終わらせるのではなく、生徒たちひとり一人にとって、音楽が今後の人生のよき友となるような素晴らしい指導だと感じました。指導者として、そして音楽家として山口れおさんの、今後の活躍を期待したいと思います。
※記事の情報は2020年2月25日時点のものです。
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【PROFILE】
山口れお(トランペット奏者・バンドディレクター)
1976年東京都日野市生まれ。東京音楽大学卒業。同大学オーディション合格者による演奏会、卒業演奏会・ヤマハ新人演奏会・サントリーホールデビューコンサート『RAINBOW21』に出演。日本クラシック音楽コンクール全国大会第3位入賞(1、2位なし)。在学中より在京楽団にエキストラとして参加。現在はフリー奏者・バンドディレクターとして、学校や一般の楽団での指導、その他メディアでの音楽監修やレコーディングなど多方面で活動中。金管集団【Orgia Brass Ensemble】主宰。The Fave Raves メンバー(soul)
〇主な関連作品・TVドラマ『愛くるしい』('05年)、『ドラゴン桜』('05)、『花より男子リターンズ』('07)、日曜劇場『仰げば尊し』('17)
〇映画『スウィングガールズ』('04)、『涙そうそう』('06)、『イエスタデイズ』('07)、『蜜蜂と遠雷』('19)
〇DVD『マナカナのトランペットを吹きたい人の教則DVD』(ヤマハ)、『Swing Girls First&Last Concert』(ポニーキャニオン)、『GODAIGO 2007 Tokyo 新創世記』(ユニバーサル)
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