暮らし
2025.08.26
山脇りこさん 料理家・エッセイスト〈インタビュー〉
山脇りこ|毎日のごきげんを貯める大人のひとり旅のススメ
コロナ禍以降、さまざまな形の「ひとり時間」の過ごし方に注目が集まる中、人気が高まっている「ひとり旅」。しかし、興味はあっても、経験の有無や家庭の事情などで、なかなかチャレンジできないという人も少なくないはず。そんな「ひとり旅初心者」にとって心強い先輩が、料理家でエッセイストでもある山脇りこ(やまわき・りこ)さんです。旅は大好きだけど、長年、ひとり旅には行っていなかった山脇さんは、49歳の時にひとり旅の魅力を再発見。今は20代の頃とは違う「大人のひとり旅」を楽しんでいるそうです。初めての旅エッセイ「50歳からのごきげんひとり旅」に続く、新たな旅エッセイの発売も控えた山脇さんに、ひとり旅の魅力や、楽しみ方のポイントなどを教えていただきました。
文:丸本 大輔 写真:木村 文平
――山脇さんが50歳を目前に、ひとり旅を楽しむようになったきっかけを教えてください。
学生の時はひとり旅もしていましたが、旅好きの夫と結婚してからは、ひとりで行くことはなくなりました。49歳の時、友達から台湾の台南へのグループ旅行に誘ってもらったんです。忙しい時期でもあり、色々なことは全部お任せして、私はみんなが立てたプランについて行く旅でした。
その旅行中に、急ぎの仕事で私だけ先にホテルへ帰ることになったんです。そうしたら、ある先輩が「ひとりで大丈夫?」と声をかけてくれて。内心、少しびっくりしたんです。優しく心配してくださっただけなのですが、私って、そんなに頼りない人に見えたのかなって。
そして、自分ではひとり旅もできるつもりでいたけど、もしかしてできなくなっているのかも、となんだか心配になって。というのも、自分はひとり旅もできる人でありたかったから。それで、試してみようかなと思ったのが、またひとり旅をするようになったきっかけです。
――久しぶりのひとり旅は、どこを訪れたのですか?
台南旅行の後、しばらくは時間がなくて行けなかったのですが、長崎の実家へ戻った帰り、京都にひとりで行ってみようと思いました。当時、母の体調が良くなくて、よく長崎へ帰省していたんです。その度に、心配や不安や悲しみや、複雑な思いを抱えていて、そのまま東京へ帰ると、しばらく立ち直れない日々でした。そこで新幹線で東京へ戻る前に、ひとりで京都に寄ってみようかなと。そこで、気持ちを切り替えられるかも、と思ったんです。
でも、京都に着いた瞬間からありえないぐらい緊張して、全集中でやらないと何もできないみたいな感じになってしまって。京都は何度も訪ねている大好きな街なのに、「あれ、私はなぜひとりで来ようと思ったんだろう。大丈夫?」と。それでも、まずはホテルに荷物を置いて、いろいろ歩き回り、いよいよ気になっていたお店に晩ご飯に行ってみようという時間になりました。でも、これが最大の難関で......私、ひとりご飯が大の苦手なんです。
――普段もあまりひとりご飯には行かないのですか?
東京にいる時は、まず行きません。ただ、ひとり旅ではどこかに入ることになるなぁと思って、事前に調べていて。そのお店ならカウンターがあるし、ひとりでも行けそうと思っていたのですが、お店の前まで行ったのに中に入れなくて......。結局、私の好きなお店の鯖寿司を買って、デパートの地下で地酒を買って、ホテルの部屋でひとりで食事しました。
お店に入れなかったことでちょっと凹んだんですけど、まあ、これもひとりならではかなぁと思ったりしました。ただひとり旅が楽しいのかどうか、この段階では、まだよく分からなかったんです。
――久々のひとり旅の初日は、あまり楽しめなかったのですね。
その日は早く寝て、翌朝ランニングしようと思いました。私が楽しく走れる往復5km圏内に清水寺があって、しかも、その日は朝6時から拝観できるということで早起きをして行ったら、本当に素晴らしくて。いつも観光客で激混みの清水の舞台がほぼ貸し切り。板張りの床にゆっくり座って、素晴らしい景色を独り占めしました。
清水寺のすぐ近くの大谷墓地に間違えて入っちゃったので歩いていたら、朝早くからお墓参りに来ているお婆ちゃんがいたり、帰りに円山公園を抜けて走っていたら、体操をしているお爺ちゃんがいたり。その土地に暮らしている人たちに出会えて、自分も京都で暮らしているような気分になりました。それが良かった。朝って、そこに暮らしている人のものだなぁと。
――旅先で、旅人じゃない気分を味わえた?
