映画文化を支える気鋭の映画プロデューサーが選ぶ「新たなスタート」を感じさせる10本

MAR 3, 2021

大高健志さん MOTION GALLERY代表/映画プロデューサー 映画文化を支える気鋭の映画プロデューサーが選ぶ「新たなスタート」を感じさせる10本

MAR 3, 2021

大高健志さん MOTION GALLERY代表/映画プロデューサー 映画文化を支える気鋭の映画プロデューサーが選ぶ「新たなスタート」を感じさせる10本 テレワークに加え、外出もままならない昨今。こんなときこそ、見逃していた作品や、未知の秀作など、自宅で映画をじっくり観るチャンスです。このコーナーは各界の映画通に、おススメの映画や、ご自身が好きな映画を紹介していただくリレーコラムです。連載第2回に登場いただくのはクラウドファンディングサービス「MOTION GALLERY」代表であり、映画プロデューサー、キュレーターとしても活躍中、コロナ禍で休業を余儀なくされた全国のミニシアターを応援するミニシアター・エイド(Mini-Theater AID)基金の発起人の一人でもある大高健志さん。春本番を前に、これから始まる新生活、新たなスタートをテーマにした映画作品を選んでいただきました。ぜひご自宅でご覧ください。

四月物語


1998年 日本
監督:岩井俊二
出演:松たかこ、田辺誠一、加藤和彦,、藤井かほり


 旭川から上京し、一人暮らしを始めた女子大生の卯月(松たか子)。彼女にはこの地にやってきた理由があった......。東京・武蔵野での新たな生活や春の風景を柔らかな映像で爽やかに綴った恋の物語。完全にぼくの勝手な印象ですが、うららかな春といえば岩井俊二! という印象があります。日本の春の素晴らしい情緒を描かせたら右に出る人は居ないのではないか。そんな岩井さんが、4月という時期に新生活を始める女子大生の物語を撮るんですもの、春に観ないわけには参りません。少女、春の始まり、夏の始まりといったなにかの始まりの瑞々しさを描いてきた岩井さんですが、実はぼくが人生で初めて映画の撮影現場を目にした作品でもありまして、ぼくの映画との関わりの始まりでもある作品でもあります。言葉を超えた映像美と情感を愛でましょう。




マイ・インターン


2015年 アメリカ
監督:ナンシー・マイヤーズ
出演:ロバート・デ・ニーロ、アン・ハサウェイ


 華やかなファッション業界に身を置き、プライベートも充実しているジュールズ(アン・ハサウェイ)。そんな彼女の部下に、会社の福祉事業として、シニア・インターンのベン(ロバート・デ・ニーロ)が雇われる。最初は40歳も年上のベンの古臭さにイラつくジュールズだが、やがて彼の心のこもった仕事ぶりと的確な助言を頼りにするようになる。そんなとき、ジュールズは仕事とプライベートの両方で思わぬ危機を迎え、大きな選択を迫られる。さすが「プラダを着た悪魔」の製作陣だなと感動した作品です。

 ぼくも日本のスタートアップ企業を経営する人間の端くれとして、分かる分かる話が多すぎるし、なんとなく同世代のスタートアップ企業が共有している価値観やセンスが、何の違和感もなく映画に落し込まれていて、企画開発時のリサーチやデベロッピングがいかにしっかりしているかというのを痛感した作品です。日本の作品だと、「え、それはさすがにないよ」ということが少なくない......。だからこそ、逆にスタートアップ界隈への戒めとも取れる部分にも凄くぐっときます。「さよなら、おっさん。」とか言っていい気になっている日本の「おっさん」に是非観てもらいたい作品です。最後に少しだけ変化が起きるジュールズの姿に、本当の成長と充実を教えられます。




