
【連載】創造する人のためのプレイリスト
2026.06.05
スーパーミュージックラバー:ケージ・ハシモト
輝け! 極私的「うたヘタ」グランプリ【後編】
クリエイティビティを刺激する音楽を、気鋭の音楽ライターがリレー方式でリコメンドする「創造する人のためのプレイリスト」。今回のテーマは歌、しかも、いわゆる上手い歌ではなく「うたヘタ」。技術的な上手さが高く評価されがちな風潮に真っ向から逆らう、ケージ・ハシモトさんのあくまで極私的なベスト10をお送りします。後編では、ベスト5をご紹介。映えある第1位に輝くのは?
カバーフォト:池谷 恵司
近頃はカラオケの採点機能を使って、点数やリズム・音程の正確さを競うことが流行っているようだが、音楽を心から愛する者として嘆かわしいことである。歌とは、楽器を演奏するように、ただ正確であればいいというものではない。それが筆者の考えだ。
歌はメロディであると同時に、言葉であり、その人の叫びであり、つぶやきでもある。ただ単に音程やリズムの正確さを追い求め、それがカラオケの採点で満点だったとしても、その歌がいいとは限らない。ましてや心を打つとは限らない。正確無比な歌唱を極めるのであれば、それこそ初音ミクの領分である(もちろん、初音ミクの特性を十全に活かして表現された楽曲には、また別の魅力があることはよく承知している)。だからこそ、ここで高らかに宣言したい。歌とは「うたヘタ」こそ最高なのだ。
とはいえ、それは単に音程やリズムが悪ければいいという浅薄な評価軸ではない。人の心を動かし、励まし、時に慰めつつ、さらに「これなら俺でもいけるんじゃないか?」という期待すら抱かせる。それこそが素敵な「うたヘタ」だ。今回は、そんな「うたヘタ」の私的ランキングをお送りする。
〈目次〉
- 5位 マイケル・フランクス「Popsicle Toes」
- 4位 ポール・ブキャナン 「Mid Air」
- 3位 レナード・コーエン「Hallelujah」
- 2位 トム・ウェイツ「Tom Traubert's Blues」
- 1位 バート・バカラック「Alfie」
5位 マイケル・フランクス「Popsicle Toes」
後編は、ランキング5位のマイケル・フランクス(Michael Franks)から。「Antonio's Song(邦題:アントニオの歌)」で広く知られる、AOR(Adult Oriented Rock)を代表するシンガーである。カリフォルニア州出身の彼は、もともと文学を専攻し、大学で教鞭をとっていたという異色の経歴を持つ。1973年のデビュー以来、ジャズやボサノバのエッセンスを取り入れた洗練されたサウンドと、知的な言葉遊びを織り交ぜた歌詞で、独自のスタイルを築き上げてきた。
筆者がとりわけ愛してやまないのは、1976年に発表された初期の名盤「The Art of Tea」。初めてFMラジオで耳にした時、「なんてかっこいいんだろう」と強烈に惹きつけられた。当時(そして今も)根っからのギター少年だった筆者がこの作品を聴き始めた理由は、名手ラリー・カールトンがギターで参加していたからだ。しかも、このアルバムのバックを固めているのは、彼をはじめとする名バンド「ザ・クルセイダーズ(The Crusaders)」のメンバーたち。言うまでもなく、ラリーのギターや彼らが織りなす極上のアンサンブルはまさに絶品である。しかし、それに心地よく寄り添うマイケル・フランクス自身のボーカルがまた、とてつもなく素晴らしいのだ。
今回は、その名盤の中から「Popsicle Toes」を選んだ。徹底して力の抜けた粋な歌い方は、洒脱そのもの。ウィスパー・ヴォイスでメロディの上を滑るように語りかけるそのスタイルは、どこかポール・サイモンを思わせる。決して声を張り上げず、クールで知的な余韻を残す「大人のうたヘタ」。当時の筆者は彼の音楽を聴きながら、「ああいう大人になりたい」と強く憧れたものだった。まあ、結局なれなかったのだが。
