教育
2022.07.12
松本理寿輝さん ナチュラルスマイルジャパン株式会社 代表取締役〈インタビュー〉
子どもと社会がつながる環境づくりを。まちで共創する「まちの保育園」の挑戦
「まちぐるみ」で子育てをし、子どもたちと「まちづくり」をすることで、より豊かなまちにしていく──そんな考えの下、特色ある保育を行っているのが「まちの保育園・こども園」です。2011年、東京都練馬区に開園した「まちの保育園 小竹向原」をはじめ、現在は東京都内の六本木、吉祥寺、代々木上原、代々木公園で認可保育所と認定子ども園を運営しています。まちの保育園・こども園を運営するナチュラルスマイルジャパン株式会社 代表取締役の松本理寿輝(まつもと・りずき)さんに、まちの保育園・こども園での取り組み、保育や幼児教育に対する考え、保育を通したまちづくりへの思いなどをうかがいました。
園や学校は、学び方を学ぶ場所
――松本さんが"まちぐるみの保育"に着目された背景には、どのような思いがあったのですか。
子どもたちが出会う人、文化、価値観、考えなどが、もっと多様であってもよいのではないかと思ったことがきっかけでした。安心安全を確保した上で、子どもたちが社会とつながって、ワクワクする出来事を見つけたり、園外の人々と出会ったりする。そういう機会を増やしたいと思ったのが、まちの保育園・こども園をつくった当初の動機ですが、最近は"まちぐるみの保育"がより意味のあることだと感じています。
これからの学びの環境を考えたときに、園や学校が一番大事にすべきことは、学び方を学ぶ場所であることです。いい学び方は、いい学び方を知っている人と出会うこと。"ファンラーナー(fun learner)"、つまり自分が楽しみながら学んでいる人、ある領域のことを夢中で深掘りするような人と、いかに出会えるかが大切だと思うのです。学び方を学ぶための教材や、子どもにインスピレーションを与える人物は社会にいるという仮説を持っていて。だから、子どもたちが社会の人々とどんどんつながっていけるような環境をつくっていきたいと思っています。
――著書「まちの保育園を知っていますか」の中で、北イタリアのレッジョ・エミリア市の教育に大きな感銘を受けたと書かれていました。レッジョ・エミリアの教育(レッジョ・エミリア・アプローチ)のどのような点が日本の保育に必要だと思いますか。
レッジョ・エミリア・アプローチから学ぶのは、人間の可能性や豊かさです。人間は大きな可能性と豊かさを持っているのに、もしかしたらほんの一部しか使っていないかもしれません。それらを引き出すための考え方には2つの軸があります。横軸は自分の経験、つまり社会のシステムの中での役割、縦軸はコミュニティです。自分の可能性を引き出すには個人で考えるのではなく、コミュニティの中で自分では考えもしなかった価値観や出来事と出合うことが大切です。
子どもは、全身全霊で目の前の出来事を吸収しようとする"学びのプロ"ですよね。「学び力」が開かれている幼少期に、システムを超えて思考して表現する、かつ1人ではなくコミュニティで学んでいくことが、彼らの可能性を引き出すことにつながります。それは大人になってからも役立つと思います。
僕らは、子どもの学びの環境と大人のありたい社会を分けて考えてはいません。大人も子どもも、互いにファンラーナーである。それがレッジョ・エミリア・アプローチからインスパイアされたことであり、これからも日本の幼児教育に浸透させていきたいと思っていることです。
――まちの保育園・こども園では、レッジョ・エミリア・アプローチをどのように取り入れていますか。
大事にしているのは、「クリエイティブ・ラーニング(創造的な学び)」と「コミュニティ」です。コミュニティの中でクリエイティブ・ラーニングを進める方法は大きく2つあると思っています。1つはファンラーナーと出会うこと。そのために、地域の人々と子どもたちをつなげる「コミュニティコーディネーター(CC)」というスタッフや、アートの素養があり、子どもたちに新たな視点を与えていく「アトリエリスタ」というスタッフがいます。