マッド マックス 怒りのデス・ロード


2015年 オーストラリア・アメリカ合作
監督:ジョージ・ミラー
出演:トム・ハーディ、シャーリーズ・セロン、ニコラス・ホルト、ヒュー・キース・バーン

 その年のアカデミー賞で最多6部門を受賞した「マッドマックス 怒りのデス・ロード」。少し観ただけでとんでもなく過酷な撮影だったのではと思わせられる映画ですが、オーストラリアで撮影を始めた直後に9.11で米ドルが暴落したことで為替が変動。予算が急に不足して中止となり、体制を建て直していたらロケ地に大雨が降り荒野だったはずが美しい森に変わり、ロケ地そのものを変更しなくてはならなくなるなどトラブル続き......。これだけでは収まらない冗談みたいなトラブルを何年もかけて突破し続けて完成させたジョージ・ミラー監督を思えば、明日からの生活に気合が入って仕方ありません。そして「ここではないどこか」に新天地を求めるのではなく、今自分が立っている場所を変えるために闘った先にしか本当の新天地は無いのであるという熱いメッセージに、明日への希望を感じます。




シン・ゴジラ


2016年 日本
総監督・脚本・編集:庵野秀明
監督・特技監督:樋口真嗣
出演:長谷川博己、竹野内豊、石原さとみ、高良健吾

 ぼくは普段映画を観てもあまり泣かないのですが、「シン・ゴジラ」は劇場で観ていてなぜか泣いてしまった作品でした。それは大変な事態に直面してなお再度立ち上がろうとする矢口蘭堂(長谷川博己)のラストシーンでの姿に勇気をもらったから、ではなく、映画全体に漂う怒りの様な感情に、でした。設定もリファレンスも紛れもなくゴジラでありゴジラを今創るならという意味でも正統なゴジラなのに、もはやエヴァンゲリオン。庵野秀明は総監督って聞いてたけど、絶対これもう現場で庵野さんが監督しちゃってるよねという疑念が確信に変わった瞬間に、なんとなく3.11を直視することを忘れている社会への怒りを宿している様に感じ、目を覚まされた気がしました。明日を諦めないためにはまず現実を直視することから始めなければいけない、そんな風に矢口蘭堂の姿から感じる作品です。




シェフ 三ツ星フードトラック始めました


2014年 アメリカ
監督:ジョン・ファヴロー
出演:ジョン・ファヴロー、ソフィア・ベルガラ、ジョン・レグイザモ、スカーレット・ヨハンソン

 ロサンゼルスにある一流レストランの料理人カール・キャスパー(ジョン・ファヴロー)は、料理の革新性よりも保守・管理ばかり考えるレストランオーナー(ダスティン・ホフマン )と衝突して、店を辞めてしまう。人生の再出発に選んだのはフードトラックでのキューバサンドイッチ移動販売。息子パーシー(エムジェイ・アンソニー)や元部下とともにマイアミからニューオリンズ、ロサンゼルスへと旅をしながら、カールは料理や人生に対するパッションを取り戻していく。

 シンプルに楽しい映画です。料理も美味しそうでわくわくするし、職人肌の父とインターネットに明るい息子が掛け合わされることで、移動販売というサードウェーブな感じでイノベーションを起こして再出発を成功させていく姿も素敵です。いつの時代も、自分の心に素直に生きていくことで本当の道が拓けていくこと、そしてその道はなにも今「成功」と定義され標準となっている道とは限らないよねということを凄く教えてくれる映画です。でも、何よりもこれシェフの話のようでいて、ほとんど主演でもあり監督でもあるジョン・ファヴローの映画監督としての自伝みたいな話だったりします。いったい「アイアンマン」で何があったんだろう、そう考えながら観るのも一興です。まさに新生活・再出発が頑張れる映画です。





はじまりのうた


2013年 アメリカ
監督:ジョン・カーニー
出演:キーラ・ナイトレイ、マーク・ラファロ、ヘイリー・スタインフェルド、アダム・レヴィーン、ジェームズ・コーデン

 アカデミー歌曲賞を受賞した「ONCE ダブリンの街角で」のジョン・カーニー監督が、「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズのキーラ・ナイトレイ&「アベンジャーズ」「キッズ・オールライト」のマーク・ラファロ共演で描いたハートフルドラマ。イギリスからニューヨークへとやって来たシンガーソングライターのグレタは、恋人デイブに裏切られ失意のままライブハウスで歌っていたところを、落ち目の音楽プロデューサー、ダンに見出される。ダンに誘われてアルバムを制作することになったグレタは、ニューヨークの街角で次々とゲリラレコーディングを敢行していく。