4位 ポール・ブキャナン 「Mid Air」
ランキング4位は、イギリスのシンガー、ポール・ブキャナン(Paul Buchanan)の「Mid Air」。
この曲を知ったのは、リチャード・カーティス監督の映画「アバウト・タイム〜愛おしい時間について〜」(2013年)の挿入歌としてだった。タイムトラベルを題材にしたこの映画自体も大変素敵だったが、劇中で使われている音楽がまたどれも本当に素晴らしかった。中でも格別に心を奪われたのが、この曲である。
ポール・ブキャナンは、スコットランド出身のシンガーソングライター。1980年代から活動し、寡作ながら熱狂的なファンを持つ伝説的なバンド「ザ・ブルー・ナイル(The Blue Nile)」のフロントマンとして、その憂いを帯びた独自の音楽世界で高く評価されてきた人物だ。本作は、そんな彼が2012年に発表した初のソロ・アルバムの表題曲である。
とにかく、彼のその声に痺れた。そして、その「声」という最高の素材を最大限に生かす、ピアノを中心とした極限までシンプルな演奏がまたいい。ピアノだって決して技術的に上手いわけではない。テンポもゆらゆらと揺らいでいて、いかにも彼自身がポツポツと鍵盤を叩きながら歌っているのだろうという生々しさがある(実際に、彼自身による弾き語りである)。
さらに、聞こえないぐらいうっすらと背後に入るストリングスの響きも心憎いほど粋だ。声もピアノも、完璧にコントロールされたものとは程遠い。しかし、これが最高に素敵なのだ。日常の疲れや、ガチガチに固まった心を静かに、そして優しく溶かしてくれるような、魔法のようなうたヘタである。
3位 レナード・コーエン「Hallelujah」
ベスト3である。ここからは「神域」と言っていい。ランキング3位に推したいのは、カナダ出身の詩人でありシンガーソングライター、レナード・コーエン(Leonard Cohen)だ。曲はもちろん、彼が生み出した至高のマスターピース「Hallelujah」(1984年)である。
楽曲の構造は実にシンプルで、サビで歌われるのは「ハレルヤ」という言葉の繰り返しだけだ。ちなみに、このタイトルから彼をキリスト教の牧師や神父だったと誤解している人もいるかもしれない。だが、彼はもともとユダヤ教の家庭に生まれ、後年にはロサンゼルスの禅センターで日本の臨済宗の禅僧として出家まで果たしたという、極めて深く特異な精神の探求者である。
そんな彼の歌唱は、ほぼ「お経」である。地の底を這うような、呪術的で深い低音。メロディを歌い上げるというより、自身の紡いだ詩の重みを一つずつ置いていくようなそのスタイルは、もはや「うたヘタ」という評価軸をあっさりと置き去りにし、ひとつの神聖な儀式のような凄みを帯びている。
この削ぎ落とされた祈りのような歌は、ジャンルを超えて非常に多くのアーティストに愛されてきた。現在までに300以上の公式カバーが存在するとされ、現代で最もカバーされる楽曲のひとつとなっている。シンガーだけでなく、ジャズ・ミュージシャンがインストゥルメンタルで演奏することも多く、筆者自身もこれまで幾度となく、さまざまな場面でこの曲を耳にしてきた。
今回は、コーエンのオリジナル版に加えて、ジェフ・バックリィ(Jeff Buckley)による伝説的なカバー版も併せて紹介しておきたい。コーエンの地響きのような原曲とは対照的に、天使の叫びにも似た危うく美しい歌声を聴かせるこのバージョンもまた、必聴である。
Jeff Buckley - Hallelujah (Official Video - Live at Bearsville)
2位 トム・ウェイツ「Tom Traubert's Blues」
