アート
2024.11.19
梨々さん 切り絵作家〈インタビュー〉
切り絵作家 梨々|小説切り絵が話題に。日本の美しい文化を伝える精緻な作品作り
息をのむほど美しい切り絵作品を制作する、切り絵作家の梨々(りり)さん。2024年2月には、小説の文章を切り絵で表現した「小説切り絵」がX(旧Twitter)で12万「いいね」(2024年11月時点)を集め、手作業とは思えない緻密さと美しさが話題を呼びました。梨々さんの切り絵作品が常設展示されている「徳川家康ミュージアム」(静岡県静岡市)にて、制作の裏にある思いや、作品へのこだわりなどをうかがいました。
写真:河野 俊之
今年2月、Xで話題になった小説切り絵をご存知ですか? 1.6万「リポスト」、12万「いいね」(2024年11月時点)を集め、「こんなに美しい切り絵は初めて見ました」「すごすぎて言葉が出ません...」「後世に残したいアート」などと感動の声が広がっています。
#フォロワー1万以下の神絵師発掘したい
— 切り絵作家 梨々 (@kirieriri) 2024年2月23日
切り絵で小説を創っています pic.twitter.com/pTudi49kGu
この超絶技巧の切り絵作家 梨々さんに、切り絵制作についてお話をうかがいました。
小説切り絵で、日本語の面白さや物語の美しさを表現
──小説切り絵の反響についてどのように感じていますか。
小説切り絵を見て、「原作を読んでみたいと思った」という感想をいただくことがあり、とてもうれしいです。活字離れといわれる中でも、日本語に興味を持っている方はたくさんいて、また小説切り絵をきっかけに興味を持ったという方もいます。私の作品が小説との出会いになったり、文学に触れるきっかけになったりすることは、すごく喜ばしいことです。
──小説を切り絵にするという発想はどのように生まれたのですか。
子どもの頃から本を読むのが大好きで、これまでも文学、物語を切り絵の題材にすることは多くありました。童話に出てくる動物をイメージして作ったり、小説の一文を絵の中に入れたり。そうした中で、直接その本を読みたいと思ってもらえるような作品を作りたいと考え、物語そのものを切り絵にしようと文字を切り抜き始めました。
小説切り絵は19歳くらいから少しずつ始めて、最初は台詞だけ、一文だけと短い作品が多かったです。もっと直接的に小説を表現したいと思ううちに、どんどん細かくなっていきました。
──作品の題材にしている小説は、中原中也、梶井基次郎、太宰治など日本文学が多いですね。そうした作品がお好きなのですか。
はい。文豪作品は、現代にはないような言葉遣いで書かれていて、日本語の美しさを感じることが多くあります。図書館に通う中で文豪作品と出会い、そうした日本語の面白さに魅了されていきました。日本語の面白さ、物語の美しさを切り絵で表現できたらと思っています。
──Xで話題になった後、心境の変化はありましたか。
作品が人の目に触れ、"伝わった"という実感が湧いたことで、私の中の「伝えたい」という思いがより強固になったように思います。今までも「伝えたい」という思いはありましたが、漠然としていました。自分が誰かに影響を与えられるとは信じていなかったのかもしれません。
人の心を動かすのは難しいことで、切り絵という技法ひとつとっても、周りを見れば私より技術のある人、描写の上手な人がいます。独学であり未熟だという自覚はありますが、心意気だけは込めてきました。その中で、多くの人にその心が伝わったという実感は大きく、「伝えたい」という思いがとても大きくなりました。
9歳から切り絵を制作、17歳で初個展
──もともとはいつ、どんなきっかけで切り絵の制作を始めたのですか。
小学3年生の国語の授業で読んだ「モチモチの木」(斎藤隆介著、岩崎書店)がきっかけです。滝平二郎(たきだいら・じろう)さんの切り絵を見て、切り絵という技術があることを知り、面白そうだな、私も作ってみたいと思ったんです。最初はちょっと不気味で怖いなと思っていましたが、全てつながってできていると知って、すごい技術だなと感銘を受けました。
それからすぐに独学で切り絵を作り始めました。初めはお花など、簡単な絵を切り出すことが多かったです。
──9歳から制作を続けて、切り絵のどのような点に惹かれていったのでしょうか。
切り絵は全てつながっていて、一度も失敗せずに完璧に仕上げて初めて作品になります。例えば文字で言うと、濁点の1つでも切り落としてしまったら、作品として不成立になってしまうのです。私は基本的に適当な性格でして(笑)、そんな私でも切り絵なら完璧なものを作れるなと思いました。
