子どもから大人まで、オノマトペで人々をハッピーにしたい

教育

藤野良孝さん オノマトペ研究家、朝日大学教授〈インタビュー〉

子どもから大人まで、オノマトペで人々をハッピーにしたい

朝日大学保健医療学部健康スポーツ科学科で教鞭をとりながら、オノマトペの研究と普及に努めてきた藤野良孝さん。インタビューの後編では、藤野さんが特に力を入れている、オノマトペを使った幼児・児童教育、誰でもすぐに実践できるオノマトペ活用法などをうかがいました。そして、藤野さんが思い描くオノマトペ研究の未来像とは――。

※「オノマトペ」の基礎知識、改革者としての藤野さんの生きざま、「オノマトペ」を活用したユニークな大学での講義などについては、前編をご覧ください。

前編はこちら

オノマトペを、幼児・児童教育の現場で楽しく活用する

「わんわん」「にゃんにゃん」「パンッ!」「ぶんぶん」など、擬音語・擬態語であるオノマトペ。藤野さんは、私たちの体や行動に働きかけるオノマトペを「スポーツオノマトペ」と呼び、その効果や使い方を学生や一般の人々に向けて発信し続けてきた。近年では、オノマトペと他の要素を組み合わせることで、その可能性をさらに広げている。その代表が、幼児・児童教育の分野だ。

――オノマトペを幼児・児童教育の分野で活用しようと思われた理由はどこにあったのでしょうか。

子どもって、楽しくないと飽きてしまうでしょう? オノマトペは楽しい言葉なので、子どもにとてもフィットするんです。特に幼児と小学校低学年は、オノマトペとの相性が抜群にいいですね。中でも親和性が高いのが、絵本です。それで僕は「絵本専門士」の資格を取って、絵本の読み聞かせを行い、子どもたちにオノマトペの楽しさを知ってもらう活動をしています。

通常の読み聞かせの場合、子どもたちは割とおとなしくじっと聞いているんですが、僕の読み聞かせでは、みんな立ち上がって動き回ります。「じゃあみんなハチさんのように動いてみようか。ぶんぶんぶん!」と言うと、みんな立ち上がって「ぶんぶんぶん!」と言いながら動いてくれるんです。

絵本専門士はふつう60分の読み聞かせで絵本を5冊ぐらい用意しておくのですが、僕の場合、すごく盛り上がってしまうので、1冊で60分かかっちゃうんです(笑)。僕がオノマトペを楽しいものだと心の底から思っているから、子どもたちも楽しんでくれるのだと思います。

――それだけ子どもたちは、絵本の世界に興味を持って集中している、ということですね。

そうなんです。だから、子どもたちが「ぶんぶんぶん!」「わんわんわん!」と楽しそうに動いている間は、僕は先に進めません。子どもがオノマトペに興味を持ってくれたのなら、そこをきっかけに、子どもたちが面白いと思ったことを問いかけていきます。「どこが面白いのかな?」「わんわんはどんな犬かな? きゃんきゃんなら子犬かな?」とか。そして、感じたことをどんどん言ってもらうようにしています。

以前の日本では、オノマトペを使っていると言語が貧弱になると言われることがありましたが、近年では、脳科学の研究で川島隆太先生も、発展途上の子どもにオノマトペはすごくいいとおっしゃっていて、ようやく、教育や子育てにおいてオノマトペの活用が推奨されるようになってきました。

藤野良孝さん オノマトペ研究家、朝日大学教授

――昨年は、幼児の道徳教育用にオノマトペ・アニメーションも制作されたそうですね。

「みんなでぶっぶー!!」(*1)です。これは「いじめ」や「からかい」が良くないということを、オノマトペを使って幼児に伝えるアニメーションです。今まで、そうした道徳教育は小学校から始まっていましたが、実際には、幼稚園や保育園でも「いじめ」や「からかい」は起きているんです。そこで、幼児でも直感的に理解できるオノマトペを使って道徳教育に役立てたいと思い、日本学術振興会の科学研究費助成事業に応募して、予算をいただきました。

この動画では、人を後ろから押したり、割り込みしたり、人のものを取ったりしてはいけないということを、「ダメダメちゃん」というキャラクターを登場させ、「ブッブー」というオノマトペとバツ印などを使って表現しています。こうした活動を発展させて、いずれは世界から「日本人は絶対にいじめをしない国民性だ」と言われるところまで、世の中を変えていきたいと思っています。

*1「みんなでぶっぶー!!」:2021年 藤野良孝(代表)、三角芳子(アニメ)、海保知里(ナレーション)、直江香世子(音楽) 日本学術振興会・科学研究費基盤研究(C)の補助を受けて作成