もう1つは、言語だけで考えないということです。子どもたちの学びには、造形や絵画、ダンス、音楽といった非言語表現も大切です。子どもたちが知識を獲得していくとき、さまざまな表現言語を使いながら、多面的な思考ができるようになると考えています。そのために園にはアトリエもあります。
子どもと地域をつなげる「コミュニティコーディネーター」
――保育士とは別の役割を持つスタッフがいるのですね。「コミュニティコーディネーター」は、具体的にどのような仕事をしているのですか。
コミュニティコーディネーターは各園に1人ずついます。子どもの学びの環境や発育を支えているのは基本的に保育士ですが、子どもたちの興味関心に気づいたときに、子どもと地域の人々をつなげるのが彼らの役割です。例えば、子どもがまちを探究する中で音に興味を持っていたとき、コミュニティコーディネーターが地域で活動されている音作りに詳しいサウンドアーティストの方をお招きして音作りのワークショップを開きました。
――ファンラーナーと出会うことで、子どもたちにはどのような変化が生まれるのでしょうか。
アーティストのように大好きなことや夢中になれることを持っている人は、その世界の面白さを知っている人だから言うことに嘘がないし、伝えてくれる言葉や表現で子どもたちは「この世界は面白いぞ」って思うんですよね。
ファンラーナーと出会うことで、ただ知識を得るだけでなく、自分が興味関心のある出来事を見つけたときに没頭できる感覚を追体験することができるんです。そうした経験を通して、何かを表現する楽しさにハマっていき、自分のアイデアを表現し始めるので、それぞれの個性が伸ばされていきます。その子の得意な力が引き出されて、独自の理論が生まれてくる。それもとてもすてきだなと思っています。
親や保育士との対話文化を大切に
――親御さんとはどのようにコミュニケーションをとっているのですか。
子どもたちの日々の様子を写真と文字で記録した「ドキュメンテーション」というものを、各クラスに貼ったり、オンラインツールでシェアしたりしています。子どもたちの"学びの物語"を可視化し、親もそれを見てアイデアを出したり協力してくれたりします。
「家でもこういうことやってみよう」と、園と家庭の連続した関係性が生まれたり、親同士もコミュニティ化したり。子どもの成長ってやっぱり共通の喜びだから、園も親も一緒になって子どもが楽しく学べる環境をつくっている感じがしますね。
――保育士の学ぶ環境についてはどのように考えていますか。
一番大事なのは対話だと思っていて、保育士にはよく「たくさんの主観を集めましょう」と話しています。子どもたちが今何に興味関心があるのか、それに対してどのような提案をすればいいのかって、1人で考えるのはなかなか難しいですよね。
自分が主観的に思ったことでも、別の人から見たら違う側面もあるかもしれない。たくさんの主観が集まれば、客観的な見方に近くなり、その子の真意に迫れるんじゃないかと思うんです。もちろん研修など専門的な学びの環境も用意しますが、もっと大事なのはチームのカルチャーや対話文化だと思っています。
多世代の交流の場となるカフェ
――「まちの保育園 小竹向原」の横にはベーカリーカフェ「まちのパーラー」が、「まちの保育園 六本木」の軒下にはコーヒーとサンドイッチを扱うスタンド型カフェ「まちの本とサンドイッチ」が併設されています。保育園の隣にカフェをオープンしようと考えたのはなぜですか。
保育園を地域に開かれたものにするという意味で、まちの保育園・こども園としての挑戦ややりたいことのメッセージが伝わりやすいと思ったんです。"まちぐるみの保育"という挑戦の象徴のような場がカフェでした。
また、カフェは多世代が自分の時間を思い思いに過ごすために来てくれる場所です。ただ「オープンな保育園だから来てください!」と言われても行きづらいですよね。でもコーヒーを飲みに行くとか、本を読みに行くとか、そういう軽いきっかけなら、みんな来てくれるんじゃないかなと思って。
