中島さち子|音楽と数学を融合させたSTEAM教育で心躍るワクワク体験を

音楽

中島さち子さん ジャズピアニスト、数学研究者、教育家〈インタビュー〉

中島さち子|音楽と数学を融合させたSTEAM教育で心躍るワクワク体験を

数学研究者であり、ジャズピアニストであり、メディアアーティストであり、STEAM(スティーム)教育者であり、そして2025年に開催される大阪・関西万博のプロデューサーにも就任された中島さち子さん。その多岐にわたる創造性の源泉はどこにあるのでしょうか。インタビュー後編では数学と音楽の関係、そしてSTEAM教育、さらに大阪・関西万博のお話などをおうかがいしました。

前編はこちら

考えてみたら、数学と音楽はよく似ていた

――大学卒業後ジャズピアニストとして活躍されていた中島さんが、再び数学に関わるようになったのはどんなきっかけだったのですか。


2006年に子どもが生まれるまでは自由奔放に音楽をやっていたんですが、子どもを持ったことで少し活動のスタンスが変わって、ライブ活動は続けながら、より社会に関わり、貢献する仕事をしたいと思うようになりました。教育系の仕事はそれまでも行っていましたが、より深く関わるようになり、2012年からは教育系企業へ勤務もはじめました。ある時、ふと音楽や数学や教育や......、自分がやってきたことを俯瞰(ふかん)してみたら、数学と音楽って実は似ているんだなと思うようになりました。それが2014年ぐらいです。その頃から、講演などに呼ばれて、そういう話をするようになりました。

Composing your own Music, Math and Life! : Sachiko Nakajima at TEDxTodai



――数学と音楽とでは、どんなところが似ているのですか。


まず、やはり両者ともに、創造が鍵となる世界だということ。できるできないではなく、より本質は何かを繰り返し問いながら、新しい自分なりの視点・世界観を自由に繰り出していく必要があり、その点は非常によく似ていると思います。道具や表現手法が少し違うだけ。やはり、創造には、論理と感性(直感)の両方の交錯が必要だと感じます。創造の最後の飛躍には感性が必要になりますし、一方で感性だけにしばられていると時に見えなくなっていることがあり、論理が、もっともっと自由な多角的な世界をばっと見せてくれることがある。また、具体的にも、音楽の中にも数学はたくさん隠れていますよね。例えば譜面はグラフだってよく言われますよね。五線譜上にあるルールで音が散りばめられているところがすでに数学的です。そして楽譜に現れる対称性もかなり数学的ですよね。それにもともとギリシャ哲学のピタゴラスの頃から音と数学の美しい関係はよく言われていました。


ピタゴラスで有名なのは鍛冶屋さんが金属をコンコンと叩いて、その音がドとソのように協和する響きの時、その金属の長さを比較してみたら3対2だったり、4対3だったりと、数値としてもきれいな比だった、というのがあります。また楽器の音色に関しても、音の中に2倍音、3倍音などといわれる倍音成分がどう混じり合うかが鍵であったり、リズムや音の配置にもその背景には数の世界や建築的な構造が広がっています。音楽を聴いて感動するその背景には、実は数学的な美しさが潜んでいるんです。


音楽を聴いて感動するその背景には、実は数学的な美しさが潜んでいるんです


著書「人生を変える『数学』そして『音楽』
(講談社、2012年)

著書「音楽から聴こえる数学」
(講談社、2018年)


――ちなみにジャズの演奏と数学は似ていますか。


感覚的には数学とジャズの演奏も似ていると感じますね。数学って熟考している時に直感的にひらめいたことが実は正解だったりすることがあります。そしてジャズの即興演奏でも、相手に反応しながら直観を織り交ぜていくようなイメージがあります。また技術のみに頼るのではなく、音の本質を探りながら演奏することも、数学をする姿勢とよく似ていると思います。