「オノマトペ」を日常生活で上手に使う

オノマトペの活用法は、教育の分野だけにとどまらない。誰もがすぐに実践できる、オノマトペの使い道がいろいろある。

――オノマトペを使えば、子どもたちはさまざまなことを楽しみながら学べそうですね。私たち大人が日常的に使えるオノマトペ活用法もあるのでしょうか。

オノマトペで言葉の「リフレーミング」をしてみましょう。例えば夕飯の天ぷら。ただ「おいしいよ」と言うより、「今日の天ぷらパリッと揚がってるなぁ」とか「おーっ、サックサクだね!」っと言った方が、料理してくれた人においしさを、より具体的に伝えることができると思うんです。

言いづらいことも、オノマトペを使うと言いやすくなりますよ。家族に家事を手伝ってもらうとき、「もっとはやくやっておいて」と言うより、「パパッとやっておいて」とか「サクッとお願い」の方が、言う方も言われる方も気分がいいですよね。これは家族でも友人でも同僚でも、人間関係のあらゆる場面で使えます。そこに笑顔が生まれれば、人間関係も良くなるはずです。

――なるほど。それだけで、ネガティブな表現もポジティブに変えてしまうんですね。

そうなんです! それからもう1つオススメは、朝、オノマトペを使って頭の中でその日の行動をシミュレーションすること。脳科学者の篠原菊紀先生が、仕事や勉強をする前にオノマトペを使って行動をシミュレーションすると、やる気を起こす脳の線条体(*2)が活性化することを報告しています。

僕自身、朝起きてすぐにオノマトペで1日の行動をシミュレーションしています。「大学に着いたら研究室の扉をパッと開け、スッと机に座り、朝のメールをちゃちゃっとチェック。シャキッとした気持ちで教室に向かい、ホワイトボードに向かって今日やることをスラスラ書く。バーッと周りを見渡して、寝ている子がいたら『目、パッチリだよ』とサクッと注意......」といった具合です。そんなことで本当に? と思うかもしれませんが、実際に線条体が活性化するというデータが出ているんです。やる気が出るだけでなく、1度シミュレーションしているので、感情も安定し、落ち着いて物事に当たれます。

*2 線条体 運動機能に大きく関与する脳内の構成要素の1つ。意思決定などの神経過程にも関わると考えられている。

――最新刊「あなたの「声」と「滑舌」がどんどんよくなる本」では、オノマトペを使って声と滑舌を良くする方法も紹介されていますよね。


この本には、「ニーッと口角を上げたまま話しましょう」とか、オノマトペを使った声と滑舌を良くするトレーニングが並んでいます。以前から気になっていた題材ではあるのですが、この本を作った背景には、新型コロナウイルスの影響で、オンライン会議やWeb面接、自己PR動画、マスク越しでのコミュニケーションなど、以前とは違うコミュニケーションが積極的に行われるようになったことが大きいですね。コロナ禍以前に比べ、これからの時代には、声の重要性が各段に上がっていると思います。人の心に届きやすい声と滑舌は、どんな職種の人にも欠かせないコミュニケーションスキルになっていくのではないでしょうか。

――教育にやる気アップに発声と滑舌......。本当にオノマトペは幅広い分野で役に立つんですね。

はい、そうなんです。ちなみに、実は僕、オノマトペを使った料理教室もやっていました。1回で5品ほど作るんですが、「はい、塩をパラパラふります」「ちゃっちゃっと炒めましょう」という具合に、全部オノマトペで説明していくんです。オノマトペを使うことで、味付けの加減や火の通し具合が、感覚的によく伝わるんですね。それに、何より、楽しい。だから、作り方も頭に入りやすいのだと思います。おかげさまで、料理教室はとても好評をいただいています。

藤野良孝さん オノマトペ研究家、朝日大学教授


「どっかーん!」でロケットが現れる、オノマトペミュージアム!

18年前の学会でほとんど相手にされなかったオノマトペの実用利用。だが藤野さんは「オノマトペは楽しい!」「オノマトペは役に立つ!」という確信のもと、逆風のなかを走り続けた。今ではオノマトペ活用の第一人者として知られる存在となり、世の中にもオノマトペの有効性を活用しようという動きが広がりつつある。それでも藤野さんがやりたいことは、まだまだ尽きないという。

――お話をうかがっていて、なんだかワクワクしてきました。オノマトペ研究は、まだまだ幅が広がっていきそうですね。

はい! ずっと前から気になっていることの1つが、オノマトペのマーケティング分野での活用です。オノマトペが人の購買意欲をかきたてるのに有効な言語であることは、結構以前から言われているのですが、「ジュワジュワッと肉が焼き上がりました」とか「このソーセージ、パリッ、ジュワッとしてるんです」とオノマトペを使ってアピールすると、普通の言葉で説明するより、人の心に響くんですね。オノマトペはドイツ語では〝音の絵〟という意味なんですが、パリッ、ジュワッと言われると、確かに、頭の中でおいしそうなソーセージが浮かんできますよね。やっぱりオノマトペは、深層心理やイメージに働きかける言葉なんだと思います。だから、これからもさまざまなジャンルとどんどんコラボして、新たな研究を自分から作り出していきたいと思っています。

