【連載】シリーズ小説「2020年の食卓」
2021.06.02
洸院
学食
人類の歴史に深く刻まれるであろう2020年、私たちの日常生活は予想もしなかった方向に変わりました。今まで外にばかり目を向け新しい仲間を求めていた人々が一斉に足を止め、ずっと自分の後ろに存在し続けていた家や家族を振り向く......そんな感じでしょうか。気を遣わずに眠れるベッド、好きな食べ物が置いてある棚、だらしなく過ごしても許される場所、癒しのステイホーム。そこに生まれる小さなドラマをお届けします。
第1志望の国立大学に合格したのが去年の春。
高校の3年間あまり遊ばなかったせいで僕は大学生活を楽しみにしていて、小学1年生のように「友達100人できるかな」と歌いたい気分だった。たくさんの仲間と一緒に過ごす時間が待ち遠しくてたまらなかったのだが......。まるで足をすくわれたように世界はコロナ禍に突入。以来、すっかりオンライン授業に慣れてしまっている。
「キミたちはサボれなくて大変だねぇ」
画面の向こうで老教授はそんなことを言う。
確かに居眠りしている姿が映ったら恥ずかしいし、カメラが壊れましたと嘘をついてサボっても、せいぜい寝ころんでスマホゲームをする程度。
講義によってはブレイクアウトセッションがあり、ランダムに割り振られたグループルームに4、5人ずつ分かれて話をするため、大学から支給されているタブレットの前を離れることはできないのだ。
このブレイクアウトセッションは授業の一環として行われるものだから、話すテーマも順番も決まっていて、会話を楽しむという感覚にはほど遠い。しかし誰かと喋るのは息抜きになる。
リモート講義で親しい友達もできぬまま1年が過ぎようとしていて、せっかくの大学生活の4分の1を失ったも同然だと思った僕は、そのブレイクアウトセッションを利用して、ある企画を立てた。グループワークで一緒になった人たちを終業後に誘い、オンライン昼食会を開催したのだ。
題して「オンライン学食やってます」......ランチタイムに各自が昼食を持ってタブレットの前に陣取り、雑談しながら食べるのである。
その第1回、分割された画面には10人ほどの顔が並んでいた。参加者は5、6人だろうという予想に反し、初日から10人も集まったのは、やはりみんな人恋しいせいか。その10人が、それぞれ何かを食べたり飲んだりしている。
やり方はリモート飲み会と同じで、声が重ならないように話したい人が手を挙げ、複数いた場合は進行役の僕が指名する。名前は画面に出ているから、お互いに覚えていなくても問題はない。まず全員がスタートの挨拶をしたあと、茶髪の男子がさっそく手を挙げた。
「相田くん(僕のこと)、オマエが食ってるの何? おかんの料理か?」
「違うよ、自分でしゃぶしゃぶやってんの」
「マジかよ! 学食にしゃぶしゃぶなんか無いってぇの」
分割された画面のみんなが一斉に笑う。薄切りの豚肉を鍋で泳がせながら、僕も一緒に笑った。しゃぶしゃぶは笑いを取るためにチョイスしたメニューだったので、大成功だ。
続いてメガネの似合う真面目そうな男子が手を挙げた。
「赤いパーカーの林さん、さっきからずっと下向いてない? 何してるの?」
聞かれた女子が顔を上げ、タブレットの位置を変えて自分の手元を映す。その途端、まさに画面が割れんばかりの大喝采が巻き起こった。
「タコ焼きはやめろ! オレ、ジュース噴いた」
次々と手が挙がる。
「ひとりタコパかよ」
「なんか手つき良くない?」
「学食が開いたらタコ焼きプレート持って行くつもりだろ」
参加者の大半はカップ麺やパン、コンビニ弁当だが、僕のしゃぶしゃぶと林さんのタコ焼きがウケて、初日なのに盛り上がる。同級生という気安さも手伝い、和気あいあいとした雰囲気が生まれた。
派手なワニ柄のシャツを着た長髪の男子が手を挙げる。
「もしかしてさ、流しそうめんやってるヤツがいたりして」
するとショートカットで大人っぽい雰囲気の女子が手を挙げた。
「あ、アタシ。流れてないけどそうめん食べてるよ」
「そういえば、揚げたそうめんって美味しいよね。生野菜に混ぜてもいいし」
僕が言う。今日はウケ狙いでしゃぶしゃぶにしてみたが、もともと料理好きなのだ。
それというのも......
母親には「手のかからない子ね」と言われてきた。地域の中核病院の看護師として働いている母は、夜勤もあって不在がちだった。そのせいで僕は小学生の頃からひとりで買い物をし、簡単な料理を作って、ひとりで食事できるように育てられたのである。
ちなみに父親からは「金のかからない子だ」と妙な褒められかたをした。理系の私立大に一浪で入学した挙げ句まだ留年中の兄や、私立高から別の私立高へ転校した妹に比べれば「金のかからない子」なのだろう。
僕の家庭の事情はさておいて、第1回のリモート昼食会「オンライン学食やってます」は大成功。大学支給のタブレットを使うためハードルが低く、ランチタイム1時間だけで退出も自由だから、参加者は徐々に増えていきそうだ。
もちろん何も喋らず、ただ同級生の話を聞きながら食事したって構わない。リアルな学食でもよく見かけるタイプである。
メンバーの中には大学の近くでひとり暮らしをしている人、親と同居している人、中には地方の実家に帰ってしまった人もいて、それぞれの暮らしぶりがよく分かる。
単に昼ご飯を食べるという限定された内容の割にはいろいろなことがあり、飼い猫が画面を覗き込んだり、お婆ちゃんに何度も隣室から「ちゃん付け」で呼ばれてしまったり、カノジョの写真が映っていたり......と、親密になりやすいネタが盛りだくさんだ。
大学が平常に戻ったら本物の学食で集まろうと約束しながら、僕の新しいキャンパスライフは、タブレットの中でようやくスタートしたらしい。
了
※記事の情報は2021年6月2日時点のものです。
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【PROFILE】
洸院(こういん)
小説家、エッセイスト。より多くの人々に『文字から得られる感動や楽しさ』を味わっていただくため、新しい時代に即した親しみやすい文芸の在り方を模索し続けているノンジャンル作家。本シリーズのテーマは、平易な日本語で綴る純文学です。
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