はい。ひとり旅の醍醐味は朝にあり、と思うきっかけになりました。おいしいお弁当を買って東京に帰り、食べながら夫にこの話をして、それもまた楽しかったんです。夫も私が機嫌よく話してるのを見て、ひとり旅がリフレッシュになるんだなと思ってくれたみたいです。
ひとり旅に行くためには、2つのハードルがあると思います。1つは、内なるハードルで、自分にできるかどうかという不安や心配。行ったことない方はもちろん、私と同じように久しぶりな場合もハードルはあると思うんです。もう1つは、外にあるハードル。家族がいる場合、理解してもらえるか? 何と説明するか?
――確かに、急に「ひとり旅に行きたい」と言い出すと、家族には少し驚かれるかもしれませんね。
ちゃんと説明して、家族を説得しなきゃいけないお家も多いと思うんです。逆の立場で、夫が急にひとり旅に行きたいとか言ったら、私も「え? なんで?」となりそうだし(笑)。私の場合、京都旅行がリフレッシュになって、機嫌よく帰ってきたので、次からも「いいんじゃない」となりました。
それに、私の主なひとり旅は、夫や友人と旅行する時に数日、先に行く前乗りスタイルなんです。前乗りは(説得の)ハードルも低いので、すごくおすすめです。先にひとりで行きたいところを回っておいて、家族が来たら一緒に行った方が楽しい場所に行って、両方満喫できます。何より、最後は一緒に帰るから罪悪感ゼロです(笑)。
ひとり旅は「自分とのふたり旅」
――今、山脇さんにとってひとり旅で過ごす時間は、どのような時間になっていますか?
ひとり旅って結局、脳内で自分との会議を繰り返す、いわば「私とのふたり旅」になります。その時に悩んでいることや仕事で迷っていることがクリアになることもよくあります。あと、24時間100%自分の時間だから、私のやりたいことだけをやるので、「私、こういうことが好きなんだな」って、新しい自分に気づくみたいなこともあったり。20代の頃のひとり旅では、何か学びたいとか、新しいものを見たいとか、外に目が向いていましたが、今は私との時間。それが、とても大切なんです。
――自宅などでひとりの時間を過ごすのとは、また違う感覚ですか?
家族がいるとなかなかひとりにはなれないですし、ひとりでも家にいると何かしらやることがありますよね。ながら家事とか。そういう時は自分とふたりにはなれていないのかなぁ。やはり違います。
――完全にオフモードになれる旅先でひとりという状況が特別なのですね。では、今、山脇さんがひとり旅に行きたいと思うのは、どんな時ですか?
私、隙あらば常に旅に出たい人で、365日、旅のことを考えているんです。必ずしもひとり旅ではなくても。だから、すごく辛い時とか嫌な時に行きたいとかではなくて、カレンダーを見て「この2日間、東京にいなくてもいいじゃん」みたいな日を見つけたら、旅の計画を立てます。
――東京にいなくて良い日は、旅行に行きたいというのは、本当に旅が好きなのですね。
前世は、遊牧民族だったのかなと思うくらい(笑)。本当は、仕事のことは忘れて120%オフになりたいのですが、仕事がなくなるまで待っていたら、いつまでも旅に行けない。そこは割り切って、新幹線での移動中には、原稿書きとか、旅先でもできる仕事をしながら旅しています。旅自体は長短ありますが、ほぼ毎月行っていて、ひとり旅も年に7~8回、行っています。
――ひとり旅だけではなく、旅全般に対する感覚も、以前と変化がありましたか?