――それにしても、思った以上に、私たちの周りにはオノマトペがあふれていますよね。

日本人の音に対する感性や感受性はすごく繊細です。だから、いろいろなオノマトペを日々生み出しているんじゃないかと思います。海外では、大人はもちろん、若者たちの間でも使われている例は少ないようです。ドイツの留学生に聞いたんですが、オノマトペは幼児言葉とされていて、大人が使ってはいけないようなムードがあると言っていました。

2020年上半期インスタ流行語大賞(*3)の流行語部門は、1位が「ぴえん」、4位が「ぱおん」でした。どちらも泣いていることを示す、若者が作り出したオノマトペですよね。この言葉、僕はすごく評価しています。「び」ではなく、破裂音の「ぴ」にしたことで、明るいイメージになっているでしょう? 悲しい涙だとしても、ちょっとポジティブな感じになりますよね。

でも、「ぴえん」も「ぱおん」も、来年くらいには死語になって辞書にも入らないと考えられます。だから僕は、今の若者の感性で作り出したオノマトペを集約して、辞書として残したいと思っています。それが時代を映す言葉だからです。たぶん、10年20年経ったらもう今使っているSNSもないんじゃないかな。すると若者たちは、また新しい環境で新しいオノマトペを作っていくのだと思います。

*3 インスタ流行語大賞:株式会社パスチャーのメディア「Petrel(ペトレル)」が定期的に発表

――最後に、藤野さんの夢を教えていただけますか。

最終的には、オノマトペミュージアムみたいなものを作りたいと思っているんです。オノマトペを通じて、子どもに夢を与えたいです。オノマトペと3D映像をリンクさせて、魔法の言葉で実体験ができるようなシアターを作りたい。

子どもが「ぱおーん」って言うと象が鳴いて、「ガオーッ!」って叫ぶと怪獣が吠えて、「どっかーん!」って言うとロケットが飛び立って目の前に宇宙の世界が広がる、とか。それって、子どもたちは、絶対に見たいと思うんです。

日本語や日本文化の普及にも役立ちそうですよね。海外からの留学生が日本語を学ぶとき、「もちもち」って叫ぶとお餅がぽよーんと出てきたり。「ぺこり」って言うと、誰かがお辞儀をしていたり。「どすどす!」って言うと、相撲の張り手シーンが出てきたり。そんなミュージアムがあったら、楽しいと思いませんか?

――確かに楽しそうです! 藤野さんは館長さんですね。

ぜひ! やりたいです、館長さん(笑)。オノマトペって楽しい言葉だし、上手に使えば必ず人生の役に立つ言葉です。そこは僕自身がそうだったから、自信を持って言えます。僕の最終的な目的は、オノマトペで、世の中の人々をハッピーにすること。そのためには、まずは子どもたちを幸せにしたい。子どもがハッピーになれば、大人も、そして世の中もハッピーになっていくはずです。だから僕は、これからもオノマトペの実践者、伝道師として、全力で人生を捧げたいと思っているんです。

藤野良孝さん オノマトペ研究家、朝日大学教授


※記事の情報は2021年5月28日時点のものです。

  • プロフィール画像 藤野良孝さん オノマトペ研究家、朝日大学教授〈インタビュー〉

    【PROFILE】

    藤野良孝(ふじの よしたか)
    オノマトペ研究家、博士(学術)、絵本専門士。朝日大学保健医療学部健康スポーツ科学科教授、早稲田大学オープンカレッジ講師。1977年東京都生まれ。国立大学法人総合研究大学院大学文化科学研究科修了後、文部科学省所管独立行政法人メディア教育開発センター研究開発部助教、早稲田大学国際情報通信研究センター招聘研究員、早稲田大学ことばの科学研究所研究員、スポーツ言語学会理事などを経て現職。オノマトペを活用した幼児・児童教育、スポーツ、ボイストレーニング、コミュニケーション法、コーチングなどを実践的に研究中。著書『あなたの「声」と「滑舌」がどんどんよくなる本』(藤野良孝・海保知里共著、青春出版社)、『逆上がりだってできる! 魔法のことばオノマトペ』 (青春出版社)、『マイナスな心の片づけかた』(自由国民社)、『魔法の言葉ダイエット』(河出書房新社)、『毎日の生活が楽しくなる「声の魔法」シリーズ』(くもん出版)、『まんまあーん』(三角芳子・藤野良孝共著、講談社)、『スポーツオノマトペ-なぜ一流選手は「声」を出すのか-』(小学館)など多数。NHK、民放各局のテレビ番組にコメンテーター、ゲストとして数多く出演しているほか、全国で講演活動を行っている。
    公式ホームページ:https://www.onomatope-fujino.com/

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