子どもとどっぷり関わりたい人もいれば、遠くから子どもの姿を見ていればいいという人もいる。カフェはそうした距離感のデザインができて、それぞれが好きなように過ごす場を提供してくれるところが良いと思いました。
あと重要なポイントは交流ができるということです。いろんなイベントや交流の時間をつくれるので、地域の人同士、親同士、子どもと地域が出会う場所になるのがいいなと。
――「まちのパーラー」や「まちの本とサンドイッチ」のパンは、東京・練馬にある人気のパン屋「パーラー江古田」が担当しています。「パーラー江古田」には松本さんからお声がけしたのですか。
はい。僕が「パーラー江古田」のファンだったんです。当時から人気で、こんなにおいしいパンを作る人が地元にいるんだったら、この人とやるしかないと思いました。ただ、オーナーの原田浩次さんが常々「2店舗目をつくるつもりはない」とお話しされていたことは聞いていたので、丁寧に趣旨を説明して「一緒にやってもらえないか」と話したところ、「2店舗目をつくるつもりはないが、あなたと一緒に新しいお店ならつくれる」と言っていただきオープンしたのが「まちのパーラー」です。
彼も教育には思いがあり、いろいろ語り合いました。「もっといろんな人や興味がある領域に出会ったほうがいい。だから園を開くってすごく大事だよね」とおっしゃっていて、思いが一致しました。ご協力いただいたというより、一緒につくったという感じです。
全ての子どもたちにすてきな人生の始まりを届けたい
――「まちの保育園 小竹向原」の開園から今年で11年が経ちますが、保育やまちづくりの手応えについてはどのように感じていますか。
地域のつながりの輪が広がっていく感覚を持ち始めています。保育園がまちづくりの拠点であり、まちづくりをするためのひとつのきっかけになる。そんな役割を担える存在だと実感しています。子どもの育つ環境が地域によって支えられるだけでなく、地域の高齢者にとってもウェルビーイング(well-being)*1につながっていくことを目指しています。
例えば、子どものお祭りを高齢者と一緒に立ち上げたり、高齢者のレクリエーションに子どもが参加したりすることで、「元気になる」という声をよくいただきます。一番印象的だったのが「おしゃれをして街に出かけるようになった」というおばあちゃんの声です。うれしいですね。
また、地域の活動に参加する若者も増えました。それは地域にとって良いことだし、若者にとっても友達や好きな場所が増えることにつながります。僕たちは"全ての子どもたちがすてきな人生の始まりを送るための社会の挑戦に参加している"と思っています。そのために国の施策にも自分たちの経験を届けていきたいし、業界や社会へのインパクトを少しずつつくっていきたいです。
*1 ウェルビーイング(well-being):肉体的、精神的、社会的に満たされた健康な状態を意味する概念。
ニューロダイバーシティを広める挑戦
――今、新たに取り組んでいる挑戦はありますか。
最近、「ニューロダイバーシティ(Neurodiversity)*2」を広める取り組みに挑戦しています。いわゆる自閉症やADHD(注意欠如・多動症)は、脳の感じ方の多様性であり、生物学的にはバラエティーのひとつなんです。それにそうした特性を持つ人たちは、社会がどうあるかということにとらわれずに、大事な本質に気づいて夢中になれるという性質があるんですね。実際、アメリカのシリコンバレーで活躍する人たちの約3割は自閉症の症状を持つともいわれています。
だから彼らが活躍できる社会をどうつくるかを考えると、一人ひとりのウェルビーイング、ひいては社会全体の利益につながると思うんです。僕らは新しいことに気づいて次の時代を開いていけるような才能を育てて引き出す役目を持っていますが、そのときにニューロダイバーシティはすごく大事になると思います。