変わりましたね。最大の違いは、20代の頃は何かを吸収したいとか、学びたいって気持ちがすごくあったんです。でも、今は一切そんなことを思っていなくて、ただただ、楽しみたい(笑)。例えば、このパン屋さんに行きたいとか、このおそば屋さんに行きたいとか、1カ所行きたいところがあったら、それでもう旅の目的になるんです。だから、若い頃とはかなり違いますよね。
――ひとり旅は、特にどんな大人の人におすすめですか?
私、人にアドバイスするのが本当に苦手なので、少し違う話になってしまうかもしれないのですが......。ひとり旅の本(「50歳からのごきげんひとり旅」)を出して、読者の方からいただいたお手紙やメッセージを読んでいると、ひとり旅をしてみたいけど、泊まるのは家族に言いにくいし、自分としても少しハードルが高いので、日帰りでひとり旅をしたらすごく良かったという方がいらっしゃって。私も、その気持ちすごく分かる!と思いました。
日帰り旅でも、まるっとひとりの時間を持てたらいいと思うんです。親御さんの介護をされている方や、お子さんにまだ手がかかる方もいらっしゃいます。なかなかひとりになりにくいかもしれないんですけど。
ただ、いろいろなストレスから、家族に対してイライラするようなら、いったんひとりになってみると、案外リフレッシュできる気がします。結果、お互いにとって良いことになると思うんです。
――イライラする方もされる方も辛いですからね。
私は、更年期の頃、なんかいつも機嫌が悪くて、その時の反省から、機嫌が悪い時は、なぜそうなっているのかを家族に説明した方が良いと思うようになりました。家族は不機嫌な私を許してはくれるけれど、大事な人にこそ、そんな態度を取るのは良くないんですよね。理由も説明せず機嫌が悪いくらいなら、一旦ひとりになった方がいいと今は思っています。
だから、ひとり"旅"じゃなくても、昼間、自分ひとりの時間を作って、家事も禁止して過ごしたり、映画を観に行く、美術館へ行くとかでも良い。私は、このまま家に帰ったら、家族に機嫌悪く接してしまいそうだなって時は、1時間でもひとりの時間をつくるようにしています。だから、アドバイスにはなっていないかもしれないですが、もし私のような人がいたら、ひとりの時間を持つことをおすすめします。
ひとり旅の持ち物はとにかく軽く!
――ひとり旅のプランを立てる時、どのようなことを重視していますか?
基本的には、初めての土地にいきなりひとりで行くことはなくて、過去に誰かと行ったところを選びます。あと、歩いて回れるか、公共交通機関で動けるところにするので、県庁所在地が多いですね。
――行ったことのある場所を選ぶのは、やはり安心感があるからですか?
それは大きな理由です。それから、誰かと行ったところに改めてひとりで行ってみると、印象が全然違って面白いんです。例えば、いつも行っているお店でも、ひとりで行った時の方が店員さんの説明をよく聞いたり。普段もよく聞こうよって話なんですけど(笑)。あとは、何かを見た時の感動を共有した結果、自分の感動だったのか、一緒にいる友達の感動だったのか分からなくなっちゃうこともあって。でも、ひとりだと純粋に自分の感覚だけで感動できるのがいいと思います。
――では、山脇さんのひとり旅に欠かせないおすすめアイテムを教えてください。
まず欠かせないのは、やっぱりスマホですね。本当は、旅行の間くらいお別れしたいと思うんですけど、行きたいところも記録しているし、道順も頼りにしているので、必要です。
それから本は必ず持っていきます。ガイドブックではなく、その土地が舞台になっている小説を選ぶことが多いです。また、朝ランをするのでランニングのためのウェアやシューズも。軽くて街歩きにも使えるシューズを選んでいます。
読書好きの山脇さんが旅のお供に選ぶのは、旅先が舞台になっている作品が多いそう
愛用のランニングシューズ
旅先でフルーツを食べたいときに活躍する小さな果物ナイフと携帯用カトラリー
――荷造りのコツはありますか?