そしてランキング2位は、トム・ウェイツ(Tom Waits)。彼は、あのイーグルスがカバーした名曲「Ol' '55」を手がけた稀代のソングライターであり、シンガーであり、さらには俳優としてジム・ジャームッシュ監督の映画「ダウン・バイ・ロー」などで最高に渋い演技を見せる、唯一無二の存在だ。前出のレナード・コーエンのように、世界中で無数にカバーされるようなタイプではない(というより、誰もあの特異なスタイルを完全にはコピーできないのだ)。しかし、ブルース・スプリングスティーンやキース・リチャーズ、エルヴィス・コステロなど、彼の大ファンであると公言してはばからない超大物アーティストは数え切れない。
その理由は、彼が持つ圧倒的な「悪声」にある。酒とタバコで焼け焦げたような、通常なら到底歌手の声とはみなされない声。デビュー当時からすでにすさまじい声だったが、近年の声はさらに擦り切れ、もはや何を言っているのか分からないぐらいだ。だが、そこには言語を超越したすさまじい迫力が宿っている。そして何より奇跡的なのは、その地獄から響いてくるような悪声で歌い上げられるメロディが、驚くほどロマンチックで、宝石のように美しいことだ。その声とメロディのコントラストは、ぜひ世界遺産に登録していただきたいと本気で思うほどである。
数え切れないほどの名曲があるが、ここでは「Tom Traubert's Blues」を挙げておく。筆者は、とある場所で聴いたこの曲の響きを、きっと一生忘れることはないだろう。ちなみにYouTubeのリンクのバージョンは近年のもので、さらに声が熟成しているので、アルバムバージョンに加えてこちらも楽しんでほしい。
1位 バート・バカラック「Alfie」
そして栄えある第1位。バート・バカラック(Burt Bacharach)の「Alfie」である。
1位が本職の歌手ではないことに、あるいは異論を唱える向きもあるかもしれない。しかし、3位のレナード・コーエンや2位のトム・ウェイツが表現を極めた「神域のうたヘタ」だとすれば、このバート・バカラックは、天然というか、ほんとうの「ヘタ」――というか、もはやただの「鼻歌」なのだ。
バカラックといえば、20世紀のポップス界を代表する希代のメロディメーカーである。「Raindrops Keep Fallin' on My Head(邦題:雨にぬれても)」や「(They Long to Be) Close to You(邦題:遥かなる影)」をはじめ、数え切れないほどのスタンダードナンバーを世に送り出し、世界中の音楽家からリスペクトされ続けた偉大な作曲家だ。だがそんな彼自身が奏でる鼻歌は、どんな名歌手の洗練されたバージョンよりも、不思議なほど深く心に染み渡る。
数ある自身の傑作の中でも、彼が「一番好きだ」と語るこの「Alfie」を、ピアノを弾きながらぽつりぽつりと歌い始める時(YouTubeでは2分55秒あたり)の、あの素敵さはなんだろう。技巧的な上手さは微塵もない。しかし胸が震えるのは、おそらく、音楽の神に愛されたバカラックに、ふわりと神が憑依した瞬間を、私たちが目撃しているからかもしれない。「うた」とは、こうありたいものだ。その究極の理想が、ここにある。
いかがだっただろうか。これが私の極私的「うたヘタ」ランキングである。チェット・ベイカーやディラン、そしてバカラックがカラオケボックスに赴き、採点機能付きのマイクを握って歌ったとしたら、散々な点数になるだろう。しかしその「うたヘタ」は心に深く突き刺さる。その不器用なつぶやきや叫びこそが「うた」の最も美しい姿だと私は信じている。
※記事の情報は2026年6月5日時点のものです。
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【PROFILE】
ケージ・ハシモト
あるときは音楽ライター、あるときはミュージシャン、あるときはつけ麺研究家と正体不明の超音楽愛好家。音楽の趣味もジャンルレスでプライスレス。
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