*2 ニューロダイバーシティ(Neurodiversity):神経多様性。Neuro(脳・神経)とDiversity(多様性)という2つの言葉が組み合わされて生まれた、「脳や神経、それに由来する個人レベルでのさまざまな特性の違いを多様性と捉えて相互に尊重し、それらの違いを社会の中で活かしていこう」という考え方。特に、自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症、学習障害といった発達障害において生じる現象を、能力の欠如や優劣ではなく、「人間のゲノムの自然で正常な変異」として捉える概念。
※経済産業省「ニューロダイバーシティの推進について」より引用
――「ニューロダイバーシティ」について、具体的にはどのような取り組みを進めているのでしょうか。
今年4月、「ニューロダイバーシティ・サロン」というイベントを開催し、「脳の多様性がひらく子ども・子育て・社会の可能性」についてお話ししました。ニューロダイバーシティのアプローチは、実は全ての子どもたちの天才性を引き出すというようなことも見えてきています。自閉症やADHDなどと診断された子どもたちだけを対象にするのではなく、全ての子どもたちに開かれた形で学びの環境をつくろうと取り組んでいます。
子どもの創造性のファン
社会共創を進めながら、子どもの環境を耕していきたい
――これからやってみたいと思っていることはありますか。
まちの保育園・こども園の挑戦の本質は、社会との共創にあると思っています。社会共創を進めながら、いかにして子どもの学びの環境をつくっていけるか、みんなと面白く考え続けていくことが僕の一番の喜びです。社会のファンラーナーと子どもたちをつなげることもひとつの共創ですが、園の在り方も社会との共創によって見出し、つくり直していきます。あるべき園の姿にとらわれずに、コミュニティと一緒に研究したり学んだりして社会共創を進めながら、環境を耕していきたいと思っています。
保育・幼児教育はこれからの10年間が大きな変換期になると思うので、国の動きや社会のムーブメントをつくっていく参画者でありたいと思います。研究や共創の中で気づいたことを政策として国へ提言することも、自分たちのできる範囲でやっていきたいです。それによってソーシャルインパクトを広げていきたいと考えています。
――本日取材させていただき、子どもたちについて語るときのお顔が一番輝いているように感じました。
子どもの成長がやっぱり一番の喜びです。もちろん子どもの環境をみんなとつくっていくのが僕の仕事ですが、一番原動力になっているのは、子どもたちが成長する姿です。僕は子どもの創造性のファンなんですよ。子どもが見せてくれる創造性や発想力にいつも驚かされています。子どもと一緒にいると人間として豊かになれる感じがするので、なるべく園にいたいし、子どもと関わっていたいです。子どもからエネルギーをもらって、保育への思いを社会に届けていきたいなと思いますね。
――取材中も絶えず子どもたちの楽しそうな声が聞こえてきて、私も微笑ましくなりました。子どもと親、地域の人々、それぞれの出会いを大切にし、みんなで社会をつくりあげていく思想や"まちぐるみの保育"への情熱に触れ、日本の未来は明るいと感じました。すてきなお話をありがとうございました!
※記事の情報は2022年7月12日時点のものです。
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【PROFILE】
松本理寿輝(まつもと・りずき)
ナチュラルスマイルジャパン株式会社 代表取締役。
1980年東京都生まれ。一橋大学商学部商学科卒業後、2003年博報堂に入社。3年後に退職し、仲間と不動産ベンチャーを立ち上げる。その後、学生時代から温めていた保育の構想の実現のため、2010年ナチュラルスマイルジャパン株式会社を設立。2011年東京都認証保育所(のちに認可)「まちの保育園 小竹向原」を開園。現在は、六本木・吉祥寺・代々木上原・代々木公園で認可保育所と認定子ども園を運営している。著書「まちの保育園を知っていますか」(小学館)。
まちの保育園・こども園
https://machihoiku.jp/
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