荷物は最小にしようと、毎回挑戦しています。バッグは軽い物にしたし、ポーチなど小さなものもあなどらず、全部、最軽量のものにします。旅行用の圧縮袋も使っています。とにかく、荷物を軽くしたい。軽さ=快適さなので。どんなに大事で好きなものでも、旅先で重たいと全部捨てたくなります(笑)。
ポーチ類もとにかく軽量に!
――ひとり旅に行く時、特にお気に入りの場所は、ありますか?
10月に、京都を中心に、大阪、滋賀などをひとりで歩いて旅する本を出版する予定です。私は歩いて回る旅が好きなので、とにかく歩くだけで、なんだか幸せな気分になる街が好きです。その意味でまず京都。何度行っても新しい発見があるなぁと思います。とにかくただ歩いているだけでも、楽しい。
また盛岡や松本も、街がコンパクトにまとまっているから歩いて回りやすいし、全国チェーンではないローカルな店が多いのもいいと思います。それから、自分の故郷なので今まであまり話してこなかったのですが、長崎もすごくひとり旅に向いていると思うんです。
――長崎も人気観光地ですが、どのようなところがひとり旅と相性が良いのですか?
長崎駅からグラバー園などがある南山手地区まで、ずっと海沿いのデッキを歩けるんです。長崎弁でぶらぶら歩くことを「さるく」って言うんですけど、さるくことに特化している街なんです。それに、歴史があり、和洋中の文化が集まっていて、興味の方向によっていろいろな見どころがある場所。坂が多く海が近く景色も最高ですし、食べ物もおいしいし、学びもあると思うのでおすすめです。
――最後に山脇さんがひとり旅を始めて、自分が一番変わったなと思うことを教えてください。
やはり、私と向き合う時間ができたことかなぁ。ひとり旅を始めて、案外これまで、自分と向き合ってこなかったかも、と気づきました。100%自分だけの時間というのも、振り返ってみればあまりなかったんですよね。どこかでいつも家族を優先していたり。ひとり旅は良くも悪くも全部自分で決めなきゃいけないので、そういう状況が初めてで新鮮でした。ひとり旅を始めたことで、ひとりの練習をしているみたいな感覚もあります。
――ひとりの練習ですか?
ひとりって、年を追うごとにテーマになっていくと思うんです。誰もが最後はひとりになるかもしれないけれど、その時どうなるのかは、実際になってみないと分からない部分も多い。でも、ひとり旅の間は、完全にひとりになるので、ちょっと練習みたいな感じはありますよね。ひとり旅をしてみた結果、ひとりは大嫌いだと気づくかもしれませんけど(笑)。
――それはそれで良い気づきというわけですよね。
私自身は、ひとりになることに恐怖を感じています。ひとり旅をすることによって、ひとりになることについて考えるようになったのも、大きな変化でした。もしかしたら、その後のコミュニケーションが変わってくるかもしれないので。
――今、一緒にいられる相手との時間をより大切にできるかもしれない?
そうなるかもしれません。私は、そうなりました。結局、「ひとりで大丈夫」とは思えていないから、夫には、1分でもいいから、私より長生きしてほしいと思っています(笑)。
※記事の情報は2025年8月26日時点のものです。
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【PROFILE】
山脇りこ(やまわき・りこ)
料理家、エッセイスト
長崎市出身。「きょうの料理」「あさイチ」(ともにNHK)などのテレビ番組、新聞、雑誌で、旬を大切にしたシンプルな手順でつくりやすいレシピを提案。旅・食・生産者をテーマに取材・執筆も行う。「50歳からのごきげんひとり旅」(大和書房)、「ころんで、笑って、還暦じたく」(ぴあ)、「食べて笑って歩いて好きになる 大人のごほうび台湾」(ぴあ)、「明日から、料理上手」(小学館)など著書多数。
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