輝け! 極私的「うたヘタ」グランプリ【前編】

【連載】創造する人のためのプレイリスト

スーパーミュージックラバー:ケージ・ハシモト

輝け! 極私的「うたヘタ」グランプリ【前編】

クリエイティビティを刺激する音楽を、気鋭の音楽ライターがリレー方式でリコメンドする「創造する人のためのプレイリスト」。今回のテーマは歌、しかも、いわゆる上手い歌ではなく「うたヘタ」。技術的な上手さが高く評価されがちな風潮に真っ向から逆らう、ケージ・ハシモトさんのあくまで極私的なベスト10。まずは10位から6位までをご紹介します。

カバーフォト:池谷 恵司

近頃はカラオケの採点機能を使って、点数やリズム・音程の正確さを競うことが流行っているようだが、音楽を心から愛する者として嘆かわしいことである。歌とは、楽器を演奏するように、ただ正確であればいいというものではない。それが筆者の考えだ。


歌はメロディであると同時に、言葉であり、その人の叫びであり、つぶやきでもある。ただ単に音程やリズムの正確さを追い求め、それがカラオケの採点で満点だったとしても、その歌がいいとは限らない。ましてや心を打つとは限らない。正確無比な歌唱を極めるのであれば、それこそ初音ミクの領分である(もちろん、初音ミクの特性を十全に活かして表現された楽曲には、また別の魅力があることはよく承知している)。だからこそ、ここで高らかに宣言したい。歌とは「うたヘタ」こそ最高なのだ。


とはいえ、それは単に音程やリズムが悪ければいいという浅薄な評価軸ではない。人の心を動かし、励まし、時に慰めつつ、さらに「これなら俺でもいけるんじゃないか?」という期待すら抱かせる。それこそが素敵な「うたヘタ」だ。今回は、そんな「うたヘタ」の私的ランキングをお送りする。



〈目次〉

10位 チェット・ベイカー「My Funny Valentine」


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まずは10位。1950年代のウェストコースト・ジャズを牽引したジャズ・トランペッター、チェット・ベイカー(Chet Baker)である。彼は甘いマスク、クールなトランペットのサウンド、そして中性的でアンニュイなボーカルで絶大な人気を獲得した。


彼のボーカルの魅力が決定づけられたのは1954年の名盤「Chet Baker Sings」だが、録音当初、プロデューサーや共演するジャズ・ミュージシャンたちは、そのピッチの不安定さと素人っぽさに困惑し、「本当にこれを世に出すのか」と猛反対したという。それほどまでに、当時の基準からすれば規格外の「うたヘタ」だったのだ。だが、結果としてささやくような声量で、気負いなくトランペットのフレーズをそのまま声に置き換えたようなスタイルは、後に海を越え、ボサノバ第1世代のジョアン・ジルベルトらにも「これでもいいのだ」という大きな勇気と影響を与えたのである。


ただし今回YouTubeで取り上げたのは、全盛期でもある1954年の「Chet Baker Sings」のものではなく、晩年のライブ録音である。いかにも当時のジャズマンらしい、ボロボロとも言える波乱万丈の人生を経て、より深く、そして枯れた味わいのボーカルが楽しめるバージョン。果物は腐る直前に熟成が進んで甘味が出るが、それをやや越えたぐらいの甘味と苦味があり、まさに地獄を見たものだけが歌える、甘いラブソングだ。そのボーカルは1分30秒頃から聴けるのでぜひ味わってほしい。

9位 アントニオ・カルロス・ジョビン「Águas de Março」


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次はランキング9位。アントニオ・カルロス・ジョビン(Antônio Carlos Jobim)。ボサノバは1950年代後半、ブラジル・リオデジャネイロの中産階級の若者たちを中心に生まれた新しい音楽である。彼らはアメリカから流れ込んできたクールジャズやウェストコースト・ジャズに強い影響を受け、そのエッセンスを取り込みながら、土着的なサンバをより都会的で洗練された音楽へと再構築していった。


そんな彼らを大いに勇気づけたのが、さきほどのチェット・ベイカーだ。これは単なる文献からの聞き書きではない。筆者は実際に、ボサノバ第2世代の重鎮であるロベルト・メネスカル本人から直接話を聞いたことがあるのだ。彼らは本当にチェットから多大な影響を受け、「自分たちも大声を張り上げず、つぶやくように歌っていいのだ」と勇気づけられたのだと語っていた。


ジョアン・ジルベルト、そしてアントニオ・カルロス・ジョビンの歌い方は、まさにチェット直系の「うたヘタ」である。技巧をひけらかすのではなく、親密な距離感で独り言のように歌う。これがなんとかっこいいことか。


その素朴な声と洗練されたジャズの技巧的な和声が結びついた時、ボサノバはそれまでになかった新しい響きを獲得した。そして面白いことに、ジャズからインスピレーションを受けて生まれたこの音楽は、のちにスタン・ゲッツをはじめとする数多くのジャズマンたちから熱烈に愛され、逆輸入される形で本場アメリカのシーンを席巻していくのである。


ここで取り上げたのは、ボサノバの至宝、アントニオ・カルロス・ジョビンが自ら歌っている「Águas de Março(邦題:3月の水)」。筆者がボサノバで最高の歌だと信じて疑わない名曲である。

8位 ボブ・ディラン「Like a Rolling Stone」

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次はランキング8位。ボブ・ディラン(Bob Dylan)の「Like a Rolling Stone」だ。彼の歌は、まさに「言葉」である。その言葉は、メッセージとなり、歌うべき場所にあるメロディをやすやすと追い抜かしていく。だから彼が歌うたびにメロディはまるで生き物のように姿を変えるのだ。さすがはノーベル文学賞受賞者。文学の枠を広げて彼に賞を授与したノーベル委員会も、実に粋だなと思う。


