教育
2021.05.24
藤野良孝さん オノマトペ研究家、朝日大学教授〈インタビュー〉
オノマトペは魔法の言葉。スポーツにも就活にも活用できる
「わんわん」「ドキドキ!」「サクッと」など、私たちの日常にあふれている「オノマトペ」。この擬音語・擬態語オノマトペを活用して人々を幸せにする研究を続けているのが、朝日大学保健医療学部健康スポーツ科学科で教鞭をとる藤野良孝さんです。オノマトペの持つ不思議な力のこと、その力を活用するという未開拓分野の研究に突き進んできた藤野さんの半生、そしてオノマトペを活用した実践的でユニークな講義。いろいろなお話をうかがいました。
オノマトペで説明すれば、跳び箱も跳べるようになる
オノマトペは、フランス語のonomatopeeが語源とされ、「猫がニャーニャー鳴く」「旗がばたばたと音を鳴らす」のように人や動物の声、モノや自然の音を模写して表現した「擬音語」と、「星がきらきら輝く」「歯がずきずき痛む」「心がどきどきする」のように物事の状態や心情の様子を音にたとえて表現する「擬態語」がある。
――日本は世界的に見て、オノマトペが豊富な国だそうですね。
そうですね。日本最古のオノマトペと言われているのが、「こおろ こおろ」です。イザナギノミコトとイザナミノミコトが、大地を天沼矛(あめのぬぼこ)で「こおろ こおろ」とかき混ぜて国を作ったという意味の文章が、「古事記」に出てくるんです。クルリとかグルグルに近いイメージだったのだと思います。今のところ「日本語オノマトペ辞典」(小野正弘編、小学館)には、約4500語のオノマトペが収録されていますが、漫画で使われているオノマトペや、今の若者が流行らせた「ぴえん」など、辞典に含まれていない語を合わせたら、その数は計り知れません。軽く1万は超えると思います。
――藤野さんはいつごろオノマトペに興味を持たれたのですか?
一番のきっかけは小学生のとき、読売ジャイアンツが大好きな父から野球を教えてもらったことです。長嶋茂雄さんの大ファンだった父は、教え方が長嶋流で、「ヒュッと来たボールを、パーンと打ちなさい!」といった具合でした(笑)。これが、僕には抜群に分かりやすかったんです。それに当時、漫画も大好きで、「ドカベン」では、「カキーン!」や「バシッ!」なんてオノマトペを見るたびに、イラストだけのページよりも、すごく情景が伝わると感じていたんです。
――藤野さんはオノマトペを「魔法の言葉」と呼んでいますね。
元々日本のオノマトペ研究はあくまでも文学や言語学の範疇(はんちゅう)で、表現や意味、音韻形態などが研究されていました。そうした世界のオノマトペは主として心に働きかけるものですが、僕が最初に注目したのは、体の動きなど行動に働きかけるオノマトペです。一定の運動を円滑にしたり、大きな力を発揮しやすくさせるオノマトペのことを、僕は「スポーツオノマトペ」と名付けて、言語学上のオノマトペの定義と区別して研究を進めたんです。
例えば、ただ「腕を振って走ろう」と言われるより、「腕をぐんぐん振って走ろう」と言われた方が、人は腕を思い切り振って走るようになるし、跳び箱が苦手な子どもでも、助走・手をつく・跳び越える・着地するという一連の動きを、「サーッ・タン・パッ・トン」という音のリズムを使って練習するだけで、上手に跳べるようになるんです。
それで僕は、オノマトペを「魔法の言葉」と呼んで、普及に力を入れてきたわけです。ちなみに、このトレードマークの帽子は、魔法使いをイメージしたものなんですよ!
