【連載】SDGsリレーインタビュー
2023.02.03
夏目浩次さん 一般社団法人ラ・バルカグループ 代表〈インタビュー〉
久遠チョコレートの挑戦(後編)|おかしなことを"仕方ない"で済ませたくない
上品な甘みと色彩豊かなデザインが人気の「久遠(くおん)チョコレート」。多様な人々と共に働き、誰一人置き去りにしない社会を目指す、その取り組みに密着したドキュメンタリー映画「チョコレートな人々」が2023年1月2日から公開されました。代表の夏目浩次(なつめ・ひろつぐ)さんへのインタビュー後編では、福祉に着目したきっかけ、チョコレート作りを始めるまでの道のり、今後の目標をうかがいました。
おかしいと思ったことを、"仕方ない"で済ませない
──夏目さんが大学と大学院で学んでいたのは、土木工学だとうかがいました。なぜ福祉の分野で起業を考えたのですか。
僕は高校時代から文系で、大学も文系の学部に入りました。ところが、同じ大学で、自動車の動きやヒトの視認性を数学的に解析し、交通事故を減らす研究をしている先生に興味を持ち、そこで学びたいと土木工学へ学部変更しました。そして土木工学で大学院へ進み、在学中に土木コンサルタント会社に就職。空港や駅のバリアフリー化に産学連携で関わるようになります。
今ではバリアフリー化を前提とした誰でも使いやすい設計が当たり前になりましたが、その頃は何事もコスト最優先。エレベーターの設置場所すら、ユーザー本意で決められず、コストのかからない隅っこに追いやられている現実がありました。先輩に「誰もが使いやすい所にエレベーターを設置した方がいいのでは?」と食い下がっても、「若いなぁ」「"仕方ない"という言葉を早く覚えろ」と言われて悔しい思いをしました。今でも、"仕方ない"で済ませようとする風潮には、強い反感を覚えます。
──そこで福祉との接点が生まれたのですね。
はい。もやもやを抱えていた頃、ヤマト運輸の創業者・小倉昌男(おぐら・まさお)さんが書いた「福祉を変える経営?障害者の月給一万円からの脱出」(日経BP)という本を読み、月給1万円で働いている障がい者の存在を知って衝撃を受けたんです。
早速地元の愛知県豊橋市の福祉事業所を回ってみると、月給1万円どころではなく、3,000?4,000円の工賃で働いている障がい者の姿がありました。職員に話を聞いても、やはり「(障がい者だから)"仕方ない"」という答えが何度も返ってきました。
小倉さんは、障がい者が働くベーカリーを創業していたので、早速アポを取り付けて、「私も障がい者が働ける、もうかるパン屋さんをやりたい」と思いを伝えたところ、小倉さんから「(経営の)母体はありますか?」と聞かれました。「母体はありません。私1人です」と答えたところ、「雇用という形で人の一生を背負う責任と商売を甘くみてはいけない。帰りなさい」と門前払いされてしまいました。
──資金力も経験もない若者が、たった1人でやるのは無謀だと思ったのかもしれませんね。
そうですね。ですが、僕は一度やると決めたら、あとには引けない性格。脱サラして、豊橋市の商店街に小さなパン屋「花園パン工房ラ・バルカ」を開きました。雇用したのは、重度の知的障がいを持つ3人の女性でした。
チョコレートは溶かせば何度でもやり直せる
──パン屋からスタートした夏目さんですが、どうしてチョコレート作りに転換したのですか。
パン作りで障がい者が周囲から仕事を正当に評価されて、最低賃金以上を稼ぎ出すには、1日50?60種類ものパンを焼き、消費者の幅広いニーズに応える必要があります。ところが、同じパンでも、食パン、フランスパン、菓子パンと全て作り方が異なるので、マルチタスクでスピーディーに動けないと厨房が回りません。それが難しいスタッフは、残念ながら置き去りにするほかありませんでした。その点は今でも申し訳ないと悔やんでいます。
それに、5?6時間かけて作ったパンを1個150円前後で売る薄利多売のため労働生産性が低く、保存も利かないので、その日の売れ残りは破棄するほかない。赤字は増え続け、民間のカードローンを最高で6社くらいから借りていました。幸い好評だったメロンパンを移動販売車で売り始めたら、当時のメロンパンブームに乗り、ヒットして赤字がようやく止まりました。
とはいえ、理想とは程遠いのが現状。このままでいいのか。悩みながら続けている時、たまたま参加した異業種交流会で、トップショコラティエ(チョコレート職人)の野口和男(のぐち・かずお)さんに出会いました。40歳から独学でチョコレート作りを学んだ異色の経歴の持ち主です。