 こちらの作品も、「シェフ 三ツ星フードトラック始めました」と同じく、新生活・再出発にふさわしい1本。価値観の合わない上司から離れて新しい挑戦をして幸せをつかむ「食」の話が「シェフ 三ツ星フードトラック始めました」なら、本作は、信頼していた恋人に裏切られるも、嫉妬や怒りを乗り越えて、心身ともに離れて新しい幸せをつかむ「音楽」の物語。どんな不遇でアンフェアな状況に立たされても、それを強みとして自分の魅力を発揮するグレタの姿に勇気づけられます。




宮本から君へ


監督:真利子哲也
出演:池松壮亮、蒼井優、井浦新、一ノ瀬ワタル、柄本時生、松山ケンイチ

 新井英樹による漫画作品を池松壮亮×蒼井優で映画化! 金なし! コネなし! 勝ち目なし!......でも情熱だけは半端ない! 熱血営業マン・宮本浩が"絶対に勝たなきゃいけないケンカ"に挑む! 宮本の暑苦しくも切ない生き様を描いた"極限の人間讃歌"が描かれる。
 「ディストラクション・ベイビーズ」で日本映画界に衝撃を与えた、真利子哲也監督の最新作。目を背けたくなる暴力に果敢に対峙し続けている真利子哲也監督の作家性はそのままに、「生きる」ということのエネルギーが全力でぶつかってくる作品です。なんなんだこの読後感は。

 どんなことがあっても、小細工や妨害を無効化するくらいの覚悟で生きてやる! そんな、文字にすると馬鹿っぽくて子供じみた感情を心の底から沸き立たせてくれるような作品です。




恋人たち


2015年 日本
監督:橋口亮輔
出演:篠原篤、成嶋瞳子、池田良

 「ぐるりのこと。」の橋口亮輔監督が心に傷を抱えた3人の男女の姿を見つめる人間ドラマ。通り魔に妻を殺された男、突如目の前に現れた男に心が揺れ動く主婦、親友に想いを募らせる同性愛者の弁護士、それぞれの苦悩と彷徨(ほうこう)、ささやかな希望の光を描き出す。
 ワークショップで才能を見出された新人俳優たちを軸に、3つの「愛」のかたちが群像劇として展開する本作は、どこまでが演技なのかがよく分からなくなる、そんなリアリティをはらんでいます。コメディタッチな部分もあり結構笑えるのですが、横たわっているテーマは今の日本そのもの。自己責任社会という名の政治的無責任が横行する社会で、周縁に弾き飛ばされた主人公たちが、「愛」の無い生活でもがき苦しむ姿を他人事として見られる人が一体どれだけいるだろうか。だからこそラストシーンの「希望」が心に残す重量は重い。今自分たちがいるコミュニティーを新生活だからこそ見直したい。




8マイル


2002年 アメリカ
監督:カーティス・ハンソン
出演:エミネム、ブリタニー・マーフィ、キム・ベイシンガー

 ぼくは「L.A.コンフィデンシャル」が大好きなのですが、その監督でもあるカーティス・ハンソンが監督、エミネムが主演を努めた「8マイル」。1995年のミシガン州デトロイト。そこに境界線として横たわる"8マイル・ロード"は都市と郊外、さらに白人と黒人を分ける分割ラインにもなっている。没落した貧民街に暮らすジミー(エミネム)は、貧しい母子家庭で育ち、母親は若い男と自堕落な暮らしを送り、幼い妹の面倒を見なければならない。その鬱屈した心の思いつくままにリリック(歌詞)を書き綴る。いつかラッパーとして認められ大きな契約書にサインすることを夢に。

