環境配慮とデザイン性を両立したビニール傘で「使い捨てない文化」をつくる

【連載】SDGsリレーインタビュー

山本健さん 株式会社サエラ代表取締役社長〈インタビュー〉

環境配慮とデザイン性を両立したビニール傘で「使い捨てない文化」をつくる

安価で便利なビニール傘。しかし、簡単に手に入るがゆえに、使い捨て問題が深刻化しています。そんな状況に危機感を持ち、人にも環境にもやさしいビニール傘を開発しているのが、1991年創業の傘メーカー、株式会社サエラです。「傘の循環する社会」を目指す同社は、商品の販売にとどまらず、傘作りワークショップの開催にも力を入れています。代表の山本健(やまもと・たけし)さんに、ビニール傘を取り巻く現状や、同社の取り組みについてうかがいました。

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日本では年間6,500万本以上のビニール傘が捨てられている

──山本さんは傘を作って売る会社を経営されていますが、傘業界に入ったのは何かきっかけがあったのですか。


最初から傘屋になろうと思っていたわけではありません。貿易商社に入って、たまたま携わっていたのが傘でした。仕事として傘の世界に深く入っていくと、傘が社会的にどういう位置付けなのかが分かってきたのです。


──傘の社会的な位置付けとは何でしょうか。


もともと日本において傘というのは伝統的な工芸品でした。しかしグローバル化によって生産環境が変化し、低コストを求めて海外移転が進みました。


昔は移動手段が"歩く"しかなく、傘は雨天の移動時の必需品でした。とても高額な物だったので、一家に1本の傘をみんなで大切に使っていたのです。グローバルな時代になって傘を安く作れるようになると、みんなが安い傘を使うようになりました。


傘は本来、日常的な物ではありません。雨が降って初めて必要になる物で、しかも傘を持つと荷物が増えるから、煩わしい物ですよね。そもそもがネガティブな物なんです。持ち歩きたくないから安い傘を買って対応するようになり、使ったら廃棄するということが習慣化してしまいました。


山本さん



──ビニール傘の使い捨ては、社会問題にもなっていますよね。


ビニール傘の年間生産量は1億数千万本で、そのうち6,500万本以上が廃棄されているといわれています。ビニール傘のほとんどは複合材で出来ているためリサイクルすることが困難で、ごみ処理の問題が深刻化しています。


僕は、廃棄の問題は「使い捨て」に対する人の感情にも起因していると思っていて、ビニール傘が大量に捨てられることによって大事なものが崩れていくように感じました。それで、その問題に対して傘屋として提言できれば、社会を変えていけるのではないかと考えるようになったのです。


──「使い捨て」に対する人の感情について、もう少し詳しく教えていただけますか。


人に対する愛情と物に対する愛情ってそんなに変わらないと思っていて、人にも物にも思いやりが必要です。思いやる気持ちがなくなると、どんどん利己的になり、使い捨てに対する罪悪感も薄れてしまう。そんな状況は好ましくありません。




なんとかしないと傘文化がおかしくなってしまう

──サエラでは最初からビニール傘を作っていたのですか。


もともとは伝統的な傘を作っていました。しかし、現代における傘の扱われ方を見ると、以前のような高額商品を作り続けても売れません。傘屋としてサステナブルであることを目指すのと同時に、どうしたら傘を通して社会を変えることができるかを考えた時に、たどり着いたのがビニール傘でした。耐久性があって長く使えるビニール傘であれば、使い捨ての習慣をなくせるのではないかと。


実際にビニール傘の開発を始めたのは、2005年頃からです。ビニール傘の市場がどんどん拡大し、若い人を中心にスーツを着ている人も持つようになっていました。ただ、当時のビニール傘はデザイン性のない無味乾燥な物が中心で、使い捨て文化の前兆もあった。そこに疑問を持ち、なんとかしないと傘の文化がおかしくなってしまうぞ、と考えるようになったのです。


──早い段階から危機感と問題意識をお持ちだったのですね。


社会問題化しつつあるビニール傘で「耐久性とファッション性を融合させた物を作りたい」というビジョンははっきりしていたので、他社のSPA(製造小売業)をお手伝いしながら、自社のオリジナル商品を模索することにしました。