――言葉を唱えるだけで跳べるようになるなんて、確かに魔法のようですね。
体が硬い人も、「ニャアー」と言ってから前屈を行うと、前より深く体を曲げられます。息を声に乗せて吐き出すことで、呼吸筋が収縮して前屈しやすくなるとも考えられますが、猫をイメージするだけで人は体が柔らかくなるんです。
跳び箱のように、沢山の言葉を使わないとうまく説明できない動きも、オノマトペなら「サーッ・タン・パッ・トン」で伝えられます。例えば、助走の勢いが足りない人は、「サーッ↑」と語尾を高めにするだけで自然とスピードアップします。動きやコツを普通の言葉だけで説明するのはとても大変ですが、オノマトペなら、伸ばす音や、音の繰り返し、小さい「ッ」で、いろいろなニュアンスが出せます。1語1語の意味の含有率がすごく高く、1を言って10を知らせるような力があります。また音のリズムを使って覚えるので、忘れにくくなる利点がありますね。
――一流のスポーツ選手でも、オノマトペを活用している人が多いとか。
テニスのマリア・シャラポワ選手は、大声を発してボールを打ち返していましたよね。オノマトペには、動作のときに声を出すことで、脳のリミッターを外す効果もあるんです。もともと人間は100%力を出そうとしても出ないようにできています。100%の力を発揮できるとすると、筋肉や骨にまでもダメージがかかるぐらいの力が発揮されてしまうので、個人差はありますが3割から4割程度の余力を残した形で出力されると考えられています。でも、声を出すことで体の奥に眠る潜在的な力を覚醒させ、一層力を発揮することができるんです。
それから、リラクゼーション効果、気持ちをリセットする効果もあります。卓球の張本智和選手もよく声を出していますよね。あれは脳科学的にも心をリセットするのにすごく役立っていると思います。
「オノマトペなんて......」と"上から目線"で言われ続けた日々
大学院に入って「音声心理学」に興味を持ち、藤野さんのオノマトペ研究が始まる。今でこそオノマトペ研究家として認知され、幅広く活躍する藤野さんだが、研究に目覚めた約20年前は、体の動きや行動に働きかけるオノマトペは学問として確立しておらず、研究発表しても、会場はガラガラ。「趣味の研究だね」と揶揄(やゆ)され、悔しい思いをしたという。 ――まだ誰もやったことのない、新しくて難しい分野だったのですね。 当時は世の中的にも、子どもがオノマトペを多用するとボキャブラリーが貧困になると言われていた時代で、周囲の研究者に見向きもされなかったんです。「オノマトペはボキャ貧しか使わない言葉だよ」「趣味の研究」などと言われて、心が折れそうになりました。 ――どうやって乗り越えられたのですか? 自分の生き方を明確にしました。周りにどう評価されようと、僕は成功することではなく、楽しむことを大事にしたんです。「楽しむ!」、それが僕の理想とする生き方の1つだったんだと信念をもつようにしました。 そして、2006年にアメリカで開催された国際会議で行ったプレゼンテーションが、転機になりました。はじめに「空手家」を例に、バット折りや瓦割りなどで気合を入れるときに発する声について、日本の学会では考えられない、派手な音声や写真を使って身振りを交えながら楽しんで解説したんです。これで僕の研究も終わりかもしれないという気持ちもあったので、後悔しないように思い切りやりました。そうしたら、プレゼンが終わったとき、割れんばかりの拍手が起きたんです。 ――いま藤野さんは、広く一般の方に対してもオノマトペの魅力を広げる活動をされていますよね。 2011年にフジテレビの「ホンマでっか!?TV」に出演したのがきっかけでした。でも最初は収録の日になると緊張で下痢をするし、スタジオであたふた、ビクビク、おどおどしている自分がすごく嫌でした。でも、そんな僕の態度が司会の明石家さんまさんに絶妙にヒットして、うまい具合にトークの力で魅力に変えてくれたんです。 藤野さんはいま朝日大学保健医療学部健康スポーツ科学科で教授を務め、日々、オノマトペの特徴や魅力、そしてその活用方法を学生たちに伝えている。学生たちとのコミュニケーションを大切に考えている藤野さんは、授業以外の会話の場でも、積極的にオノマトペを使っているという。 ――大学の健康スポーツ科学科では、オノマトペについて、どんなことを教えているのでしょうか。 中心となるのは、「オノマトペゼミナール」です。社会人としての基礎力の育成と、就職活動に役立つオノマトペを教えています。理論は必要最低限にして、模擬面接をやったり、自己PR動画を作ったりと、実践的なトレーニングに力を入れています。 ――学生さんたちのオノマトペに対する反応はいかがですか。 オノマトペは学生にも伝わる言葉なんだと日々実感しています。授業中に学生がざわついているときは、「静かにしなさい」ではなく、人差し指を唇の前に持ってきて小声で「シー・・・」とすると、だいたい収まります。それでも効かない場合は、大きく「シーッ!!」で大丈夫。寝ている学生には、「背筋ピーンとしよう、目ぱっちりね」というだけで、みんなちゃんとしてくれます。 ――なるほど。オノマトペはスポーツの能力向上に役立つだけではなく、もっと基本的な、人と人とのコミュニケーションにも効果を発揮するということですね。 その通りなんです! 学内でメンタリング(*1)の主管を担当していたことがあるのですが、学生が相談に来たときは、オノマトペ理論を使って、ひたすらアクティブリスニング(*2)に努めていました。 *1 メンタリング:人の育成、指導の技法の1つ。メンターと呼ばれる指導者が、主に対話による気づきや助言などで、指導を受ける者の自発的、自律的な成長を促す。 後編では、オノマトペを使った幼児教育や子育てについて、誰でもすぐに実践できるオノマトペ活用法、そして藤野さんが語るオノマトペ研究の未来像などをご紹介します!
