コロナ禍は人間らしさの源泉である 「共鳴」を妨げる | 総合地球環境学研究所 山極壽一所長 Part1

教育

山極壽一さん 総合地球環境学研究所所長〈インタビュー〉

コロナ禍は人間らしさの源泉である 「共鳴」を妨げる | 総合地球環境学研究所 山極壽一所長 Part1

ゴリラ研究の第一人者であり、京都大学総長を経て2021年からは総合地球環境学研究所所長を務めている山極壽一さん。研究のためゴリラとともに暮らし、霊長類の進化の過程から家族や人間社会を見つめてきた山極さんには、現在のコロナ禍はどう見えるのでしょうか。洛北、上賀茂の美しい自然の中にある総合地球環境学研究所でお話をうかがいました。

ゴリラはある意味で人間をはるかに超えている

――山極先生はゴリラ研究の権威でゴリラと人に関する書籍も数多く執筆されています。なぜゴリラを研究しようと思ったのですか。


僕は1952年に東京で生まれました。1969年の東大安田講堂事件の時には高校2年生だったから学生紛争を経験していて、高校3年の時は、学校封鎖でほとんど授業がなく、友だちと喫茶店でダベったり、自主勉をやったり、たまにデモに出たりといった生活を送っていました。その頃みんなが「ニーチェがどうした」みたいな話をしていたわけですが、それがいかにもペダンチックで面白くなかった。そんなふうに他人の土俵で議論するのはつまらないなと思っていて、何か突破口はないか探していたら、京都大学に入って「猿を知ることが人間を知ることである」というテーマに出合いました。


総合地球環境学研究所 山極 壽一所長



――なぜ「猿を知ることが、人間を知ること」になるのですか。


当たり前だけど、人間は、昔からずっと人間であったわけではありません。人間に近い動物との共通祖先から出てきたわけだよね。それなら人間に近い動物を見ることが、人間の過去を知ることにつながる。だから猿を見ることは人間を知ることにつながるわけ。僕は人間の心や社会が知りたかったから、猿の研究を始めたけど、社会が知りたいなら、これは化石では分からない。生きた動物の行動を観察し、関係性を類推して社会を想像するしかないわけだよね。日本には運がいいことにニホンザルがいますから、まずはニホンザルの研究から始めた。ニホンザルの分布域の北限であり人間を除く霊長類の北限でもある青森県の下北半島から、ニホンザルの南限である鹿児島県の屋久島まで行脚しました。


ただ、猿よりも人間に近い類人猿のゴリラかチンパンジーをやりたいなと思っていたところ、指導教員から「お前、体が大きいからゴリラをやったらどうだ」と言われたんです。それでゴリラの研究に入りました。実は小学生の頃、冒険家になりたくてアフリカに行きたいという気持ちもあったんだよね。ゴリラやチンパンジーはアフリカの森林の奥地にいるから、その時の夢とも結びついたわけ。


――アフリカの森林ではゴリラと生活を共にしながら生態を研究されたそうですが、ゴリラのどんなところに惹かれたのですか。


類人猿で人間以上の存在だと思うのはゴリラだけです。一緒にいるとゴリラには尊厳があることを感じます。ゴリラはあれだけ大きな体で、あれだけ大きな力を持っていながら、その力を行使しないで極めてソフトな付き合い方をするんですね。これは人間にはできない。特に僕が感激したのは、200kg以上ある大きなゴリラが、小さな子どもたちと本当によく遊ぶんだよね。そういうことができるのは、やっぱりゴリラが持っている偉大さだと思います。それから、ゴリラのオスは、人間の父親の原型みたいなものなんです。人間は「父親」をつくったことで「家族」をつくれたわけだけど、その原型はゴリラにあります。


総合地球環境学研究所のロビーにて。山極壽一氏の著作の一部総合地球環境学研究所のロビーにて。山極壽一氏の著作の一部



――「父親」や「家族」はゴリラにしかないのですか。


家族はゴリラに特徴的なもので、他の猿や類人猿の社会に家族はありません。例えばオランウータンは単独性で、オスもメスも1頭ずつで暮らします。チンパンジーは逆に50頭から120頭ぐらいの大きな集団で暮らしていて、そこにいる複数のオスと複数のメスは乱交するので誰が「父親」なのかは分からない。その点、ゴリラは一夫多妻ですが非常に家族的です。


