親子の合い言葉

JAN 8, 2021

ペンネーム:熱帯夜 親子の合い言葉

JAN 8, 2021

ペンネーム:熱帯夜 親子の合い言葉 どんな出会いと別れが、自分という人間を形成していったのか。昭和から平成へ、そして次代へ、市井の企業人として生きる男が、等身大の思いを綴ります。

 息子は今年7月で20歳になる。ついこの前まで、「パパー!」と言って玄関まで走って迎えに来て抱きついてきたような気がするが。

 今は、
「ふーん」「あーそう」「じゃ」
 こんな言葉が会話の大半である。
 時として、
「少し話したいことがあるんだけど」
 なんて言われて、おっ何だと少し期待して話してみれば、お金の無心だったり。


 それでもひと月に1度ぐらいは、2人で1時間ほど話すこともあったり。まあ自分もその歳の頃は、親とべったりなんてないわけで、1人の人間として正常に発育しているのだろうと思っている。最近話したのは、本音と建前の話である。息子の人生でも、いろいろな人と出会うことも増え、その人の数だけ人間関係が生まれる。そんなときに、本音では違うことを思っていても、正直にそれを伝えるといろいろと支障があるときに、本音ではないことを言ったりする。それが本当に誠実に生きることなのかと悩むらしい。


 これは難しい問題である。私にも結論が出せない。誠実かと問われれば、誠実では無いかもしれない。でも正直に伝えることだけが誠実なのか、ケースバイケースで異なる気もするのである。人間関係を壊さないことばかりに気を取られても、本当に間違ったことへ進んでしまう危険もある。断ち切らなければならない関係もあるだろう。ただ大半は上手く折り合いを付けていることがほとんどのような気がする。本音を押し殺して、上手く合わせて生きていくのも限界がある。だからこそ、親子は本音でいたいものである。そんなことも息子に伝えた。時としてそれは親子喧嘩につながってしまうかもしれない。それでもお互いに愛情を持てていれば、一時ぶつかっても、また話せるようになる。


 そんな本音で語れる相手が、親以外にも何人かはいてほしい。きっとすでにいるのだと思うが。そんなことがあれば、何となく自分の不誠実な部分との折り合いやバランスが取れていくのではないだろうか。


 そんな息子との20年間にわたる付き合いの中で、彼が12歳の頃までは、私との間に合い言葉のようなものがあった。何となく息子に元気がないな、とか、大切な試合の前に不安そうな顔をしている息子にかけていた言葉である。


「○○ちゃんとパパは仲良し!○○ちゃんはパパの宝物!」
 文字にすると何とも恥ずかしいものである。
「○○ちゃんとパパは?」と私が問いかけると、息子が 「仲良し!」と答え
「○○ちゃんはパパの?」と私が問いかけると、息子が 「宝物!」と答える。
 これをやると不思議と息子に笑顔が戻り、表情が和らいだ。


 4歳ぐらいの時に2人で旅行に行き、夜なれない宿で寝るときに少し不安になっているときにも、布団の中で合い言葉。

 幼稚園のお泊まり保育に行く前にも玄関先で合い言葉。

 学童野球のピッチャーでピンチを迎えたとき、監督である私がマウンドに行き、そこでも合い言葉。

 何でもないこの言葉が不思議と息子に平常心を思い出させ、ピンチを脱してきた。魔法の言葉である。


 私も亡き父との間に大切な言葉がある。合い言葉ではないが、「男は黙って耐える」という言葉だ。息子と私の間の合い言葉とは全く意味合いが異なるが、私にとっては薄れゆく父との記憶の鮮明な1つの欠片である。父が伝えたかったことは分からないが、私は自分がピンチのときに自分に言い聞かせている。ここを耐えて、ひたむきに進んでいれば、必ず道が開く、そんなときに心で反芻(すう)する。不思議とピンチから脱するのである。


 言葉というものは面白い。冒頭に書いたが、誠実さを表現するのに最も使われるのが言葉である。と同時に取り繕ったり、あるときにはごまかすのも言葉である。人間が意思疎通をするために最も多用する言葉。それは文字の羅列であり、音の羅列であるのだが、一人一人のバックグラウンドや、思い、を背負っている。大切なことを伝える重要なツールである。時として武器にもなり得る。


 言葉のお陰で私は息子と20年間、いろいろな思いを共有してきたと思う。思いの伝え方は言葉だけではないが、私と息子の間には大切な言葉が存在してきた。いつの日か、息子に子どもが出来たりして、その子と息子がどんな言葉を交わすのか。いや、そんな先のことよりも、これから人生の後半を迎えている私と息子はどんな言葉を交わしていくのか。とても楽しみである。


 1週間ほど前に息子に幼少期の合い言葉を憶えているか? と聞いてみた。返ってきた言葉は、「何だっけ?」。

 やはり忘れてしまったか。寝室に入る息子が私に向かって、
「仲良しだし、宝物だよ、俺はあんたの」
 と言った。

 心が温かくなる瞬間だった。お前とはずっと仲良しで、私の宝物だからな!

 さあ、明日からも胸を張って生きていこう。


※記事の情報は2021年1月8日時点のものです。

  • プロフィール画像 ペンネーム:熱帯夜

    【PROFILE】

    ペンネーム:熱帯夜(ねったいや)

    1960年代東京生まれ。公立小学校を卒業後、私立の中高一貫校へ進学、国立大学卒。1991年に企業に就職、一貫して広報・宣伝領域を担当し、現在に至る。

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