野口さんから教わったのは、「チョコレートは正しい材料を正しく使えば、誰でもおいしいものが作れる。料理には感性が求められるが、チョコ作りに必要なのは科学。工程を細かく分解して分業すれば、難しい技術は要らない世界」だということ。彼のラボで働いてみたら、まさに言う通りでした。当時、ラボの隣にあった日本語学校に通っている外国人たちがラボでアルバイトをしていました。肌色も母国語も違う多様な人たちが楽しそうに手を動かす光景を見た時、いろいろな障がいを持つ人たちが生き生きと働く場面が脳裏に浮かんできたのです。
──チョコレート作りのどのような点が、障がい者でも取り組みやすい仕事だと言えるのでしょうか。
「人の時間軸」に合わせてくれる点が働きやすい点だと言えるでしょう。料理は一般的に、「食材の時間軸」に合わせる必要があります。食材がベストな状態になったタイミングを見計らい、的確な火入れなどが求められるのです。でも、チョコレートは温度が下がって固まってしまっても、また温度を上げて溶かせば何度でもやり直せます。
障がい者はスピードを求められたり、複数の作業を一度にこなしたりするのは苦手ですが、丁寧にゆっくりやる作業は得意な人が多い。油を使わず、なめらかでおいしいチョコレートを作るために必要なテンパリングという作業には、丁寧で粘り強い手作業が求められますから、障がい者の得意が活かせる部分も多いのです。
また、薄利多売を強いられるパンと違い、チョコレートは30?40分で単価300?400円で売れるものが作れますから、労働生産性が高く、時間給を上げやすい。技術を新たにマスターしなくても、どの産地のカカオを溶かすか、そこにどんな食材を混ぜるかで風味が無限に変わることから、チョコレート作りを始めようと決めました。
「アムール・デュ・ショコラ」で売り上げ1位を取りたい
──次の目標を教えてください。
毎年バレンタインデーの時期に、ジェイアール名古屋タカシマヤで行われる国内最大級のチョコレートの祭典「アムール・デュ・ショコラ」で出店者の中で最高額を売り上げ、ランキング1位を取りたいと思っています。これを言うと、チョコレート業界の人にはだいたい笑われますが、僕たちは真剣にできると信じている。5年以内に実現させます。
最初に参加した6年前は、サブ会場での出店。それでも「出店できるだけでもスゴい」と周囲から評価されました。2年目にはメイン会場で幅1m50cmの売り場を確保できて、3年目にはそれが2倍の広さになり、4年目にはスターシェフの隣に出店できました。5年目の昨年の売り上げは50番目くらい。「アムールで50番が取れるのは画期的」と言われましたが、もっと上を目指しています。
──2位じゃダメなんですね。
1位になりたいのは、売り上げが欲しいわけでも、有名になりたいからでもない。元々は95%が素人の集まりで、特別なノウハウもスキルもない。それでも、人と人が「何をどうすれば、より良いものができるか」を日々もがき続ければ、見えなかった新しい景色が見えてきました。単純なことの地道な積み重ねが、どんな変化をもたらすのか。分かりやすく伝えるきっかけになればいいと考えています。
──取材が終わり、本店に立ち寄って「久遠テリーヌ」を購入しました。産地の異なるカカオに、さまざまな食材をミックスした個性あふれるラインナップから、好きなものを好きなだけ選べる人気商品です。その多様性は、まるで夏目さんが目指す世界のよう。大事な人とシェアしたくなる、温かい甘さが心に残りました。
映画「チョコレートな人々」
2022年/102分/日本/ドキュメンタリー
© 東海テレビ放送
2023年1月2日(月)より〔東京〕ポレポレ東中野、〔愛知〕名古屋シネマテーク、ユナイテッド・シネマ豊橋18、〔大阪〕第七藝術劇場 ほか全国で順次劇場公開
※記事の情報は2023年2月3日時点のものです。
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【PROFILE】
夏目浩次(なつめ・ひろつぐ)
一般社団法人ラ・バルカグループ 代表。1977年、愛知県豊橋市生まれ。2003年、愛知県豊橋市において、障がい者雇用の促進と低工賃からの脱却を目的とするパン工房(花園パン工房ラ・バルカ)を開業。2014年、久遠チョコレート事業を立ち上げ、わずか5年で全国33拠点に拡大。「全ての人々がかっこよく輝ける社会」を目標に、さまざまな企業へ経営参画し、企業連携・事業開発に取り組みながら、障がい者の雇用、就労促進を図っている。
一般社団法人ラ・バルカグループ 公式サイト
https://labarca-group.jp/
久遠チョコレート 公式サイト
https://quon-choco.com/
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