【連載】仲間と家族と。
2023.11.21
ペンネーム:熱帯夜
夢へ向かって
どんな出会いと別れが、自分という人間を形成していったのか。昭和から平成へ、そして次代へ、市井の企業人として生きる男が、等身大の思いを綴ります。
2023年9月に息子が、とある地域の教員採用試験に合格した。順調にいけば2024年4月から小学校の教員になる。
彼は、高校3年の春に腰椎分離症という大けがを負い、10年間続けてきた野球人生の集大成となる夏大会への出場が絶望的になった。その時に裏方に徹し、ピッチングコーチとして同級生、下級生ピッチャーと接した。高校以前でも小学校、中学校でも後輩に教えたり、アドバイスをしている姿は見ていたが、自分がプレイできない中でチームに、チームメイトに役に立つことと考えたようである。
その経験が彼を教育の世界へ向かわせる大きなきっかけになった。奇跡的に夏大会には出場できたのではあるが、夏大会そのものよりも、その前の2か月間が彼にとっては人生を決める大きな時間だったのかもしれない。
その経験を経て、彼は小学校の先生を目指すという選択をした。夢は、日本や世界の将来の人材を育てること、豊かな人生を送れる基礎を育むこと、様々なハンディキャップを持っている人も含めて誰も置き去りにしない教育を実践すること。そんなことを夢としてここまできた。
大学の選定も明確で、将来のために必要な資格を取れる大学、そこでの実践的な教育を受けられる大学ということで自分で選んで進学した。実際には事前に自分が思うよりもハードなカリキュラムで、そこに自主的に大学以外の機関のカリキュラムが加わったので、途中でくじけそうだったこともあったのではないかと思うが。
それでもいくつかの試験を経てやっと採用試験に合格できたことは一つの区切りとしてよかったと思う。ただし、今回の採用試験合格は企業でいうところの内定を得たということである。つまりは社会人としてのスタートラインに立つ資格を得たに過ぎない。
思い返すこと32年前に私もとある企業の内定をいただき社会人となった。大学でいろいろとあり、専門として研究してきた道ではなく、全く異なる企業へ就職を決めた。そのあたりはいずれ書きたいと思うが、不安と期待が交互に押し寄せてくる中、入社を待っていた。そして実際に入社してみると、仕事は本当に大変で覚えること、学ぶこと、そして知識だけでなく、立ち振る舞いや言動など学生時代とは全く別の世界がそこにあった。
学生時代には先輩といってもせいぜい数年上の人たちであったが、社会人となると数十年上の人もたくさんいて、社内・社外含めると無限の人たちに囲まれていく。一生懸命に考えたつもりでも、未経験さもあって全く役に立てない瞬間の連続である。それでも自分の大学までの夢を捨てて選んだ道だったし、運よくやりたい仕事ができる会社に入社できたので踏ん張れたように思える。
3年もたつと仕事も少し見えてきて達成感のようなやりがいも出てきた。いろいろな人と仕事を進める面白さも味わえてきた。それはほんの一瞬の充実感なのだが、その何倍も大変な思いをするからこその達成感だった。32年たった今思うのは、仕事で少しでも達成感が得られることは幸せだということだ。
息子もこれから教育現場に進み、まずは同じ立場の先輩・上司との関係、生徒との向き合い、親御様との向き合い、地域との向き合いなど今までの経験など比べ物にならない経験をする世界に入っていく。夢は教師になることではないだろう。教師になることは夢を実現する目標のひとつでしかなく、どのような教師になって、どのようなことを実践していくのか、そしてその先に何を実現していくのか、これが夢だと思う。8月の終わり、ふたりで夕食に出かけたとき酒を酌み交わしながらそんな話をした。
高校時代に自分の進路を決め、そこに向けて努力をして、いまその一つの目標を達成できた。ここからだ。親御様も私の幼少期とは異なり、共働き、シングルなど男女問わず働かれることが普通になっている。また教育現場で実施することと家庭で実施することとの区別が難しくなってきている気がする。誰一人として同じ人間はいない、つまり個性を生かすことと必要最低限守るべきことを教えることに悩むことも多くなる。でもそこに踏み込んで、将来の宝である子どもたちと真正面から向き合う教師になってほしい。
私の知らない世界に進んでいく息子。彼が経験していくことを、願わくば私にも教えてほしいと思う。お互いに全く違う道を進むことになった。いや私を見て企業に勤めるなんてまっぴらごめんだと思ったのかもしれない。それでも良いじゃないか。自分の選んだ道を進めることは幸せだ。そしてどうしてもの時は変えたって構わない。これからも創造力たくましく、進んでいってほしい。
※記事の情報は2023年11月21日時点のものです。
-
【PROFILE】
ペンネーム:熱帯夜(ねったいや)
1960年代東京生まれ。公立小学校を卒業後、私立の中高一貫校へ進学、国立大学卒。1991年に企業に就職、一貫して広報・宣伝領域を担当し、現在に至る。
RANKINGよく読まれている記事
- 2
- 筋トレの効果を得るために筋肉痛は必須ではない|筋肉談議【後編】 ビーチバレーボール選手:坂口由里香
- 3
- 村雨辰剛|日本の本来の暮らしや文化を守りたい 村雨辰剛さん 庭師・タレント〈インタビュー〉
- 4
- インプットにおすすめ「二股カラーペン」 菅 未里
- 5
- 熊谷真実|浜松に移住して始まった、私の第三幕 熊谷真実さん 歌手・女優 〈インタビュー〉
RELATED ARTICLESこの記事の関連記事
- 親子の合い言葉 ペンネーム:熱帯夜
- 小学5年生の決断 ペンネーム:熱帯夜
- 最後の夏、最後のバッター ペンネーム:熱帯夜
- 息子の野球 ペンネーム:熱帯夜
- ターニングポイントの出会い ペンネーム:熱帯夜
NEW ARTICLESこのカテゴリの最新記事
- 老いてなお、子どもみたいな探究心 小田かなえ
- モビリティジャーナリスト・楠田悦子さんが語る、社会の課題を解決するモビリティとそのトレンド 楠田悦子さん モビリティジャーナリスト〈インタビュー〉