そして、2006年に誕生したのが「Evereon(エバーイオン)」です。伸縮性や耐久性に優れた、カラフルなプラスチック製の傘です。強い風に吹かれても柔軟に風を受け流し、もし逆さに開いてしまっても、もとに戻して使い続けることができます。さらに特徴的なのは、生地の張り替えができること。生地が破れてしまった時はもちろん、季節や気分に合わせて張り替えることも可能で、自分だけのオリジナル傘を長く楽しむことができます。


ファッションに寄り添いながら、環境配慮の要素を少しずつ入れていくことで、僕たちのアイデンティティーを確立しようと考えました。


「エバーイオン」伸縮性と耐久性に優れ、見た目も楽しい「エバーイオン」(画像提供:サエラ)


──ビニール傘で生地を張り替えることができるとは驚きです......!


ビニール傘が修理できることはまだまだ認知されていないので、まずはそのことをもっと多くの方に知ってほしいですね。




念願だったコンビニでの販売を実現

──エバーイオン以降はどんな商品を開発されてきたのでしょうか。


2017年に、オールプラスチック構造の「+TIC(プラスチック)」が完成しました。ハンドルやシャフト(中棒)、骨まで全てリサイクル可能なプラスチック製の傘です。生地が破れたり部材が壊れたりした場合は、張り替えたり取り替えたりすることも可能です。金属を使っていないので、長く使い続けてもさびることはありません。


プラスチックの性能を最大限に発揮するため、ゼロから傘の設計を見直し、軽くて丈夫な構造にしました。デザインはプロダクトデザイナーの柴田文江さんにお願いし、さまざまなシーンに寄り添うとてもシンプルな形になっています。


「プラスチック」オールプラスチック製で、生地の張り替えや部材の交換が可能な「プラスチック」(画像提供:サエラ)


2019年には、念願だったコンビニエンスストアでの販売をスタートすることができました。コンビニで扱ってもらうことは、エバーイオンの時から思い描いていたことです。


──なぜコンビニでの販売を実現させたかったのですか。


店舗数の多いコンビニに置いてもらえたら、多くの消費者にアプローチすることができるからです。B to Cは販売する上で大事にしていることのひとつで、お客さん一人ひとりに直接メッセージを届けていきたいと思っています。


ただし、従来の「プラスチック」をそのまま販売しているわけではありません。セブン-イレブンの協力により普及モデルの「+TIC LITE(プラスチック・ライト)」を開発し、大量生産するための環境も整えました。


──手応えはありましたか。


まずは一部地域でのテスト販売からスタートしたのですが、非常によく売れました。セブン-イレブンの担当者も「考えていたことは間違っていなかった」と、2019年4月の本格販売に向けて全店舗に扱うように働きかけてくれて、約2万店舗のうち20%ほどが手を挙げてくれました。継続して販売してくれている店舗は非常に回転がいいので、もっと多くの店舗で扱ってもらえるように、サステナブルな傘に対する認知度を高めていきたいですね。


山本さん



──B to Cを大事にしているとのことですが、自社ECやセブン-イレブン以外の販路もありますか。


セブン-イレブン以外のコンビニでも拡販するために、2022年に新たに「サステナブレラ」を開発しました。リサイクル素材を使用したオールプラスチック製で、強風にも負けない頑丈な構造の傘です。フラットな石突(底の部分)など人を傷つけない設計で、人にも環境にもやさしい点が特徴です。ジェンダーレスで誰もが持ちやすいシンプルなデザインになっています。隅々まで考えられたデザインは、使い捨てしようとは思いませんよね。


現在、ローソンやウエルシア薬局などで扱ってもらっています。


「サステナブレラ」どんなシーンでも使いやすいシンプルなデザインの「サステナブレラ」(画像提供:サエラ)


──サエラの傘は環境に配慮しているだけでなく、デザイン性が高いところにも惹かれます。


デザインの要素もとても大事にしています。消費者が支持する商品って、デザインが優れている物が多いですよね。それに、傘というのはそもそもがネガティブな物なので、ネガティブな状況をポジティブに変えていかないと売れません。デザイン性があって、持っていて気持ちがいいというのは、消費者が選択するときの第一要素でもあると思います。