それから僕は、オノマトペの音声研究だけでなく、そこに新たな要素を掛け算して「どうしたらもっと面白くなるのか?」を考えて、どんどん研究していこうと決めたんです。例えば、オノマトペ×教育、さらに、×工学、×心理学、×幼児教育学とか。その頃から日本での学会発表の仕方も自分らしく変えていきました。そうしたら、聞きに来てくれる方も増えて、いつの間にか雑誌や本の執筆依頼が来るようになりました。
今では、いろんな分野の研究者たちが、自分の分野とオノマトペをコラボして研究を進めてくれるようになりました。オノマトペを診療の現場で痛みの表現に活用するとか、オノマトペを使った商品名にして売り上げを増やすとか、オノマトペをロボットに覚えさせて動かすとか、多岐にわたります。近年の調査や実験で、オノマトペには、私たちが想像する以上に心や体、さらには脳にプラスの影響を与えていることが明らかになってきました。私も、脳科学者の篠原菊紀先生に研究をポートしていただくなど、研究の幅が広がっています。
それで「短所も視点を変えれば何だってプラスになる」と気づき、オノマトペを使って前向きになれる方法をもっともっと発信していこう、と心に決めました。とにかく自分が面白いと思ったことを、全力でやり切るしかないと。それからは、周りからどう思われるかなんて、全然気にしなくなりました。もう、わくわく、どきどきが止まらない状態です(笑)。
実践的な授業で、オノマトペを就職活動にも役立てる
面接時は背筋を「ピン!」として、「ニッ」と心でつぶやいて笑顔を作ってとか、モニターに向かって話すときは「じーっ」でレンズを見て、「ふっ」であごを引くとうまくいくとか、就活のための戦略をオノマトペで学ぶわけです。
特にコロナ禍でリモートの時代になってからは、オノマトペを使ってアナウンサーのような声の出し方や話し方を学べるとあって、学生たちは非常に興味を持ってくれていますね。
また「スポーツオノマトペ」の講義は、6年前に文部科学省に申請して始めたものです。これは、全国でも朝日大学でしか学べない科目です。
「うるさい!」とか「寝るんだったら出てけっ!」って大声で叫んでしまうと、攻撃的なニュアンスが強すぎて学生は萎縮(いしゅく)します。やる気も生産性も下がってしまいます。その点、オノマトペを使って注意すれば、本人が主体的に行動を変えてくれます。それは子育てにも言えます。オノマトペは愛情の言葉なんです。使っていると、人間関係がすごく良好になります。
「わーっ、すごい」とか「ほーっ、それはよかった」とか。共に感じ合うようにしています。オノマトペは柔らかい言語が多いので、心を癒す役割も果たします。こちらからはあまりアドバイスはせずに、学生が言いたいことをどんどん言ってもらう。話を聞き過ぎるぐらいが丁度よいです。それだけで学生たちは勝手に気持ちを整理して、「先生すっきりした!」と言って帰って行くことが多かったですね。
このように、オノマトペはコミュニケーションを図るのにぴったりな言葉だし、成長過程にある子どもや学生の発育・発達を効果的に促す言葉なんです。だから、もっともっと日々の暮らしや教育の現場で積極的に使ってもらいたいと思っています。
*2 アクティブリスニング:言葉や態度や目線を通して積極的に傾聴するコミュニケーション技法
※記事の情報は2021年5月24日時点のものです。
後編へ続く
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【PROFILE】
藤野良孝(ふじの よしたか)
オノマトペ研究家、博士(学術)、絵本専門士。朝日大学保健医療学部健康スポーツ科学科教授、早稲田大学オープンカレッジ講師。1977年東京都生まれ。国立大学法人総合研究大学院大学文化科学研究科修了後、文部科学省所管独立行政法人メディア教育開発センター研究開発部助教、早稲田大学国際情報通信研究センター招聘研究員、早稲田大学ことばの科学研究所研究員、スポーツ言語学会理事などを経て現職。オノマトペを活用した幼児・児童教育、スポーツ、ボイストレーニング、コミュニケーション法、コーチングなどを実践的に研究中。著書『あなたの「声」と「滑舌」がどんどんよくなる本』(藤野良孝・海保知里共著、青春出版社)、『逆上がりだってできる! 魔法のことばオノマトペ』 (青春出版社)、『マイナスな心の片づけかた』(自由国民社)、『魔法の言葉ダイエット』(河出書房新社)、『毎日の生活が楽しくなる「声の魔法」シリーズ』(くもん出版)、『まんまあーん』(三角芳子・藤野良孝共著、講談社)、『スポーツオノマトペ-なぜ一流選手は「声」を出すのか-』(小学館)など多数。NHK、民放各局のテレビ番組にコメンテーター、ゲストとして数多く出演しているほか、全国で講演活動を行っている。
公式ホームページ:https://www.onomatope-fujino.com/
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