さらに言えば、渋さ知らズの演奏スタイルもかなり数学っぽいなと思いますね。渋さ知らズのリーダーの不破大輔さんは、ダンドリストといって、楽譜がない全くフリーな演奏を手振りや身振りで制御していろんな方向に先導するのですが、時々メンバーの意表を突くような全く音楽のロジックから外れた方向に強引に持っていくことがあります。予定調和になりそうになると、創造的な破壊というか、あえてぶち壊すんですよ。演奏してるとけっこう驚くんですが、結果的に音楽の風景がガラリと変わって新しい地平が広がることがあって、あれはさすがだなと思います。マイルス・デイヴィスもそういうところがありますが、常に状況を更新すること、変わり続けることで何かを生み出そうとする姿勢も、数学に近い気がします。


――変わり続けながら、何かを創造するというところが数学とジャズの類似点なのでしょうか。


そうですね。ジャズであっても数学であっても、やっぱり何かを自分で生み出すところが面白いと思うんです。プロの数学者や音楽家にならなくてもいいので、何か新しいことを生み出す楽しさを体験できれば、その人の世界って広がると思うんですよね。その楽しさをより多くの人に拡げたいという思いがあったから、私の関心が教育に向いていったというのもあります。




ニューヨーク大学で、音とアートに関わる作品を

――中島さんは昨年までニューヨークに留学されていましたが、どんな勉強をされていたのですか。


2017年に勤めていた教育系の企業を退職し、同じ年の9月に株式会社steAmを立ち上げるのと同時に、留学にも興味をもち、フルブライト奨学金を得ることができました。そこで、2018年の9月から2020年の6月までの2年間、ニューヨーク大学芸術学部の修士課程ITP(Interactive Telecommunications Program)に留学し、日本での仕事と並行して新しい学びを深めることにしました。ITPとは、ニューヨーク大学のアートスクールのテクノロジー部門みたいなところで、アートとテクノロジーの狭間に、いろんな人がいて。それこそエンジニアみたいな人もいるけれど、音楽家もいるし、デザイナーもいる。そこで何をやってもいいので、とにかく創造するというところでした。最高な2年間でした!


ニューヨーク大学で、音とアートに関わる作品を



――ニューヨーク大学ではどんな作品を作ったのですか。


やっぱり音がらみの作品が多かったです。例を挙げると、中国の友人と3人で作った作品で「金、石、糸、竹、匏、土、革、木を触ると音楽が生まれる」というものがあります。中国には「八音」という考え方があって、全ての音は、木、竹、シルクといった8個ぐらいの音でできているというものです。そのアイデアを使って、金、石、糸、竹、匏(ふくべ:ひょうたん)、土、革、木の8つの要素を配置し、触ると音が出るようになっています。さらに出てきた音を可視化できるように、振動板の上に塩のようなものを撒いて、音が出ると周波数に反応して模様みたいな波紋が出る、そんな作品を作りました。またそれの発展型で、私の娘がスライムにハマっていたので、スライムを触ると音が出るという作品もあります。

金、石、糸、竹、匏、土、革、木を触ると音楽が生まれる/音の視覚化
(Collaborative Installation: by Sachiko Nakajima, Chenhe Zhang, Sid Chou)

Slime Music
(LET'S PLAY SLIME/(fake)SILKWORM MUSICAL INSTRUMENTS)



――中島さんは、音を使ったメディアアートでどんなことを目指しているのですか。


2つ目的があります。まず1つは、楽器が弾けなくても、音とインタラクトできて、自分が音楽を創造する楽しみが味わえること。直感的なものを通じて「作る」が味わえたらいいと思っています。 もう1つは、私はニューヨークが大好きですけど、やっぱり欧米人はプラクティカルで、人とモノを区別して考えているんです。でも日本人の感覚ってもうちょっと人とモノや自然が融合していますよね。そんな日本人的な感性を生かして、人間じゃないものと共存することのプレイフルネスを表現したいなと思いました。例えばスライムの声を聴くというような、「八百万の神」的な感覚を音で表現したいと考えました。




音楽やスポーツを通じたSTEAM教育で、より多くの人にワクワクやドキドキを!