過酷な貧困と環境から抜け出す手段として、楽器が必要ではないヒップホップがあるのは白人も黒人も同じ。白人に差別され貧困に追いやられている黒人文化ヒップホップで成り上がろうとする白人のジミーには、マイノリティー内のマイノリティーとして様々な障壁が立ちふさがる。エミネムの半自伝的な本作には、ブラック・ライブズ・マター(BLM=黒人の命は大切だ)やラストベルト(さびついた工業地帯)につながるアメリカの社会問題を描きつつ、「あしたのジョー」が泪橋を逆に渡ろうとしたのと同じく、「8マイル」の向こう側へ行こうとする姿から、感じるものはきっとあるはずです。この映画ではビッグになることよりも、自分自身の道、生きる方向を探すということを表現したかったと話すカーティス・ハンソン。公開時にぼくは大学浪人生真っ只中でしたが、それ以来、主題歌「ルーズ・ユアセルフ (Lose Yourself)」とともに、行き詰まったときに必ずエネルギーをもらう作品です。




イットフォローズ


2014年 アメリカ
監督:デヴィッド・ロバート・ミッチェル
出演:マイカ・モンロー、キーア・ギルクリスト、ダニエル・ゾヴァット

 捕まった者に死が訪れる謎の存在=「それ」に付け狙われた女性の恐怖を描いたホラー。低予算ながら斬新なアイデアでクエンティン・タランティーノから称賛され、全米で話題を呼んだ。ある男と一夜を共にした19歳の女子大生ジェイ。しかしその男が豹変し、ジェイは椅子に縛り付けられてしまう。男はジェイに「それ」をうつしたこと、そして「それ」に捕まったら必ず死ぬことを彼女に告げる。「それ」は人にうつすことができるが、うつした相手が死んだら自分に戻ってくるという。ジェイは刻一刻と迫ってくる「それ」から逃げ延びようとするが......。

 この作品の後に「アンダー・ザ・シルバーレイク」を監督した、新鋭デビッド・ロバート・ミッチェルが監督・脚本を手がけた本作。何目線かと言われそうですが、久々に嫉妬する映画でした。日本でも作れるかもしれない低予算の中で、才能だけでこんなにホラーで社会批評を込めつつも人間の成長を描けるなんて......。ホラー作品なので、なんでこれを春の新生活に観なきゃならんのだとお思いでしょう。でも観たらきっとカオスで危険で意味不明な社会を生き延びて、そしてまだまだこれからもそのカオスな中で生き延びなければいけない主人公たちの成長の様が、コロナ禍で生きる我々に、希望と活力を与えてくれます。


※記事の情報は2021年3月3日時点のものです。

  • プロフィール画像 大高健志さん MOTION GALLERY代表/映画プロデューサー

    【PROFILE】

    大高健志(オオタカ・タケシ)
    早稲田大学政治経済学部卒業後、2007年に外資系コンサルティングファーム入社。戦略コンサルタントとして、事業戦略立案・新規事業立ち上げ等のプロジェクトに従事。その後、東京藝術大学大学院に進学。制作に携わる中で、クリエイティブと資金とのより良い関係性の構築の必要性を感じ、2011年にクラウドファンディングプラットフォーム「MOTION GALLERY」を設立。以降、50億円を超えるファンディングをサポート。2015年度グッドデザイン賞「グッドデザイン・ベスト100」受賞 。2017年、誰でも自分のまちに映画館を発明できるプラットフォーム「POPcorn」設立。日本各地の場所・人・映画をなめらかにつなぐことで、特別な場所にみんなが集う時間がまちに次々に生まれるべく挑戦中。また、様々な領域でプレイヤーとしても活動中。現代アート:2020年開催「さいたま国際芸術祭2020」キュレーター就任。映画プロデュース:「あの日々の話」(第31回東京国際映画祭「日本映画スプラッシュ」部門選出)/「踊ってミタ」/「僕の好きな女の子」/「鈴木さん」(第33回東京国際映画祭「TOKYOプレミア2020」部門選出) 製作協力:「スパイの妻」(第77回ヴェネチア国際映画祭銀獅子賞受賞)/「蒲田前奏曲」/「脳天パラダイス」

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