各プロダクトでグッドデザイン賞を受賞していることに加えて、2017年には「プラスチック」が中国発のデザインアワード「DIA(DESIGN INTELLIGENCE AWARD)」で入賞しました。ビニール傘の使い捨て問題は日本だけでなく、台湾や香港、東南アジアの国々でも経済の発展とともに問題になっているようです。


ゆくゆくは海外でも販売したいと考えていて、中国の深?(しんせん)でテスト販売を始めたところです。


東京都港区にあるショールームには、デザイン関連アワードの受賞の盾が並んでいる東京都港区にあるショールームには、デザイン関連アワードの受賞の盾が並んでいる



ワークショップで"思いやり"を育てる

──商品の開発以外で、力を入れていることはありますか。


「傘の循環する社会」を目指して、教育機関で講演をしたり、ワークショップを開催したりしています。自分で傘を組み立てるための「SORA KASA KIT(ソラカサキット)」を2019年に開発し、子ども向けのワークショップを始めました。所要時間は約90分で、まず傘の作り方や生産背景、廃棄問題などを説明した後で、子どもたち自身で組み立ててもらいます。組み立て自体は15分程度で完成します。


──なぜワークショップなのですか。


子どもの頃に経験したことって、すごく記憶に残りますから。感受性が豊かで正義感の強い小さいうちに、傘作りに触れてもらうことは重要だと思っています。まずは傘の仕組みや壊れたら交換できることを知ってもらい、交換の仕方をトレーニングしておくことで、物に対する思いやり、つまり傘に対して愛着を持ってもらえたら嬉しいですね。そして自分が作った傘を通して、環境配慮について考えるきっかけになればと思います。


今年からは大人向けのワークショップも始めます。生産工程でどれくらいのCO?が排出されているのかを見える化して伝え、どうやって傘を循環させるのかを知ってもらうことで、サーキュラーエコノミー(循環型経済)を実現させたいと考えています。


「ソラカサキット」には生地と骨、中棒が入っていて、傘の仕組みを学ぶことができる「ソラカサキット」には生地と骨、中棒が入っていて、傘の仕組みを学ぶことができる


子ども向けワークショップの様子(画像提供:サエラ)子ども向けワークショップの様子(画像提供:サエラ)


──最後に、サエラという会社が目指す未来ビジョンについて教えてください。


まずは、傘の循環する社会を実現するための取り組みを1人でも多くの方に知ってほしいですね。「プラスチック」や「サステナブレラ」は全てプラスチックで作られており、パーツの交換が可能で、壊れにくくさびないため、長く使うことができます。しかし、いずれは壊れて廃棄されることもあるでしょう。そうなった時にきちんと回収し、全てを素材として再生できる社会にしたいと考えています。


山本さん


そのために、傘を回収し、再生させる仕組みを作れないか構想中です。まだ実験段階ですが、近いうちに実現させたいですね。仕組み作りとともに、再生させるためにはどんな素材を使うのがいいのか、常に考えています。


亀のような歩みですが、サステナブルな傘の販売は着実に広がっています。これからもコンビニでの販売と教育活動を軸に、理念を伝えていきます。


──取材させてもらったのは、小雨が降る月曜日。「週の始まりに雨が降って喜ぶのは僕くらいじゃないですか」とユーモアを交えながら、傘への愛と社会課題に対する熱い思いを語っていただきました。サステナブルな傘とともに、思いやりの気持ちが広がることを願っています。


※記事の情報は2023年6月27日時点のものです。

  • プロフィール画像 山本健さん 株式会社サエラ代表取締役社長〈インタビュー〉

    【PROFILE】

    山本健(やまもと・たけし)
    株式会社サエラ代表取締役社長
    1977年、台湾の貿易商社に勤務、台湾で洋傘製造工場設立。
    1991年、洋傘製造販売を目的に株式会社サエラ設立。
    現在はビニール傘「+TIC」の普及とともにエシカル消費拡大のための活動を行う。

    株式会社サエラ 公式サイト
    https://www.caetlaltd.co.jp/

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