――中島さんは2017年に、STEAM教育を行うため「株式会社steAm」を立ち上げています。その経緯と目的を教えてください。


株式会社steAmという社名は、教育の世界で世界的に注目されている「STEAM」という言葉に由来しています。そもそもSTEAMとはScience(科学)、Technology(テクノロジー、実用学)、Engineering(工学)、Arts(芸術)、Mathematics(数学)の頭文字を組み合わせたもので、理数教育に創造的な教育を加えた分野横断的な学びのことです。私はsteAmという会社を立ち上げることで、より多くの人に私が音楽や数学で味わってきた「ワクワク」や「ドキドキ」の体験を伝えたいと思いました。


――中島さんが目指してるSTEAM教育とは、音楽と数学を組み合わせて、ワクワクすること、ドキドキする新しい学びを提供するということですか。


はい。steAmでは「Playfulな世界を拡張し、一人ひとりの創造性をひらく」をスローガンにしています。教育と言っても「勉強する」ことと「新しいものを生み出す」ことは全然違うことで、私は音楽であっても数学であっても、何かを生み出すことが面白いと思っています。プロの音楽家や数学者にならなくても、STEAM教育という形で創造の楽しさが味わえるような場を作り、創造によって視点が変わるというような体験が提供できたらいいなと思っています。


中島さんが目指してるSTEAM教育



――steAmでは主にどんなことをされているのでしょうか。


例えば直感的なものを通じて「作る」ということが味わえたらいいなと思って、小学生を対象にスライムを触ると鳴るといったワークショップをしたり、社会人を対象に数学x○○講座をできるだけ体験的にインタラクティブに開催したり。群馬では、歩きx健康をSTEAMする形で、実際に四万の自然の中を歩いたり歩数計を作ったり探究したり。徳島・北海道・沖縄の専門高校をつないでSTEAMロボティクスプログラムをしたり、メディアアートプログラムで子どもたちが自由に動くWeb作品を作ったり......。とにかく、いろんな知や体験が掛け合わされることで生まれる、魔法のようなもの(みんなの中の創造性を引き出す魔法)を大事にしています。3月には、経産省「未来の教室」の"STEAMライブラリ"で、Playful Coding をはじめ、かなりいろんな21世記のSTEAMリテラシーや数学などのプログラムも無償公開予定です!


スポーツを通じたSTEAM教育もやっています。私がジャズを演奏しながら瞬時にいろんなことを判断しているのと同じように、スポーツが好きな人ってゲーム中にここに行くとよいとか、この瞬間はこういう動きをしよう、などと膨大な情報量を瞬時に処理して判断しています。


そんな動きをゲーム後に俯瞰して分析してみると、その時の動きの理由やロジックが見えてきます。もちろん答えは1つではないし、別のアクションをしていたら相手の動きも変わりますから複雑なモデルにはなりますが、ある程度数学的に解き明かしていくことができます。


今、ラグビーでそのようなSTEAM教育の取り組みをしているのですが、試合中直感的にやっていることを後で言語化し、それを共有することで、それまであまり考えずにプレイしていた子や、球技が苦手でただただ怖いからボールから逃げていた子が試合中に結構いいポジションを取ったり、いい感じの動きをするようになる、という変化が出ています。


このように今まで経験や直感に頼っていた部分を抽象化、言語化する、また数理的にモデル化にすれば、より複雑に応用できますし、ほかの人にそのスキルが提供できます。さらに別のスポーツ、別のことにも応用できるかもしれません。


株式会社steAm

株式会社steAm




関西・大阪万博でも、体験の場を作りたい

――STEAM教育とは今までとは違うスタイルの学びなんですね。


今までの学びは、あらかじめ録音されている音楽のように、子どもに合わせてパッケージングして提供するものでした。でもSTEAMの学びは、何が起こるか分からないライブみたいなもので、学びそのものが躍動するもので、学びそのものが体験となるものです。


さらに言えば、学びは子どものためだけのものではなく、大人にだって楽しめるものにした方がいいと思っています。大人も子どももプレイフルでいられる社会にしていきたいですし、そのための学び、体験を提供したいと考えています。