父親というものは、手を上げて「私が父親です」と言っても父親にはなれないんです。メスから、自分の子どもを預かるパートナーとして選ばれ、さらに子どもからは自分が依存できる保護者として選ばれる。この二重の選択を経て初めて父親の役割を演じることができる。だから父親という存在はつくられたものなんです。あるいは選択されたものとも言える。それがゴリラにはあるんです。


これは人間の社会でもそうで、人間の父親も選ばれないと父親になれません。ただし選ぶのは妻と子どもだけではなく、周囲でもあるというところがゴリラとは違うところ。周囲が「あなたの夫はこの人です」「あなたのお父さんはこの人です」と言ってくれるから、父親の自覚ができるわけであって、自分がいくら父親の自覚を持っても、周囲がそれを認めてくれなければ父親にはなれない。これが人間の「家族」というシステムであり、人間の文化なんだよね。


総合地球環境学研究所の所長室にて。ゴリラの家族のパネルが飾られている総合地球環境学研究所の所長室にて。ゴリラの家族のパネルが飾られている


ちなみに「家族」の起源にはこれまで2つの説があります。オスもメスも乱交するチンパンジー型の社会から、オスとメスがペアで家族をつくる社会が生まれたという説と、もう1つはゴリラのような一夫多妻型の家族的な小集団があって、それが森から危険なサバンナ地帯に進出するにあたって集団同士が連携し合わなければ生きられなくなり、共同体が生まれたという説。僕は後者をとっています。




コロナ禍の非接触・リモートによって、何百万年もかけて培った「共鳴力」が発揮できなくなっている

――このコロナ禍で人間は右往左往しているわけですが、ゴリラから見たら、この状況はどのように見えるのでしょうか。


人間の一番大事なことを忘れちゃっていることをおかしく思うだろうね。あのね、人間は同調や共感がすごくできる存在なんですよ。人間はすぐに真似ができるでしょう? 実は人間以外は真似ってできないんですよ。だから「猿真似」は間違い。猿にも、チンパンジーにも、ゴリラにも真似はできません。


真似というものは体の同調です。あるいは共鳴と言ってもいい。集団でダンスを踊りますよね。これができるのは人間だけです。この体の同調、共鳴する体が「心を一つにする」という作用を持つ。だから人間は一人ではできないことを、みんなで力を合わせてやることができる。この力を発達させることで人間の社会は強くなったんです。


マウンテンゴリラとともに(2008年11月、ルワンダ火山国立公園、写真提供:山極壽一先生)マウンテンゴリラとともに(2008年11月、ルワンダ火山国立公園、写真提供:山極壽一先生)


――共鳴、あるいは共感が人間らしさを育んだということでしょうか。


「共感」には段階があるんです。まず「エンパシー」。これは共感で相手の気持ちを知ることを意味します。これは猿でもできる。1990年代に猿の脳に電極を刺し、仲間の猿の行動を見ていると、それと脳の同じ部分が発火をすることが分かった。これを「ミラー・ニューロン」と言います。


次は「シンパシー」、同情です。共感と同情というのは違うんです。共感は単に相手の気持ちを知ることです。そこからさらに「相手を助けたい」と思わないと同情にはならない。それには相手が置かれている状況を理解しなければいけない。その認知能力が必要なんです。猿にはこれがありませんが、類人猿にはこれができる。階段を落ちそうになっている子どもがいれば、それを察知して手を差し伸べて抱き上げてやる。類人猿にはこれができます。


そして、人間はもう一段階上です。「Compassion(コンパッション)」という英語があります。これをうまく言い当てている日本語がないんだけど、これは「一人ではなくてみんなで同じ方向を向いて誰かを助けたい、何か状況を改善したいと思って協力する気持ち」のことです。これは同情の上に、さらに「みんなが同じ目的のために一緒に行動する」という気持ちがなければできない。だから認知能力をもう一段上げないとできない。この能力は人間だけしかありません。人間がこの「共鳴力」を獲得したからこそ、社会をつくり上げることができました。この「共鳴力」の基礎になるものが体の共鳴なんです。そしてほかの人間と一緒にいないと、対面していないと体の共鳴なんてできないです。