──切り絵作家になりたいという思いは、幼い頃からあったのですか。
子どもの頃は、絵を描くのも好きだったので、漠然と絵に関係する仕事に就きたいなという思いはありました。17歳の時、福島県白河市で初めて個展を開いたことが、切り絵で自分の身を立てられたらと思うようになったきっかけでした。
個展でお客様を迎え、良い反応も悪い反応もいただき、現実を知りました。初個展でしたので勝手も分からず、多くの人を呼べたわけではありませんでした。現実を見てそれでも続けていきたい、どうにかこの道を切り開きたいと強く思うようになったのは、好きを伝えることの楽しさと難しさを知った、この時でした。
「死ぬくらいなら、やりたいことをして生きていこう」
──そこから切り絵作家になるまで、どのような経緯があったのでしょう。
高校卒業後は2年間、会社に勤めました。働きながら切り絵制作を続けていましたが、ある時体調を崩し、病院で検査を受けたら、がんと宣告されました。お陰様で今は元気に過ごしておりますが、20歳にもならない身には大きな衝撃で......。知識が少なかったため、死んでしまうのかと、心も病みました。
死ぬのだったら、私は何がしたいのか? 大真面目に考えた時、真っ先に出てきたのは切り絵でした。私は切り絵をして、何かを成し遂げたいと思ったんです。死ぬくらいなら、社会人として安定した人生でなくても、やりたいことをして生きていこう、と。
そうして会社を辞めて独立しました。見切り発車でしたが、人には大変恵まれて、何とかやってこられています。今は各地で個展を開いたり、個人様や企業様のご依頼品を作ったりと、切り絵作家1本で活動しています。
──大変おつらい経験をされたのですね......。そうした時期を乗り越えて、今まで制作した中で印象に残っている作品はありますか。
2019年、22歳の時、静岡県の18~35歳を対象とした美術公募展「新進アーティスト作品展vol.18」に応募した時の作品です。大きな作品なので1年がかりで制作し、審査員特別賞をいただきました。
作品の中に描いた、本の背表紙のタイトルは太宰治の小説の一文を英訳したものです。猫の毛並みを和紙で表現したり、本物の葉を使用したり、素材にもこだわって作りました。時間をかけて丁寧に作ったので思い出深いです。
あえて均一性を出さず、手作業ならではの"ゆらぎ"を残す
──作品制作でのこだわり、心がけていることを教えてください。
切り絵としてだけでなく、絵画としても成立するように、絵としても面白いねと思ってもらえるような作品作りを心がけています。また、日本で生まれ育った私にしか伝えられないことを表現したい。小説切り絵もそのひとつです。作品を通して、日本で昔から受け継がれてきた文化を、今の時代だからこそ伝えていきたいと思っています。
手作業であることを強調しているのもこだわりです。今はAIで絵を描けるし、機械で切り抜くこともできますが、あえてそうした技術を使わず、均一性を出さないようにしています。不均一性の美しさというのもあると思うんです。正確性と不均一性が調和したような作品になればと思います。
たった1本の線でも定規を使わずに、人間の手仕事ならではの"ゆらぎ"を残しています。手作業の良さ、ぬくもりを感じてもらえたらうれしいです。定規や機械を使おうと思えば簡単に切れるけれど、人間だからこそ表現し得るものを作りたい。人間にしかできない"ゆらぎ"を大切にしたいと思っています。
──作品のアイデアはどのように生まれ、形にしていくのですか。
小説切り絵であれば、自分の好きな小説、感銘を受けた小説で、原作を読んでほしいという気持ちから制作することが多いです。色のある作品も、やっぱり物語を題材にすることが多くて。どの作品も本を読んでいる時に思い浮かぶことが多いように思います。
アイデアが浮かんだら、題材や構想を文字や絵で書き出していきます。イメージが決まったら、タブレットで切り絵用の下絵を描いて印刷し、それに沿って切るという流れで制作しています。
──切る作業には集中力が必要ですよね。
そうなんですよ。失敗したらやり直すか、作るのをやめて破棄するかですので、失敗しないように集中しなければなりません。どうしても目がつらくなったり、体のあちこちが痛くなったりして、そういうところとの戦いです。
──1日何時間くらい制作に取り組んでいるのですか。
長い時だと1日17時間くらい集中して、お水を飲む、トイレに行く以外は、ほとんど制作しています。食事を忘れる日もあるくらいです。集中し始めたらとことん集中するというのが唯一の取柄なので(笑)。目が痛くて1日1時間もできない日があるので、集中できる時に長くやっています。