大人にだって楽しめるものにした方がいいと思っています



――超多彩な分野で多忙な中島さち子さんですが、2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)のテーマ事業プロデューサーにも就任されました。どんな万博にしたいとお考えですか。


大阪・関西万博は、今からちょうど4年後の2025年に開催予定で、テーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」です。私が担当するテーマは「いのちを高める」で「遊びや学び、スポーツや芸術を通して、生きる喜びや楽しさを感じ、ともにいのちを高めていく共創の場を創出する」ということなので、まさに今お話ししたSTEAMの延長線上にあります。万博についてはまだハッキリとしたことはお話しできませんが、より多くの人にとって「自分が関わっている」と思える場、体験を作りたいと考えています。事前だけでなく事後も含め、なるべく多くの人を巻き込んで仕掛けていきたいと思っています。


――事後もあるんですか。


できれば事後に「0歳から120歳までのチルドレンズミュージアム」を作りたいんです。私がニューヨークに留学してとても楽しいと思ったのはミュージアムでした。インタラクティブに参加者が関われる仕組みや、予定調和になりきっていなくて、いるだけで楽しくなるようなミュージアムがたくさんありました。例えばマンハッタン子供博物館やニューヨーク・ホール ・オブ ・ サイエンス、リバティーサイエンスセンターなど。今はもう、ミュージアムっていう時代でもないかもしれませんが、万博後にミュージアムになって、そのリアルなミュージアムに対してバーチャルなものがあって、という感じになればいいと思っています。


――そのほかに今後やっていきたいことがあったら教えてください。


私、いつもやりたいことが多すぎて困っているんですけど(笑)。経済産業省が「

未来の教室~learning innovation~」をやっていて、そこでもSTEAMをうたっているので、そういうところをつなげながら、新しい学び、創造、ワクワクを作り出していきたいです。学校の先生方、保護者の方々、もちろん子どもたち、さらに研究者、スポーツマン、芸術家だったり、それこそ音楽家なんかも、巻き込んでいきたいと思います。


それと個人としても音楽も数学も大好きなのでそれらの世界で何かを創造する人間でいたいと思っていますし、創造を通じて、社会に価値を還元しつつ、自分自身も楽しいと思えることがやりたいですね。



――STEAM教育や大阪・関西万博、そして未来の教室などで力を入れている中島さち子さん。その根源にあるのは数学やジャズで味わったワクワク、ドキドキ感をより多くの人々に伝えたいという熱い想いでした。今後の中島さんの活躍を、全力で応援したいと思います。


大阪・関西万博2025
2025年大阪・関西万博


※記事の情報は2021年2月19日時点のものです。

  • プロフィール画像 中島さち子さん ジャズピアニスト、数学研究者、教育家〈インタビュー〉

    【PROFILE】

    ジャズピアニスト、数学研究者、教育家、メディアアーティスト。1979年生まれ。東京大学理学部数学科卒業。幼少時からピアノや作曲に親しみ、高校2年生の96年に国際数学オリンピックインド大会で日本人女性初の金メダルを獲得。大学時代にジャズに出合って本格的に音楽活動を開始、フリージャズビッグバンド「渋さ知らズ」に参加しながらソロ活動も活発に行った。2017年に株式会社steAmを設立し、最高経営責任者(CEO)としてSTEAM教育の普及に努めている。著書に「人生を変える『数学』そして『音楽』」、「音楽から聴こえる数学」(講談社)、絵本「タイショウ星人のふしぎな絵」(文研出版、絵:くすはら順子)ほか、音楽CDは「REJOICE」、「希望の花」、「妙心寺退蔵院から聴こえる音」ほか。国際数学オリンピック金メダリスト(日本人女性唯一)。内閣府 STEM Girls Ambassador(理工系女子応援大使)。経済産業省「『未来の教室』とEdTech研究会」研究員。日米リーダーシッププログラムフェロー/フルブライター。NY大学 Tisch School of the ArtsのITP (Interactive Telecommunications Program) M.P.S.

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