総合地球環境学研究所 山極 壽一所長



――非接触、リモートが増えたことで、人間にとって重要な「共鳴力」を育むことが難しくなったのでしょうか。


そう思います。リモートでは共感は難しいですよね。例えば相手が自分と関係ないところにいたとして、PCの画面越しにいくら悲鳴を上げたって助けようとは思えないです。自分が知っている人ならまだしも、全く知らない人だったら映画を観ているのと一緒になっちゃうんです。


――やはり同じ空間を共有していないと共鳴はできないのですね。


そう思います。状況を体で相手と共有し、それを共感し、同情を重ねて、さらにCompassionという、みんなで協力して苦境を乗り越えたいという気持ちにならなければ、助ける気持ちにはなれません。バーチャルで対面していたって状況を共有していないわけだから、相手が100%信用できないわけですよ。バーチャルでは人間が何百万年もかけて培ってきた共鳴力を発揮することができない。人間の社会そのものが成立しないですよね。




コロナ禍で会食ができないダメージは計り知れないほど大きい

例えばコロナ禍で「黙食」なんて言われてますけど、人間が共鳴する能力を育んできた一番古い行為が食事です。


――コロナ禍で会食が制限されることが、こんなに苦しいとは想像できませんでした。


僕たち人間はもう忘れ去っているけど、猿や類人猿が食物を間に置いて長時間対面するなんてことは絶対にありえない。食物はけんかの源泉なんです。だから猿はどちらかに優先権を与えて、優先されるものだけがその食物をとることをルール化しています。類人猿の場合「ちょうだい行動」をすれば食物を分け与えられることはある。でも、それも食物があるところでしか行われません。


それを人間は、食物をわざわざみんながいるところに持ってきて、集まって談笑しながら食べるわけでしょう。猿やチンパンジーから見れば全然当たり前じゃないことを人間が当たり前にやっている。それは、人間は食物を前にしたときにけんかをしないことを前提としている。さらに僕たちは会食を通じて、自分と仲間、仲間と仲間の社会関係をつくったり調整したりすることができる。だから食事を一緒にとるという行為は「特別に親しい」という意味を持つんです。


総合地球環境学研究所 山極 壽一所長



――共に食事をとるということは、人間にとって重要な価値を持つ行為なんですね。


そうです。例えばアフリカの奥地の村に行きますよね。すると現地の人がお茶を出したり食事を出したりしてくれます。でもそれは試しているわけ。だって食事に毒を入れれば死んじゃうよね。毒殺は一番簡単な殺人ですよ。人知れず、自分の手を下さずに殺せます。だから昔のお殿様には毒見役がいたんです。出された食事をいただくということは「私は殺されてもいいですよ」と言っていることになるわけ。それだけ食事を与えるもの、食事を受け取るものの間に信頼感があるということの表れなんです。


――そう考えると食事1つとってもコロナ禍は、人間に大きなダメージを与えていますね。


食物を挟んで向かい合って、長時間いるということは、我々は特別親しい間柄だし、これまで親しくなかったとしても、食事を囲んで親しくなるということを意味します。コロナ禍以前からデジタル化によって同じことは起きています。場を共有することが減るということは、人間が社会をつくるための一番大切な能力を希薄にしてしまうことでもあるんです。


※記事の情報は2022年5月10日時点のものです。



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  • プロフィール画像 山極壽一さん 総合地球環境学研究所所長〈インタビュー〉

    【PROFILE】

    山極 壽一(やまぎわ・じゅいち) 1952(昭和27)年、東京都生れ。霊長類学者、ゴリラ研究の第一人者。京都大学理学部卒業、同大学院で博士号取得。京都大学理学博士。(財)日本モンキーセンター・リサーチフェロー、京都大学霊長類研究所助手、同大学院理学研究科助教授、教授、理学研究科長・理学部長、京都大学総長を経て、2021(令和3)年より総合地球環境学研究所所長。著書に「父という余分なもの―サルに探る文明の起源―」、「虫とゴリラ」(養老孟司と共著)ほか多数。河合隼雄学芸賞選考委員。

    総合地球環境学研究所
    https://www.chikyu.ac.jp
    山極壽一
    https://www.chikyu.ac.jp/yamagiwaHP/

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