──気分転換には何をされていますか。
趣味でシュノーケリングをやったり、キャンプやハイキングに行ったりします。草花も好きなので、外に出てそうしたものに触れるのは楽しいです。
外に行っても、文学とつながることはたくさんあります。海に行けば、小川未明の「赤い蝋燭と人魚」を思い出し、秋の季節に秋草を見れば、秋草釣りのお話が出てくる、泉鏡花の「天守物語」を思い出し......。そこでまた創作意欲につながることが多いです。
最近は植物を調べるのもすごく好きで。例えばヒガンバナは、中国から稲作と同時に日本へ入ってきたというお話があったり、縄文遺跡のある場所に群生地が多いといわれていたり。そうした背景を考えながら歩いています。
作品にもその時代の植物を取り入れたいという思いがあります。平安時代の物語なら、平安時代に実際にあった植物を描きたいなとか考えますね。
触れる機会が少なくなった日本文化を大切に、海外にも伝えたい
──日本の美しさに対する感受性が豊かですてきですね。作品の色にも和の文様があしらわれています。色はどのように付けているのですか。
色紙、文様のある千代紙、和紙などを、切り絵の後ろから貼っています。折り紙は折ってしまうと見えない部分が出てくるのがもったいないなと感じていて、昔からためていたんです。切り絵であれば、そうした色や柄を文様として表現できると思いました。
何千もある中から、モチーフに合うものを選びます。難しいですが、それが楽しさでもありますね。例えばこのねずみが着ている服は、会津木綿の折り紙を使っています。地元が福島なので、地元の伝統文化を意識して取り入れました。あとは着物の帯に藍染の色紙を使ったり、猫じゃらしに草模様の柄を入れたり。着物をコーディネートするように合わせを楽しんでいます。
折り紙や千代紙、日本に昔からあるものに触れることって、今の時代は少なくなっていきますよね。そういうものがなくならないように、大切にしていきたいです。
──普段から着物をお召しになるそうですが、それもそういった気持ちからでしょうか。
そうですね。着物も子どもの頃から憧れがあり、着られたらかっこいいな、大人になったら絶対に着ようと思っていました。だから大人になって夢をかなえた形です。着物は昔の人にとっては身近なものなのに、現代の私たちにとっては調べないと知らないもの。知らないものを知ろうとしていきたい、昔の日本文化とつながりを持っていたいと思っています。
──これから挑戦してみたいことはありますか。
海外で活動できたらという気持ちはあります。今はSNSなどで簡単に世界の方々とつながれる時代なので、まずはSNSで世界に向けて発信して、ゆくゆくは個展を開けたらなと考えています。作品を通して、日本の素晴らしい文化を、まだ知らない世界の人たちに伝えていきたいです。
──日本文学をモチーフにしたり、日本の色紙や千代紙を使用して文様を施したりと、一貫して日本の文化を大切に思う気持ちが強く伝わってきました。梨々さんの作品に表れている和の心は、気品のある物腰柔らかなお人柄にも通じるものを感じました。今後の作品も楽しみにしています!
【梨々さんに切り絵作品を作っていただきました!】
アクティオがレンタルする高所作業車と、社訓である「創造と革新」をモチーフに、梨々さんに切り絵作品を作っていただきました。制作過程は早送りのタイムラプスでご覧いただけます。
▼切り絵の高所作業車ができるまで
【取材協力】
徳川家康ミュージアム(糸魚川静岡構造線ミュージアム)
リバティーリゾート久能山 町屋内
※記事の情報は2024年11月19日時点の情報です。
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【PROFILE】
梨々(りり)
1997年、福島県出身。9歳から切り絵の制作を始め、2014年、17歳で初の個展を福島県白河市で開催。以降、作家活動を行う。2024年2月、Xに投稿した小説切り絵が話題に。「ナニコレ珍百景」(テレビ朝日)、「DayDay.」(日本テレビ)、「スクール革命!」(日本テレビ)、「アッコにおまかせ!」(TBS)など多数メディアに出演。小説切り絵を中心に、和の心を大切にした切り絵を制作している。
公式サイト https://kirieriri.localinfo.jp/
X https://x.com/kirieriri
Instagram https://www.instagram.com/kirieriri/
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