しかも今回取り上げたのは、ザ・バンド(The Band)をバックに引き連れたライブ・バージョンである。叩きつけるようなすさまじい言葉の連打と、荒々しくうねるロックサウンドのエネルギーで観客を激しく煽り立てる。その圧倒的な熱量と言霊は、まるでマーティン・ルーサー・キング・Jr.牧師の歴史的な演説「I Have a Dream」を彷彿とさせるほどだ。


ディランの凄みは、現在に至るまで演奏活動を続けていることにある。かつて来日時のテレビ・インタビューで、「巨匠なのに、なぜ今もライブを続けているのですか?」という問いに対し、ディランは「それは井戸掘り職人に、なぜ井戸を掘るのですか、と聞くようなものだ」と答えていた。歌うことは、彼にとって生きることそのものなのだ。


ちなみに筆者自身も数回、ディランのライブに足を運んでいるが、近年はその「うたヘタ(あるいは究極の独自解釈)」ぶりに拍車がかかっている。メロディが原曲からあまりにもかけ離れ、というかほとんどお経のようになっていて、サビになるまでどの歌を歌っているのか全く分からないことが何度かあった。だが、それこそが、予定調和を拒み、今もなお"井戸を掘り続ける"ディランの、紛れもない「生きている歌」なのである。

7位 ムーンライダース「Who's Gonna Die First?」


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次はランキング7位。ここで日本代表としてムーンライダースの「Who's Gonna Die First?」(1991年)を送り込もう。


当然、日本人にも素敵な「うたヘタ」はたくさんいる。特にフォーク系にその傾向が強いのは、さきほどのボブ・ディランの影響だろうか。高田渡、友部正人、あがた森魚(あがた・もりお)......あるいはごく初期の荒井由実だって、かなりの「うたヘタ」だと言っていい。もし本記事が好評であれば、いずれ「うたヘタ日本編」もがっつりとやってみたいところ。


さて日本のロック史の中でも、最長寿級のキャリアを誇るバンド、ムーンライダースだが、彼らの何が素晴らしいかと言えば、キャリアを重ねてもなお、その核心にある「アマチュアリズム」が全く失われていない点である。特にフロントマンである鈴木慶一の「うたヘタ」ぶりは、実に素晴らしい。


これだけの長きにわたって音楽シーンの第一線で活動していれば、技術的にはついつい「上手く」なってしまいそうなものだ。しかし、彼はいつでも、あの絶妙に美味しい、どこか危うくて最高にチャーミングな「うたヘタ」を保ち続けている。狙ってできるものではない、まさに芸術的な味わい深さだ。


この「Who's Gonna Die First?(誰が最初に死ぬか?)」というシニカルで切実な楽曲においても、彼の"ヘタウマ"なボーカルが乗ることで、おどろおどろしさは消え、生身の人間が持つユーモアと愛おしさが立ち上がってくる。ちなみに、Who's Gonna Die First? で言えば、残念ながらすでに2人のメンバー(かしぶち哲郎氏、岡田徹氏)が鬼籍に入ってしまった。しかしこの曲の得体の知れないエネルギーとアイロニカルでヤバイ歌声は今も色褪せることがない。

6位 ロン・セクスミス「Secret Heart」


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次はランキング6位。ここからの上位ゾーンは、これまでの単なる「うたヘタ」のラフな魅力だけではない、ある意味技巧的とも言える領域に入っていく。おそらく天然ではない、自覚的で、より「滋味深いうたヘタ」であるとでも言おうか。


まずはカナダのシンガーソングライター、ロン・セクスミス(Ron Sexsmith)の「Secret Heart」を取り上げたい。1964年生まれの彼は、1995年に本作を収録したメジャー・デビュー・アルバムを発表する前、地元で音楽活動を続けながら郵便配達員として働いていたという。これまた「うたヘタ」的な、泣かせるエピソード! こんなにも美しいメロディを口ずさみながら手紙を届ける郵便配達員がいたのだ。


その彼のスタイルは、決して声を張り上げず、朴訥(ぼくとつ)と語りかけるような温かみがある。そしてそれがかえって、彼の紡ぐ楽曲のシンプルさと完成度の高さを極限まで引き立てている。


かのエルヴィス・コステロがその才能にいち早く惚れ込み、自身のツアーのオープニング・アクトに抜擢。「これから10年は聴き続けられる傑作だ」とデビュー作を手放しで絶賛した逸話はよく知られている。しかし、筆者に言わせれば「10年」など到底生ぬるい。1995年のリリースからおよそ30年。今日に至るまで愛聴し続けているが、その朴訥とした声とメロディには、ただの一度たりとも飽きたことがないのだ。


彼の歌は、例えるなら旬の極上素材を生かした料理を、飾り気のないシンプル極まりない皿に載せて食べさせるようなものだ。大自然の恵みをダイレクトに味わうジビエ料理というか、魯山人の料理というか、あるいは一切の無駄を削ぎ落とした精進料理というか......すでにそうした求道的な域に達している気がするのだった。


※記事の情報は2026年6月2日時点のものです。


後編(6月5日公開予定)に続く

  • プロフィール画像 スーパーミュージックラバー:ケージ・ハシモト

    【PROFILE】

    ケージ・ハシモト
    あるときは音楽ライター、あるときはミュージシャン、あるときはつけ麺研究家と正体不明の超音楽愛好家。音楽の趣味もジャンルレスでプライスレス。

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